ひねもすのたりにて

阿蘇に過ごす日々は良きかな。
旅の空の下にて過ごす日々もまた良きかな。

ジャール平原へ ー番外編ー

2023年08月08日 | ラオス2023
今回の旅行でちょっと気になった事どもを書いてみる。

1.「地球の歩き方」
 ベトナム航空機内で知り合ったAさんの話では、ハノイにあるラオエアの事務所が地図にあったが、実際に行ってみると跡形もなかったという話だった。「今年発行の最新版ですよ!」とえらく憤慨していた。「地球の歩き方」というガイドブックにはよくあることで、かってニャチャンのシンツーリスト事務所を歩き方の地図通りに行ったら見当たらず、尋ね尋ねて見つけた記憶がある。最新版でも地図の更新がされなくて、以前のものがそのまま記載されていることはままある。最近ではグーグルマップがあるので、こちらで検索した方が確実である。



2.Please wait 10 minutes 
  シェーンクアンのゲストハウスでバイタクを待っているときと、空港まで送るトクトクを待つとき、宿のオーナーが待っている私の顔を見て、「Please wait 10 minutes」と言う。だが10分待つまでもなく迎えはやってきた。ビエンチャンのホテルで呼んでもらったタクシーを待っているときもフロントマンが「Please wait 10 minutes」と仰る。しかし5分程でタクシーは来た。いつも思うのだが、彼らは何故10分待てと、つまり何故10分なのかと。
 私が思うに、彼らは呼んだ車が5分くらいで来るだろうと分かっているのだが、少し余分に時間を多く言っておいた方が客を失望させないと思っている節がある。



3.クレジットカードの手数料
 宿賃は基本的には現金払いを心がけているが、たまに帰国日が近いときに現金が手元に少なくなったときなどにクレジットカードを使うことがある。今回も最後の宿ではクレジットカードで支払ったが、手数料を3%加算された。宿賃自体が高いものではないので大したことはないが、以前インドネシアに行ったときもそうだったと思い出した。この手数料は国内で使用するときは取られないのに何故?と初めて調べてみた。どうやら、カード会社が利用店へ料金を支払う際に、日本円から現地通貨に換算するための事務処理コストらしい。そういうことかと納得。因みに今回の為替レートは1$=144.7円で、円安を実感する。

4.現地通貨
 ベトナムでは政府通達か何かで、全ての決済はベトナムドンで支払うことになっていて、ドル払いは受け付けなくなっている。少なくとも10年前はドル支払いが結構横行していたように思う。かのAさんも今回はドル払いできなくなりましたねと言っていた。ラオスでも政府から同様の通達が出ているはずだが、そうは上手くいかない。現地通貨のキープが日々(まさに日々)チャット安になる状況では外貨を握っておきたくなるのは仕方ないか。空港のタクシーカウンターでさえ、7$or119,000キープと併記してあるのが現状なのだ。


ラオスの最高紙幣100,000キープ札

その次の50,000キープ札

5.ラオスの物価
 対ドルや対バーツに対するキープ安は顕著なので、ラオスの物価はどうなのか、インフレが激しいのか等々少しだけ感じたことを記してみよう。
まずは今回友としたビアラオの値段は、BigCミニというコンビニの価格で見てみると、ビアラオの大瓶が18,000キープ、ビアラオ缶は10,000キープ、ビアラオ黒の缶とビアラオプレミアムの缶は12,000キープとなっている。レストランで飲む場合、ビアラオの大瓶は20,000~25,000キープ(160~200円)と、ほぼぼったくりはない。カオピヤック(麺料理)は23,000~30,000キープ、コーヒーは25,000キープ前後というところか。宿賃もそんなに高くはないのだが、何分にも円安ドル高は旅行にはかなり不利。その点ラオスの物価が高くなっていないのは助かる。


