光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-3- (5) 被害者に対する強姦行為について (平成20/4/22)

2016-02-08 | 死刑/重刑/生命犯

所謂事件名「光市事件」広島高裁差戻し審判決文
-1- 主文 理由
-2- (4) 被害者に対する殺害行為について
-3- (5) 被害者に対する強姦行為について
-4- (6) 被害児に対する殺害行為について
-5- (7) 窃盗について
-6-  5  そこで,量刑不当の主張について判断する。

 事件番号 平成18(う)161 事件名 殺人,強姦致死,窃盗被告事件
-3-
(5) 被害者に対する強姦行為について
ア 第一審判決は,被告人が,被害者を強姦しようと企て,同女の背後から抱きつくなどしたところ,同女が激しく抵抗したため,同女を殺害した上で姦淫の目的を遂げようと決意し,同女を殺害して強いて姦淫した旨認定したほか,強姦について計画性があった旨認定している。
 これに対し,被告人は,当審公判で,性欲を満たすために被害者を姦淫したことや,強姦の犯意および計画性を否認する供述をした。すなわち,戸別訪問をしたのは,人との会話を通して寂しさを紛らわし,何らかのぬくもりが欲しかったからであり,強姦を目的として物色行為をしたものではない,被害者を通して亡くなった実母を見ており,お母さんに甘えたい,頭を撫でてもらいたいという気持ちから,被害者の背後から抱きついた,被害者が死亡していることに気付いた後,山田風太郎の「魔界転生」という小説にあるように,姦淫行為をして精子を女性の中に入れることによって復活の儀式ができると思っており,死体に精子を入れることで亡くなった人が生き返るという考えを持っていたから,被害者に生き返って欲しいという思いで同女を姦淫したなどと供述しているので,この供述の信用性について検討する。
イ 被告人は,当審公判で,被害者を姦淫したのは,性欲を満たすためではなく,同女を生き返らせるためであった旨供述する。
 しかし,被告人は,被害者の死亡を確認した後,同女の乳房を露出させて弄び,さらに,同女の陰部に自己の陰茎を挿入して姦淫行為に及び射精しているところ,これら一連の行為をみる限り,被告人が,性的欲求を満たすため姦淫行為に及んだものと推認するのが合理的である。
 しかも,被告人は,捜査段階のごく初期を除いて,姦淫を遂げるために被害者を殺害し,姦淫した旨一貫して供述していた上,第一審公判においても,性欲を満たすために姦淫行為に及んだ旨明確に供述した(第一審第4回被告人229,236ないし240項)ほか,屍姦にまで及んだ理由を問われて「怖いというより,そのときには,欲望の方が上だったと思います」と供述している(同第4回被告人228項)。また,被告人の新供述によれば,被告人は,被害者を姦淫した後すぐに同女の死体を押入の中に入れており,同女の脈や呼吸を確認するなど,同女が生き返ったかどうか確認する行為を一切していない(当審第3回被告人325ないし330項)というのであって,当審公判で,そのような確認行為をしなかった理由を問われて「分かりません」と供述するにとどまっている(同第3回被告人331,332項)。なお,被告人は,被害者が死亡した直後,布テープで同女の両手首を緊縛し,同女の鼻口部を布テープを貼ってふさぐなどしており,これは,被告人に同女の生き返りを願う気持ちがあったということにそぐわない行為であるとの感を免れない。
 このような被告人の一連の行動をみる限り,被害者を姦淫した目的が,同女を生き返らせることにあったとみることはできない。
 なお,被告人は,第一審公判で上記のような供述をした理由について,当審公判では,死者を生き返らせるという話をすると,ばかにされるのではないかと思い,性欲を満たすためであると言った方が受け入れてもらいやすいと思ったなどと説明する(当審第8回被告人310ないし313項,同第9回被告人565ないし570項)が,不自然不合理であり到底信用できない。
