光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-6- 5 そこで,量刑不当の主張について判断する (平成20/4/22)

2016-02-08 | 死刑/重刑/生命犯

所謂事件名「光市事件」広島高裁差戻し審判決文
-1- 主文 理由
-2- (4) 被害者に対する殺害行為について
-3- (5) 被害者に対する強姦行為について
-4- (6) 被害児に対する殺害行為について
-5- (7) 窃盗について
-6-  5  そこで,量刑不当の主張について判断する。
 
事件番号 平成18(う)161 事件名 殺人,強姦致死,窃盗被告事件
-6-
5 そこで,量刑不当の主張について判断する。
 検察官の論旨は,被告人を無期懲役に処した第一審判決の量刑は,死刑を選択しなかった点において,著しく軽きに失して甚だしく不当であるというのである。
 所論にかんがみ記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せ検討する。
(1) 本件は,当時18歳の少年であった被告人が,白昼,排水管の検査を装ってアパートの一室に上がり込み,同室に住む当時23歳の主婦(被害者)を強姦しようとしたところ,激しく抵抗されたため,同女を殺害した上で姦淫し(原判示第1),その後,激しく泣き続ける当時生後11か月の被害者の長女(被害児)をも殺害し(同第2),さらに,被害者管理の地域振興券等在中の財布1個を窃取した(同第3)という事案である。
(2) 原判示第1および第2の各犯行に至る経緯等は,以下のとおりである。すなわち,被告人は,中学3年生のころから性行為に強い関心を抱くようになり,ビデオや雑誌を見て自慰行為にふけるなどしていたところ,早く性行為を経験したいとの気持ちを次第に強めていた。被告人は,高校を卒業して,地元の配管工事等を業とする会社に就職し,見習い社員として働き始めたものの,10日も経たないうちに欠勤して友人と遊ぶようになった。本件当日の朝も,欠勤して友人と遊ぼうと考え,会社の作業服等を着用し出勤を装って自宅を出た。そして,友人宅でテレビゲームをした後,自宅に戻って昼食をとり,再び自宅を出て,自宅のある団地内のアパートの3棟に向かった。その際,被告人は,強姦によってでも性行為をしてみたいという気持ちになっており,そのようなことが本当にできるのだろうかと半信半疑に思いつつも,布テープやこて紐などを携帯し,同アパートの10棟から7棟にかけて,排水検査の作業員を装って戸別に訪ね,呼び鈴を鳴らすなどして,若い主婦が留守を守る居室を物色して回り始めた。
 そして,誰からも怪しまれなかったことから,本当に強姦できるかもしれないなどと,次第に自信を深めた。被告人は,被害者方に至り,排水検査の作業員を装い,被害者が信用したのに乗じて室内に上がり込み,同女が若くてかわいい女性であったことから,強姦によってでも性行為をしたいという気持ちを抑えきれなくなり,トイレ等で排水検査をしているふりをしながら様子を窺い,同女のすきを見て背後から抱きつくなどしたところ,同女は,大声で悲鳴を上げ,手足をばたつかせるなど激しく抵抗した。そこで,被告人は,姦淫の目的を遂げるため被害者を殺害しようと決意し,同女を殺害して姦淫を遂げた。さらに,被害児が激しく泣き続けていたことから,泣き声を付近住民が聞きつけて犯行が発覚することを恐れるとともに,同児が泣き止まないことに腹を立て,同児をも殺害したものである。
 被告人は,姦淫の目的を遂げるため,必死に抵抗する被害者を殺害してまで姦淫した上,身勝手で理不尽な理由から,いたいけな乳児をも殺害したものである。いずれも極めて短絡的かつ自己中心的な犯行である。しかも,原判示第1の犯行は,自己の性欲を満たすため,被害者の人格を無視した卑劣な犯行である。本件の動機や経緯に酌量すべき点は微塵もない。
 その各犯行態様は,仰向けに倒されて必死に抵抗する被害者の頚部を両手で強く絞め続けて同女を殺害した上,万一の蘇生に備えて,布テープを用いて同女の両手首を緊縛したり鼻口部をふさいだりし,カッターナイフで下着を切り裂くなどして,乳房を弄んだ上,姦淫を遂げ,この間,被害児が,被害者にすがりつくようにして激しく泣き続けていたことを意にも介さなかったばかりか,原判示第1の犯行後,殺意をもって,同児を仰向けに床に叩きつけるなどした上,なおも泣きながら母親の死体にはい寄ろうとする同児の首に紐を巻いて絞めつけ,同児をも殺害したものである。