ビアラオ3種。今回飲まなかったが、ビアラオホワイトなるものもあるとか

6.トランジット
 ハノイのノイバイ空港でビエンチャンから到着した後に、アライバルではなくトランジットの通路(多くの空港で、到着は1階で出発は2階なので、トランジット客はボーディンパスを見せて2階に抜ける)を抜けたのだが、なんと抜けた先にはノイバイ空港から乗る客と一緒のレーンに来るようになっている。そのため、ここのセキュリティで乗客がごった返し状態で並んでいる。バンコクのスワンナプーム空港ではトランジット客は専用の入り口があって混み合うことはあまりない。日本人客は多くが「え~っ」と言っているので同じ感想だったようだ。


ノイバイ空港は非常にきれいである
国内線ターミナルと国際線ターミナルはシャトルバスで結ばれていて、到着ロビーから出た向こうに発着場がある
コメント (1)
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ジャール平原へ ービアラオを友にー 8

2023年08月07日 | ラオス2023
7月28日 ビエンチャン-ハノイ、そして福岡

ビエンチャンと旅行最終日となる。
ワッタイ空港20:00ーノイバイ空港(ハノイ)21:20   1:15(29日)ー福岡空港7:30の行程で帰国する
つまり、今日は17時まではビエンチャンでやり過ごさねばならない。
特に12時にホテルをチェックアウトしてからの5時間をいかに過ごすかが問題である。

午前中に片付けたいのは、コーヒー豆の調達。
昨日寄った店まで行く途中、国立文化ホール前の歩道で花を見ながら話しているカップルの会話が日本語だった。
声を掛けると、ハノイで働いていて休暇でラオスに旅行に来たらしい。
ビエンチャンから陸路バンビエンー-ルアンパバーンと北上するようだ。
ナンプーカフェ前の交差点まで一緒に歩き、その後は「元気で」と言って別れた。


National Culture Hall。いつ来ても閉鎖していて中を見せてはくれない。使ってんのかなぁ

コーヒーを買った店の女性は30歳くらいのきれいなお姉さんだったが、ちょっと無愛想。
豆を2袋自分用に購入し、後はパウダーにしたコーヒーを数袋買って、昨日両替したタイバーツ分は使ってしまった。
ホテルに帰る途中のBigCミニで性懲りもなくビアラオ黒の缶とポテチを買って部屋に入る。
11時にシャワーを使い、汗を流して着替える。
さっぱりとして最後のビアラオ(でもないか)をゆっくりと味わってチェックアウトしてフロンとに荷物を預かってもらう。


最後のビアラオ黒缶とポテチ

12時過ぎたのでまずは昼食なのだが、些かの思惑があって、ワットミーサイの境内を抜け隣の筋をメコン川方向に歩く。


ワットミーサイの正門

一昨日見つけておいた「居酒屋どんどん」に入る。
「いらっさいませ~」の声がかかり、入り口近くに席を取る。
メニューを見ると日本の居酒屋メニューと変わらないが、食事メニューもある。
壁の張り紙を見ると、ビール一杯はサービスとある。

「じゃあビアラオと餃子、それに冷や奴ね」メニューの絵を示して注文する。
ご飯類は昼は避けて、ビアラオとつまみで13:30まで位はねばろう。
この店では日本語の会話はあまり期待できないようだ。


居酒屋どんどんの内部

ビアラオ生と冷や奴。冷や奴にかかった大量の小葱と干しエビ

餃子も美味い

一番暑い時間帯に外に出るや、身体を包む熱気でつい近くのお寺に入る。
寺には木陰や建物など日陰には事欠かず、誰一人咎める者もいないので、休憩するには最適なのだ。
ボーッと休んで又外に出る。


ワットなんちゃら

寺を出たところにソフトクリーム屋があって、店を覗くと「HOKKAIDO MILK」というメニューがある。
そのソフトクリームを注文して傍の椅子に座って食べる。
暑いせいか、ソフトクリームが食べる前に溶け出す。慌てて口にした。
若干冷えたところで、空港方向に又歩き始める。