 さらに,死亡した女性が姦淫されることによって生き返るということ自体,荒唐無稽な発想であって,被告人が,被害者の死体を前にして実際にこのようなことを思いついたのか甚だ疑わしいというべきである。また,そのようなことを思った根拠として被告人が挙げた「魔界転生」という小説では,一定の条件を備えた男性が,瀕死の状態にあるときに女性と性交することによって,その女性の胎内に生まれ変わり,後日,その女性の身体を破ってこの世に現れるというのであって,死亡した女性を姦淫して,その女性を生き返らせるというものとは相当異なっている。そして,死者が,女性の胎内に生まれ変わってこの世に現れるというのは「魔界転生」という小説の骨格をなす極めて重要な事項であって,繰り返し叙述されており,実際に「魔界転生」という小説を読んだ者であれば,それを誤って記憶するはずがなく,したがって,その小説を読んだ記憶から,死んだ女性を生き返らせるために,その女性を姦淫するという発想が浮かぶこともあり得ないというべきである。
 被害者を姦淫したのは,性欲を満たすためではなく,同女を生き返らせるためであったという被告人の当審公判供述は,到底信用できない。
ウ また,被告人は,当審公判で,被害者を通して亡くなった実母を見ており,お母さんに甘えたい,頭を撫でてもらいたいという気持ちから,被害者に背後から抱きついた旨供述している。
(ア) しかし,被害者に甘えるために抱きついたというのは,同女の頚部を絞めつけて殺害し,性的欲求を満たすため同女を姦淫したという一連の行為とは,余りにもかけ離れているといわねばならない。
 また,被告人の新供述によれば,被告人は,被害者の力が徐々になくなっていった後も,その前に気絶状態から覚めて反撃されていたので,力が抜けた状態を信じ切れなかったため押さえ続けたというのである(当審第2回被告人362ないし364項)が,いかに予期しない激しい抵抗を同女から受けたとしても,同女が死に至るほど強い力を同女に対し加え続けたというのは,同女を通して母親を見ていたということに照らすと,不自然である。
 しかも,被告人は,捜査のごく初期の段階から,一貫して,強姦するつもりで被害者の背後から抱きついた旨供述しており,第一審公判においても,強姦しようと思った時期を問われ「2回目にペンチを,貸してもらった時点」と供述し(第一審第4回被告人92項),襲っても余り抵抗しないのではないかという考えから,被害者を襲ってしまった,多少抵抗を受けても強姦できると思い込んだ旨供述していたのである(同第4回被告人107ないし110項)。
(イ) さらに,被告人は,当審公判で,玄関ドアを開けた被害者が左腕に被害児を抱いているのを見て,淡い気持ちを抱いた(当審第2回被告人90ないし97項,同第5回被告人250ないし259項等),被害児を抱いて座椅子に座っていた被害者から「ご苦労様」という趣旨の言葉を言われ,同女に甘えたい気持ちを抑えきれなくなり,同女に背後から抱きついた旨供述している(同第2回被告人23ないし79項)。
 しかし,被告人は,捜査段階においては,玄関で応対した被害者が被害児を抱いていたとは一度も供述していない。被告人は,被害者方に入った後,トイレで作業をしているふりをしてから風呂場に行き,そこを出たところで被害児を抱いて立っている被害者を見て,初めて同児の存在を知った,廊下において自分の方に向かってはって来た被害児を抱き上げ,居間に入ると被害者が座椅子から立ち上がったので,同児を床に降ろし,同女が同児を抱き上げようと前屈みになったところを背後から抱きついた旨供述していた(検察官調書[乙24] )のであり,捜査段階での検証として犯行を再現した際も,同趣旨の指示説明をしている(検証調書[甲211] )。そして,このような犯行前の経緯は,被告人が供述しない限り,捜査官が知り得ない事情であるのみならず,被告人の当審公判供述と対比して,犯罪の成否や量刑に格別差異をもたらすものではないのであるから,捜査官が,被告人のいう真実と異なる内容の供述を敢えて被告人に押しつける必要性に乏しいというべきである。また,被告人としても,このような事情について,真実であるという新供述の内容を秘したまま,真実とは異なる内容の供述をする理由というのも考えられない。結局,犯行前の経緯に関する被告人の当審での上記供述は信用できない。被告人の供述経過等にも照らすと,被告人は,後述の母胎回帰ストーリーを補強するため,この点に関する捜査段階の供述を変遷させたのではないかということを疑わざるを得ない。
(ウ) 以上説示したとおり被害者を通して亡くなった実母を見ており,お母さんに甘えたいなどという気持ちから被害者に抱きついたという被告人の当審公判供述は,到底信用できない。