 被告人は,強姦および殺人の強固な犯意の下に,何ら落ち度のない被害者ら2名の生命と尊厳を相次いで踏みにじったものであり,冷酷,残虐にして非人間的な所業であるというほかない。
 被害者および被害児は死亡しており,結果が極めて重大であることはいうまでもない。被害者は,その夫と深い愛情で結ばれ,被害児の成長を何よりも楽しみにしながら,一家3人で,つつましいながらも平穏で幸せな生活を送っていたにもかかわらず,最も安全であるはずの自宅において,被告人の凶行により,23歳の若さで突如として絶命させられたものであり,その苦痛や恐怖,無念さは察するに余りある。被告人を排水検査の作業員と信じて室内に入らせたばかりに,理不尽な暴力を受け,かたわらで被害児が泣いているにもかかわらず,同児を守るどころか何もしてやれないまま,同児を残して事切れようとするときの被害者の心情を思うと言葉もない。被害児は,夏の大きな美しい夕陽のように人を温かく包み込む優しさを持った人物になるようにという願いを込めて と名づけられ,両親の豊かな愛情に育まれて健やかに成長しており,あと少しで一人歩きができるまでになっていた。何が起こったのかさえも理解できず,わずか生後11か月で,余りにも短い生涯を終えたものであり,まことに不憫である。一度に妻と子を失った被害者の夫や,娘と孫を亡くした被害者の母親をはじめ,遺族の悲嘆の情や喪失感絶望感は甚だしく,憤りも激しい。しかるに,被告人は,慰謝の措置といえるようなことを一切していない。当然のことながら遺族の処罰感情は峻烈を極めている。被害者の夫(被害児の父)および母親(被害児の祖母)は,当審での意見陳述において,事件後8年以上経過した現在でも癒えることのない悲嘆の情等を切々と語り,被告人が旧供述を翻して新供述をするに至ったことに対する失望感等を述べ,峻烈な処罰感情を表明している。
 また,原判示第3の窃盗は,原判示第1,第2の各犯行後,被害者方から逃走する際,地域振興券や小銭の入った財布を持ち去ったものである。被告人は,地域振興券等を小遣いとして使おうなどと考えて,室内にあった財布を盗んだものであり,その利欲的な動機に酌むべき点はない。
 被告人は,被害者らを殺害した後,犯行の発覚を遅らせるため,被害児の死体を押入の天袋に投げ入れ,被害者の死体を押入の下段に隠すなどしたほか,被害者方から,自分の指紋のついた洗浄剤スプレーやペンチを持ち出して隠匿するなど,罪証隠滅工作をした。また,窃取した財布の中にあった地域振興券でカードゲーム用のカードや菓子類を購入するなどしており,犯行後の情状も芳しくない。
 そして,本件は,住宅地域内の社宅アパートの団地内で,白昼,ごく普通の家庭の母子が,自らには何の責められるべき点もないのに,自宅で惨殺された事件として,地域住民や社会に大きな衝撃と不安を与えたものであり,この点も軽視できない。
 以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重大であるというほかない。

(3) そこで,酌量すべき事情について検討する。
ア 被告人は,布テープやこて紐を用意して携帯するなど,強姦について相応の計画を巡らせてはいたものの,その計画の程度は,戸別訪問を始めたときはいまだ漠然としたものであり,被告人自身も,そのようなことが可能であるかどうか半信半疑の状態であって,なりゆきによっては強姦に及ぼうという程度の気持ちであったと認められ,戸別訪問開始当初から,絶対に強姦をしようという強固な意思を有していたとまでは認められない。また,事前に被害者らを殺害することまでは予定しておらず,被害者に激しく抵抗され,あるいは,被害児が激しく泣き続けるという事態に直面して殺意を形成したにとどまることは否定できないから,各殺害については事前に計画されたものとはいえない。
 もっとも,これらの点は,戸別訪問開始のときから強姦実行を確定的に決意し,あるいは当初から被害者らを殺害することをも計画していた場合と対比すれば,その非難の程度に差異があるものの,被告人は,強姦という凶悪事犯を計画し,被害者方に入ってからは強姦の意思を強固にし,その実行に当たり,反抗抑圧の手段ないし犯行発覚防止のために被害者らの殺害を決意して次々と実行し,それぞれ所期の目的も達しているのであって,各殺害が偶発的なものといえないことはもとより,冷徹にこれを利用したものであることが明らかであることにかんがみると,上告審判決が指摘するとおり,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情といえるものではない。
