光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-4-(6)被害児に対する殺害行為について (平成20/4/22)

2016-02-08 | 死刑/重刑/生命犯

所謂事件名「光市事件」広島高裁差戻し審判決文
-1- 主文 理由
-2- (4) 被害者に対する殺害行為について
-3- (5) 被害者に対する強姦行為について
-4- (6) 被害児に対する殺害行為について 
-5- (7) 窃盗について
-6- 5  そこで,量刑不当の主張について判断する。

 事件番号 平成18(う)161 事件名 殺人,強姦致死,窃盗被告事件
 -4-
(6) 被害児に対する殺害行為について
ア 第一審判決は,被告人が,被害児を「床に叩きつけるなどした上,同児の首に所携の紐を巻き,その両端を強く引っ張って絞めつけた」と認定した。
 これに対し,被告人は,当審公判で,被害児を床に叩きつけたことはない,混乱した状態の中,同児の母親を殺めてしまったなどという自責の念から,着ていた作業服右ポケット内にあったこて紐を自分の左の手首と指に絡めるようにし,右手で引っ張って締め,自傷行為をしていたところ,被害児が動かない状態になっているのに気が付いた,被害児の首を絞めたという認識はなく,同児に紐を巻いたことすら分からない旨供述するので,この供述の信用性について検討する。
イ 床に叩きつけた行為について
 以下に説示するとおり,被告人が被害児を床に叩きつけた(以下「叩きつけ行為」ともいう)こと自体は,動かし難い事実というべきであり,これを否定する被告人の当審公判供述は信用することが,できないが,被告人の検察官調書(乙25。以下,単に「検察官調書(乙25)」ともいう)に記載された仕方で同児を床に叩きつけたことまでは認められない。
(ア) 被害児の死体を解剖した作成の嘱託鑑定書(甲10)によれば,①被害児の側頭前部に直径約2.0センチメートル大の皮下出血,側頭中部に3.8×2.5センチメートル大の皮下出血,左後頭下部に直径約5.0センチメートル大の皮下出血が認められ,は,これらの損傷が,性状不明の鈍体による打撲傷であると考えられる旨鑑定していること②頭蓋骨骨折硬膜上下腔血腫クモ膜下出血はなく脳に割面浮腫,出血,損傷がないことが認められる。
(イ) 検察官調書(乙25)には,押入の天袋から,被害児の腕をつかんで引っ張り出し,両手で同児の脇の下を持って抱き上げ,そのままカーペットの敷かれた床の上に同児を後頭部から仰向けに思い切り叩きつけた旨の供述が記載されているところ,弁護人は,この供述の信用性を論難する。
 そこで検討するに,検察官調書(乙25)に記載された態様で被害児を床に叩きつけた場合,通常は,同児の頭蓋内に損傷が生じるのではないかと考えられ,意見および意見も指摘するように,同児の頭蓋内に損傷がみられないという上記4(6)イ(ア)②の所見とは整合しないのではないかという疑問がある。そして,上記4(6)イ(ア)のとおり,被害児の左後頭下部に皮下出血があることや,同児の頭蓋内に損傷がないことなど,同児の死体所見にかんがみると,も当審公判で供述する(当審第10回58ないし70項)ように,同児は,仰向けに叩きつけられて背面と後頭下部を打撲したと推認するのが合理的であるところ,背面と後頭部のどちらが先に床に落ちたかは確定できない。さらに,検察官調書(乙25)作成の3日前に被告人が犯行を再現した状況が記載された実況見分調書(甲214)には,被害児を床に叩きつけた状況を再現させた様子について,被告人が,被害児に見立てた人形を天袋から引き出す仕草をした後,両手で人形の脇の下を持ち,被告人と対面する格好で支え上げ,そのまま回れ右をするように後ろを振り返り,床に被告人の左膝をつきながら,中腰の格好で床に人形を仰向けに叩きつける動作をした旨の説明が記載され,その様子の一部を撮影した写真(番号88,89)も添付されているところ,この再現状況は,検察官調書(乙25)に記載された叩きつけ行為とは,態様が若干異なるものである。
 以上によれば,検察官調書(乙25)中,被害児を後頭部から仰向けに思い切り叩きつけた旨の供述部分は信用できない。
(ウ) しかし,被告人は,捜査段階において,検察官調書(乙25)のほかにも,押入の上の段から被害児を出すと,そのままこたつの脇のカーペット上に同児を叩きつけた旨供述しており(検察官調書[乙17] ),上記のとおり,同児を床に叩きつけた状況の再現もしたほか,少年審判および第一審公判において,同児を床に叩きつけたことを認めていたものである。特に,死刑の求刑後に行われた第一審の最終陳述においても,被害児を床に叩きつけた旨供述した上で,謝罪の言葉を述べていたのである。そして,上記の鑑定結果および上記4(6)イ(イ)で検討したところを併せ考えると,被告人が,被害児を天袋から出して床に叩きつけたこと自体は,動かし難い事実というべきであり,これを否定する被告人の当審公判供述は,到底信用することができない。