 なお,少年調査記録(少年調査記録のうち証拠として取り調べたのは,鑑別結果通知書[甲218]と少年調査票[甲219] のみであるところ,本判決においては,この2通をまとめて「少年調査記録」として表示する)には「赤ん坊を抱く被害者を懐かしいような甘えたいような気持ちで見たとも言い,自分と実母との関係の投影が窺われる」などと記載されており,この記載は,被告人が,被害者に実母を投影して甘えたいという気持ちを有していたことを窺わせるものではあるが,そのような気持ちを有していたとしても,被告人が,強姦することを決意して被害者に抱きついたという認定と矛盾するものとはいえないから,上記認定を揺るがすものではない。
エ 被告人は,当審公判で,戸別訪問をしたのは,人との会話を通して,寂しさを紛らわし,何らかのぬくもりが欲しかったからであり,強姦を目的とした物色行為をしたのではない旨供述する(当審第5回被告人168項等)。
(ア) しかし,関係証拠によれば,被告人は,各部屋を戸別に訪問した際,玄関で応対した住民に対し「設備の者です。排水検査に来ました。トイレの水を流して下さい」などと言うのみで,その住民が,トイレに行き水を流して玄関に戻っても,会話しようという素振りもなく立ち去ったり,住民がトイレの水を流している間に,玄関に戻って来るのを待つことなく立ち去っていることが認められる。このような被告人の行動は,人との会話を通して寂しさを紛らわすために訪問した者の行動として,いささか不自然との感を免れない。そのように立ち去った理由について,被告人は,当審公判で,ゲーム感覚になっており,ロールプレーイングゲームの中で,登場人物が同じせりふしか言えないのと同じ状態で「設備の者ですが,排水管の検査で,来ました。トイレの水を流して下さい」という一定の言葉しか紡げない状況下,機械的な感じで,すぐその場を離れるようになった旨供述する(当審第5回被告人200項)が,人との会話を通して寂しさを紛らわすという当初の訪問目的とは相当趣旨が異なっている。
(イ) しかも,被告人は,第一審公判で,戸別訪問をしたのは,時間つぶしの目的で,誰か話し相手が欲しかった,仕事の服装で気取ってみたかった,女の人としゃべりたいというのはあったが,レイプをしようという気持ちはなかったなどと供述し,強姦の計画性を否認する供述をしていた(第一審第4回被告人90,93,186ないし210項)ものの,最終的には,戸別訪問を開始した時点で,半信半疑ながらも,強姦によってでも性行為をしたいなどと考え始めていたことを認める供述をした。すなわち,本件が山口家庭裁判所に送致される以前に作成された被告人の供述調書には,戸別訪問を開始した時点から強姦目的があった旨の供述が記載されていたところ,同裁判所が検察官送致決定をした後に作成された被告人の検察官調書(乙32)には,当初から強姦目的があった旨の上記供述を訂正して欲しいとした上で,戸別訪問を開始した時点では,強姦によってでも性行為をしたいなどと考え始めていたものの,半信半疑のような状態であった,個別訪問をするうちに誰からも怪しまれなかったため,本当に強姦できるかもしれないと思うようになった,被害者を強姦しようという思いが抑えきれないほど強くなったのは,被害者方に入れてもらってからであるという趣旨の供述が記載されており,被告人は,第一審公判で,同検察官調書に記載された上記内容を認める趣旨の供述をした(同第4回被告人303ないし307項) 。第一審公判において,強姦の計画性を争っていた被告人が,供述を強制されることのない法廷で任意にした上記第一審の公判供述は,高度の信用性が認められるというべきであり,強姦については,この供述で述べられた程度の計画性があったことは,動かし難い事実であって,これに反する被告人の上記当審公判供述は信用できない。
(ウ) また,被告人は,戸別訪問をする際こての紐(以下「こて紐」ともいう)を携帯しているところ,この点について,第一審判決は「量刑の理由」の項において,こて紐を携帯していた理由について「こての紐についても管の通しの見方である『下げ振り』のまねをしようと思って持っていたとの被告人の供述が必ずしも不自然であると断じ得ない」と説示している。