イ 被告人には,前科はもとより,見るべき非行歴も認められず,本件以前に家庭裁判所に事件が係属したこともない。幼少期に,実母が実父から暴力を振るわれるのを見て,かばおうとしたり,祖母が寝たきりになり介護が必要な状態になると,その排泄の始末を手伝うなど,心優しい面もある。
ウ 被告人の生育環境をみると,幼少期より実父から暴力を受けたり,実父の実母に対する暴力を目の当たりにしてきたほか,中学時代に実母が自殺するなど,同情すべきものがある。また,実母の死後,実父が年若い外国人女性と再婚し,本件の約3か月前には異母弟が生まれるなど,これら幼少期からの環境が,被告人の人格形成や健全な精神の発達に影響を与えた面があることも否定できない。もっとも,被告人は,経済的に何ら問題のない家庭に育ち,高校教育も受けることができたのであるから,生育環境が特に劣悪であったとはいえない。
エ 被告人は,犯行当時18歳と30日の少年であった。そして,少年法51条は,犯行時18歳未満の少年の行為については死刑を科さないものとしており,その趣旨に照らし,被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことは,量刑上十分に考慮すべきである。また,被告人は,本件の約1か月前に高校を卒業しており,知能水準も中程度であって,知的能力には問題がないものの精神的成熟度は低い。
オ 弁護人は,刑法41条,少年法51条等を根拠として,少年の責任能力とは,犯行時にどの程度精神的に成熟していたかを問い,その成熟度(未熟さ)についての可塑性を問うものであり,少年の刑事責任を判断する際は,一般の責任能力とは別途,少年の責任能力すなわち精神的成熟度および可塑性に基づく刑事責任判断が必要となる旨主張し,18歳以上の年長少年についても,限定責任能力(精神的未成熟・可塑性の存在)の推定の下,少年独自の責任能力について実質的な判断が要請され,その結果,精神的成熟度がいまだ十分ではなく,可塑性が認められることが証拠上明らかになった場合には,少年法51条を準用して,死刑の選択を回避するか,限定責
任能力を量刑上考慮すべきである旨主張する。
 しかし「少年の責任能力」という一般の責任能力とは別の概念を前提とし,年長少年について,限定責任能力を推定する弁護人の主張は,独自の見解に基づくものであって採用し難い。また,少年の刑事責任を判断する際に,その精神的成熟度および可塑性について十分考慮すべきではあるものの,少年法51条は,死刑適用の可否につき18歳未満か以上かという形式的基準を設けるほか,精神的成熟度および可塑性といった要件を求めていないことに徴すれば,年長少年について,精神的成熟度が不十分で可塑性が認められる場合に,少年法51条を準用して,死刑の選択を回避すべきであるなどという弁護人の主張には賛同し難い。
 たしかに,少年調査記録でも指摘されているように,独り善がりな自己中心性が強いことや,衝動の統制力が低いことなど,被告人の人格や精神の未熟が,本件各犯行の背景にあることは否定し難い。しかしながら,既に説示した本件各犯行の罪質,動機,態様,結果にかんがみると,これらの点は,量刑上十分考慮すべき事情ではあるものの,被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことと合わせて十分斟酌しても,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情であるとまではいえない。
 弁護人は,少年である被告人が,児童期の父親による虐待や,母子一体関係,共生関係にあった実母の自殺等によって,精神的成長が阻害されて停留しており,その精神の未熟さ等によって対処能力を欠いていたために,事件を拡大させて,被害者らを死亡させた旨主張する。
 たしかに,上記のとおり,被告人の人格や精神の未熟が本件各犯行の背景にあることは否定し難いものの,弁護人の上記主張は,被害者に実母を投影して甘えたくなり抱きついたところ,抵抗にあってパニック状態に陥って,被害者を死に至らしめ,更に,心因性の幻覚に襲われ,被害児をも死に至らしめた後,被害者を生き返らせるために同女を屍姦したなどという被告人の新供述を前提とするものであり,被告人の新供述が信用できない以上,その前提を欠いている。
