故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

まんまとはいかない

2017-07-01 08:25:05 | プロジェクトエンジニアー

娘さんが、まんまじゃないと言われたあるお父さんの似顔絵です。
まんまのようなまんまではない。


今日のタイトルは、「まんまとはいかない」です。
この地に来て、まんまの家を借りました。
つまり亡くなられたまんまの家です。
生活していて、ある日急病でそのまま旅立たれたのです。
あたかも、別室から「こんにちは、あなた様は」と声が聞こえてきそうでした。
まんまが解消されて、私たちの臭いがする家になるまで、なんと半年を要しました。

似顔絵を描いていて、
「まんまじゃない」と言われるのが嬉しいような恥ずかしいような。
何が嬉しくて、なにが恥ずかしいのか。
似顔絵ですから、いくぶん似ていなければなりません。
その人そのものが良いのなら、写真で十分です。
そうではない。この人のここが描きたかったが本音です。

私の中のこの人が前面に出てしまい、恥ずかしい気持ちになります。
美しい人を描くときは、怖れるように憧れるように恋をしながら描きます。
恥ずかしいと少年のように顔を赤らめるのです。

ブログを毎日のように書いています。
「まんまとはいかない」のです。
言葉を選びながら、今の感動を表現します。
ちょっとずつ違います。
それが実力とアップする次第です。

話していて、皆さんも感じませんか。
「まんまとはいかない」と。
謝っているつもりが、いつしか自己弁護をしている。
静水のように、清らかな流れとはならない。
どこかに汚泥のような醜い自分がいる。
全体的には、清水のように見えます。
清水にも泥がわずかながら混じっている。
蒸留水は身体によくないが、湧き水は美味しい。

まんとはいかない。
日々、近づこうとしています。
汚いものは汚い、きれいなものはきれい。
それを素直に表現したい。
必然が生み出すユーモアです。
一生懸命を感じないユーモアはつまらない。
共感できる何かがあるから可笑しいのです。

そうだよな。
SNSの「いいね」とは少し違います。
こちらは、「とりあえず」が透けて見えてしまう。
人間関係を良好に営むために、「とりあえず、いいね」とささやきます。
その「とりあえず」が溜まり、部屋の中は収拾がつかない位汚れてしまいます。

まんまとはいかない。
それを感じられる一生懸命が欲しい。
感じることもない人の演説は、反省が無く面白くない。
日々感じて生きたい。
足りませんね。実力不足です。

岩を割り 巨木と言われ 陽が見える

2017年7月1日
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