言語空間+備忘録

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金融緩和は「確実に」需要を増大させる

2011-11-20 | 日記
水野和夫・萱野稔人 『超マクロ展望 世界経済の真実』 ( p.189 )

萱野 しかし現実には、低成長を前提とする社会設計の方向になかなか議論がすすんでいっていません。たとえば最近またリフレ派とよばれる人たちの発言が活発になっています。
 リフレ派というのは、日銀がインフレ政策をとって量的緩和をすることで、デフレの脱却や経済成長が可能になる、という立場のことです。インフレになれば財政赤字も実質的に縮小するし、通貨が下落して輸出も増えるので、需要不足も解決されるだろう、と。

水野 そうですね。そして、それができないのは日銀にやる気がないからだとリフレ派の人たちはいうわけです。

萱野 リフレ派の主張に対して明確に反対しているエコノミストって少ないと思うんですが、そのなかで水野さんはひじょうに目立っている。かなり矢面に立たされているんじゃないですか。

水野 もうけちょんけちょんですよ。「あいつは大学で経済学の勉強をしていないにちがいない」とか、ひどい言われようです。

萱野 水野さんからみて、リフレ派の問題点はどこにあるのでしょうか。

水野 リフレ派はこう主張します。ある一定期間ベースマネーを増やせば、マネーサプライが増える。マネーサプライが増えるとどうなるか。実物経済にはそれ以上経済成長率が高まらない「潜在成長率」という中長期的な上限があるから、それを超えてマネーサプライを増やせばかならずインフレになるんだ、と。
 しかし、こうした主張があてはまるのは九〇年代前半までです。九五年以降、つまりグローバリゼーションによって国際資本が自由化し、金融経済が全面化してしまうと、ベースマネーを増やしても国内の物価の上昇にはつながらなくなってしまった。現在、金融経済の規模は実物経済よりもはるかに膨らんでいて、金融経済は余剰マネーだけで一〇〇兆ドルです。これに対し実物経済の規模は、名目GDPで測って六〇兆ドルです。
 そもそも実物投資では儲からないという状況があるときにベースマネーを増やせば、短期で資金調達をし、そこに金融技術でレバレッジをかけて長期債券や株式、そして金融商品化したWTI先物に投資して、瞬時に実物投資一〇年分の利益を得ようとするような行動を喚起することにしかなりません。そうした状況で量的緩和政策によってベースマネーを増やせば、物価ではなく資産価格の上昇をもたらすだけなのです。

萱野 要するにバブルが起こるだけだと。

水野 ええ。しかも国内に起きるかどうかさえわからない。円キャリートレードということが話題になりましたが、資本が国境を簡単に越えるようになると、円を金利ゼロで調達して、金利の高い外国債に投資するという行動がすぐに生まれてきます。リーマン・ショックのおきる前の〇七年でもアメリカの国債の利回りは四~五%ありましたから、これだとほとんどリスクをとらずに利益をだせるわけです。海外勢もマネタリストが多くて、日銀はもっと量的緩和すべきだなんて言っています。でも、量的緩和をしたところで、円は国内にはとどまらないんですね。
 そういう意味では、インフレは貨幣現象だというテーゼは国民国家経済の枠内でしか成立しない。アダム・スミス以降、経済学というのはすべて国民国家体系を前提として組み立てられた経済学です。

萱野 新古典派とよばれるものも結局は閉鎖系で考えているわけですね。

水野 同時に、実物経済が中心なんです。金融経済はあくまでも実物経済の循環に役立っているだけ、という想定ですから。

萱野 要するに、国際資本がここまで自由化されて、なおかつ金融経済と実物経済の割合が完全にひっくり返ってしまうと、たとえベースマネーを増やしても、バブルをもたらすだけだろうと。しかも国内にマネーがとどまるわけではなくて、まったく別のところにいってしまうだろうということですね。
 そうなるとやっぱりケインズは正しかったということでしょうか。ケインズは、ベースマネーを増やしたからといってかならずしもマネーサプライが増えるわけではないと述べています。その指摘は的を射ているのではないでしょうか。ただ、だからこそ国家はもっと財政出動をすべきだとケインズがいうところは、低成長社会の現状にはあてはまらないと思いますが。

(中略)

水野 そうですね。でも、リフレ派はまったくへこたれないんですよね。日本では九九年からゼロ金利にして、二〇〇一年から量的緩和をやって、もう一〇年以上、金融緩和をつづけているわけです。一〇年やってもインフレにならないのだから、その事実によって「インフレは貨幣現象である」という命題は否定されたと思うんですけれども。
 ところがリフレ派の人たちは、量的緩和は日銀が嫌々やっていることだというのをみんながわかっているからダメなんだと、そういうことを言いだしているのです。

萱野 日銀はもっと本気でやらないから、人びとがインフレ期待をもてないんだと。

水野 そう、ほとんど精神論に入っているんですよね。いよいよマネタリストも言うことがなくなってきたのかなと思います。
 インフレ期待を喚起できるのは、萱野さんがおっしゃったように耐久消費財が普及していく過程においてです。そういう時代なら、日銀が量的緩和をしてインフレ政策をとっているとわかれば、「三年後に値段が上がるんだったら、ローンを組んでいま買おう」となります。つまり、耐久消費財の市場が拡大しているのであれば、インフレ期待に働きかけることもできる。けれどもいまは耐久消費財が社会にいきわたってしまい、新しく欲望を喚起できなくなっているので、量的緩和は実物経済での物価の上昇にはつながらないのです。