 なお,少年調査記録には,TAT(絵画統覚検査)の結果として「いわゆる罪悪感は浅薄で未熟であり,発達レベルは4,5歳と評価できる」と記載されているところ,TATの結果のみから精神的成熟度を判断するのは相当でない上,前後の文脈に照らすと,この記載は,主として被告人の罪悪感に関する発達レベルを評価したものと解される。
カ 当審における事実取調べの結果によれば,被告人が,上告審の公判期日指定後,遺族に対し謝罪文を送付したほか,弁護人を通じ原判示第3の窃盗の被害弁償金6300円を送付したこと,当審においても,請願作業をして得た作業報奨金900円を弁護人を通じ遺族に対し被害弁償金として送付したこと,上告審係属中の平成16年2月以降,自ら希望して,おおむね月1回の頻度で教誨師による教誨を受けていることが認められる。また,被告人は,当審公判において,これまでの反省が不十分であったことを認める供述をし,遺族の意見陳述を聞いた後,大変申し訳ない気持ちで一杯であり,生きて生涯をかけ償いたい旨涙ながらに述べているほか,強盗強姦殺人罪等を犯した無期懲役受刑者との文通を通じて深い感銘を受け,遺族に対する謝罪,償い,反省等について考えを深めるきっかけを得たなどと述べている。
キ ところで,第一審判決は,酌量すべき事情として,①被告人の犯罪的傾向が顕著であるとはいえないこと,②被告人なりの一応の反省の情が芽生えるに至ったものと評価できることを摘示しているので,この点について検討する。
(ア) ①の点については,被告人には本件以前に前科や見るべき非行歴は認められないものの,被告人は,いとも安易に見ず知らずの主婦をねらった強姦を計画した上,その実行の過程において,格別ためらう様子もなく被害者らを相次いで殺害している。そして,そのような凶悪な犯行を遂げたにもかかわらず,被害者の財布を窃取したほか,被害者らの死体を押入や天袋に隠すなどの犯跡隠ぺい工作をした上で逃走し,さらには,窃取した財布内にあった地域振興券でカードゲーム用のカード等を購入するなどしていることに照らすと,その犯罪的傾向には軽視できないものがあるといわなければならない。
(イ) また,②の点については,被告人は,捜査のごく初期を除き,基本的には犯罪事実を認めて反省の弁を述べ,遺族に対する謝罪の意思を表明していたのであり,第一審の公判審理を経るに従って,被告人なりの反省の情が芽生え始めていたものである。もっとも,少年審判段階を含む差戻前控訴審までの被告人の言動,態度等をみる限り,被告人が,遺族らの心情に思いを致し,本件の罪の深刻さと向き合って内省を深め得ていたと認めることは困難であり,被告人は,反省の情が芽生え始めてはいたものの,その程度は不十分なものであったといわざるを得ない。
 そして,被告人は,上告審において公判期日が指定された後,旧供述を一変させて本件公訴事実を全面的に争うに至り,当審公判でも,その旨の供述をしたところ,既に説示したとおり,被告人の新供述が到底信用できないことに徴すると,被告人は,死刑に処せられる可能性が高くなったことから,死刑を免れることを企図して,旧供述を翻した上,虚偽の弁解を弄しているというほかない。被告人の新供述は,原判示第1の犯行が,殺人および強姦致死ではなく傷害致死のみである旨主張して,その限度で被害者の死亡について自己に刑事責任があることを認めるものではあるものの,原判示第2の殺人および第3の窃盗については,いずれも無罪を主張するものであって,もはや,被告人は,自分の犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し,死刑を免れようと懸命になっているだけであると評するほかない。被告人は,上記5(3)カのとおり,遺族に対し謝罪文等を送付したり,当審公判において ,遺族に対する謝罪や反省の弁を述べたりしてはいるものの,それは表面的なものであり,自己の刑事責任の軽減を図るための偽りの言動であるとみざるを得ない。本件について自己の刑事責任を軽減すべく虚偽の供述を弄しながら,他方では,遺族に対する謝罪や反省を口にすること自体,遺族を愚弄するものであり,その神経を逆撫でするものであって,反省謝罪の態度とは程遠いというべきである。