 次いで,叩きつけ行為の態様について検討すると,上記のとおり,被害児は,仰向けに叩きつけられて背面も後頭下部も打撲したと考えられることに照らすと,被告人が,同児を天袋から出した後,立ったままの状態で同児を床に叩きつけたとは考えにくく,被告人が,身を屈めたり,上記犯行再現のように床に膝をついて中腰の格好になった状態で,同児を床に叩きつけたと推認するのが合理的である。
 意見および意見は,それぞれの鑑定事項から明らかなように,検察官調書(乙25)に記載された叩きつけ行為の態様を前提として,被害児の死体所見との矛盾を指摘するものであり,叩きつけ行為の態様を上記のように解した場合,同児を叩きつけたのが,畳敷きの床の上に敷かれたカーペットの上であり,衝撃がある程度吸収されると考えられることなども併せ考えると,同児の死体所見と矛盾するとはいえない。
(エ) ところで,第一審判決は,その「量刑の理由」の項において,被害児を「被告人の頭上の高さから居間の床に叩きつけ」と説示しているところ,弁護人は,この説示を論難する。
 たしかに,叩きつけ行為の態様は,上記4(6)イ(ウ)のとおり,床に膝をついて中腰の格好になるなどして,被害児を床に叩きつけたのであるから,第一審判決の上記説示は,やや正確さに欠けるきらいがある。
 しかし,第一審判決の上記説示は,被告人が,被害児を天袋から出した後,その時点では,被告人の頭上の高さにいた同児を床に叩きつけたという一連の動作について説示したものと解することができるから,この説示に誤りがあるとまではいえない。
ウ 紐による絞頚について
(ア) 被告人は,当審公判で,被害者の死亡後,泣いている被害児をあやすため,同児を子供部屋にあるベビーベッドに載せたと認識していたが,実際には,同児を風呂場の風呂桶に置いていたとか,被害児を抱いている被害者の幽霊を見て,パニックに陥ったとか,混乱した状態であり,そのような状態の中,被害者を殺めてしまったなどという自責の念から,着衣のポケット内にあったこて紐を左の手首と指に絡めるようにし,右手で引っ張って締め,自傷行為をしていたところ,被害児が動かない状態になっているのに気が付いた,被害児の首を絞めたという認識はなく,逮捕後の取調べの際,捜査官から,紐を示され,紐が二重巻きで蝶結びであったことなどを教えてもらった次第で,当時は,同児に紐を巻いたことすら分からない状態にあった旨供述する(当審第3回被告人126ないし129項)。
(イ) しかし,被告人が,被害児の頚部にこて紐を二重に巻いた上,右耳介の下で蝶結びにしたことは,証拠上明らかであり,そのような動作をしたことの記憶が完全に欠落しているという被告人の当審公判供述は,その内容自体が不自然不合理である。しかも,被告人の当審公判供述は,被告人の旧供述に依拠した第一審判決および差戻前控訴審判決の認定事実と全く異なる内容であるばかりか,被害児を抱いている被害者の幽霊を見たことなどは,極めて特異な体験であり印象的な出来事であるにもかかわらず,被告人は,事件から8年以上経過した当審公判に至って初めて,そのような供述をしたのである。差戻前控訴審の審理が終結するまでの間に,被告人が,当審公判で供述するような内容の話を1回でも弁護人に話したことがあれば,弁護人が,被害児に対する殺人の成否を争わなかったとは考えられない。このような供述経過は,極めて不自然不合理である。
 そして,被害者を殺害し強姦したことに関する被告人の当審公判供述が全く信用できないことも併せ考えると,被害児に関する被告人の当審公判供述は到底信用できない。
(ウ) ところで,弁護人は,第一審判決が認定した紐による絞頚の態様は,被害児の死体所見と矛盾しており,同児は,紐で緩く縛ったことによる浮腫によって窒息死した旨主張する。
 しかし,作成の嘱託鑑定書(甲10)および実況見分調書(甲8)において示された被害児の死体所見,これら2通の書証および実況見分調書(甲7)に添付された同児の死体の写真等を精査し,被害児の頚部を1周する幅0.2ないし0.4センチメートルの褐色調の圧痕(以下「本件圧痕」ともいう)について,が,同児の右側頚部の分岐の存在により,幅0.2センチメートルないしそれ以下の細い索状体を頚部に二重に巻き,強く絞搾したものと推定する旨鑑定していること(上記嘱託鑑定書),も,作用時の太さが0.2ないし0.4センチメートルの細い索状物を頚部に2回巻いて頚部を圧迫し,右側頚部で結節を作っていたと推測される旨判断していること(嘱託鑑
