ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設11周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その11)

2017-02-17 03:25:52 | 能楽
同じ16日、ぬえのラスト・ミッションは夕方からロサンゼルスの日本人コミュニティの文化サロンでの能楽ワークショップでした。

会場となったのはこの文化サロンのホストでもある吉見(きちみ)愛子さんの邸宅。
吉見さんはロサンゼルスで茶道や着物の着付けを教えておられるほかに、このような文化サロンを定期的に行っておられ、いわば日本人コミュニティの文化面での中心的な役割を担われているお一人です。



なんでも、講談師としての一面も持っておられる、とのことですが、かつては22歳で本田宗一郎氏の協力を得て北・中南米13,000km単独オートバイ旅行をしたり、と 多才なだけでなく冒険家でもあったのですね。

この日のワークショップでは吉見さん宅の美しいホールを会場に、参加者に能面や能装束の体験をして頂いたほか、謡の体験から能の詞章の解釈、そして日本人の感性の話題にまで、かなり面白い話が出来たのではないかと思います。











参加者は日本人ばかりでなく、着物を着て参加したアメリカ人女性の姿もあって、辞書を引き引き ぬえの解説(もちろん日本語)に賢明に聞き入っておられたのが印象的でした。「もう少しゆっくり話してくださ〜い」(; ;)ホロホロ

終わってから昨日買ったタクトでちょっと遊んでみました。
ドゥダメルさんに似てるー?





かくして ぬえのロサンゼルスでの仕事は終わりました。10年ぶりのアメリカでの出演は、能ではない他ジャンルとの共演という試みの催しでした。能楽師としては師匠にお許しを頂き、流儀に届け出をして出演する実験的な試みということになりますが、結果的には能楽師としての自分に幅を与える有意義な機会となったと思っています。

。。とくに Baliasiさんとの競演は刺激的でした。ふだん、当たり前なのであまり意識してこなかったですが、「プロ意識」というものの価値をまざまざと見せられて。リーダーの千絵さんとは、昨年ぬえの教え子の子どもたちの出演もあった関係で今回も滞在中に この問題や後進の指導についてよく話し合いました。若いのに確固としたとした信念があって指導する姿は美しいと思います。

こういう試験的な試みの公演は、ぬえも若いうちにはやりたくて仕方なかったし、先輩のお手伝いという形でツレなどの役で経験したことも何度かありますが、当時の自分があのまま そんなことばかりを思って進んでいってしまったら、能楽師としては崩れてしまっていたことでしょう。いま、能を守りたいと思うようになった自分にとって、この試みは「能」であるままに、現代にあって発展する可能性がたくさんあることに気づく良い機会になったと思います。

小鼓の望月左武郎さんから、昨年の能楽堂公演の前に「今回は ぬえさんに能のカラをうち破って欲しいと考えているんです」と言われて、言下に「そんなことをするつもりはありません」と拒否した ぬえ。でも ぬえは能楽堂公演からチェロを入れた「イロエ」を舞っていました。それは、ぬえ自身は能の「イロエ」の型から離れず、能に忠実に舞っている意識はあったからで、主催者の要望によって入った谷口さんのチェロは、その能の「イロエ」に、いわば笛の代わりとなって、いや、あるいは能の笛以上に見事に ぬえが思う「イロエ」の世界観を彩ってくださったので、ぬえ自身にも違和感や拒否反応は起きず、あくまで「能を舞っている」という ぬえの意識にゆらぎがなかったからです。

ところが先日 東京でこのロサンゼルス公演の打ち上げパーティーがあったのですが、そこで望月さんからこんなことを言われました。「ぬえさんは結局チェロと一緒に舞ったでしょう? あの瞬間に僕は やったー! って思ったんですよ。能のカラから抜け出しましたね」

。。そういうことでしたか。。

望月さんが ぬえに期待していたのは、能の定められた謡や型から逸脱して奇抜なことをやってみなさいよ、という、能に対する理解や知識はないままに自分の作品に能面・能装束を着けた能役者を「彩り」に添えたいと謀る現代の演劇や映像の関係者(こういう事はよくある)からの悪魔のささやきと同じものだったのではなくて、能楽師でありたい、というぬえの信念は尊重したうえで、「多様な芸術がある現代にあっての能の可能性を、能楽師として探るべきだ」ということだったのですね。。

そういえば若い頃は勇壮な和太鼓で米国人を驚かせた望月さんは、その後「打たない間」の力強さに惹かれて能の囃子の勉強をして、現在は小鼓奏者です。そして望月さんが礎となって現代に数百もあるというアメリカ国内の太鼓集団の現状を「必ずしも和太鼓になっていない。。」と憂いている方でした。ぬえよりひと廻りもふた廻りも大きく伝統芸能を見つめる望月さん。この方に出会っただけでも ぬえにとって今回の公演に出演した意義はあったのです。

さて現地ロサンゼルスについては、日本人コミュニティの支援体制の強力さと文化の継承の確かさに衝撃。。全食事に日本食が差し入れられ、衣装デザインから着付け、ヘアメイク。。すべて現地の専門家がボランティアで参加。稽古場でも公演会場でも、楽屋の隅々にまで心の行き届いたサポートを目にしました。出演者についても、まず日本舞踊チームの大活躍は、昨年の東京での能楽堂公演に出演した専門家の演技と比して、匹敵する、とは言わないまでも、少なくとも見劣りする、ということはありませんでした。

が、わけてもメイちゃんの才能を発掘してきたのはコミュニティの共同体としての結束のなせるわざでしょう。東京公演の谷口さんの演奏が素晴らしく、ぬえとしても今回もチェロとの共演を楽しみにしていたのですが、あいにく谷口さんはスケジュールの都合でロサンゼルス公演には出演不可。主催者からは「今回はチェロなしで組み立て直すことになると思います」という宣言も聞かされていました。が、その後「すばらしい中学生が見つかった」との報が。中学生??? 未熟、経験不足を心配し、不安なまま渡航したのはBaliasiの千絵さんも同様だったそうですが、どちらもメイちゃんの演奏には大満足! メイちゃんについて詳しくは前の記事を参照ください。