 なお,第一審判決は,公判審理を経るにしたがって,被告人なりの一応の反省の情が芽生えるに至ったものと評価できるなどとし,家庭裁判所の調査においても,その可塑性から,改善更生の可能性が否定されていないことをも併せ考慮して,矯正教育による改善更生の可能性がないとはいえないなどと判断し,無期懲役刑を選択したものであり ,差戻前控訴審判決は,被告人が,知人に対し,本件を茶化したり,被害者らの遺族を中傷するかのごとき表現を含む手紙を何通も書き送っていることを踏まえながらも,第一審判決の判断を是認したものである。両判決は,犯行時少年であった被告人の可塑性に期待し,その改善更生を願ったものであるとみることができる。ところが,被告人は,その期待を裏切り,差戻前控訴審判決の言渡しから上告審での公判期日指定までの約3年9か月間,反省を深めることなく年月を送り,その後は,本件公訴事実について取調べずみの証拠と整合するように虚偽の供述を構築し,それを法廷で述べることに精力を費やしたものである。被告人が,そのような態度に出たのは,20名を超える弁護士が弁護人となり,被告人の新供述について証拠との整合性を検討し,熱心な弁護活動をしてくれることから,次第に,虚偽の供述をすることによって自己の刑事責任が軽減されるかもしれないという思いが生じ,折角芽生えた反省の気持ちが薄れていったのではないかとも考えられないではない。しかし,これらの虚偽の弁解は,被告人において考え出したものとみるほかないところ,当審公判で述べたような虚偽の供述を考え出すこと自体,被告人の反社会性が増進したことを物語っているといわざるを得ない。
 現時点では,被告人が,反省していると評価することはできず,反省心を欠いているというほかない。そして,自分の犯した罪の深刻さに向き合って内省を深めることが,改善更生するための出発点となるのであるから,被告人が当審公判で虚偽の弁解を弄したことは,改善更生の可能性を皆無にするものではないとしても,これを大きく減殺する事情といわなければならない。
(4) 以上を踏まえ,死刑選択の可否について検討するに,姦淫の目的を遂げるため,被害者を殺害して姦淫した上,いたいけな乳児をも殺害した各犯行の罪質は,極めて悪質であり,2名を死亡させた結果も極めて重大であること,極めて短絡的かつ自己中心的な犯行の動機や経緯に酌むべき点は微塵もないこと,各犯行の態様は,強固な犯意に基づく冷酷,残虐にして非人間的なものであること,両名を殺害した後,窃盗をしたほか,罪証隠滅工作をするなど,犯行後の情状も芳しくないこと,遺族の被害感情は峻烈を極めていること,社会的影響も大きいことなどの諸般の事情を総合考慮すれば,被告人の罪責はまことに重大であって,各殺害の計画性が認められないこと,被告人の前科・非行歴,生育環境,犯行当時18歳になって間もない少年であること,精神的成熟度,改善更生の可能性,その他第一審判決後の事情等,被告人のために酌量すべき諸事情を最大限考慮しても,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも,極刑はやむを得ないというほかない。
 当裁判所は,上告審判決を受け,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の有無について慎重に審理し,弁護人請求の証人4名,検察官請求の証人1名を取り調べ,被告人質問を6期日にわたって実施したほか,多くの証拠を取り調べたものの,第一審判決が認定した罪となるべき事実はもとより,基本的な事実関係については,上告審判決の時点と異なるものはなかったといわざるを得ない。むしろ,被告人が,当審公判で虚偽の弁解を弄し,偽りとみざるを得ない反省の弁を口にしたことにより,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情を見出す術もなくなったというべきである。今にして思えば,上告審判決が,「弁護人らが,言及する資料等を踏まえて検討しても,上記各犯罪事実は,各犯行の動機,犯意の生じた時期,態様等も含め,第1,2審判決の認定,説示するとおり揺るぎなく認めることができるのであって,指摘のような事実誤認等の違法は認められない」と説示し,「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかにつき更に慎重な審理を尽くさせる」と判示したのは,被告人に対し,本件各犯行について虚偽の弁解を弄することなく,その罪の深刻さに真摯に向き合い,反省を深めるとともに,真の意味での謝罪と贖罪のためには何をすべきかを考えるようにということをも示唆したものと解されるところ,結局,上告審判決のいう「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」は認められなかった。