 しかし,鑑定書(甲79,85)等によれば,原判示第2の犯行で使用されたこて紐は,幅が約6ミリメートル,厚みが約4ミリメートル,長さが約93センチメートルの紐であることが認められる。そして,下げ振りは,細い糸の先端に先の方が逆円錐形をしたおもりをつけ,これを垂らして鉛直をみる道具であり,こて紐はその形状等からして下げ振りのまねをするだけであるとしても,先端におもりをつけて鉛直をみる道具として使用するのに適さないことは,明らかである。しかも,下げ振りのようにして使用するためには,こて紐の先端に取りつけるおもりが必要であるのに,被告人は,おもりを携帯していなかったのである。被告人は,当審公判で,父親の道具入れの中にあるおもりを使おうと思っていたが,まだ引っ越して間がなく,父親の道具が整理されていなかったため,その使用を断念し,落ちている石をくくりつけようかと思っていた旨供述している(当審第9回被告人854ないし858項)。しかし,関係証拠によれば,被告人の家族が,本件当時の住居であるアパート11棟11号に引っ越したのは,本件の1年以上前の平成10年1月のことであり,引っ越して間がないとは認められないし,こて紐に石をくくりつけるのでは,下げ振りのまねになるとは考え難い。結局,下げ振りのまねをしようと思って,こて紐を持っていた旨の被告人の供述は,それ自体からして真実味がない上,不自然でもあり,にわかに信用し難い。
 また,被告人は,第一審公判で,検察官から,本件当日の昼に,布テープとこて紐を自宅に取りに帰ったのではないかと問われ,布テープは朝持ち出しているが,こて紐は,その時に取りに行ったと思う旨供述し,再度「こての紐は昼間取りに行ったの」と問われ「こての紐はそうだと思います」と供述したものの,続けて,こて紐を取りに行った理由を問われて返答に窮し,こて紐は着衣のポケットの中に入れてあったと思う旨供述を変遷させている(第一審第4回被告人164ないし170項)。被告人は,この供述の変遷について,つられて言ってしまった旨供述する(同第4回被告人310,311項)が,検察官の質問と被告人の答えとをみる限り,被告人が,質問内容を勘違いしたり,質問につられたりしたとは考えにくいのであり,上記のとおり被告人が,本件当時こて紐を携帯していた理由について,不自然な供述をしていることも考慮すると,本件当日の昼に,こて紐を自宅に取りに戻ったのかという検察官の質問に対し,被告人が,それを肯定する供述をしたのは,少なくとも,本件当日の昼に自宅を出るとき,こて紐を持ち出したことを認めたものとみるのが相当である。
 そうすると,被告人は,わざわざこて紐を持ち出して,戸別訪問をする際これを携帯していながら,その使用目的については納得のいく説明をしていないことに帰する。
 したがって,こて紐について下げ振りのまねをしようと思って持っていたとの被告人の供述が必ずしも不自然であると断じ得ないという第一審判決の上記説示は,是認することができない。
オ ところで,は,その作成に係る犯罪心理鑑定報告書(当審弁9)および当審公判で,本件は,強姦目的の事案すなわち性暴力ストーリーとして事実認定されているが,調査の結果,強姦目的の事案ではなく,母胎回帰ストーリーともいうべき動機が存在することが明らかになった旨の判断を示している(以下,これらにおいて示されたの判断のことを「意見」ともいう) 。その核心部分は以下のように要約できる。すなわち,被告人は,実母の生存時の過度な自己愛充足と,同女の自殺による急激な自己愛剥脱の影響を受け,母子一体の世界(幼児的万能感)を希求する気持ちが大きい。被告人は,本件当日の昼,自宅に戻り,義母に甘えたものの,それが満たされ
ずに自宅を出ることになったため,人恋しい気持ちに駆られ,自分を受け止めてくれる人との出会いを求め戸別訪問をした。そして,被告人を優しく部屋に招き入れてくれ,赤ん坊を抱く被害者の中に,自分の亡くなった母親の香りを感じ,母親類似の愛着的心情を投影した。テレビの前に座る被害者の後ろ姿を見たとき甘え(人恋しい)を受け入れて欲しいという感情を抑えることができなくなり,背後から抱きついたところ,予期しない抵抗にあって平常心を失い,性的欲求の達成手段としてではなく,被害者の反撃に対する過剰反応として反撃した。被告人は,被害者の死をなかなか受け入れられず,最愛の母親と重なる女性を死なせたことに対する戸惑いは,被告人を非現実的な行為に導いた。それは,自分を母親の胎内に回帰させることであり,母子一体感の実現で
あり,被告人は,その行為に「死と再生」の願いを託した,というのである。
  しかし ,意見は ,被告人の新供述に全面的に依拠しているところ ,既に説示したとおり,被告人の新供述中,人恋しさから戸別訪問をしたこと,玄関で対応した被害者が被害児を抱いていたこと,被害者に甘えたくて抱きついたこと,被害者を生き返らせるために同女を姦淫したことを供述する部分は,信用できないのであるから,意見は,その前提を欠いており失当である。
