「縦糸」は何? へ各所からの反応を受けて・・・
それぞれ何回かに分けて反応することになると思うので、
ひとまずコメント返しみたいなものを。
Creative Factory 03#2さん
「縦糸」は全体で見るもの
>織物の縦糸を1本単位で、バラバラに見ること自体が俺には理解出来ないんですよ。
ちなみに、俺が織物でもっているイメージはトルコ絨毯です。
あ、なるほど「織物」のイメージでしたか。
私のほうは思わず「編み物」のイメージで語っていました。
毛糸編みやら蔓細工のイメージです。
編み物は縦糸を軸に横糸を使って形を作り出していく感じになるので
途中で枝分かれさせたり縦糸を足したりすることも行われます。
「白き翼」については、もう少し考察してみましょう。
(7/11 こちらにて考察)
JUNのBLOG the 3rd trialさんの
ネギま!の本筋とは何か?
>Masaxaさんは、おそらく本筋を
「ネギま!」という作品が最終的に到達すべき地点と、そこへ至る道筋
であると捉らえているように思います。
あ、コレはまさしくその通りです。
恐らく「作品自体のテーマ」と「現在のストーリーの筋道」のどちらを
「本筋」と呼んでいるかから来る違いだと思います。
(7/8 この辺をもう少し詳しく書いた記事を用意しました)
「父親探し」を作品の筋と捉えるには寄り道が多すぎることを
どのように捉えればいいかという視点で書いていましたから。
それと私の場合、唯一の比較対象が「ネギま!?neo」でして、
そこらへんも影響しているかもしれません。
少し「ネギま!?neo」について書いてみます。
ヒナギクさんちの晩ご飯さんの
ネギま!のレシピ(妄想編)
>要するに、ネギの成長物語に突入すると、ハーレムラブコメのヒロイン達が多すぎて重いと言うこと。
コレは確かにその通りかと。
ここらへん、「萌えvsバトル」のアンケートとかも少し絡んでいる感じがします。
やはり赤松先生サイドも両立の難しさに悩んでいるのではないかと思います。
とりあえず、あまり勘違いはしていないと思いますよ(^_^;
アンケートのときに少しそこらへんを考察してみましたが、
いつかもう少し突っ込んで考察してみたいなと。
それぞれ何回かに分けて反応することになると思うので、
ひとまずコメント返しみたいなものを。
Creative Factory 03#2さん
「縦糸」は全体で見るもの
>織物の縦糸を1本単位で、バラバラに見ること自体が俺には理解出来ないんですよ。
ちなみに、俺が織物でもっているイメージはトルコ絨毯です。
あ、なるほど「織物」のイメージでしたか。
私のほうは思わず「編み物」のイメージで語っていました。
毛糸編みやら蔓細工のイメージです。
編み物は縦糸を軸に横糸を使って形を作り出していく感じになるので
途中で枝分かれさせたり縦糸を足したりすることも行われます。
「白き翼」については、もう少し考察してみましょう。
(7/11 こちらにて考察)
JUNのBLOG the 3rd trialさんの
ネギま!の本筋とは何か?
>Masaxaさんは、おそらく本筋を
「ネギま!」という作品が最終的に到達すべき地点と、そこへ至る道筋
であると捉らえているように思います。
あ、コレはまさしくその通りです。
恐らく「作品自体のテーマ」と「現在のストーリーの筋道」のどちらを
「本筋」と呼んでいるかから来る違いだと思います。
(7/8 この辺をもう少し詳しく書いた記事を用意しました)
「父親探し」を作品の筋と捉えるには寄り道が多すぎることを
どのように捉えればいいかという視点で書いていましたから。
それと私の場合、唯一の比較対象が「ネギま!?neo」でして、
そこらへんも影響しているかもしれません。
少し「ネギま!?neo」について書いてみます。
ヒナギクさんちの晩ご飯さんの
ネギま!のレシピ(妄想編)
>要するに、ネギの成長物語に突入すると、ハーレムラブコメのヒロイン達が多すぎて重いと言うこと。
コレは確かにその通りかと。
ここらへん、「萌えvsバトル」のアンケートとかも少し絡んでいる感じがします。
やはり赤松先生サイドも両立の難しさに悩んでいるのではないかと思います。
とりあえず、あまり勘違いはしていないと思いますよ(^_^;
アンケートのときに少しそこらへんを考察してみましたが、
いつかもう少し突っ込んで考察してみたいなと。
本来のネギの目的は、「父親のようなマギステル・マギ」になる事だと思います。
ただ父親の存在は避けて通れない訳で、ましてや父親が生きているとなれば、そのストーリーを描くのは当然だと思います。
第1部が「ネギ」と「生徒達」の関わりの始まりだとしたら、第2部は「ネギの感情の暴走」に対して「生徒達」がどう向き合いどう接するのかがテーマだと思います。
もちろん、私の勝手な解釈ですが。
だとしたら現在は、1つのテーマの1部分を描いているのでぶれていないし問題ないと思います。
今回の話は、運動部の扱い方(使い方)から発生したものですが、個人的にはアリだと思っています。
逆に「おっさん」さんがしきりに「212時間目」の
ラスト1ページに拘っていますが、だとしたらどう描いていたら納得したのかと提示しないで、やれ「縦糸」だやれ「横糸」だといわれても申し訳ないですが答えようが無いと思います。
なので、こちらに書きました。
Masaxaさんの考えは間違えではないと思いますよ。
長文でごめんなさい。
ちょっと色々考えなければいけないことが出て来たもので。
ネギの目的は「父を追う」なのですが、
「父のようになること」と「父を探すこと」とがネギの中で混同気味になっていて
ちょっと語りづらい部分があるのです。
第一部と第二部のテーマは言われてみれば色々思い当たるものがあります。
どう描いていたらというのは作品の構造上、提示するのは相当難しいと思います。
むしろ赤松先生サイドの試行錯誤の結果が現れているのではと。
「燃え」と「萌え」のこともあり、「ネギま!」自体が実験的作品という要素もあるように見えますし。
参考になるコメント有難うございました。