定書[当審検2] )などを総合すると,意見および意見において,被告人の捜査段階の供述に基づく絞頚の態様が,被害児の死体所見と矛盾する旨指摘している諸点を踏まえて検討しても,第一審判決が認定した絞頚の態様が,被害児の死体所見と矛盾しているとはいえない(なお,弁護人は,紐を頚部に二重に巻いたことと死体所見の矛盾を指摘するが,第一審判決は,単に紐を頚部に巻いたと認定しているに過ぎず,紐を頚部に二重に巻いたとは認定していない)。
 若干付言するに,弁護人は,①被害児の頚部の本件圧痕は,表皮剥脱を伴っていないことなどに照らすと,強い外力により形成されたものではない,②項部で紐を交差させた場合,交差させた箇所にしわ等の痕跡が残るはずであるなどとして,上記絞頚の態様は,被害児の死体所見と矛盾する旨主張する。
 しかし,①の点については,被告人の検察官調書(乙25)には,被害児は,首を絞められてからすぐに声が出なくなり,かなり短い時間で動かなくなって死亡した旨記載されていること,被害児は生後11か月の乳児であり,意見も指摘するように,抵抗がないため,必死に抵抗する成人を絞頚する場合と比べれば,作用する力は弱くても足りたと考えられること,が,当審公判で,表皮は,重層扁平上皮という細胞が多数重なっており,かなり抵抗力が強いので,強い擦過力や圧迫力が作用しないと簡単には表皮剥脱は生じない,荒綱等表面の非常に粗造なものを用いて絞頚した場合,表皮剥脱を伴うことも考えられる旨供述していること(当審第10回20,21項),被害児の絞頚に用いられた紐(当庁平成13年押第11号の46)は,表面が粗造であるとは認められないことなどを総合すると,被害児の頚部に巻いた紐の両端を強く引っ張って絞めつけ,それによって形成された本件圧痕に表皮剥脱を伴わなかったとしても,不自然であるとはいえない。
②の点については,上記①の点について検討したところに加えて,意見によれば,紐の両端を左右に引っ張って首を絞めた場合,必ず紐の交差部の皮膚に縦のしわが生じるものではないこと,後頚部や側頚後部のように真皮の結合組織が厚くて強靱で,表皮が緊張しているところでは,紐の交差部であっても縦のしわは生じ難いと考えられること,幼児の頚部の皮膚は,成人に比べると張りがあって弾力性に富んでおり,しわはでき難いことなどが指摘されており,その内容は合理的なものとして首肯することができる。したがって,被害児の項部にしわ等の痕跡が残っていなかったとしても,不自然とはいえない。
 なお,弁護人は,の当審公判供述を根拠として,被害児を死亡させるまでに10分前後かかるなどとして,交差部にしわ等の痕跡が残るはずである旨主張する。しかし,の当審公判供述は,被害児の首を中等度の力で絞めてから,むくみを生じて首に紐が食い込み,同児が死亡するまでの時間を述べたものと解され(当審第6回129ないし133,151ないし156項),弁護人の主張は前提を欠いている。
エ なお,弁護人は,被害児の死体には,両手による扼頚を疑わせる所見がないなどとして,第一審判決が,その「量刑の理由」の項において,被害児の「頚部を両手で絞めつけ」た旨認定したのは,事実を誤認している旨主張する。
 しかし,被告人の検察官調書(乙25,33)には,被害児の首を両手で絞めたものの,被害者と首のサイズが余りにも違って同児の首が細過ぎたことなどの理由から,同児の首をうまく絞めることができなかった旨記載されていることに照らすと,弁護人指摘の諸点を検討しても,被害児の死体に両手による扼頚を疑わせる所見がなかったことと,第一審判決の「量刑の理由」の項における上記認定との間に矛盾があるとはいえない。
 そのほか弁護人が,被告人の被害児に対する行為は殺害行為とはいえない,被告人には殺意がないなどとして,種々主張するところを逐一検討しても,これまで示した判断は左右されない。 
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光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-6- 5 そこで,量刑不当の主張について判断する (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-5-(7) 窃盗について (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-4-(6)被害児に対する殺害行為について (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-3- (5) 被害者に対する強姦行為について (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-2- (4) 被害者に対する殺害行為について (平成20/4/22)
所謂事件名「光市母子殺害事件」広島高裁差し戻し審判決文 -1-主文 理由 (平成20年4月22日)
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