溶け出す北海道ミルク

歩くと暑い。しょうがないと途中のカフェに入り冷えたコーヒーを飲みながらタブレット。
それでも客が増えてくるとさすがにそんなには粘れない。
やっと4時前になったので、居酒屋どんどんに戻る。
今から早い夕食を摂って、空港に早めに行って快適な冷房につかる算段である。

夕食はラオス料理のラープにしようかと思ったが、何度も食べているし別にカレーでもいいかとビーフカレーを注文。
店員がビールは入らないかと訊く。ビール一杯はサービスだからね。
しかしもう最後のビアラオは飲んだので冷えた茶にする。


ビーフカレーは日本のものと遜色なかった

5時少し前に宿に帰り、フロントで空港までのタクシーを頼むとトクトクより20,000キープ高かったが、
外の暑い中でトクトクを捕まえるのが億劫になって、呼んでもらった。
空港には17:30前に着いた。17:30には早々とベトナム航空カウンターが開いて、
バックパックはハノイをスルーして福岡まで行くように手続きをし、
ボーディングパスもハノイまでとハノイー福岡間の2枚発行してもらってイミグレーションを抜ける。

その後は、21:20定時にハノイのノイバイ空港に到着、トランジットで出発ロビーに移動する。
翌日午前1:15発の福岡便までは4時間の待ち時間がある。
少しは腹ごしらえをとブラブラしているとバインミーの店がある。
バインミーが8$(約1,200円)だって!驚愕の値段。町中では50,000ドン(300円)がいいところだ。
仕方ない、なけなしの10$札で今回食べなかったバインミーをイートインで食する。


町中のものが美味いよなあ-

待合室で出発時間を待つ。
そこのボーディングゲートでは、ベトナム航空の名古屋便、ベトジェットの成田便、バンブーエアの成田便が
0:25,0:30,0:30と立て続けに出るのでその時間帯になると大騒ぎだった。
私が吃驚したのは、ベトジェットの乗客で最後にゲートを入ったのが0:20だったのだ。
出発10分前に乗るのお!早く乗っている人の冷たい視線を浴びるのは間違いなし。

その3つの便が出た後は、ベトジェットの2:00の便があるだけなので、
残っているのは概ね1:15発福岡便の乗客だった。
待ち時間4時間を無事過ごして6割くらいの搭乗率の福岡便に乗り込んだ。
今まではなかったと思うが、ベトナム航空の深夜便で初めて飲み物サービスがあった。
再び白ワインを飲んで(ただと思うと卑しいよなぁ)、酔いに任せて眠りにつき、朝食も断り寝て過ごす。

福岡には7:20に着陸。荷物を受け取り国内線シャトルバスに飛び乗る。
8:03の地下鉄に間に合い、博多駅バスターミナルには8:15着。熊本行き高速バス8:30に乗って帰る。
最後になるかも知れない海外一人旅はかくて終了。
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ジャール平原へ ービアラオを友にー 7

2023年08月06日 | ラオス2023
7月27日 ビエンチャン

今日1日はビエンチャンでのんびりできる。
タラートサオで土産のラオスコーヒーでも買おうか。
先日タラートサオモールにコーヒー専門のコーナーがあったのでそこに行ってみようかな。
朝食はBigCミニのサンドイッチとヨーグルトで、さすがに朝からビアラオはない。

10:00 宿を出て、ナンプーカフェレストランに行く。
実は今回20数年前に撮った写真を数枚プリントアウトしてきたのだ。
店先に中年女性がいたので、写真を見せると、吃驚して「これは私よ」と笑顔が弾けた。
数枚の写真を見て、それを話題にしているとき驚愕の事実が判明した。


