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読書「ボストン、沈黙の街Mission Flats」ウィリアム・ランディ 2003年9月刊

2021-03-24 13:10:10 | 読書
 読後の印象というか感想というか、どうも書きづらい本ではある。多くのミステリーではざっくり言えば、事件が発生する、捜査が行われ、犯人を逮捕、一件落着というパターンが多い。ところがこの本では、そうはならない。

 人間の業(ごう)、つまり人として生まれ非合理であるとわかっても、行ってしまう行為を描き、惹きつけてやまない。

 プロローグで示されるのは、カナダと国境を接するメイン州の人口数百人の片田舎ヴァーセイルズ(架空の町)の町の警察署長を務める弱冠25歳のベン・トルーマンが、亡き母を思うくだり、

 その5年後、1977年3月11日、午前1時29分にボストンのミッション・フラッツ(これも架空)と呼ばれる地区にあるバーで強盗に射殺される警官。犯人はヤク中ダリル・サイクスとフランク・ファースロ。

 後にファースロは、厳寒の川に身を投げる。一方サイクスは、警官隊に41発の銃弾を浴びて死んだ。

 これらは何を示しているかといえば、ボストン市警には、これら犯人を逮捕し起訴するつもりなどない。警察は犯人の死を望んでいるというわけ。警官殺しの報いといえる。

 10年後、1987年8月17日午前3時25分。ミッション・フラッツ地区。三層式住宅と呼ばれる木造住宅、ここはミッション・ポッシと呼ばれるギャング団の麻薬密売所なのだ。
 警官隊の中に麻薬課刑事フリオ・ヴェガとパートナー、アーティ・トゥルーデルがいる。ドアは閉まったまま、開けられる気配はない。大男のトゥルーデルが大槌を振るった。中からショットガンが炸裂する。トゥルーデルが頭に銃弾を浴びて死亡。

 これだけではない、1997年10月11日主人公ベン・トルーマンの登場である。メイン州の地図を見ていると、かなり湖が多い。ヴァーセイルズの町の近くにもマタキセット湖がある。湖畔にはロッジが並んでいる。

 ときどき見回りに訪れるベンが異様な臭いに気づく。そのロッジの中には、サセックス郡地方検事補ロバート・M・ダンツィガーが血を流して死んでいた。

 ここでアウトロー(無法者)の本来の意味を少し。もちろんこの本からの引用だ。「現代ではこの言葉はあらゆる犯罪者をさすのに使われる。古いイングランドの法律では、もっと明確に定義されていた。
 法廷で無法者と裁定されれば、文字通り法律の外(ロウのアウト)に置かれた。つまり、法の保護を一切受けられなくなるのだ。無法者からものを奪っても、あるいは殺してもお咎めはいっさいない」

 警官達にはこの血が脈々と受け継がれているかのように、橋の欄干から飛ばされたり、肉体をぼろ布のようにズタズタにされたりする。

 小さな町の警察署長ベン・トルーマンがボストンでの捜査会議を終え犯行現場に再び訪れた時、出会ったのが元警官のジョン・ケリー。以後ともに力を合わせ、プロローグで示したすべてが交錯し、人間の業がいや応なく迫ってくる。

 ハーバードなど有名大学や史跡に恵まれたボストンではあっても、アメリカのどこの都市にでもあるような荒廃した地区が存在する。そこを舞台に物語は、異質な面白さを秘めていた。

 まじめで良心的なベン・トルーマンでも、深い仲になったジョン・ケリーの娘で地方検事補のキャロラインに対し、秘密を持ち続けなくてはならない。とはいっても、ベンとキャロラインのラブストーリーは、車のハンドルの遊びにも似た一服の清涼剤であった。

 こんな場面なんかはどうだろう。わたしがはじめてキャロラインにキスしたときのこと―――彼女は一歩うしろにさがると、微笑んでわたしの名を呼んだ。そして「本気なの?」と念を押した。
「本気も本気だ」
 1台の車がわきを通り過ぎていくのを、わたしたちは照れ臭そうに見送った。ここはわたしのホテルの外だ。ドアマンがこっちを見ている。夜の空気はひんやりしていた。
「ベン、無理にくどいてくれなくてもいいのよ。どうしてもってわけじゃないんだから」
「どうしてもくどきたいんだと言ったら?」
「だったらぐずぐずしないで」
 それでも予期せぬ結末に、チョット気持ちが落ち込む。

 
 著者について、1963年にボストンで生まれイェール大学を出てマサチューセッツ州ミドルセックス郡で地方検事補を7年間務めた。本作はデビュー作品。

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