ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

義経への限りないオマージュ…『屋島』(その8)

2023-04-15 17:27:45 | 能楽
ロンギの中で「修羅の時になるべし その時は我が名や名のらん」とワキに向いて決めたシテは「たとひ名のらずとも名のるとも」と正へ向いて立ち上がり、シテ柱に行くと「夢ばし覚まし給ふなよ」とワキへ向いて念を押すようにヒラキ、返シで右へトリ橋掛りに向かい、幕へ中入します。

ついで屋島の浦人(間狂言)が登場。ワキがシテに宿を許された塩屋の本当の持ち主です。

間「かやうに候者は 讃岐の国屋島の浦に住まひする者にて候。この間 塩屋を見舞ひ申さず候間、今日は塩屋を見舞ひ、浜をならさせ塩を焼かばやと存ずる。」進みながらシカジカ
「いや、あら不思議や。塩屋の戸が開いてある。見れば人の出入りしたる跡もあり」ワキを見つけて
「いや、これなるお僧は何とて人の塩屋へ案内なしに入りては御座候ぞ」
ワキ「これは主に借りて候」
間「いやいや、左様にては候まじ。主はそれがしにて候。総じてこの所の大法にて。人の塩屋をば我が存ぜず、わが塩屋をば人に知らせぬ大法にて候が。我らはいまだ貸し申さぬに、さてはお僧は妄語ばし仰せ候か」
ワキ「いやいや妄語は申さず候。それにつき尋ねたき事の候。まづ近う御入り候へ」
間「心得申し候」
(ワキ方と狂言方の流儀によりセリフに多少の異同があります。以下同じ)

こうしてワキの所望により屋島合戦の物語をする間狂言。いわゆる複式夢幻能の常套の演出で、この語りのあとワキにより前シテとの遭遇を知った間狂言はその老人こそ義経の霊であろう、と推察し、ワキも同意して義経の改めての登場を観客とともに期待することになります。

間「まづ我らの承りたるはかくの如くにて候が、只今のお尋ね不審に存じ候」
ワキ「懇ろに御物語候ものかな。尋ね申すも余の儀にあらず、御身以前に老人と若き男の主の体にて来たられ候程に すなはち宿を借り泊りて候。源平両家の合戦の様体懇ろに語り、よしつねの世の夢心覚まさで待てと言ひもあへず、そのまま姿を見失うて候よ」
間「これは言語道断、奇特なる事を承り候ものかな。それは疑ふ所もなく義経の御亡心にて御座あらうずると存じ候。さやうに思し召さば、しばらくこの所に御逗留なされ、重ねて奇特を御覧あれかしと存じ候」
ワキ「しばらく逗留致し、ありがたき御経を読誦し、重ねて奇特を見うずるにて候」
間「御逗留にて候らはば。大法を破ってこの塩屋を貸し申さうずるにて候」
ワキ「頼み候べし」間「心得申し候」


ほかの曲にも同じ状況でほぼ同文のワキと間狂言とのやりとりがありますが、シテに宿を借りたが そのシテは本性をほのめかして姿を消し、のちに実際の小屋の持ち主が登場することによってシテが現実の世界の人間ではないことが判明する、というのは自然で効果的な演出ではないかと思います。

あ、シテは自分の物でもない塩屋を「さらばお宿を貸し申さん」などと わがもの顔に貸したのね。まあ、屋島合戦の際も義経は自分の軍勢を大勢に見せるために高松の民家を焼き払ったりしているから、他人の小屋を勝手に貸すくらいのことは当たり前か。

さて間狂言が語る肝心の屋島合戦の内容についてなのですが、前述のように屋島合戦には「扇の的」「錣引き」「弓流し」という3つの有名なエピソードがあるのですが、このうち「弓流し」は後シテが語ることになるためか間狂言では語られず、間狂言は通常は「錣引き」を語ります(和泉流では替えとして「継信の語り」として佐藤継信の戦死の有様の語があるようです)。

そして残されたのが「扇の的」ですが、これは皆さんもよくご存じと思われる「那須語」あるいは「奈須與市語」と呼ばれる特別な替えの語りがあります。これは通常の語りとは違い間狂言が仕方話として型を伴い、それも与一と義経、さらに扇の的を射る兵として与一を推薦した後藤兵衛実基の三者を激しく、目まぐるしく演じ分けるという大変なもので、狂言方の重い習いになっています。能「屋島」に小書「弓流」「素働」がついて重厚な演出となった場合は、間狂言もバランスを取ってこの替えの語りとなることがほぼ常態となっているように思います。

さて間狂言が退くとワキとワキツレによる「待謡」となり、やがて「一声」の囃子に乗って後シテの源義経が登場します。

ワキ「不思議や今の老人の。その名を尋ねし答へにも。よし常の世の夢心。覚まさで待てと聞えつる。
待謡「声も更け行く浦風の。声も更け行く浦風の。松が根枕そばだてゝ。思ひを延ぶる苔筵。重ねて夢を待ちゐたり 重ねて夢を待ちゐたり

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