 なお,意見は,少年調査記録に「赤ん坊を抱く被害者を懐かしいような甘えたいような気持ちで見たとも言い,自分と実母との関係の投影が窺われる」などと記載されていることを,母胎回帰ストーリーを裏付けるものとして引用する。
 しかし,少年調査記録の記載は,被告人が,被害者の姿に実母を投影し,甘えたい気持ちを抱いていたことを窺わせる資料とはなり得ても,それを超えて,本件が,のいう母胎回帰ストーリーなる動機に基づく犯行であったことを裏付ける資料とみることはできない。
カ 弁護人は,第一審判決が,強姦の計画性があったと認定したことを論難し,強姦の計画性を否認する被告人の新供述は信用できる旨主張するので,この点に関連するの見解にも言及しつつ付言する。
(ア) は,その作成に係る精神鑑定書(当審弁10)および当審公判において,①強姦という極めて暴力的な性交は,一般的に性経験のある者の行為であり,被告人のように性交体験がなく,これまで性体験を強く望んで行動していたこともない少年が,突然,計画的な強姦に駆り立てられるとは考えにくい,②(あ)当初から強姦目的があったとすると,実母のことを思い出したことや,被害者が,スリーパーホールドにより最初に気絶したとき,すぐ姦淫行為に及んでいないことは,不自然である,(い)強姦目的であるのであれば,わざわざブラジャーを切ったり,下着を切ったりする必要はなく,すぐ下着を取り姦淫行為に及ぶはずであるなどとして,強姦目的の犯行であることに疑問を呈している(以下,これらにおいて示されたの判断のことを「意見」ともいう)。
 しかし,①の点については,一般論として,性体験のない者が計画的な強姦に及ぶことは,およそあり得ないなどとはいえない。また,は,上記精神鑑定書の作成に当たり,資料として被告人の捜査段階の供述調書を検討していない(同精神鑑定書の第1の2,当審第7回133項)ところ,そこには,後述のとおり,被告人が,早く性行為を経験したいとの気持ちを強め,本件当時,性的欲求を募らせていたことが記載されており,①の意見は,前提に誤りがある。
 ②(あ)の点については,被告人の新供述を前提としているところ,その被告人の新供述は信用できないから,前提を欠いている。
 ②(い)の点については,強姦目的で女性を襲った者が,姦淫行為をする前に,被害女性の乳房のみならず身体のその他の部位を弄んでから姦淫行為に及ぶことは,往々みられることであるから,被告人の行為が不自然であるなどといえないことは多言を要しない。
(イ) 弁護人は,第一審判決が,被告人は,カッターナイフを示したり,布テープを使って抵抗させないようにして強姦することを計画した旨認定しているところ,これは,脅迫を用いて強姦することを計画した旨認定したものであるという前提に立って,被告人が,実際には,被害者の抵抗を排除するために,カッターナイフを示したり布テープを用いたりしていないことや,トイレから洗浄剤スプレーを持ち出したことなどは,不可解極まりないし,脅迫を用いて強姦することを計画しながら,実際には脅迫を用いず暴行を用いて強姦した旨認定しているとして,第一審判決の認定は論理的に破綻している旨主張する。
 しかし,第一審判決は,被告人の計画について,カッターナイフを示すほか,布テープを使って抵抗させないようにすると判示したのではなく,布テープを使って女性を縛れば抵抗できないだろうと考えた旨認定しているところ,布テープで縛る行為は,脅迫ではなく暴行にほかならない。すなわち,第一審判決は,被告人が,脅迫と暴行とを手段として強姦することを計画した旨認定しているのであるから,脅迫を手段とすることを計画しながら,実際には暴行を手段としたというものではない。そして,犯行計画というものは,犯罪の種類や態様によって,その計画の程度も様々である。本件のように,襲う相手も特定されておらず,相手を襲う場所となるはずの相手の住居も,その中の様子も前もっては分からないという場合,犯行を計画したといっても,それは一応のものであって,実際には,その場の状況や相手の抵抗の度合いによって臨機応変に実行行為がなされるものであり,あらかじめ細部にわたってまで決めておき,決めたとおりに実行するというようなことが希であることは,多言を要しない。第一審判決も,被告人が,事のなりゆき次第では,カッターナイフを相手に示したり,布テープを使用して相手を縛ったりして,その抵抗を排除することを考えていたことを認定したものと解されるのであり,また,そのようにあらかじめ考えていながら,犯行に使えそうな洗浄剤スプレーをトイレから持ち出したことに,不自然不合理な点は全くない。弁護人の主張は,第一審判決を不正確に理解した上で,これをいたずらに論難しているに過ぎない。