昔初めてビエンチャンに来たときのナンプカフェ前でも記念写真。当時は女将と若女将と思っていた
余計なことだが、私も若い


今回撮った写真。20数年の歳月でも若女将の容色は衰えず


昔撮った写真。この子は先の写真の若女将の子供と思っていた。

しかし!私が若女将と思っていた女性はまだ結婚する前の独身女性で、
写真にある子供はなんと、年の離れた妹だったのだ。
その妹も20数年の時を経て、可愛い女性になって店の手伝いをしていた。
いやあ、20数年間全く疑うことなく、母子と思っていたのが姉妹だったとは、写真とは残すものだ。

後で食事に来ると約して斜め前の「DADA Cafe」に2度目の来店。
先日美味しかった豆で美味いコーヒーを入れて貰う。


「DADA Cafe」の内部、さすが首都のカフェ

その後タラートサオモールに行って土産のコーヒーに当たりをつけ、明日買うことにした。
土産を買うにはキープの量が些か心許ない。
タラートサオ内にある銀行の窓口に行くと、1バーツ=385キープである。
3月に孫と行った時のタイバーツが若干余っていたので、それを土産代に充てることにして交換。

大通りをナンプカフェに歩いて帰る途中、前を歩いていた欧米人女性が洒落た店に入った。
店のガラス戸に、「Coffee&Souvenir」とあるので、私も入ってみた。
あるある、タラートサオより安くて良さそうなコーヒーが数種類ある。
計算してみると7個程買えそうだ。明日仕入れに来ようと決めて昼食に行く。
明日のハノイ行きの便は20:00発で夕方までは暇なのだ。

土産の当たりもつけたので、安心してナンプカフェに行く。
土産物の店からは50m位ですぐに着いて店を覗くと、おお、ほぼ満席だが、一つ空いている席がある。
そこに座って、今では立派な女将さんになった女性に「カオピヤック」を注文。
冷えた水を1本オマケしてくれた。


店の作りは昔のままだった


カオピヤックの味は昔通りだったか、思い出せなかった

この辺りで寿司屋を2軒と居酒屋を1軒見つける。
明日は帰るし、ビエンチャンで寿司はないだろうと看板だけ見て帰る。
ビエンチャン初日に行ったナイトマーケットでも屋台の寿司屋があったが、
蠅の飛び交う暑い中での寿司は怖くて手は出せない。
フードコートの寿司屋にあった魚ネタはサーモンだけだったが・・・。

宿に帰る前に昨日に続き、タイソンキッチンに足を運び、今日は白ワインを1杯。
キリッと冷えたグラスワインを片手に、今晩は最後の夕食でステーキでも食うかなどと空想しながらのたりと過ごす。


通りを見ながら白ワイン

暑くなってきたので、ビアラオの黒缶を買って宿に帰り、汗を流して冷えた部屋で冷えたビールを飲む。
タブレットに取り込んだ小説を読み、いつか午睡に誘われる。

6時過ぎに宿を出て、ワットミーサイ(ミーサイ寺)の境内を抜けて隣の筋に入る。
これをメコン川方向に行くと真ん中辺り右に「ラ・テラス」というレストランがある。
一見高級そうなので、ここでステーキを注文する。もちろんビアラオ付き。

さてミディアムに焼いたステーキにナイフを入れた途端、しくじったことを悟る。
肉が固い!フォークで肉を押さえる左の指が力を入れてつりそうになり、
ナイフを持つ右手は腕の筋が凝わりそうになる。
カンボジアのシェムリアップのオールドマーケットで食べたステーキ以来に、
ティラノサウルスの歯を拝借したくなった。
それでも諦めず、8割方なんとか胃に収めて、途中にあった「ステーキハウス」という店にすれば良かったと、
まさに後悔先に立たずでありますよ。


一見麗しくもデリーシャスなひと皿

お口直しにメコン河畔を散策し、BigCミニで再度ビアラオ黒を買って宿に帰る。
シャワーを浴びてすっきりしたら、ステーキのことはきっぱりと記憶から消去し、
お気に入りのビアラオ黒を飲み、最後の夜としましょう。
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ジャール平原へ ービアラオを友にー 6

