【1.本件競業避止条項および本件減額規定の有効性】
▼ 労働者は、職業選択の自由を保障されていることから、退職後の転職を一定の範囲で禁止する本件競業避止条項は、その目的、在職中の職位、職務内容、転職が禁止される範囲、代替措置の有無等に照らし、転職を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして無効であると解される。
▼ N社の投資検討先の情報、分析方法、バイアウト投資のノウハウを知ることができる投資グループの投資職の従業員(X)が同社を退職後直ちに競業他社であるバイアウトファンドのプライベートエクイティの事業を行う会社に転職等した場合、その会社はその従業員のノウハウ等を利用して利益を得られるが、N社はそれによって不利益を受けるケースがあると考えられるから、これを防ぐことを目的として、投資職の従業員に対して少なくとも一定期間の競業避止義務を課すことには合理性があるといえる。
▼ 本件競業避止条項は、N社の競合もしくは類似業種と判断する会社・組合・団体等への転職を行わないことと定められており、その文言上、必ずしも明確であるといえないが、Xの退職前に競合の範囲をバイアウトファンドのプライベートエクイティ(を事業とする会社)であると説明しており、制限の範囲が不相当に広く、本件競業避止条項を無効とするほどに不明確であるとはいえない。
▼ 競業避止義務を負う期間を1年間とすることは、本件競業避止条項の上記目的からすれば、不相当であるとはいえない。
▼ N社がXに対し、競業避止義務を負うことの代償措置として、年平均1200万円を超える基本年俸および業績年俸を支払っていたことについては、同業種の中でそれが特に高額であると認めるに足りる的確な証拠はなく、代償措置として十分であるとまでは直ちにいえないものの、上記のとおり、競業避止義務を課すことに合理性があり、本件競業避止条項が不明確であるとはいえず、期間も不相当に長いといえないことも考慮すれば、Xが競業避止義務を負うことが不合理であるとまではいえない。よって、本件競業避止条項が公序良俗に反し無効であるとはいえず、本件減額規定が無効であるともいえない。
【2.本件減額規定適用の可否、Xの退職金の額について】
▼ 業績退職金は、各年度に取得したポイントを累計している点で賃金の後払的性格を有する一方、べスティング率が付与時からの経過期間(勤務継続期間)によって増加する点で功労報償的な性格も有している。
▼ このような業績退職金の性質からすれば、本件競業避止義務違反をもって直ちに退職金を不支給または減額できるとするのは相当といえず、本件減額規定に基づき、競業避止義務違反を理由に業績退職金を不支給または減額できるのは、労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為がある場合にかぎられるとするのが相当である。
▼ XはN社に在職中の2017年当時、B社への提案資料等の作成を担当し、2019年12月にはB社・C社の案件にN社が提案先の優先順位として最も高いランク付けをして、高い関心を有していることを認識しながら、転職活動中であった同年11月ないし12月に、B社・C社関連を含む投資検討先への提案資料等を大量に印刷して社外に持ち出し、N社を退職した直後である2020年2月に競合他社である本件別会社に転職した。
▼ そして、Xは同年夏頃から転職先でB社・C社のカーブアウト案件を担当し、転職先の同案件についての提案が採用されるに至っている経緯に照らせば、Xに悪質な競業避止義務違反があったことは明らかである。
▼ さらに、本件競業避止条項が本件雇用契約締結時の労働契約書に記載されており、Xは2019年12月当時、本件競業避止条項の存在を認識していたこと、N社から2018年8月に全体会議で競業避止義務違反をした従業員がいたとして競業避止義務について説明がされ、2019年12月および2020年1月にも同社の人事労務担当者から競業避止義務違反がないか、転職先の質問を受けるなどしたことからすれば、Xは本件競業避止条項およびN社が競業避止義務を重視していることを認識しながら、故意に競業避止義務に違反したと認められる。
▼ 加えて、Xの業績退職金のうち成績分の占める額は低く、業績退職金においてXが貢献した割合が相当低かったことは退職金を減額するほどにXのそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為の有無や退職金減額の程度を判断する際に考慮できる。
▼ 以上によれば、Xの競業避止義務違反は勤続の功を大きく減殺する、著しく信義に反する行為に当たり、退職金合計に占める業績退職金の割合が約4分の3と相当高いことを考慮しても、業績退職金525万4000円を支払わなかったことは相当である。
【3.未払賞与(業績年俸)の有無について】
▼ 本件給与規程上、業績年俸(賞与)は、会社業績、部門業績、個人業績等を総合的に勘案の上、N社が決定すると定められており、具体的な金額または特定の計算方法により算定される金額の業績年俸が保障されているものではない。
▼ N社は諸事情を総合的に勘案して業績年俸額を決定する裁量を有すると解されるところ、同社がその裁量を逸脱し、または濫用したものとはいえない。
1)本件控訴を棄却する。
2)控訴費用はXの負担とする。