こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

先生を信じてとんだ日

2015年01月18日 00時21分58秒 | 文芸
先生を信じて飛んだ日

「ちょっと話があるんやけどな……」
 いきなり呼びかけられた。機械科で実習担当の永富先生だった。電気科で学ぶ私が先生と知り合ったのは同好会活動を通じてである。
 新設2年目。県立T工業高校は、確立した校風はなく、かなり自由な雰囲気だった。クラブ活動も運動部が殆ど。美術部はなかった。趣味が漫画の創作だから、ストーリー漫画同好会を学校に申請して認められた。顧問になってくれたのが、永富先生である。
「どや。生徒会の選挙に出てみいひんか?」
「え?゛゛そ、そんなん無理です。僕に、そんな資格ありません」

こんな自分が生徒会選挙に?

 寝耳に水だった。小学校から今日まで、級長どころか、リーダー的な役割を務める機会は一度もなかった。内気で小心者だと自覚しているから、当然の話である。
 それだけではない。前に通っていた高校を退学になっていた。T工業高校は、やり直したいと一念発起、合格した学校だ。同級生は、普通なら一学年後輩に当たる。落第生意識から抜け切れない学校生活だった。出来るだけ目立つまいと、何に対しても、控え目になった。ただ、勉強は、前の学校が普通科だったせいで、今のクラスでは上位の成績を占めた。でも、それは何ら自信に繋がらなかった。
「生徒会長に立候補させたいんや、君を」
 永富先生に諦める気は全く見られない。
「ぼ、ぼく゛゛一年遅れのせいとやから゛゛」
「そんなん関係あるかい。今の君は立派なT工業高校の生徒や。同好会の予算も、ちゃんと認めさせて取って来たやないか。君なら、やれる。自信もて。先生が太鼓判押す」
 確かに、同好会の予算折衝の委員会に出て、会の意義や活動内容、必要な予算などを主張して、それなりの結果を得ていた。自分が気兼ねなく居られる場所を確保するためだから、懸命になれたのだ。
「……で、でも、僕は、前の学校で……」
 重荷であり続けている、退学になった過去。私は、俯いて、唇を噛み締めた。
「馬鹿言うな。ここにいるのは、見事に立ち直った人間や。何があったのかは聞いて知っている。だけど、もう誰にも恥じる必要なんか、どこにもないぞ。自分を追い込むな」
「先生?」
 私は顔を上げて、先生を見た。
「うん、うん」
 と笑顔が返ってきた。

先生の力強い言葉で

「先生かてな。いまになって言えるけど、そら何回も挫折してきてるんやけぞ」
 喧嘩が警察沙汰になって、停学の高校時代。大学は留年続き。教員の採用試験も合格まで、かなり四苦八苦した。永富先生は、まるで他人事のように語った。
「どないなことを経験しとっても、なんとか一人前になれとるやろが。恥ずかしいなんて思うたら、バチが当たりよるわ。恥ずかしいのは、これから先の挑戦から逃げることや。先生は逃げへんで、踏ん張って前に進むだけや。君かて、そないなるんや」
 先生はまるで自分に言い聞かせる風だった。
「もっともっと、自分を大きくするためや。失敗したかてええやないか。懸命にやったら、誰も文句言えるかい。やり直しが何度でも出来るんが、高校生の特権や。そやろ?」
 永富先生の力強い言葉に、突き動かされた。
「はい!」
 と、私は躊躇なく答えた。この先生なら信じられる。信じよう。ついていこう。もう私は、迷わない。もう俯きっぱなしはイヤだ。
 生徒会長選挙に立候補した私は永富先生の助言を受けながら立会演説会の原稿を作った。
「よそ事はええから、身近な問題を自分で見つけて、みんなに訴えるんや」
 永富先生は、自分の意見を押し付けなかった。ただ、ヒントを、ボソッと口にした。
 立会演説会は、原稿を持たずに出た。先生の指導で、何度も何度も繰り返して覚えた。そして自分の言葉にして、みんなに訴えかけた。
 生徒会長になった私は、他の役員と協力しあって、走り回った。頭髪問題で、学校に、最上級生だけでもと譲歩したものの、ちょうはつの許可を得た。体育祭しかなかった学校行事に、文化祭を実現させた。泣き、笑い、時には怒った。充実した生徒会活動の一年は瞬く間に終わった。
 美術部に衣替えしたストーリー漫画同好会に復帰した私に、永富先生は一言。
「お疲れやったな。生徒会長さん」
 無言で笑顔を返した。
「もう大丈夫やな。オドオドすんのが、キレイに消えたわ。長い人生、過去を引きずって生きるのは勿体ない。先生、見てられんかったわ」
 ハッと気づいた。先生は、同好会の顧問を引き受けた時には、既に私の過去を知っていたのだ。だから、前向きに生きる力を取り戻す場に、私を引っ張り出したのだ。そうか!先生は、夢と希望を思い出させてくれたのだ。この私に。
(2014年3月掲載文)
コメント
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