そのほか ぬえに親身に面倒を見てくれた厚子さん、震災のときのアメリカ軍の活躍についてお礼を申し述べる機会を与えてくださった禅宗寺さま、稽古場から太鼓の貸し出しまで応援くださった浅野太鼓さん、そしてもちろん主催者の松浦靖さん。感謝の言葉は尽きせません。大変貴重な機会を頂きましたことを、関係者一同のご尽力に感謝申し上げます。

                               
【この項 了】
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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その10)

2017-02-15 18:54:49 | 能楽の心と癒しプロジェクト
翌1月16日(月)、この日はロサンゼルスのリトル・トーキョーにある曹洞宗の寺院「禅宗寺」さんにて東日本大震災の鎮魂法要が行われ、ぬえのほか 望月さんをリーダーとする地元の邦楽囃子のみなさんが奉納出演することになっていました。

でも開式が午後だったこともあり、厚子さんが早めにホテルに来てくださり、法要の前にしばしの観光を。。

厚子さん、昨日「ハリウッド・サイン」を間近に見れる場所を見つけられなかったのが悔しくて、地元在住の名誉を賭けて(?)ベスト・ビューポイントをリサーチして来られたようです。責任感が強い、というか、猪突猛進型というか(笑)。昨日も開演前のコンサートホールで後ろの席のお客さんに記念写真の撮影を頼んで、「あ、これじゃダメ。撮り直してくださいー」とか言ってたっけ。お隣の席の人にはスマホで「一粒萬倍」の動画を見せてました。こういう「押し」の強さがこちらでお仕事をするには必要なのでしょうね。

おかげさまで、なんと間近で「ハリウッド・サイン」を見ることができました! 厚子さんも初めて来た場所、とのことでしたが、リサーチ完璧です。ひゃー観光できたー。





さて禅宗寺さんがあるリトル・トーキョーは前日に行ったコンサートホールからも近いダウンタウンの中心部にありました。創建は古く1922年といいますから日本では大正11年! 禅仏教の教えを広めるとともに、茶道・日本語・写経・パソコンなどの教室を開いたり、もちろんお盆・節分・花祭りなどの日本の伝統行事を執り行ったりと、いくつかある当地の寺院とともにロサンゼルス在住の日本人の精神的支柱となっているようです。

ぬえら「能楽の心と癒やしプロジェクト」の活動を知ったご住職の小島秀明さんのお計らいで、この日は本来お寺はお休みであったにも関わらず、ぬえの滞在スケジュールに合わせてこの日に東日本大震災の鎮魂法要が営まれることになり、ぬえも個人というよりはプロジェクトとして奉納出演させて頂くことと致しました。プロジェクトとして初の海外での活動です(!)





ぬえにとっては「一粒萬倍」公演への出演と並ぶ重要行事で、このため日本で準備を進めてきました。開演前に上映して頂くために、プロジェクトの活動の映像を用意し、今回はそれだけではなく震災直後の被害状況を伝える映像も用意しました。

崩れた建物の映像はかなりショッキングかもしれませんが、震災の記憶が風化しつつある現在ではこういう映像を見て被害の追体験をして頂くのは大切なことであろうと思います。まして日本から遠く離れた外国の地で伝えるためには。そして、当地に在住の日本人の方々にとっても、母国で何が起きたのかを より実感をもって知る機会となれば、と考えていました。

。。が、松浦さんを通してご住職からのご意見もあって、日本人だけでなくアメリカ人の参列者もあるため、映像には彼らが理解できるよう英語のキャプションをつけることになって、ひいひい言いながらその準備も。。

お寺にはプロジェクターも巨大なスクリーンも備え付けられていて、映像の上映の条件は最高に整っていました。ご住職の法要には出演者も参列させて頂き、その後望月さん率いる邦楽囃子の奉納、ぬえの「羽衣」の奉納と続きました。画像がなくて申し訳ありません。。





ご住職から事前に「能は初めて見る人も多いので、終演後に解説があると良いです」と申しつかっておりましたので、みずからも太鼓奏者であり 浅野太鼓さんに本拠を置くLos Angels Taiko Instituteの校長でもある加藤雄太さんの通訳で能について簡単な解説もさせて頂きました。

が、ここで ぬえはどうしてもアメリカ市民に語りかけたくて、最後だけ自分の言葉で話させて頂きました。

それは震災直後のアメリカ軍の活躍について、ぜひ 自分の声でお礼を申し述べたかったのです。

ぬえにとっても被災地を最初に訪れたのは震災から3ヶ月が経った時でしたので、震災直後のことは伝え聞いたことが多いのですけれども、それでも初期の避難所で物資が欠乏していたとき、米軍は本当に被災者の助けになっていたそうです。

支援物資はなかったわけではないのです。むしろある時期からは大量に届いた物資のために備蓄場所がマヒするような事態にさえなったのですが。。ところが物資を仕分けする人員や輸送のための車・燃料が足りなかったり、200人が暮らす避難所に199個の物資を持って行っても「平等に配布できない」という理由で断られたり。。行政の硬直したルールも障壁になって、混乱が続いたそうです。

そんな時、住民ボランティアさんが上手に裏から物資を避難所に運び入れたり、という裏技もあったようですが、なんといっても米軍は、避難所になっている小学校の校庭にいきなりヘリで降りてきて医薬品やら衣料、食料といった物資をどんどん運び込んだり。。 日本の法律に抵触するのでは? とも思われる感じでもありましたが、緊急事態の中、そのおかげでどれほどの救援になったか。。場合によっては被災者の命を救った恩人でさえあるのです。

オバマ前大統領が発した「トモダチ作戦」。これと台湾の方々はじめ、日本に手を差し伸べてくださった世界の方々に ぬえはいつかお礼を申したいと思っていました。言葉がうまく伝わったかどうかわかりませんが、今回 松浦さんの尽力でようやくその機会を持つことができ、ぬえの自分の言葉で、自分の声でアメリカ市民にお礼を伝えることができました。ここまで6年もかかってしまいましたねー。。

ところで終演後にはいろいろな方が控室にお見えになったのですが。。 ひとつには岩手の大船渡のご出身で、たまたま震災のときに大船渡に帰っておられ、津波に呑まれそうになりながら生還された方がおられて驚きました。

もうひとつは、なんと世阿弥夫妻の菩提寺である奈良の「補巌寺(ふがんじ)」の住職を勤められたという方がお見えになったことです(!)。そういえば世阿弥は足利義満の影響もあって禅宗に帰依していましたが。。補巌寺の元住職の加藤和光さんがその方で、昭和59年に「世阿弥参学之地」の石碑が建立された当時に補巌寺のご住職だったとのこと。「そうそう、法政大学能楽研究所の表章さんなどが盛んに見えられてねえ」と、懐かしそうに話してくださいました。

その方が。。どうしてロサンゼルスに??