 弁護人は,被告人が,自転車の前籠に入れてあった布テープを取りに行ったことは,強姦の計画性を認める根拠にならない旨主張する。
 しかし,被告人は,戸別訪問を始める前に,自分の自転車を置いていたアパート3棟の階段前まで,自転車の前籠に入れていた布テープをわざわざ取りに行っていることに加え,捜査段階のごく初期を除いて,一貫して,布テープを取りに行った理由について,これを使用して相手の女性を縛れば抵抗できないだろうと思った旨供述していることも併せ考えると,この事実は,まさに強姦の計画性を裏付ける事実というべきである。たしかに,弁護人指摘のとおり,布テープは,被害者が殺害されるまでの間に使用されていないが,それは,被告人が,被害者の激しい抵抗にあい,布テープを使用する間もなく,同女を窒息死させて殺害するに至ったためであると考えられるから,布テープを取りに行ったことを強姦の計画性を認定する根拠のひとつとすることに,何ら不
合理な点はない。
 弁護人は,第一審判決が,被告人が,犯行前の戸別訪問の際,応対した住民に対してトイレの水を流すように言った後,その場を立ち去っており,被害者に対するのとは異なる態度を取っていることを根拠として,強姦の計画性を認定したことを論難する。
 たしかに,第一審判決が説示するように,被告人は,第一審公判で,被害者に対し「トイレの水を流して下さい」と言った旨供述するものの,捜査段階の供述調書には,そのようなことを言ったとは記載されていない。しかし,弁護人も指摘するように,被告人の捜査段階の供述調書には,戸別訪問の際,被害者以外の住民に対しても「トイレの水を流して下さい」と言ったとは記載されていないことに照らすと,第一審判決が説示するように,被告人が,捜査段階において,被害者に対し「トイレの水を流して下さい」と言ったとは供述していないことのみを根拠として,そのように言った旨の第一審公判供述を不自然であるとして排斥するのは,相当とはいい難い。
 しかし,被害者が,「トイレの水を流して下さい」と言われたとすると,他の住民がしたように,通常,自分でトイレの水を流すと思われ,そのように告げられながら,被害者が,自分でトイレの水を流さないで,被告人を室内に上がらせるというのは,いささか不自然との感を免れない。しかも,被害者と同じアパートの7棟の他の部屋の住民の警察官調書(甲144)によれば,被告人からトイレの水を流してくれるよう言われて,自分が流しても構わないのかと尋ねたところ,被告人が「はい」と答えて,住民の方で水を流すよう求めたことが認められる。そして,戸別訪問をしているときの気持ちについて,被告人の旧供述では,強姦の目的はなく,時間つぶしの目的で誰か話し相手が欲しかったといいながら,被告人の実際の行動は,どの部屋においても,訪問先の住民がトイレの水を流せば直ぐに立ち去っておりそれ以上の会話をしようとはしていないこと,新供述においても,戸別訪問をしているときは,ゲーム感覚になっており,ロールプレーイングゲームの中で登場人物が同じせりふしか言えないのと同じ状態で,「< K>設備の者ですが,排水管の検査で来ました。トイレの水を流して下さい」という一定の言葉しか紡げない状況下で,機械的な感じでいた旨供述しており(当審第5回被告人200項),いずれの供述によっても,被害者方と他の部屋とで被告人が異なる行動をする理由はないと思われることに照らすと,被害者から,トイレの水を流すために,中に入るよう言われたとしても,他の部屋と同様に,被害者の方で水を流すように求めるのが,自然な行動であると考えられる。そして,被告人の捜査段階の供述によれば,被告人は,玄関で応対する被害者を見て,とてもかわいくて,きゃしゃであると感じ,同女を姦淫したいという気
持ちを抱いたことが認められることに照らすと,被害者方室内に上がり込む機会を失する可能性のある「トイレの水を流して下さい」ということを被害者に告げたとは考えにくい。したがって,被告人が,被害者に対し「トイレの水を流して下さい」と言ったことはないと認めるのが相当であり,第一審判決の上記説示は結論において正当である。
 弁護人は,被害者方と被告人方とが近接した場所にあり,しかも,被告人が,戸別訪問の際に,自分の勤務先である設備の作業服を着て,設備の者であることを名乗り,身元を明らかにしているなどとして,本件のような犯行をすれば,被告人が犯人であることが発覚する恐れが高いのであるから,被告人は,戸別訪問をする際,強姦目的を有していなかった旨主張しており,意見および意見も同趣旨の指摘をしている。