2023年08月05日 | ラオス2023
7月26日 シェーンクアン-ビエンチャン

シェーンクアン発の飛行機は、15:05なので、12:30に宿を出れば十分すぎる程間に合う。
余談だが、ハノイで一緒だったAさんは、ハノイ-ルアンパバンのチケットがラオス航空ということだった。
そのラオス航空のサイトに72時間前までにリコンファームが必要だとありました。
だから、ハノイの宿の近くにあるラオス航空の事務所でリコンファーム手続きをすると言っていた。
ところが今年発売の地球の歩き方の地図に載っていたその事務所は閉鎖していたそうで、
結局リコンファームはできなかったと嘆いていた。


ビエンチャンーシェーンクアンのプロペラ機。至極快適

私もラオエアのサイトでそのような一文を読んだような気もするが、無視することにした。
今時航空券のリコンファームなどあり得ないだろう。20年前の時代ではあるまいし、と。
もしそれでラオエアが何か言うようだったら、徹底的に文句を並べる(一部日本語で)つもりだったし、
99%それはないだろうという確信もあった。
で、思惑通りシェーンクアン便は往復とも何事もなく搭乗できたという顛末である。

閑話休題

朝食に出ると大通りに托鉢のお坊さん達がいる。
ルアンパバーンのそれとは坊さんの数も規模も比較にならない程少ないが、
ここがラオスだという事を改めて認識する。


朝の托鉢

食事は、ちょっとしたレストランで、モーニングセットの一番高いのを注文する。
目玉焼き、ハム、ウインナー、ベーコンそれにバゲットである。何故かコーヒーは別料金。
ハム好きの私ではあるが、ここのハムはちょっと頂けない、1枚残してしまった。


モーニングセット。こんな洒落たメニューもあるのです

12:30まではエアコン部屋でゆっくり過ごし、フロントに降りると、
オーナーが、4人一緒に送るので50,000でなく、40,000キープでいいと言って10,000キープ返却してきた。
迎えに来たのはなんとトクトクで、オーストラリア人夫妻のどでかい荷物を載せると4人やっと座れた。
もう1人は少し足の不自由な私と同年配くらいのドイツ人の男性で、
3人で楽しそうに歓談しながら乗っている。
「どこから来たんだ」という会話のお鉢が私に回ってきたので、
「日本からだけど、あなたたちは?」と言って、その後あまり英語は得意ではないと話しかけを断った。


シェーンクアン空港ターミナル(ターミナル?)。日本の我が家くらいの敷地か

空港に着くとまもなくチェックインカウンターが開いて搭乗券をもらう。
これを持ってイミグレーション窓口に行って、パスポートの確認と、搭乗券に確認のスタンプを貰う必要がある。
ドイツ人男性はどうやらラオエアではなく、墜落率ナンバーワンの評価のあるラオスカイエアらしい。

オーストラリア人夫妻はターミナル隣にあるカフェで昼食か。
しばらく後に帰ってきて隣の席に座ったので、「イミグレーションに行ったか?」と訊くと、
すかさずスマホを取り出して早打ちで何やら操作するとその画面を私に見せる。
翻訳アプリだったらしく、画面には、
「私たちは、イミグレーションに行く必要がありますか?」という日本語が表示されていた。
いやいや、いくら苦手でもそのくらいの英語は分かりますけどとは思ったが、思わず笑って、
「Yes you need,here is Laos」と言うと、2人は「Thank you」と笑ってイミグレーション窓口に向かった。


搭乗に向かう乗客

ビエンチャン行きプロペラ機

ドイツ人の老人と握手をして別れ、出発ロビーで待つこと30分程で搭乗開始。
登場後、席が埋まったからか、定時5分前にシェーンクアンを飛び立つ。
順調な飛行で、15:30にはビエンチャンに着き、国内線にあるタクシーカウンターでタクシーを確保。
バスだったら15,000キープだったのになぁと、未練タラタラで119,000キープ払ってホテルに着く。