加藤さんは補巌寺の住職を勤められたあと、曹洞宗の先輩に乞われてサンフランシスコにある寺院の仕事のお手伝いをするために渡航されたのだそうです。「食うためにね」。。その後当地で教鞭を執る仕事もされ、大学教授でもあったそう。世の中には驚くべき人がおられますね。

後かたづけもようやく済んで、禅宗寺の小島秀明ご住職としばらく震災のことで意見交換をして、この日は有意義に過ごさせていただきました。
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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その9)

2017-02-14 19:57:43 | 能楽
公演はソールド・アウト、終演ではスタンディング・オベーションも出て大成功のうちに終わり、出演者の多くは翌朝6時ホテル出発で帰国の途に。なので打ち上げは。。夜を徹して行われました! 画像は。。自粛w

ホテルのバーがとっても安かった、ということもあって、考えてみれば出演者は毎晩深夜まで飲みましたね~。そして、出演者の大半が公演翌日に帰国する、という事情もあって、公演前日に中華料理屋さんで関係者一同が集まって、気の早い打ち上げパーティーもありました。

で、公演翌日。ぬえはもう少し当地で予定があるので残留でしたが、前夜遅くまで打ち上げをしていたので早朝には起きることができませんで~。お見送りできなかったです。。

気を取り直して、じつはこの日、1月15日(日)は ぬえはオフでして、LAフィルを聴きに行きました。

ぬえは海外公演では必ず現地の芸能を見ることにしているのですが、この度は渡航前から主催者の松浦靖さんの奥様。。ぬえと大学の同級生の真波さんを通じて現地でイベントを調べて頂きまして、このLAフィルの公演がヒットした、というわけです。

この日は公演でも稽古の段階から食事の世話などで大活躍の行木(なめき)厚子さんが送迎から鑑賞までご一緒してくださったのですが、どうやらコンサートのチケットの手配までお骨折り頂いたのも厚子さんだったようです。厚子さんにはこのあと滞在中、ずっと ぬえはお世話になりっぱなしでした。公演や稽古のときにはあまり話をしなかったのですが、厚子さんは以前はNHKのドキュメンタリーの米国での取材のコーディネートの仕事などをしておられたそうで、コンサートホールに向かう車の中でも話題は尽きず。

コンサート会場はロサンゼルスが誇る「ウォルト・ディズニー・コンサートホール」で、その前衛的な建物にびっくり。





ちょっと到着が早かったので厚子さんに昼食をごちそうになりまして、さて会場に入ってみると、ロビーでプレトークをやっていました。それが、まさかの本日のマエストロ ズービン・メータさんご本人が登場していました!





なんでも「オケには土地によって独特のカラーがあって、それを見極めながら指揮をするんだ」みたいな事をおっしゃっていましたが(たぶん)、それもそのはず、この日演奏される曲目がラヴィ・シャンカールの「シタール協奏曲2番」だったのです。そしてシタール奏者はラヴィの娘さんのアヌーシュカ・シャンカールさん。歌手のノラ・ジョーンズは彼女の異母姉なんですって。

ホールの座席は安~~い天井桟敷で、なんと5階でした。でもステージはよく見える。ソリストの位置に台が据えられて、すでに黒いシタールが置かれていましたが、そのすぐ横にハープ2台とチェレスタがあるのが何とも斬新な。。曲はちょっとふざけたような、愛嬌のある曲ですが、アヌーシュカさんのシタールは超絶技巧でした! それにしてもシタールって、あぐらとも何ともいえない独特の座り方をして弾くのねえ。そうしてチューニングが狂いやすいらしい。楽章が変わるたびにチューニングしていました。それからやはりボリュームという点で不利なのか、シタールだけはスピーカーで拡声されていました。

ちょっと思ったのは、アメリカだから? みなさん結構平気で咳したりしていました。日本だとみなさん咳が出そうになっても我慢して、楽章の合間に一斉に。。という感じなのですが。

あともうひとつ、これは『一粒萬倍』公演のときに聞いた話ですが、アメリカではパフォーマンスやコンサートなど、基本的に観客は自由に撮影して良いんですって(!) これには驚いた。日本では「法律に触れるから撮影や録音は厳禁」と開演前にアナウンスするよう、ぬえの業界でも能楽協会から推奨されていますが。。

コンサートの2曲目はシュトラウスの「英雄の生涯」。ぬえにとってはこれが素晴らしかったです! 楽器がどれも音が粒立ってクリアに聞こえて。。マエストロの実力なんでしょうけれど、LAフィルってメチャウマなんですね~~。ぬえもスタンディング・オベーションのお返しだい。

この日 ぬえがコンサートホールのショップで買ったのは オモチャのタクト!! これ、欲しかったんです~~



こうしてコンサートを満喫しまして、厚子さんにホテルまで送って頂きましたが、途中で遠くに見えた観光名所の「ハリウッド・サイン」。これを見つけて「そういえばいうも観光なんてできないんですよ。空港とホテルと公演会場だけ。今回もそうです」と言ったところ、厚子さんが「ではハリウッド・サインを見に行きましょう!」と、車をハリウッドの方へ走らせてくれました。





ところが、なかなかうまく見える場所が見つからず。。

この日は陽も暮れて、仕方なくあきらめることになりましたが、厚子さん残念そう。翌日は(これが ぬえの今回の目的のひとつでしたが)仏教寺院で東日本大震災の鎮魂法要に出演することになっていましたが、「早めにホテルを出てハリウッド・サインを見に行きましょう!」と提案頂いて、翌日も厚子さんが送迎してくださることになりました。

ホテルに帰って松浦さんや、この日浅野太鼓さんで和太鼓のワークショップをしておられた望月左武郎さんとも合流して、旧市街で夕食。滞在中はずっとロサンゼルスの日本人コミュニティの強力バックアップがあったので日本食の差し入れを毎食提供頂いていたので、ピザ食べたのはこれが初めてかもー!