 たしかに,被告人がした戸別訪問の態様にかんがみると,被告人が強姦に及べば,それが被告人による犯行であることが早晩発覚するような状況であったことは,弁護人の指摘するとおりである。しかし,第一審判決も指摘するとおり,被告人は,不審に思われることなく,美人の主婦を物色するためには,排水検査を装って作業服を着用することが必要であったのである。そして,強姦によってでも性行為をしたいと気持ちを高ぶらせた被告人が,首尾よく性行為を遂げることに意識を集中させてしまい,本件でしたような戸別訪問をすれば,強姦することができても,それが自分の犯行であることが容易に発覚することにまで思い至らなかったとしても,被告人が,当時18歳の未熟な少年であったことにも照らすと,不自然とはいえない。しかも,被告人は,差戻前控訴審の公判において,戸別訪問をしている時点では,作業服の左胸の部分に設備の会社名が書かれていることを忘れていた旨供述し(差戻前控訴審第9回被告人212ないし214項),第一審公判では,被告人の父親に迷惑がかかるという考えは全くなかった,そのようなことまで考えつかなかった旨供述しており(第一審第4回被告人322項),戸別訪問していた時点において,犯行が発覚することにまで考えが及んでいなかったことが窺われることも併せ考えると,弁護人指摘の点を考慮しても,強姦の計画性は否定されない。
 弁護人は,女性との性交渉の経験のない18歳の少年である被告人が,突如,女性を強姦しようなどと思い立つというのは,疑問である旨主張する。
 たしかに,被告人の捜査段階の供述によれば,被告人は,自宅から自転車を止めていたアパートの3棟に向かう途中,強姦によってでもセックスがしたいという気持ちになったというのであるから,本件当日朝から一緒にいた友人と午前11時30分ころ別れた後自宅に戻った午後1時15分ころまでの間の被告人の行動が不明であること(自宅に戻った時刻は午後零時過ぎころである旨の被告人の当審公判供述は,信用性に疑問を差し挟む余地のない被告人の義母の警察官調書[甲169,170] に照らし信用できない)を考慮しても,セックスがしたいという気持ちになったというのが唐突であることは否めない。しかし,第一審判決も説示するとおり,被告人は,中学3年生のころから性行為に強い関心を抱くようになり,ビデオや雑誌を見て自慰行為にふけったり,友人とセックスの話をしたりしていたところ,次第に性衝動を募らせ,早く性行為を経験したいとの気持ちを強めていた。そして,被告人の捜査段階の供述によれば,被告人は,本件の約2週間前に就職して以降,ほとんど自慰行為をしておらず,性的な欲求不満を募らせて悶々としていたことが認められることに照らすと,被告人が,性交渉の経験のない少年であることを考慮しても,突然,強姦によってでもセックスがしたいという気持ちになることが,あり得ないとはいえない。
(ウ) そのほか弁護人が,被告人には,強姦の犯意も計画性もない,強姦行為が存在しないなどとして,種々主張するところを逐一検討しても,これまで示した判断は左右されない。 
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光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-6- 5 そこで,量刑不当の主張について判断する (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-5-(7) 窃盗について (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-4-(6)被害児に対する殺害行為について (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-3- (5) 被害者に対する強姦行為について (平成20/4/22)
光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-2- (4) 被害者に対する殺害行為について (平成20/4/22)
所謂事件名「光市母子殺害事件」広島高裁差し戻し審判決文 -1-主文 理由 (平成20年4月22日)
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