はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

木村義雄、花田長太郎をふっ飛ばす

2012年10月29日 | 横歩取りスタディ
 木村名人の見事な将棋を紹介します。
 1944年、戦争も厳しくなっている状況下での一局です。(アメリカではロスアラモスに優秀な学者が集められ必死で原子爆弾をつくらんと研究に励んでいた時期です。ドイツをけん制するために。)若い升田幸三、大山康晴も戦地へ行きました。
 木村義雄名人40歳、花田長太郎48歳。実力名人制の創設期(1936~1938年)には、名人位を争うことになるとみなされていた二人(実際にそうなりました)の対局。「名人戦予備手合」という対戦ですが、実質名人戦のようなもの。戦争のためいつも通りの挑戦者決定リーグが消化できそうにないので、簡略化して行っていたようです。


先手:木村義雄
後手:花田長太郎
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5五歩
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △3二金 ▲4八銀 △5二飛
▲5八金右 △6二銀


▲6八玉 △5三銀 ▲7八玉 △5四銀  ▲6八銀 △4一玉
▲4六歩 △4二銀 ▲4七銀 △2三歩


 上図で、もし後手が右銀△6二銀としなければ、ゴキゲン中飛車ですね、現代で言えば。
 でも違うんです、思想が。初めから後手は居飛車のつもりで5筋の位を取っているんです、この当時のこの型は。 で、「位を取ったら位の確保が大事」ということで、飛車をまわって右銀をという考え。決して振り飛車中飛車戦法のつもりではない。
 この当時は「中央重視」だったので、相居飛車ではお互いに5筋を付き合って両者銀を中央へ、という指し方がポピュラーでした。でもこの形のように早く後手が△5四歩とすれば、先手は▲5六歩は突けない(角交換して△5七角がある)、それで後手が△5五歩と位を取り、「取ったぞ!」という主張です。居飛車のつもりなのに後手花田長太郎が8筋の歩は突かないで先に5筋を突いてくるのは、「なにがなんでもこの形で、」ということです。
 そのかわりに先手だけ飛車先の歩が切れる。その上で、横歩を取るつもりなら、取れる、そういう形です。後手はその覚悟で指しています。「横歩は好きにしろ」と。 そして居飛車のつもりなので、中央が落ち着けば後手は基本、8二飛と戻したいと考えているんです。(金を5二金と上がりたいですしね。)

 5筋の位と、飛車先の歩交換、それでどっちがいいか、というテーマでこういう型がよく指されました。
 前回紹介した高野山の決戦(升田・大山戦1948年 記事1 記事2)もだいたい同じ形ですが、その将棋では先手升田幸三が‘横歩’を取りました。その結果あまり「歩得」を生かす展開にはならず、後手の大山ペースになりました。‘横歩’を取るのがいつもいいとは限らないんです。

 この時代、「横歩三年のわずらい」という格言があり、横歩を取ってもあまりいいことはない、という思いの方が一般的でした。現代では「取った方がいい」とよく言いますが、本当でしょうか。この場合、貴方ならどうします? ‘横歩’、取ります?
 先手のみ飛車先の歩を切っていますからそこで「一歩」を手にしています。‘横歩’を取ればそれが「二歩」になります。
 重要なことは、その「二歩」を有効に使えるかということです。もし「一歩」で十分ならば手間をかけて横歩を取るのは間違いだった、ということになります。つまりは、その後の攻めの構想次第、ということです。「二歩」を有効に使うアイデアを持たないで‘横歩’を取るのは間違いだ、ということなのです。(ただしへぼのアマ同士ならどうでもよい。)

 この時代のプロは大体において‘横歩’をこの型では取らなかった。でも時々取ることもあった。
 さて木村義雄はこの時どうしたか。



▲2八飛 △4四歩 ▲3六歩 △4三銀上 ▲5六歩 △同 歩
▲同 銀 △5五歩 ▲4七銀 △6四歩 ▲5七金 △6五歩
▲5八飛 △8四歩 ▲3七桂 △8五歩 ▲9六歩 △9四歩
▲7九金 △3一角