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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その8)

2017-02-11 09:50:36 | 能楽
で、やっぱり今回の出演者で特筆すべきはチェロのメイちゃんですねー。facebookで書いた記事をほんの少し手直ししただけの再掲ですが、あまり注目されていないようなので(本人の許可を得て)ちょっと記しておこうと思います。

昨秋の東京の能楽堂での同公演では はじめてチェロの谷口賢記さんと共演させて頂きましたが、あまりに能と合うので驚愕! ところが谷口さんのスケジュールが合わず、今回のロサンゼルス公演ではチェロはなしか、と思われたのですが。。現地日本人コミュニティの尽力で、かなり遅くになってから抜擢されたのがメイちゃんでした。

メイちゃんは「8年生」ということで、日本でいえば中学2年生の14歳(!)。楽譜から離れて舞台上の役者の動きに合わせて演奏したり、暗転で真っ暗になったりする中での演奏は、おそらくほとんどないでしょう。私も最初年齢を聞いたときは「大丈夫かな?」と思ったものでした。ところが推薦されて出演しただけのことはある! 現地で2日間の稽古と上演会場での2回のリハーサルだけを経て、見事に要求された演奏をこなしてみせたのでした。







この公演では2度 能とチェロのコラボがあるのですが、どちらもほとんど能とチェロの一騎打ち状態。稽古の段階では おずおず。。という感じで遠慮がちでしたが、私も「もう少し激しく弾いてほしい」とリクエストを出したり、演奏スタートのタイミングを何度も稽古しているうちに みるみる魅力的な演奏になっていきました。

リハーサルのものですが、その演奏風景の短い動画はこちら↓


この曲、谷口さん提供のもので、どなたかが即興で弾いた曲を採譜したものだそうです。メイちゃん、稽古の最初の方はちょっと緊張気味でしたが、谷口さんの演奏動画か録音は研究していたのでしょう、ぬえが注文を出してからは、ベテランの谷口さんのテイストに忠実に演奏できるように、かなり突っ込んで演奏していますね。

ましてや本番では舞台上にちょっとしたアクシデントがあって、その場面のあとチェロを聞きながら登場するはずだった私はどうなることかと。。 ところがメイちゃんがあわてず騒がす演奏をスタートさせてくれたので、私も無事に登場することができました。じつはリハーサルではこの演奏スタートのタイミングがうまくいかなくて、キッカケをメイちゃんに念押ししておいたのですが、アクシデントのおかげで決めておいたキッカケそのものがなくなるという事態に。。どうなることかと思ったのですが、これをメイちゃんが自分の判断で乗り切ってくれたおかげで公演全体の瑕疵を最小限に抑えることができました。

ともあれ大変な才能がある子なのは事実であろうと思います。この子を発掘してきたロサンゼルスの日本人コミュニティの強力なこと! メイちゃん、楽屋ではマスコット的な存在でしたが、演奏がめちゃくちゃなら誰も相手にしない。信頼がおける仲間だと思うから笑って話もできるのです。私もメイちゃんの演奏に満足しています。
 
問題があるとすれば。。日本語は話せるのに漢字はほとんど読めないんだってw。 次回コラボする機会があれば、チェロでなく Kikiさんみたいなセクシーなダンスでねー、と言っておいたのですが、どうかなあ。

「えー。。いやー。ムリかも。。 わは」













Baliasi のモモちゃんといい、最年少の中学生二人の活躍が光った公演ではありました。
あとで知ったのですが、モモちゃん、受験生だったみたい。この時期に送り出すとは親御さんの信頼も大したものです。。少なくとも英語は楽勝だね♪
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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その7)

2017-02-10 03:47:55 | 能楽
さて、こちらは音楽家チームのみなさん。ぬえと語り部さん(Story teller)を除いて無言劇である『一粒萬倍』では音楽が それはそれは重要です。昨年の能楽堂公演では邦楽器の中に唯一洋楽器としてチェロが参加したのですが、今回はそのほかにギターとキーボードも参加していました。

邦楽の方は、Baliasiさんと並び「一粒萬倍」公演の最初から参加しておられる小鼓の望月左武郎さんと奥様で大鼓の重草由美子さんを中心に、ロサンゼルス在住の加藤雄太さん、小鼓の堅田喜久倫さんとその一門の方々合わせて小鼓4調が加わるという豪華布陣。尺八と笛は日本から参加の原郷界山さんです。





箏奏者はロサンゼルス在住の松山夕貴子さん。なんと2011年参加したサックス奏者ポール・ウィンター氏のアルバム『Miho: Journey to the Mountain』がグラミー賞の最優秀ニュー・エイジ・アルバム賞に輝くという快挙を成し遂げた方です。



組太鼓の「因陀羅(Indra)」の由有さん、真史さん、游平さんの3人。由有さんは『一粒萬倍』で演奏される多くの曲の作曲もなさったそうですが、聞いていると7拍進行とか変拍子が多出しているようでした。7拍進行の曲で踊るみなさんってどういう気分なんだろう。。









由有さんは小鼓の望月さんのご子息で、望月さんもかつて和太鼓の演奏家だったそうです。望月さんは若い頃にアメリカで和太鼓の演奏旅行をしたり指導をして、それが現在全米に数百もあるという和太鼓団体の礎になっているというパイオニア。最近まで日本とアメリカを往復して指導していましたが、現在は米国内に教え子さんたちが育ってきて指導は任せるようになってきたとのこと。しかし今回も乞われて浅野太鼓さんで太鼓のワークショップを何度か行う予定があるそうです。

ぬえはちょっとした時間に望月さんと話す機会がありましたが、アメリカ国内での太鼓集団の広がりは嬉しいことだけれど、ややもすると和太鼓になっていない例もあるのが気になる、とのこと。ぬえには細かい点はわからない事ではありますけれども、要するに和太鼓ではなくパーカッションになってしまっている、という事でしょうね。伝統芸能というものは、口伝もあるし、師伝を離れると崩れていく、という事もある。それは能だって同じことです。伝承というものはある種「伝言ゲーム」のようなもので、簡単に崩れていくものですね。先人はその危うさも経験で心得ていて、能の場合ですが これを防ぐための驚くべきシステムを持っていますが。。それでも危機感はいつも持っています。今回の他ジャンルとの共演の公演でも、ぬえは能楽師として「崩れる」ことだけは避けようと思いながら参加しました。

