福島原発事故前、広瀬氏はこれを、
『原子炉時限爆弾』と表現された。
再び自民党災が起きるのだろうか!?
原子炉時限爆弾:Amazon.co.jp:本
植草一秀の『知られざる真実』より
原発事故の半年前に
反原発の主張を長く展開されてきた広瀬隆氏が、
著書『原子炉時限爆弾』
(ダイヤモンド社)に詳しく記述されていた。
広瀬隆氏は巨大地震と巨大津波が発生する可能性は十分あり、
その際に、原発が津波に襲われたときに、電源を喪失し、
メルトダウンが発生する危険性を厳しくしてきた。
植草一秀の『知られざる真実』より
2011年3月11日の大地震・大津波・原発事故の際に、
東京電力福島第一原子力発電所所長を務めていた吉田昌郎氏が
食道がんのために死去されたことが報じられた。
まずは、故吉田氏のご冥福をお祈りしたい。
福島第一原発が過酷な放射能事故を引き起こした原因はまだ究明されていない。
津波によって電源を喪失したのか、
津波以前に地震の揺れで電源を喪失したのか
がまだ判明していないのである。
津波のリスクについては、原発事故の半年前に
反原発の主張を長く展開されてきた広瀬隆氏が、
著書『原子炉時限爆弾』(ダイヤモンド社)に詳しく記述されていた。
東北地方太平洋岸には、過去に何度も巨大津波が押し寄せている。
政府や東電関係者は、1000年に一度の天災などとして
、不可抗力であったことを強調するが、そうではない。
明治29年(1896年)6月15日に
発生したマグニチュード 8.2-8.5の明治三陸地震に伴って、
巨大津波が東北地方太平洋岸を襲ったことが確認されている。
岩手県綾里では、津波の遡上高38.2メートルの記録が残されている。
広瀬隆氏は巨大地震と巨大津波が発生する可能性は十分あり、
その際に、原発が津波に襲われたときに、電源を喪失し、
メルトダウンが発生する危険性を厳しくしてきた。
東京電力福島第一原発で発生した過酷事故は、
まさに広瀬氏が著書で指摘したリスクそのものであった。
広瀬氏はこれを、『原子炉時限爆弾』と表現された。
重要なことは、
津波による原発の電源喪失=過酷事故の危険性を
指摘したのは広瀬氏だけではなかったことだ。
明治三陸地震津波よりも以前、869年には、
貞観地震による巨大津波が東北地方太平洋岸を襲ったことが確かめられていた。
独立行政法人産業技術総合研究所は
東北大学などとともに、
貞観地震津波による堆積物が内陸部のどこまで
達しているのかなどについて、広範な調査研究を行ってきた。
その内容は、産総研のレポートなどにも収められて発表されてきていた。
『平安の人々が見た巨大津波を再現する-西暦869年貞観津波-』
(2010年8月)
植草一秀の『知られざる真実』より
抜粋引用 詳細はコチラ↓↓
http://goo.gl/gVCti
『原子炉時限爆弾』と表現された。
再び自民党災が起きるのだろうか!?
原子炉時限爆弾:Amazon.co.jp:本
植草一秀の『知られざる真実』より
原発事故の半年前に
反原発の主張を長く展開されてきた広瀬隆氏が、
著書『原子炉時限爆弾』
(ダイヤモンド社)に詳しく記述されていた。
広瀬隆氏は巨大地震と巨大津波が発生する可能性は十分あり、
その際に、原発が津波に襲われたときに、電源を喪失し、
メルトダウンが発生する危険性を厳しくしてきた。
植草一秀の『知られざる真実』より
2011年3月11日の大地震・大津波・原発事故の際に、
東京電力福島第一原子力発電所所長を務めていた吉田昌郎氏が
食道がんのために死去されたことが報じられた。
まずは、故吉田氏のご冥福をお祈りしたい。
福島第一原発が過酷な放射能事故を引き起こした原因はまだ究明されていない。
津波によって電源を喪失したのか、
津波以前に地震の揺れで電源を喪失したのか
がまだ判明していないのである。
津波のリスクについては、原発事故の半年前に
反原発の主張を長く展開されてきた広瀬隆氏が、
著書『原子炉時限爆弾』(ダイヤモンド社)に詳しく記述されていた。
東北地方太平洋岸には、過去に何度も巨大津波が押し寄せている。
政府や東電関係者は、1000年に一度の天災などとして
、不可抗力であったことを強調するが、そうではない。
明治29年(1896年)6月15日に
発生したマグニチュード 8.2-8.5の明治三陸地震に伴って、
巨大津波が東北地方太平洋岸を襲ったことが確認されている。
岩手県綾里では、津波の遡上高38.2メートルの記録が残されている。
広瀬隆氏は巨大地震と巨大津波が発生する可能性は十分あり、
その際に、原発が津波に襲われたときに、電源を喪失し、
メルトダウンが発生する危険性を厳しくしてきた。
東京電力福島第一原発で発生した過酷事故は、
まさに広瀬氏が著書で指摘したリスクそのものであった。
広瀬氏はこれを、『原子炉時限爆弾』と表現された。
重要なことは、
津波による原発の電源喪失=過酷事故の危険性を
指摘したのは広瀬氏だけではなかったことだ。
明治三陸地震津波よりも以前、869年には、
貞観地震による巨大津波が東北地方太平洋岸を襲ったことが確かめられていた。
独立行政法人産業技術総合研究所は
東北大学などとともに、
貞観地震津波による堆積物が内陸部のどこまで
達しているのかなどについて、広範な調査研究を行ってきた。
その内容は、産総研のレポートなどにも収められて発表されてきていた。
『平安の人々が見た巨大津波を再現する-西暦869年貞観津波-』
(2010年8月)
植草一秀の『知られざる真実』より
抜粋引用 詳細はコチラ↓↓
http://goo.gl/gVCti
【広瀬隆さんより】ようやく1707年の 宝永南海大地震の実録が発見【超重要】
東南海地震‥‥1944年、69年前 戦時中にありました。M7・9、大津波も襲う!!