千の天使がバスケットボールする

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「ナチスのキッチン」藤原辰史著

2012-08-25 15:24:46 | Book
身内の者の実家は、ドイツ製のシステムキッチンが入っている。ちょっとした外車が買える値段の女の城は、使い勝手がとてもよく実に機能的によくできているキッチンだそうだ。話を聞くたびに、料理があまり好きでもないし苦手な私でも、いつかは贅沢にもドイツ製のシステムキッチンの家を建てたい・・・と、思い始めてしまっている。本書の書評をしているある建築家の方によると住宅の設計をしていて一番緊張するのはキッチンで、夢や要望が多く、又、細かいそうだ。台所は毎日の作業場でもあり、日々使っているとそれなりの要求項目がでてくるし、けっこうセツジツなのだ。

本書は、憧れのドイツ製システムキッチンのルーツをたどった現代史である。なかでも両大戦そのものとはさまれた戦間期を主な対象として、豊富な資料、緻密な調査によって鮮度の高い社会学となっている。衝撃を受けたのは、台所を、腸、胃、食堂、口、歯などの消化酵素と物理的運動によって生物の栄養を体内に取組むシステムの延長に位置する人体の「派出所」とする著者の発想である。だとしたら、何気なく、毎日、立って料理にいそしむ場所が、人間の生理的営みと切り離すことができない聖域であり、そこは経済活動や社会活動の入口にもなるということだ。

”ナチス”というタイトルをつければ、日本人であれ人々の多少の関心をひく。しかし、著者の視点はそんな計算とは別の次元にある。

ナチスは台所というきわめて個人的な営みの女性の城(作業所)に社会性をもたせ、台所という空間を科学的に人間が効率よく働く「小さな工場」に設計させた。そこで料理をする主婦は、もはや家族のために美味しい料理をするFrauでもMuttiでもない。社会的には主婦の存在すらも、ナチスにとっては台所を構成するひとつの要素に過ぎない。母親学級を通じて、試験を実施して「マイスター主婦」制度を導入、これまでの平板な主婦層の競争心を煽り、ヒエラルキーをもうけて家事技術を向上させる方法を考えついた。国民のために、ではなく、戦争に向かう国のためだろう。

写真が豊富で、どれも整然とした当時の台所風景が想像される。夫のため、可愛いこどもたちのためにと工夫しながら料理をする妻は、自分の城と信じた場所から、国のための要員をより健康に頑健にする製造現場だったとは思いもよらなかっただろう。

著者は、古書店をめぐり料理本にはさまれたメモ書きを見つける。古いメモがきに残された主婦の思いは、時をへだてて国をこえ、いつ私たちの暮らしにつながるかもしれない。多少、難解の本には慣れている私でも、本書は客観的に難しく感じる。けれども、カタログやネット、テレビでも機能的なキッチン広告を目にするにつれ、本書からの発信はとても興味深いものがある。


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