さてこちらは洋楽器チーム。ぐっとくだけたメンバーで、ぬえも食事や買い物などよくご一緒しました。まずはギターの織川(おがわ)ヒロタカさん。



織川さんは『一粒萬倍』の作者 松浦靖さんの友人で、以前からこの劇の中で作曲を担当しておられるそうです。昨年の能楽堂公演では演奏はしていなかったけれど稽古で参加しておられました。そして、箏奏者の松山夕貴子さんの実のお兄さんでした(!)。ぬえが見ていた感じでは、なんか仲の良い兄妹でしたね~。そんなことから織川さんはロサンゼルスにはよく演奏に出かけておられるそうで、ぬえも当地の事情をいろいろ教えて頂きました。

こちらキーボードの赤石(あかし)香喜さん。ぬえ、ホテルで同室でした。まー性格の良い方で、楽しく過ごさせて頂きました。夜になるとすぐ寝てしまうので、夜更かしな ぬえをめがけてしばしば ぬえの部屋が深夜の宴会場になってしまいました。ご迷惑さまでしたー。







チェロのメイちゃんはまた次回ご紹介します。



忘れてならない大道宣輝さん。



こちらは出演者ではなく音響担当のスタッフさんのお一人ですが、ギターの織川さん、その妹で箏奏者の松山夕貴子さん、キーボードの赤石さんとは盟友で、今回も公演のあともロサンゼルスにとどまって演奏などの活動を続けていました。

特筆すべきは大道さん、劇場の音響を改革したのです(!)。

どうも渡航以前から今回の会場となっているホールは「音響が悪い」と現地で言われている、とは聞かされていました。が、ロサンゼルス到着直後に会場を下見に行った際には、アコースティックの残響に何の問題も見つけられなかった ぬえ。どうしてこの会場が音響が悪いという評判なのだろう? と思っていましたが、じつはこれ、スピーカーを通したPA機器に問題があったらしいのです。

今回もギターやキーボードなどアンプで拡声する楽器があったし、アコースティックな楽器でも和太鼓など大音量の楽器に箏やチェロが負けるので、一部マイクで拾って拡声する場面もあったのですが、どうやらその接続機器の配線に問題があったようです。大道さんはそれに気づいて配線の修正をしたらしく、これで音響の問題は解決しました。言うなれば劇場の評判もこれで修正されるはずで、今回の公演の中でも劇場に対する貢献はダントツだったでしょう。

ほかにもヘアメイクで手腕を発揮したアキコさんとか、舞台監督? として見事な腕前を披露し、写真撮影までこなした寺内健太郎さんとか、紹介したい人はたくさんあるのですが画像がなく。。

マネージャーとして一行のスケジュール管理など多方面に渡って活躍した美里さんをご紹介しておきましょう。



じつは彼女、公演当日は和装だったのですが、黒い着物に黒いインカム。あ、それコーディネートですか? なるほどー、コーディネートはこうでねえと。

ところで、ギターの織川さん、キーボードの赤石さん、音響の大道さん、箏の夕貴子さんは、そろって関西出身だそう。それが楽屋で話題になったら、マネージャーの美里さんや、Baliasiの千絵さんまで、みんな関西人だとわかりましてん。そしたら、みんな一斉に楽屋で関西弁でしゃべりまんねん。どないなってんのやろ? 儲かりまっか? ぼちぼちでんなー
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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その6)

2017-02-07 21:35:57 | 能楽の心と癒しプロジェクト
生け花が完成すると、華やかな衣裳を着たBaliasiさんたち(この人たち、何回衣裳を着替えているんだろう。。)と、幸代さんが率いる振袖を着た女性たちが現れて、俄然 舞台はにぎやかになります。振袖を着た女性たちはロサンゼルス在住の日系の方たちで「稲穂姫」と呼ばれていました。この役は一粒の稲穂が萬倍にも増えたことを祝う神々でもあろうし、それを享受する人間たちの喜びでもあるでしょう。











やがてBaliasiさんと「稲穂姫」のみなさんは舞台を降りて客席も巻き込んでのフィナーレへ。(画像は幸代さんのfacebookページから拝借しました) m(__)m



神から五穀を与えられた人間は、農業をはじめて萬倍の収穫を得、豊かな生活を送ることができるようになりました。この劇は日本では八百万の神々を通した自然への感謝と賛美の劇と捉えられますが、このように外国で上演するときには、人々が手を取り合って喜びを分かち合う姿をもって平和な世界の現出を意図することもできそう。。もっとも、食事が満ち足りれば世界は平和、なんて甘いメッセージは簡単には通用しませんけれど。しかし、童話のようなこの作品なら理想の世界をみんなで夢見ることは可能かも。

さて Baliasiさんと「稲穂姫」が客席から去ると、舞台にぽつんと取り残された生け花。静寂がやってきます。ようやく ぬえの出番だ~

本番の舞台ではここでちょっとしたアクシデントがあったのですけれども、チェロのメイちゃんがあわてず騒がず演奏を始めてくれて、ぬえも登場することができました。

静かに登場した「天の御心」さんは、満足げに生け花を見上げると、五穀の恵みが八嶋の内にあまねく施された事を喜び、治まる世を愛でて舞を奏します。



このあと(地謡はいないので)自分で謡いながら舞ってトメ拍子を踏んで終曲。登場こそチェロの演奏に乗って現れますが、それ以後は能の形式のままで舞っています。

大盛り上がりのフィナーレに引き続いて 急に寂しく能の場面が置かれることについて、昨年の能楽堂公演の際にも関係者の間で賛否が分かれたのだそうで、しかし作者の松浦さんが 最後は静寂で終わりたい、と強く主張してこのような構成になったとのこと。その時も松浦さんからは「ロサンゼルス公演のときはにぎやかなままで終わる方が良いかもしれない」とは聞かされていました。が、結局この度も能楽堂公演と同じように静寂で曲を終える形式になったようです。

