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読書「プリズンホテル 夏」浅田次郎

2020-05-10 16:22:44 | 読書
 初刊1993年というから27年前になる。浅田次郎の直木賞受賞作「鉄道員」が1997年なので、この作品はウォーミングアップと言ったところか。

 極道小説で巷の人気をさらっているのは木戸幸之介。「東大なんて楽勝だと豪語していたガキがよ、ワセダの二文まであっさり落ちて、おまけに駿河台予備校の試験まで落ちてよ」と木戸孝之介を揶揄しているのは、孝之介の叔父でやくざの木戸仲蔵親分なのだ。

 孝之介の父の七回忌に白いベンツでやってきた仲蔵オジが「リゾートホテルを始めた」という。なんでまた酔狂なと思われるかもしれないが、もちろん抵当流れの物件ではあるが、やくざ者が刑務所から出てくればひとときの安らぎが必要なのだ。それを提供する意味もあって仲蔵親分はホテルを始めた。

 そのホテルへ向かう木戸孝之介には、同伴するオードリー・ヘップバーンを彷彿される美女・清子がいて月20万円で契約している。夜とぎも入れての値段で、表向きは「秘書」という立場だ。

 しかも元夫は、やくざ者で刑務所で服役中とあり、清子もこの世界には詳しい。作家としては情報源の清子としても重宝な存在。それなのに木戸孝之介は、偏屈で悪意のある人間との評判がある。やくざ者よりたちが悪そうなのだ。

 仲蔵オジの「奥湯元あじさいホテル」は、プール、野球場つきで、支配人、料理人以外はその筋の人たち。一応極道専用ではあるが、一般客も受け入れる。

 言葉遣いはまるで任侠の世界。任侠の世界といえば、連想するのは清水次郎長。そして、清水次郎長と言えば、浪曲の二代目広沢虎造。「飲みねえ 飲みねえ すし食いねえ よう神田の生まれだあ 江戸っ子だあ」という江戸言葉。

 この生粋の江戸言葉、下町言葉ともいう粋でいなせな口調が最近聞けなくなった。もうずいぶん前になるが、日比谷線の築地駅で聞いた江戸言葉が今も耳に残っている。

 そんな懐かしさとともに読み進むと、大手の商社を定年退職した夫婦が投宿。やたら威張り散らし上から目線で不機嫌な夫に離婚届を突き付ける腹づもりの妻。

 林道で死に場所を探したが死にきれず、このホテルと決めた夫婦と子供三人の家族連れ。

 ツッパリ息子をアルバイトで働かせるホテルの支配人。台風襲来の夜、人情ドラマが生まれる。

 すがすがしいエンディングとともに自殺志望家族にエールを送る梶板長の言葉と料理。「今日は先代ゆずりの鮎会席にいたしましたよ。たんと召し上がってください。この梶平の包丁は、まだまだ錆びちゃおりませんよ。ねえ、旦那さん、成仏するなんてかてえことはおっしゃらずに、ずっとここのいらして下さいな」

 フランス料理の服部シェフが見た会席膳に自らの腕を恥じた。その料理とは、笹の葉に根ショウガを添えた塩焼。ゆずの香りの立ち昇る奉書焼。氷を敷いた重箱の上にシソの葉を置き骨ごと輪切りにした背越しの刺身。山菜と生のはらわたを和えたうるか(鮎の内臓の塩辛)。花籠にはから揚げ、鮎飯に吸い物、骨酒、ガラスの高坏(たかつき、1本の足の上に台を乗せて食べ物をもる)に甘露煮と栗とを葛(くず)で固めた、琥珀色の羹(あつもの、熱い吸い物)。和食の贅を尽くしたという感じで、こちらが食べたくなる。

 昼間の暑気を払う、夕暮の縁側をかすめるそよ風のように、心地よい余韻を残す読後感である。夏、秋、冬、春の四部作。 
    
コメント (1)
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