ホテルは中庭にプールを配した、ニューチャンパブティックホテル。
水泳教室に通っていた孫なら、飛び込んで2掻きで向こうに着いてしまう程度の、ちょっと大きな水溜まりというところか。
ワットミーサイのすぐ裏にある、23日に泊まったホテルとの距離は300m位か。
まだ新しくて非常に快適な宿だが、朝食は別料金で3$というので、
好きなものを食べるためには、と断る。


プールという名の水溜まり

ホテルの室内

6時近くなって夕食に出る。
ホテルを出て右手に少し歩くと空港から来た車が通る一方通行の大通りに出る。
その通りを右方向に歩くと、ナンプ公園{噴水公園)に至るが、その手前にレストランがある。
名前は「コープチャイドゥ(コープチャイ=ありがとう)」と言って、
初めてラオスに来た20数年前から営業している老舗である。

何故コープチャイドゥなのか、この店では昔からビアラオの生を飲ませてくれるのだ。
多分今では多くの店で提供されるのだろうが、当時そんな洒落た店はなかった。
早速ビアラオ生の330mlの18,000キープを注文する。1Lだと30,000キープでお得なのだが、
1人で1Lだと飲んでいる間にビールが温まる可能性がある。
不経済だけど仕方がないといいつつ、結局3杯飲んで量は1Lになってしまった。


コープチャイドゥの店先。看板にはいろんな言語で「ありがとう」とある。もちろん日本語でも

肴はフレンチフライ、牛肉の細切りを炒めた皿。
その牛肉の60%くらいは脂身だったので、取り除くと半分程皿に残ってしまった。


脂身主体の牛肉炒め

少し驚いたのが、20数年前のコープチャイドゥには欧米人しかいなかったが、
出入りする客の半分以上がラオス人らしいと思われたことだ。
ラオスの富裕層(と言う程の高級店ではないが、庶民的でもない)が来店しているのか、
ラオスも中国経済圏で一部潤っているのだろうか、
そんな感想を抱いて店を出た。

なんとなく帰るには物足りなく、ホテルのある通りをメコン川方向に歩く。
もう川に近くなる少し手前の右側に、タイソンキッチンというレストランがあり、賑わっている。
通りに面した方に空席があったので、そこに座って赤ワインを注文する。
一杯だけ飲んで、満足して今日は終了する。
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ジャール平原へ ービアラオを友にー 5

2023年08月04日 | ラオス2023
7月25日 ジャール平原

町中まで朝食を摂りに行く。
今朝はカオピヤックをと思ったが、ベトナム風のフォーで麺は米の麺、具は牛肉の謂わばフォーボー。
やはり東南アジアの麺料理にハズレはない。



美味いコーヒーはないかと歩くとすぐ近くに洒落たカフェがある。
ブラックコーヒーをオーダー。これがなかなか味のいいコーヒーだった。


シェンクアーンには不似合いなカフェ

口直しの茶と共に

9:00出発で世界遺産のジャール平原に石の壺(巨大な壺=ジャール)を見に行く。
現在石壺を見ることができるのは、サイト1~サイト3まであって、サイト1は比較的町から近い。
サイト2とサイト3は少し遠いので、サイト1だけを見ることにした。
何処を見ても石の壺があるだけで、一カ所だけ見れば十分だろうと思ったからである。

見物できる1~3までのサイトは、不発弾等の撤去がなされて安全が確認されている場所である。
ベトナム戦争時に大量の爆弾が投下されて、その不発弾が大量に残っている可能性があって、
未だに全体の調査はなされていないのが現状らしい。
実際サイト1を歩いていると、爆弾投下の後のクレーターが至る所に見かけられる。