しかし能楽堂公演と違うのは終曲のあとにカーテンコールが追加されることで、これは海外公演では必ずやることになりますね。再び音楽がアップテンポで響き渡るのですが、最後に能のシテが登場するところだけは、装束がついた状態で手を振るわけにもいかず、『翁』のように正先で拝をすることにしましたので、その間だけ音楽を止めてもらうことにしました。(画像はあくまでリハーサルのものです。カーテンコールの練習中~w)




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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その5)

2017-02-06 02:43:41 | 能楽
アマテラスが天の岩戸から出てきたことで世界に光が戻り、さて騒乱を起こしたスサノオは高天原を追放されることになります。一人きりになったスサノオはオオケツヒメのもてなしを受けて食事を得ますが、それはオオケツヒメが鼻や口や尻から取り出した食材を調理して提供されたものでした。これを知ったスサノオは穢れた物を食べさせられた、と怒ってオオケツヒメを斬り殺してしまいます。







オオケツヒメ役はやはりロサンゼルス日舞チームの坂東秀十美さん。『一粒萬倍』で面白いのは、オオケツヒメはお酒を勧めたり、どうもスサノオを誘惑するイメージで描かれていることで、これは『古事記』や『日本書紀』には見えないので作者・松浦靖さんの創作でしょう。

が、二人が仲睦まじい場面があるからこそ、食物を体内から取り出したことを「穢れ」と見たスサノオの怒りが引き立って見えるのもたしかです。孤独になったスサノオをもてなす女神であれば、その程度の飛躍はかえって効果的かもしれません。

さてオオケツヒメの死骸からは頭に蚕、眼に稲種、耳に粟、鼻に小豆、陰部に麦、尻に大豆が生い出でました。カミムスビの神(天地開闢のとき天御中主〈アメノミナカヌシ〉に続いて2番目に生まれた神)はこれを取って種としました。これが五穀のはじまり。。すなわち農業の起源とされています。




カミムスビの神は再び登場の優艶ちゃん。 かわゆい。



。。ところで。アメリカでの公演で『古事記』の物語を上演するとき、本当に原典にある通り「口や鼻や尻から食物を取り出した」と、これをそのまま言うことは正しいやり方かなあ? と ぬえは考えます。身体を張って働くときの尻っ端折り。ここぞという時にもろ肌脱ぎ。ソバは音立ててすする。小鼓は鳴らすために唾をつけて湿気を与える。これらは日本の文化だから。

身体から出るものを「不潔」と日本人は必ずしも考えませんね。身体は神様からもらった賜物だから。。というのは どちらかといえば西洋的な発想の現代的すぎる捉え方で、それよりはむしろ、日本人が言霊(ことだま)というものを信じてきたからだと思います。万物に霊が宿ると信じていた日本人にとって、身体はいずれ空しくなる物体だけれど、そこから様々に形を変えて生じる物は霊力を持っていたり、その残滓だと考えてきました。身体から出て相手の心に影響を与える言葉の神秘は、まさに体内にある霊がなせる技と思えたでしょう。ところがスサノオがオオケツヒメに「穢れ」を感じたのは、彼女が体内から出した物が自分に供された食物だったからであり、彼が言霊に思いをいたさない粗暴な人物(。。神物、か。)だったからでしょう。

でもこの日本人の感性をそのまま外国人のお客さまに提示するのは ちょっと厳しいかなあ。グロテスクに思われてしまったら神話に共感を持って頂けなくなり、劇のストーリーにもついて来て頂けなくなるから。「身体の中から取り出した」。。くらいに表現をやわらげても良かったかも。

さて舞台はこれより『古事記』に描かれた世界を再現するのではなく、そのイメージをふくらませてゆきます。この辺りは舞台芸術が本領を発揮するところでしょう。

舞台には華道の専門家・本庄さんが巨大な「投げ入れ」の生け花を作っていきます。ほどよく形になってきたところで さきほど影絵でシルエットを見せたアマテラス。。 Baliasiのモモちゃんが登場、稲穂を本庄さんに渡して、これを加えることで生け花が完成。



モモちゃん、中学生なのにこの気品はなんだろう。







この場面、すなわち巨大な生け花が オオケツヒメの死骸から生い出た五穀をカミムスビの神が採取し、これをアマテラスが孫のニニギを葦原中国に下すときに与えたことにより農業が始まり、長い年月を経て大きく豊穣を見ることになった、という意味です。

ニニギのひ孫が神武天皇であり、ニニギが地上に降り立ったことを「天孫降臨」と言います(つまり『古事記』はそういう意図を持って書かれた書だということ)。『日本書紀』にこのときアマテラスがニニギに稲穂を伝えた、とあり、すなわち神が人類に農業を伝えたのですね。
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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その4)

2017-02-03 20:38:37 | 能楽
スサノオは粗暴のあまり度重ねて事件を起こし、これを恐れたアマテラスは岩戸の中に隠れてしまいます。すると高天原は暗闇になり、葦原中国も暗黒になりました。昼のない世界に邪神の声が満ち、幾万もの妖しい災いが起きました。

待ってました! 有名な「天の岩戸隠れ」ですが、ぬえはこの場面がだ~い好きー。この場面を見るためだけに ぬえはわざわざロサンゼルスにやって来ました!(うそ)

Baliasiの「暗闇さん」こと奈々さんと「ホワイトさん」こと美緒さんの二人が光と闇を表します。

最初、光と闇は仲良し。二人はいつも一緒です。



ところが段々に闇が光を覆い隠して。。





闇が光を覆い尽くしたとき、「暗闇さん」がニヤッと笑うんですよねー

『古事記』の「天の岩戸隠れ」の段は日食を表しているとも解されますが、まさにそういう感じに見えます。むしろ、岩戸に隠れるアマテラスそのものが登場するのではなくて、闇が世界を支配してゆく様子をダンスで表す、という手法がよく出来ていると思いますね。現に、この一連の場面では主役たるアマテラスはシルエットとしてしか登場しないのです。千絵さんが考えたんだろうか。面白い発想だと思います。