 以上の次第であるから,被告人を無期懲役に処した第一審判決の量刑は,死刑を選択しなかった点において,軽過ぎるといわざるを得ない。論旨は理由がある。

6  そこで,刑事訴訟法397条1項,381条により第一審判決を破棄することとし,同法400条ただし書に従い当裁判所において更に判決する。
 第一審判決が認定した罪となるべき事実に以下のとおり法令を適用する。

罰条
原判示第1の所為のうち
・殺人の点
 平成16年法律第156号による改正前の刑法199条
 行為時においては上記改正前の刑法199条に,裁判時においては同改正後の刑法199条に該当するところ,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
・強姦致死の点
 平成16年法律第156号による改正前の刑法181条(177条前段)
 行為時においては上記改正前の刑法181条(177条前段)に,裁判時においては同改正後の刑法181条2項(177条前段)に該当するところ,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
・原判示第2の所為
 平成16年法律第156号による改正前の刑法199条
 行為時においては上記改正前の刑法199条に,裁判時においては同改正後の刑法199条に該当するところ,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
・原判示第3の所為
 平成18年法律第36号による改正後の刑法235条
 行為時においては上記改正前の刑法235条に,裁判時においては同改正後の刑法235条に該当するところ,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い裁判時法の刑による。
・科刑上一罪の処理
 刑法54条1項前段,10条
 原判示第1の所為は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,1罪として重い殺人罪の刑で処断する。
・刑種の選択
 原判示第1,第2 いずれも死刑を選択
 原判示第3 懲役刑を選択
・併合罪の処理
 刑法45条前段,46条1項本文,10条
 刑および犯情の重い判示第1の罪につき死刑に処することとして他の刑を科さない。
・訴訟費用
 刑事訴訟法181条1項ただし書
 差戻前控訴審および当審における各訴訟費用は,いずれも被告人に負担させない。

 よって,主文のとおり判決する。

 平成20年5月20日
 広島高等裁判所第1部
 裁判長裁判官 楢崎康英
      裁判官 森脇淳一
      裁判官 友重雅裕

※ 判決理由中の別紙は添付を省略  
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光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-6- 5 そこで,量刑不当の主張について判断する (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-5-(7) 窃盗について (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-4-(6)被害児に対する殺害行為について (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-3- (5) 被害者に対する強姦行為について (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-2- (4) 被害者に対する殺害行為について (平成20/4/22)
所謂事件名「光市母子殺害事件」広島高裁差し戻し審判決文 -1-主文 理由 (平成20年4月22日)
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