 デフレ脱却のために金融緩和をしろ、というデフレ派の主張は間違っている。いまや、金融緩和を行っても物価が上昇する時代ではない、と書かれています。



 著者らは、
そもそも実物投資では儲からないという状況があるときにベースマネーを増やせば、短期で資金調達をし、そこに金融技術でレバレッジをかけて長期債券や株式、そして金融商品化したWTI先物に投資して、瞬時に実物投資一〇年分の利益を得ようとするような行動を喚起することにしかなりません。そうした状況で量的緩和政策によってベースマネーを増やせば、物価ではなく資産価格の上昇をもたらすだけなのです。
と述べています。

 この現状理解は、おそらく正しいでしょう。この点では、私も同意します。



 しかし、私は、著者らの上記主張は間違っていると思います。

 私が、著者らの主張は「おそらく正しいでしょう」と述べつつ、同時に、「著者らの上記主張は間違っている」と述べているのはなぜか。以下では、それを説明します。



 人々(大衆)にとって、最大の買い物はなにかといえば、それは「家」です。

 みなさんも不動産(家)の広告を見たことがあると思いますが、そこには、「金利の低いいまなら、家賃を払うより、ローンで家を買ったほうがお得!!」といったフレーズが書き込まれています。ほとんどの人はローンを利用して家を買いますが、そのとき重要なのは、ローンの金利(利息)です。不動産(家)は「きわめて高価」なので、金利の高低は馬鹿になりません。金利だけで、数百万円にもなってしまうからです。

 とすると、金融緩和によってローンの金利(利息)が下がれば、不動産の購買意欲が増すことになります。実際に、金利が低い(低くなった)ので家を買ったという人はたくさんいます。



 著者らは「耐久消費財が社会にいきわたってしまい、新しく欲望を喚起できなくなっている」と述べていますが、

 それはテレビや冷蔵庫、洗濯機といったレベルの話で、「家」については、このような状況にはありません。今でも、家を借りて借家に住んでいる人は、大勢います。

 つまり、金融緩和がなされて金利が(わずかでも)下がれば、家を買いたいという人はたくさんいるということです。



 そして、さらに重要なのは、家を買った場合、多くの人は冷蔵庫や洗濯機などの家電のほか、カーテンやテーブルなどの家具も買い替える傾向がある、ということです。「新しい」家には、「新しい」家具・家電を置きたくなるのが、人間です。

 つまり、たしかに今は冷蔵庫や洗濯機、カーテンやテーブルなどの「耐久消費財が社会にいきわたって」いるけれども、金融緩和がなされて金利が(わずかでも)下がれば、これらの耐久消費財の需要も確実に増えるわけです。



 これら、金利が「わずかでも」下がれば、家や耐久消費財の需要が「確実に」増えるという事実を考えれば、金融緩和(量的緩和)によって需要は確実に増える、と言ってよいことになります。つまり、金融緩和(量的緩和)の効果は、確実に現れるということです。

 とすれば、量的緩和は実物経済における物価の上昇につながる可能性が高い、と考えられます。



 したがって、私は、中央銀行(日本でいえば日本銀行)が量的緩和を行えば、その効果は確実に現れ、物価上昇をもたらす可能性が高い、と思います。



 なお、上記引用部において、
水野 そうですね。でも、リフレ派はまったくへこたれないんですよね。日本では九九年からゼロ金利にして、二〇〇一年から量的緩和をやって、もう一〇年以上、金融緩和をつづけているわけです。一〇年やってもインフレにならないのだから、その事実によって「インフレは貨幣現象である」という命題は否定されたと思うんですけれども。
 ところがリフレ派の人たちは、量的緩和は日銀が嫌々やっていることだというのをみんながわかっているからダメなんだと、そういうことを言いだしているのです。
といった主張もなされていますが、

 実際問題、諸外国の中央銀行に比べ、日本の中央銀行(日本銀行)の金融緩和(量的緩和)に対する消極姿勢は際立っています。量的緩和は「日銀が嫌々やっていることだというのをみんながわかっているからダメなんだ」だと考えるか、量的緩和の「程度が小さい」からダメなんだと考えるか、そこのところはともかく、

 すくなくとも、10年以上金融緩和を続けているにもかかわらず物価が上昇しない(インフレにならない)ことをもって、金融緩和(量的緩和)には物価上昇をもたらす効果がない、と考えるのは早計だと思います。つまり、そのように考える(物価上昇効果はないと考える)余地はたしかにあるが、「物価の上昇をもたらす効果は、十分にある」とも考えられ、かつ、このように考える(物価上昇効果があると考える)ほうが、おそらく合理的である、ということです。



 この記事をもって、「クルーグマンの比喩「子守協同組合」」で述べた私の意見を(一部)変更します。変更の理由は本記事を読まれたならば、わかると思います。



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