これに続く場面。。世界が暗黒につつまれて困惑した神々が一計を案じて相談し、アメノウズメに岩戸の前で舞を舞わせました。この騒ぎを聞いて不思議に思ったアマテラスがそっと岩戸の扉を開けると、たちまち世界に光が戻った、という「天の岩戸隠れ」の神話は日本人なら誰でもご存じでしょう。

アメノウズメ役はロサンゼルス在住で浅野太鼓の加藤雄太さんの推薦によって参加したKikiさん。





この場面、『古事記』では神々の相談では「長鳴鳥」(ニワトリ)を集めて一斉に鳴かせて朝の到来を祈ったり、鏡や勾玉を作って榊に飾り付けて御幣にしたり、鹿の肩骨を焼いて占いをしたり、と神社の祭祀や三種の神器の起源のようなことが書かれていて興味深いことではありますが、やはりアメノウズメの舞が眼目。頭に葛をかざし、笹を持ち、桶を踏み鳴らし、乳房を露わにして神懸かりして舞うと、八百万の神々はどっと笑い、アマテラスは暗闇のはずなのに楽しそうな喧噪を不審に思って岩戸から姿を現したのでした。

今回そのアメノウズメ役の衣裳を担当したのは押元末子さんという、ロサンゼルスで映画などの衣裳も手がける高名な方でした。着物をアレンジして、脚が見えるセクシーな衣裳をまとって激しく踊るアメノウズメ。Kikiさんの踊りは光り輝いていました。楽屋ではなかなか話す機会がなかった Kikiさんでしたが、公演当日かな、ようやく話すことができたので「良かったですよ~」と話しかけたら。。日系人ですが日本語は話せないのだそう。(@_@;)

そうして、舞台上に巨大なスクリーンが下ろされると、そこにシルエットになったアマテラスが登場します。アマテラス役は Baliasiのモモちゃん。雛ちゃんの妹で、なんと中学生です(!)



この子は中学生ながら、衣装を着けると とたんに気品が出てきますね。身長も高いし、アマテラスに見える。



ステージの後方から見るとこんな感じ。ライトに照らし出されてスクリーンに巨大な丸い光と、その中に稲穂を持ったアマテラスが現れます。丸い光は太陽を連想させ、そこでアマテラスが稲穂を持っているのは、孫にあたるニニギを葦原中国を治めさせるために降臨させたときに三種の神器とともに稲穂を伝えた、という『一粒萬倍』の根幹をなす神話を表します(じつは稲穂を伝えた、というのは『古事記』ではなく『日本書紀』に見えるお話ですが)。

去年、能楽堂での公演では舞台の構造上このスクリーンを持ち出すことができませんでした。なので ぬえはこの場面だけ、どうしても納得がいかなかったのです。暗闇さんが登場して暗黒の世界になり、そのあと激しいダンスがあって。。ぬえは楽屋でこのダンサーさんに失礼を顧みず「あなたは何のお役なんですか??」と聞きに行きました。アメノウズメです、と答えがあって。。さて? 踊り手がいるのに、それを見ているはずのアマテラスの存在がなければ踊り手がアメノウズメともわからない。。今回ようやく台本の意味が理解できました。

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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その3)

2017-02-02 12:09:55 | 能楽
ぬえの出番の次はイザナギ・イザナミによる婚姻と国生み神産み。イザナギは Baliasiの雛ちゃん。まだ高校生です! そしてイザナミは同じく Baliasiの梨恵さん。





この場面で雛ちゃんは梨恵さんをおんぶする型があるのですが、そのあと雛ちゃん、両手を離すのです。去年最初にこれを見たときは、どうやってるのかよくわからなかった。今回梨恵さんに詳しく聞く機会があって、やっぱりおぶさる側の体重の載せ方にコツがあって、あとは脚力でがんばるらしい。いたいけな高校生・雛ちゃんを締めつけて成立しているわけですな。。



円満な夫婦生活をしていた二人の神ですが、火の神カグツチを産んだとき、その熱によってイザナミは死んでしまいます。





黄泉の国に去ってしまった。イザナミ。イザナギは彼女を忘れられず彼女に会いに黄泉の国へ赴きます。イザナミの制止にもかかわらずその中に入ったイザナギは、変わり果てた妻の姿に驚き逃げ、姿を見られたイザナミは怒り、そのあとを追います。

怒りのあまり形相が変わったイザナミの役を勤めるのは Baliasiのリーダー千絵さん。イザナミは夫のあとを追いかけるのですが、黄泉の国と地上とをわける黄泉比良坂(よもつひらさか)でイザナギが大石で道をふさぎ、ついに逃げおおせることが出来ました。









この暗黒の黄泉の国から出ることができないイザナミを、二枚の黒く長い布で表すのが斬新ねえ。



ちなみにこのあと千絵さんは布を手放して、イザナギを逃がした恨みを狂おしく舞うのですが、ここは本当に体力勝負らしく、舞台袖に退場するときには倒れ込むようで、Baliasiのメンバーが毎度、ガシッとそれを受け止めて肩を貸すように楽屋に連れ帰っていました。ひゃー

さてイザナギは黄泉の国から生還できたのですが、みずからの身の汚れを清めるために川に入って禊ぎをします。このとき左の目を洗ったときにアマテラスが、右目を洗ったときに月読命が、そして鼻を洗ったときにスサノオが誕生しました。

スサノオは荒ぶる神。高天の原で大暴れ。この役はロサンゼルス在住の成美さんです。まあ、よくここまで激しく動けるものだと思うほど。。





ん~、ぬえだけ運動量が少ない。。ホントは ぬえも激しい 切能の方が好きなんですけれども、まあ、こういう他のジャンルの芸能と競演する場合には、能には静かな動作の役が期待されることが多いし、またその方が効果が高いですね。

それと、ぬえの出番は劇の冒頭と最後だけなので、稽古の段階でもヒマでした。稽古2日目、浅野太鼓さんの稽古場から外に出てみたら、この日は朝からロサンゼルスでは珍しく(ほんの少し)降っていた雨がやみ、空に虹がかかっていました!



