千の天使がバスケットボールする

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「東山魁夷と旅するドイツ・オーストリア」松本猛著

2013-10-23 22:45:56 | Book
今年も所要をかねて南ドイツを訪問して、先月帰国したばかり。
と言っても、カイシャ生活の中のほんの6泊8日のつかのまの短い旅だったのだが、今回は長年の友人を道連れ?にしたために行動範囲もひろがり、かなり充実したドイツ物語となった。本当に、とてもとても楽しかったのだが、、、いろいろあったのだ・・・。

閑話休題。
私の今回のドイツ旅行の目的はいくつもあったのだが、そのひとつが大好きな東山魁夷の絵画「静かな町」を訪問することだった。Heidelbergから小さな列車に乗って45分ほどのところに「Bad Wimpfen」という小さな町がある。ガイドブックにもあまり載っていなくてまず日本人観光客の行かない町なのだが、近年では可愛らしい木組みの家が並んだドイツで最もシルエットの美しい町として知られつつあり、特にクリスマスマーケットの時季は地元の住人だけでなくドイツ人観光客で華やかににぎわうようになってきた。

1969年、還暦を迎えた東山魁夷は入念に準備を整えて、すみ夫人とともに4ヶ月をかけてドイツ・オーストリアを巡り、何枚もの彼の作風を代表するような絵画を製作した。この町も訪問し32メートルの高さの「青の塔」に登った位置から描いたのが、1971年製作の「静かな町」(右の画像)である。

それから40年の歳月が流れた。こどもの頃から好きだった「静かな町」がいまでもそのまま残っていることを知り、今年こそはどうしても魁夷が眺めた景色をこの目で見てみたいとこだわった。その日の夜の便でフランクフルト空港から帰国しなければならない慌しい日程で、しかも道中とんでもないアクシデントにも遭遇してなかばあきらめかけていたのだが、「青の塔」を運よく発見し、その塔に一気に登ってすっかりご機嫌で絵のことも後回しに一周しようとした。

天候も素晴らしく気持ちよい光の中で、不図、町を眺めると青空の下に記憶のある赤い屋根とリズミカルでグリム童話の世界のような木組みが並んでいる。まさに一瞬にしてひらめき、印刷して持参していた絵を並べると全くと言ってよいほど同じ景色が本当にそこに佇んでいる!やはり、さすがにドイツである。古い町を大切にし、第二次世界大戦で壊滅した町を、戦後忠実に再現していったそんな国なのである。そして、そこに住む人々の整然として窓辺に小さな花を飾り、日々の暮らしを大切にするドイツ人気質も感じた。

そして、帰国後に思い出とともにめくったのが、松本猛さんの本書である。著者は絵本画家のいわさきちひろの長男として生まれ、「ちひろ美術館」を設立し、2002年に長野県信濃美術館・東山魁夷館の館長を務めたことをきっかけに、彼のたくさんの作品を間近に観る機会が増えた。魁夷の絵の中の美しく整理された構図のリアリティさに興味をもち、自身も2009年春から2011年秋にかけて3回に渡り彼の地を訪問した。

松本さんは地道に名画を描いたポイントを探しあて、同じアングルの当時とかわらない写真を並べるだけでも興味深く、一冊手元におきたいくらいの素敵な本となっているのだが、著者はここで魁夷の作品の創作の基点として、自然、町、建物を彼の感性で写真で切り取り、それを後に絵にしていたのではないだろうかと推察している。(左の写真は友人が撮影した一枚)

しかし、魁夷がこの旅だけでなく写真を撮っていたのか否かも今となっては不明である。あくまでも仮説だが、画壇の頂点にまでのぼった魁夷が、写真を使って絵を描いていたことを公表するのははばかれたのではないだろうか、とその理由まで著者は推測する。ローテンブルクでの「赤い屋根」「塔の影」(1971年)の絵と殆ど重なるような今の著者が撮影した写真を並べて、望遠レンズというのは風景を圧縮させて見せるという解説には軽い衝撃を受けた。確かにマラソン中継をテレビで見ていると、選手どうしの距離が実際よりもかなり短く見えることに不思議な感覚がしていたのだが、そういうことだったのだ。あの折り紙のように連なる建物の屋根には、そんな秘密がくされていたのだ。

「風景は心の鏡である」

後年に魁夷がよく語っていたこの言葉は、画家が写真を撮影する時にいかされ、そして絵画にも反映されていたのではないだろうか。この言葉の意味を考えると、写真を使ったからといって決して絵の価値がそこなわれるわけではないと私は思う。又、むしろ日本画に写真の要素を組みこんだことを革新的と評価してよいのでは、という著者の説にも賛同したい。

それにしても4ヶ月の長期間とはいえ、殆ど知られていないBad Wimpfenのような小さな町を訪問して作品を残していた、画家としての眼と感性にあらためて感服する。HeidelbergからBad Wimpfenへ向かう途中、Bad Rappenau、Bad Wimpfen-Hohenstadtと似たような名前の無人駅が続き、うっかりひとつ手前のBad Wimpfen-Hohenstadtで降りてしまったら大変!何もない!閑静な住宅地で目的地のBad Wimpfenではなかった。そもそもこの駅で列車が止まるのは上りも下りも含めて1日4本ぐらいしかないのだった。Heidelbergに戻り、東山魁夷も宿泊していたホテル・ツムリッターに置いてあるスーツケースをとって、今夜はフランクフルト空港から帰国する飛行機に乗らなきゃならない。唖然呆然。天気は絶好でBad Wimpfen-Hohenstadtはのどかで「静かな町」そのもの。さて、この旅の後の顛末記はいつかまた。。。

■Archiv
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ドイツ雑感
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「ドイツの都市と生活文化」小塩節著
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