昼下がり、古びたラーメン屋に出向いた中年男は一人、カウンター席についていた。
ズルズル・・・ギコッ、ズルズル・・・ギコッ、
客の数は自分一人。繁盛していないカウンターにはうっすらと埃が見えるが、それよりもスープをすするたびに悲鳴を上げるこのオンボロ椅子の方が私は気掛かりである。
ギコギコ、ギコギコ、ギコギコ、ギコギコ、ギコギコ、ギコギコ、
カニ歩きで転々と移動したがやはりどの椅子もオンボロだった。
まぁ、しょうがないとようやく三口目を啜ろうしていたそのとき、突如異変が起きた。なんと隅にある巨大な置物が動いたのだ。
「・・・なんだ、猫か」
節電のためか薄暗い店内と猫にしては少々ぽっちゃりした外見とが重なって見間違えてしまった。
そしてゾウのようにゆっくり、風格をもって闊歩する大猫はあろうことか私の真正面で鎮座した。
睨みあう両者、猫と中年男。
奥から微か聞こえてくるイビキは店主からだと察するにどうやらこのデブ猫、エサを貰い損ねた失敗を私のラーメンで補おうとしているらしい。
「あげないからな絶対に」
煮干ベースのスープの香りを目の前でクンクンされるだけでも気に食わないのになんでお前なんぞに恵んでやらねばならんのだ。
物心ついた時から家に猫が居た中年男にとって、エサをくれる人にしか懐かない資本主義さが当時はとてもつまらなかったらしい。今年で35になる今でもその嫌悪感だけが根強く残ってしまっていた。
睨みあいから2、3分経った店内。もちろん新しい客など入ってこない。
ただただ静寂
ただただ閑静
ただただ物静か
店主のイビキまで聞こえなくなったそんな最中だった。
「わりぃねお客さん。そのラーメン、麺入ってなかったやろ?」
両手をパチンと合わせた店主は頭を下げながら謝罪を続ける。
「入れ忘れとった!すまねぇな!!!」
「エッ?」
ラーメン屋としておおよそ有り得てはいけないミスだと思うのだが・・・。
試しに底を探ってみるが麺はなく、なぜか沈殿しているメンマしか掬えない。
「ホントにすまねぇなお客さん!今すぐ作り直すから待っててな!!!」
それから少し経ち、熱々のラーメンが運ばれてくると中年男はスープの底を視認した上で、ものの5、6分で平らげた。
「ごちそうさま」
店主がおきてからデブ猫はどこかに行ってしまった。つまようじを口に銜えながら辺りを見渡すが本当にどこにもいない。
「あのデブ猫・・・もしかしたら麺がないこと教えにきただけなのかも・・・・・なんてな」
我ながらくだらない妄想だと思うのだがいかんせん妄想してしまうものはしょうがない。
そんな微かな疑念を背に店をでると鈍色の空に向けて傘を開き、歩き出した。
「ニァ~~~~」
「ん?」
振り替えるとさっき出たラーメン屋の近くにびしょ濡れ猫がいた。その巨体はまぎれもなくさっきのデブ猫である。
「やっぱりご飯がほしいだけなのか?おい」
慌てて帰り道を戻った中年男はこれ以上濡れないようにと猫によりそう。
「ニァ~~~~」
「なんだよおい、もうご飯は食べてしまったぞ」
「ニァ~~~~」
「わからんやつだなあ・・・」
さっきの睨み合いのときは一回も鳴きやしなかったというのにこの猫はもう少し人間心理学というものを学習する必要がある。
食事中そのような可愛らしい鳴き声でたかっていれば上げてしまうかもしれない・・・まぁ私は上げないがな。
とりあえずこのまま猫の雨具になり下がるわけにもいかないので抱っこしてラーメン屋に戻してあげることにした。
ガラガラガラガラ
入り口を開いたのは私ではない、店主だ。
「おいおい、こんなとこにいたのかい。そんなにびしょ濡れでなにしてんだい」
「あ、ホントですよね。はい返します」
「なにを言ってんだいお客さん。あんたに言ってるんだよ」
「はい?」
「お会計・・・まだだよな?」
「あ!」
●
会計を終え店を出るとすぐ近くで例の大猫はゴロンとしている。
「ありがとな あんたのおかげで食い逃げ犯にならなくて済んだよ」
「ニャ~~~~」
間違いない、この猫はできる猫だ。再びの帰り道、中年男の妄想は確証へと変わりさらなる妄想を生み出す。
もしあの大猫が子どものときに飼っていた猫だったら猫好きになっていたかもしれないな
そんな妄想に集中して道を歩いていたものだから、すれ違ったとある奇妙なオバサンに気づかない。
「ニャ~~~~~~~~~~~~~~~」
そのオバサンはキャットフードテンコ盛りの紙皿を四枚ほど、まるでファミレスのウエイトレスように運びながら器用に歩いていたというのに。
~完~
モデルのデブ猫ちゃんは
こちら かわいいですねぇ
ヤミヒロのあとがきは
こちら みじゅくですねぇ