急いで写真を撮って稽古場に持って行ってみんなに見せたら。。

「どうも。。ほっこりしましたー」と、汗だくのちょっと疲れた顔で答えられました。
だってー。ヒマなんだもーん (・_・、)
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『一粒萬倍』ロサンゼルス公演(その2)

2017-02-01 02:49:33 | 能楽
空港からホテルへ、すぐにそこを出て劇場の下見、そして浅野太鼓さんのご好意で貸して頂いているというお稽古場へ。どこへ行っても空港とホテルと劇場しか知らない、というのは役者の常でありましょうが、今回もその例に漏れず。



ひと足先にロサンゼルス入りして独自の活動をしていた Baliasiさんたちも劇場で合流して、浅野太鼓さんに向かい、稽古の開始。10時間だからヨーロッパなどと比べれば短いフライトとはいえ、到着してすぐ稽古というのもなかなかなスケジュールではあります。普段からほとんど睡眠時間というものがない ぬえには苦痛ではなかったですが、みなさんも意外にお元気にお稽古に突入していきました。

ここでまずはロサンゼルス在住の出演者さんたちとご対面しました。ここでは主に日本舞踊の方々、あとで邦楽囃子の方々、それから後日になりますがモダンダンスの方。ここは厳密に言えばロサンゼルス「郡」ではありますがトーランス市という、ロサンゼルスとは別の市でして、トヨタはじめ日本企業が多くあるため日本人コミュニティが発達しているとのこと。日本の文化もある程度伝わってるとは思いましたが、これほどまでとは。。単に趣味として日本の伝統芸能を稽古されているだけではなくて、今回出演された方々の中には日本舞踊や小鼓などでは相当の地位にあったり、あるいは流儀を背負っておられる方までおられました。まして、それぞれの方が教室を開いたりするのみならず、芸事とは関係なく日本人コミュニティの中で中心的な役割を果たしておられたり。

さて浅野太鼓さんをお借りしてのお稽古が2日間あり、それから公演会場に場を移しての稽古が1日。そうして公演当日にもリハーサル。およそ能楽師にとっては考えられないスケジュールですが、なんといっても上演曲目は新作。そうして出演者は日本から参加する者とアメリカ在住の方々の混成。そのうえ前回 東京の能楽堂での公演の経験者にとっても舞台の違いはあるし、まして楽器の編成も替わっているし、ぬえの登場場面の共演者まで変更されたので、ぬえにとっても前回と同じようにはいきません。

また ぬえの謡う詞章も今回に合わせて改変が必要だったし、その文案を練ってはいましたが、最終的にはロサンゼルスに渡航する飛行機の中で完成させる有様でした。このくらいの稽古量はあって然るべきでしたね。

お稽古の様子はこんな感じ。2日間の浅野太鼓さんでの稽古と、会場に場所を移してのドレス・リハーサルと、画像を取り交ぜながら物語の進行を見て頂きましょう。



こちら作者で主催者の松浦靖氏。この方の奥さんが ぬえの大学時代の同級生で、大学では文学研究会でも一緒の仲間でした。卒業以来まったく会っていなかったけれど、去年突然連絡がありまして、なんと「25年間アメリカで暮らしていた」「夫は別の大学の同級生で映像作家。ぬえ君とも会っているはず」「今度能楽堂を借りて劇をやるんだが出演してくれないだろうか」と、びっくりするような内容でした。こうして昨年の秋に梅若能楽学院会館での『一粒萬倍』公演に出演させて頂くこととなり、この度はロサンゼルスでの再演となったわけです。

さて物語は『古事記』の世界を表現する無言劇(ぬえは謡う場面あり)ですが、『古事記』に馴染みのないアメリカ人の観客のために、能楽堂での公演ではなかった「語り部 Story teller」という役が今回追加され、日系のマーフさんとケイコさんがその役を勤められました。劇の場面の合間、合間に『古事記』の物語を要約して伝えます。





このお二人、「Grateful Crane Ensemble」という日系2世を中心とする劇団のメンバーでして、日本語はほとんどしゃべれないにもかかわらず、東日本大震災の被災地を慰問する活動をしておられます。最初それを聞いた ぬえはどういう活動ができるのか疑問だったのですが、映像を見せてもらって納得! 日本語で演歌ショーのような事をしてみせるのです。抱腹絶倒! これなら東北の仮設住宅のおばあちゃんたちも大喜びだったでしょう。今回も楽屋でのムードメーカーで、みんなから「Daddy」「Mom」と呼ばれてました。

さて原文で「天地初めて發けし時、高天原に成りし神の名は」と始まるところ。『古事記』には最初にすでに「高天原」が存在するわけですがその描写はないので、ここは旧約聖書の「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた」(『聖書 [口語]』日本聖書協会)というイメージを持ち込んで、ぬえが登場して謡う文句も「夫れ天地開けしその始。寂然たる大海に波立ち起こり。三柱の御神現れ給ふ」としてみました。

この ざわつく海を表すのが純白の衣装をまとった Baliasiさんたちの群舞。美すぃです。





この「ざわめき」を表すのが組太鼓のみなさんで、石塚由有(ゆう)さん率いる「因陀羅(インドラ)」のみなさん。カッコ良いです。





やがて巫女(優艶さん)が現れて無言で鈴を振り、神の到来を予感させます。優艶ちゃん かわゆい。





そうして ようやく ぬえの出番です。ぬえは「天の御心(あめのみこころ)」という役で『古事記』には登場しない架空の役柄。『古事記』にいう天地開闢のときに現れたという三柱の神々よりも先に登場して神の出現を言うのだから、神、とも言いにくい役ですね。人物というよりは神々の創世を目撃している宇宙そのもの、という感じであろうと思います。だから神々の出現を言祝ぐ、という意味で榊を持ち、イロエを舞いました。



イロエは能楽堂公演でもご一緒した小鼓(望月左武郎さん)と、今回特筆すべきチェロ奏者のメイちゃんです。メイちゃんは当地では「8年生」というらしいですが、なんと中学2年生の14歳!





メイちゃんについてはあとで詳述しようと思いますが、ともかく『一粒萬倍』の ぬえの出番の中ではこのチェロを入れた「イロエ」が素晴らしいと思います。これは能楽堂公演のときのチェリストの選曲のセンスと技術に負うところ大きいのですが、チェロと能がこれほどまで合うとは思ってもみませんでした。

メイちゃんは能楽堂公演のビデオなどを見てよく研究していて、この若さで見事に大役を果たしてくれました。拍手。わは。
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