さて、久しぶりのバイクタクシーで風に吹かれながら20分弱のドライブ後、サイト1に着く。
途中運ちゃんが信号無視でポリスに捕まり、5分程説教され罰金を払う。(私、思わずニヤニヤ)
サイト1の事務所でチケットを35,000キープで購入し、シャトルバス風の10人乗りくらいのトラックを改造したような乗り物に乗る。
乗り物でそこ1㎞ほどの距離を行くと、すぐに石の壺が見える見物処に着く。


チケット売り場

まずは小高い丘に登り、そこにもいくつかの壺はあるが、下の草原に数多くの壺が散在しているのが見える。
完全に残っているものもあるが、割れたもの、バラバラになったものも多い。
蓋付きの壺はここには一つだけだった。

以下ジャール平原のサイト1風景














爆弾投下後のクレーター

1時間半程ウロウロして、時には日陰で休んでは歩き、
シェンクアーンは標高が千メートルを超えるので、日陰は涼しいが紫外線は強烈で、首筋が焦げそうになる。
遺跡入り口でシャトルバス(?)を待ち、10分後他の乗客と一緒に事務所の場所まで戻る。
結局外国人の観光客には1人も出会わなかった。

なにぶんにもシェンクアーンでは日本人には1人も出会わず、中国人らしきのが数人、欧米人には若干出会った。
世界遺産といってもこんなものだ。
同じラオスのルアンパバーンとは桁違いである。
中国人観光客に侵略されたルアンパバーンに行きたいとは決して思わないが、シェンクアーンも一度来れば十分か。

本来世界遺産指定は、アスワンダムで水没するはずの遺跡を救うために始まったことを考えれば、
ジャール平原の世界遺産指定も観光のためではなく、遺産保護のためとも言える。
そう考えれば大して見所はなくても、今後この遺跡が朽ち果てないように祈るばかりである。

宿に帰った後は、宿の冷蔵庫からビアラオの大瓶(20,000キープ)を出して一杯。
宿のオーナーとバイタクの運ちゃんが顔見知りで、3人でしばらく話し込む。
バイタクの運ちゃんは信号無視違反の罰金がよほど悔しかったのか、
「今日はあのポリス達はハッピーディナーだよ」と言う。罰金でいい飯が食えると言いたいらしい。
すかさず私が、「With Bialao」と揶揄うと苦笑いしていた。

昼食は再び町に。大通りに出てすぐ右にある食堂でビアラオを友にチキンチャーハンを食べる。
多分私が作ったものの方が美味い、という程度だった。


チャーハンは何故か少し甘かった

食後は朝行ったカフェに入り、パッションフルーツスムージーをオーダーするも品切れで、イチゴスムージーに。
これがなかなかの味と量が半端なく、冷房も効いていて文庫本を片手に1時間は粘る。


イチゴスムージー

観光の疲れも治まったので宿に帰って昼寝休憩。
明るいうちに夕食に出かけて、昨日客の多かった食堂に座る。


魚フライとご飯、もちろんビアラオも(本日3本目)

食事中に客が多くなってテーブルは8割方埋まる程の人気店のようだ。
私のテーブルの近くに来た痩せた老婆が、すぐそばの店の一角でジーッと食事を摂る客達を見ている。
席に座るでもなく、物乞いするでもなく、ただ立ち尽くしている。
店の客達は老婆を気にすることもなく歓談し食べている。
私は女将さんに会計の金を渡し、量が多くて食べきれなかったご飯と魚一切れを、
「あのお婆ちゃんに上げてくれないか」と言うと、 女将さんは微笑んで頷いた。
私にはいいことをしたという気持ちは湧かず、気が重くなるだけだった。

ビエンチャンに比べると、シェーンクアンのような田舎町では貧富の貧に属する人の姿が目立つ。
発展途上の国では仕方ないとは言え、それを見せつけられる身には遣る瀬ない。
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