所謂事件名「光市事件」広島高裁差戻し審判決文
-1- 主文 理由
-2- (4) 被害者に対する殺害行為について
-3- (5) 被害者に対する強姦行為について
-4- (6) 被害児に対する殺害行為について
-5- (7) 窃盗について
-6- 5 そこで,量刑不当の主張について判断する。
事件番号 平成18(う)161 事件名 殺人,強姦致死,窃盗被告事件
-5-
(7) 窃盗について
ア 第一審判決は,原判示第1および第2の各犯行後,被告人が,被害者管理の現金約300円および地域振興券約6枚等在中の財布を窃取した旨認定した。
これに対し,被告人は,当審公判で,被害者方から出るときに,布テープ,ペンチおよび洗浄剤スプレーを持って出て,自転車を止めていたアパートの3棟に着いた後,手に持っているものをガスメーターボックスの中に入れようとした際,布テープと勘違いして財布を持ち出したことに気付いた旨供述している(当審第3回被告人204ないし207項,同第5回被告人459ないし465項)ので,この供述の信用性について検討する。
イ 関係証拠によれば,上記財布は,縦が約11センチメートル,横が約9センチメートル,厚さが約4センチメートル大の薄クリーム色の二つ折り財布であり,その上部に金色の金属製の留め金がついていること,被告人が,被害者方に遺留した布テープは,幅が約5センチメートル,直径が約10センチメートルの円柱状の粘着テープ1巻であり,その巻芯の直径は約8センチメートルであること,上記布テープは,そのはく離剤面(表面)が黄土色であることが認められる。このように,上記財布は,その形状,大きさ,色等において上記布テープと全く異なっており,特にそれを手にしたとき,財布を布テープと勘違いするはずがないことに照らすと,原判示第1および第2の各犯行の直後であることを考慮しても,布テープと勘違いして財布を持ち出した旨の被告人の当審公判供述は,その内容自体が,かなり不自然であるといわざるを得ない。
しかも,被告人は,捜査段階から,被害者の首を絞めていた際に,同女の頭の下に財布が開いたまま落ちているのに気付き,同女を姦淫した後,これをこたつの上に置いた際,その中に地域振興券や小銭が入っていることが分かった,被害児を殺害後,これら地域振興券や小銭を小遣いとして使おうと思うとともに,自分の指紋がついた財布を残しておくと,自分が被害者を殺害したことなどが発覚すると思い,財布を盗んだなどと供述していた(検察官調書[乙17,24ないし26,28] )ほか,第一審公判においても,財布を窃取したことを一貫して認めていたのであり,当審に至って初めて,布テープと間違えて財布を持ち出した旨供述したのである。このような供述経過が不自然不合理であることは,既に説示したとおりであり,財布の窃盗を認める被告人の供述に不自然な点は見当たらないことにもかんがみると,この点に関する被告人の当審公判供述は,到底信用することができない。
ウ 弁護人は,被告人が,被害者と被害児を思いがけないことから死に至らしめたことによる極度のパニック状態に陥っていたことから,財布を布テープと間違って被害者方から持ち帰ったに過ぎず,被告人には錯誤があり,窃盗の故意はない旨主張する。
しかし,既に検討したところによれば,被告人は,殺意をもって,被害者および被害児を殺害したのであって,同人らを思いがけないことから死に至らしめたというのは,信用できない被告人の新供述に基づく主張であり,弁護人の主張は前提を欠いている。
また,弁護人は,被告人が,感情誘因性の幻覚を見るような状態であり,その五感の作用は相当鈍っていたと考えられるから,財布と布テープを間違えることはあり得ないことではない旨主張する。
しかし,既に説示したとおり,風呂桶をベビーベッドと見間違えたとか,被害児を抱いている被害者の幽霊を目撃したとか,幻覚を見たという被告人の当審公判供述は信用できないのであって,弁護人の主張は前提を欠いている。
さらに,弁護人は,被害者方には簡単に入手できたはずの現金が相当あったのに,被告人が物色行為をしていないのは不自然であるなどとして,被告人には窃盗の故意がなかった旨主張する。
しかし,弁護人も指摘するように,被告人は,当初から,金品窃取の目的を有していたわけではなく,関係証拠によれば,原判示第1および第2の各犯行後,一刻も早く逃げなければならないと思いながら,こたつを元の位置に戻した際に,こたつの上にあった財布を見て,これを窃取しようと思い立ったものであると認められる。したがって,被告人が,その時点で,窃盗の故意を有していたことは明らかであるし,窃盗の故意が生じたのは,被害者方から逃走する直前であることに照らすと,同人方で物色行為をしなかったとしても,不自然ではない。
(8) 以上説示したとおり,被告人の新供述は,供述内容が旧供述から変遷した理由,被害者および被害児の各殺害行為の態様,各犯行における故意(犯意),他の証拠との整合性のいずれからみても信用できない。
他方,被告人の旧供述は信用できるから,これに依拠した第一審判決が認定した罪となるべき事実に事実の誤認はない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
◇ 光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-6- 5 そこで,量刑不当の主張について判断する (平成20/4/22)
◇ 光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-5-(7) 窃盗について (平成20/4/22)
◇ 光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-4-(6)被害児に対する殺害行為について (平成20/4/22)
◇ 光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-3- (5) 被害者に対する強姦行為について (平成20/4/22)
◇ 光市事件 広島高裁 差戻し審判決文-2- (4) 被害者に対する殺害行為について (平成20/4/22)
◇ 所謂事件名「光市母子殺害事件」広島高裁差し戻し審判決文 -1-主文 理由 (平成20年4月22日)
......................