千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

『THE WEVE ウェイヴ』

2010-09-23 09:50:11 | Movie
本作は、1969年、米国のカルフォルニアの高校で実際起こった実話を基にしている。原作は、新樹社から刊行されているノンフィクション小説だが、現在でも多くのドイツの学校では教材として読むように薦められているそうだ。私は未読なのだが、もし映画化される前に本書を知っていたら、きっと本の方も読んでいたと思う。実話と作品としての映画にどれだけ違いがあるのか、どこまでが実際に起こった事実なのか、ある程度脚色された内容なのか詳細は不明なのだが、全体主義の恐怖と人間の心理の謎と恐ろしさを映画を鑑賞して感じるにつれ、今でも怪物ヒトラーを生んだドイツでは、長年、原作を教材としての価値を認めていることの理由がわかる。(以下、内容にふみこんでおりまする。)

「独裁政治は再び復活するか」

他国ならともかく、このドイツで独裁政治が復活するなんてありえない!
ドイツの高校でのある日の授業での教師と生徒との会話である。ライナーは短大卒の体育教師。スーツを着て知的な同僚とは毛色が違い、スキンヘッドにTシャツとちょっと浮いた存在だが、水球部のコーチも務める熱心な教師。そんな彼が、実習の授業で担当することになったのが、”独裁制”だった。準備万端、用意周到に最初の授業にいどむライナーだったが、生徒の誰もが、ヒトラーを生んだおかげでさんざん独裁政治の悪を学んできたこの国で、独裁政治の復活はありえないとしらける。やる気のない生徒を挑発するかのように、独裁制とは何かを学ぶことを実施する提案をする。

独裁制とはなにか。

独裁制とは、ひとりの個人、もしくはグループが大衆を支配下におくことである。
そのためには、次の規律を決めることになった。

1.リーダーの名前には”様”をつける
2.許可なく発言してはいけない。発言する場合は挙手をして許可をえること
3.仲間は互いに助け合うこと
4.制服として白いシャツにGパンを着用すること

上記のルールを毎日ひとつづつ決めて、全員で実行することになったのだが、ライナーの予想をこえて集団は力をもち制御不能となっていった。。。

映画のはじまりでは、ドイツの現代っ子の高校生活がさり気なく映し出される。複雑な家庭のこども、カツアゲをされる者にまきあげる輩あり、移民の子、家族や友人からの疎外感を感じている孤独な青年やドラッグで享楽的に生きる生徒と、思春期の不安定さだけではなく、よるべなくただよう不安定なこどもたちの姿がうかぶ。漠たる不安を抱えている人間は、帰属意識が高い。日本の非行に走る少年が、やがて反社会的集団にとりこまれていく過程を考えると同じ現象かもしれない。わかりやすく同じ白いシャツを着て「ウェイヴ」と名づけられた集団に所属することで、生徒たちに規律が勤勉さをもたらし、団結力が友人への思いやりをうむ良い面がはじめはでてくる。しかし、心のより所と安堵感を得た者は、その忠誠心と団結心がやがて異なる者を排除していくことに向かっていく。

ここで思い出したのが、「天声人語」での深代惇郎の言葉である。「この男が、ヨーロッパ大陸を征服するまでの過程は戦慄に満ちたものだ。彼(ヒトラー)はだれよりも歴史を作ったが、また、歴史によって作られた人間でもあった。滅亡への道を歩んでいると考えるヨーロッパの恐怖心が、憎悪と復讐をかかげた「ヒトラー」という狂気を生み出したのかも知れない」当時のヨーロッパの恐怖心がヒトラーを生んだように、生徒たちの心に抱える不安や不幸が、ベンガー様と呼ばれるライナーとは別の存在を祭り上げていく。かってのオウム真理教の暴走をみると、教祖というリーダーの支配下におかれた孤立した集団の中では、個人の知性や理性が正しい道への制御機能として働かなかった恐怖を思い出した。同じような実際に行われた心理実験をドイツで映画になった『es[エス]』は、閉鎖的な刑務所という特殊な状況にあったが、あらかじめ決められたルールに従って”囚人”役と”看守”役という役割を与えられることによって、人格が支配される過程に衝撃を受けた方は多いだろう。人格が状況次第で簡単に変質しうることから、人間心理に不快感を味わったように、本作からは人間の危うさを学ぶ。ドイツでは2008年度国内興行成績1位になったのも、どこにでもいるような高校生がたったの5日間で集団の狂気にのみこまれていく過程に、ドイツ国民に訴える力があり、それはまた、ドイツというお国の事情と片付けられない部分もある。

ここで、再び独裁政治は復活するのか。オウム真理教は復活するのか。
この映画を観てしまうと、簡単にありえないと一笑に付すことができなくなる。だから、原作が今でもテキストとして使用されているように、私たちも25年も前のヴァイツゼッカー大統領による終戦40周年記念講演の「荒れ野の40年」を忘れてはならない。

監督・脚本:デニス・ガンゼル
2008年ドイツ映画


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4 コメント

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TBありがとう (kimion20002000)
2010-09-23 20:29:50
こんにちは。
草食系の若い人たちが話題になっていますが、どうなんでしょうか、日本でも「絶対」や「カリスマ」を求める心性は、あっという間になにかの契機で火がつくように思いますね。
「荒れ野の40年」のようなコメントを、日本の政治家はほとんど口にしませんね。それは単なる、歴史への政治的配慮としての「お詫び」とは異なりますからね。
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草食系男子 (樹衣子)
2010-09-23 22:19:58
私は必ずしも草食系の男子が悪いとも思わないのですね。「赤ずきんちゃん気をつけて」の庄司薫クンは、今思えば元祖、草食系男子。

ただ、kimion20002000さまがおっしゃるように、先行きが暗い不安定な日本では、「カリスマ」に飛びつくのも早そうです。

kimion20002000さまの24時間テレビのチャリティ番組に対する考察はとてもおもしろかったです。私はあの番組は好きでないので観た事がないのですが、なるほど!と自分があの番組をさける心理もわかりました。
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Unknown (ペトロニウス)
2010-09-28 07:28:40
おお、これは、ぜひ見てみたいですね。
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ペトロニウスさまへ (樹衣子)
2010-09-28 21:54:05
「エス」を観てしまうとインパクトは弱いかもしれませんが、これはこれで考えさせられるものがあります。観終った後はよかったと感じながらも忘れてしまいがちな映画もある中で、本作は鑑賞してからはじまるような映画でした。
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