 後手花田長太郎はなかなか△2三歩を打たず、先手の木村名人も2四飛をずっと置いたままで横歩を取るかとらないか、決めません。24手目に花田八段が△2三歩、対して木村名人は▲2八飛。 名人は‘横歩’を取りませんでした。
 その後、木村名人は▲5八飛として、5筋でたたかう戦略をとりました。
 木村名人が、もし初めからこのように▲5八飛としたいと考えていたならば、‘横歩’を取らなかったことと一貫性があると感じます。もしも▲3四飛などとしていたら、その飛車を2八~5八と持ってくるのに大変な手間がかかります。

 「木村名人は横歩を取って先手良しと言った」ということを聞きますが、それは別の型です。初手から先後ともに飛車先を切った場合の、「△2三歩からの横歩定跡」に限っての話です。(その型については数日前に記事を書きました。これです。)
 ちなみに、後手のこの戦術「5筋位取り横歩取らせ」は木村名人も時に指していました。まあ、実際には‘横歩’を取ってくる棋士が多くなかったことは上にも述べた通りです。


 それにしても、現代の目で見ると、4一玉には違和感を感じます。あっち(6二~7二)に行くのが自然に見えますね。
 でも花田さんは、初めから居飛車のつもりで指している。なので玉は可能なら2二に行きたいとさえ考えている。まずは△8四歩~△8五歩。飛車を8二に戻すつもりでいます。



▲5六歩 △同 歩 ▲同 金 △5五歩  ▲4五歩

 しかし木村名人の方が先にアクションを起こしました。(もしも名人が‘横歩’を取っていたらこの攻めは三手ほど遅れることになる。「三年のわずらい」だ。)


 ちなみに、この時代のプロの重要な対局は、持ち時間15時間で3日制である。本局もそう。考慮の時間は、まあたっぷりある。



△8六歩 ▲同 歩 △同 角 ▲8七歩 △6四角
▲4六金 △4五歩 ▲同 金 △4四歩 ▲4六金 △8二飛

 ▲5六歩 △同歩▲同金△5五歩に、ここで▲4五歩が意表の手。名人はこれをねらっていた。
 なるほど、花田八段が△5六歩と金を取れば、▲4四歩で先手やれるということか。これを5八飛のときか、またはその前から木村名人は読んでいたわけだ。
 花田、金は取れないとみて、△8六歩~△6四角とし、それから4筋を収める。

 そして花田、△8二飛。



▲2二歩 △3三桂 ▲2一歩成 △5二金 ▲5五金 △同 銀
▲同 角 △同 角 ▲同 飛 △6四金

 解説によれば、この花田の△8二飛が敗着のようだ。以下、木村の猛攻が炸裂することになった。

 
 △8二飛では、△3三桂が正着とのこと。これならまだ優劣は不明。もし△3三桂と後手が指したらこの後木村はどういう構想で指したのだろうか。大変興味がある。おそらくその後もしっかり予定があったはず。
 花田八段とすれば、ずっと5二のままで飛車を守備のためだけに使っていては面白くはないだろう。なにしろ「寄せの花田」と呼ばれていた男である。△8二飛は花田八段の攻めを整えよう、という待望の手で、木村からの攻めはないと判断したわけだ。だが、その読みが甘かったことになる。



▲7一角 △7二飛  ▲5二飛成 △同 銀 ▲4四角成 △5三歩
▲3一金

 図の花田八段の△6四金で、かわりに△6四角は、▲6五飛△3七角成▲6一飛成で先手良し。

 ▲7一角 △7二飛として、▲5二飛成と、ズバッと飛車を切る。
 以下は名人木村義雄の攻めの舞い。
 とった金を3一へ打つ。



△3一同金 ▲同 と △5一玉 ▲3三馬 △6二玉 ▲8三銀
△7一飛  ▲5六桂 △5五角

 序盤~構想~仕掛け~寄せ、まったく手の澱みがありませんね。



▲6四桂 △3三角 ▲4五桂 △9九角成  ▲5四金

 △5五角に、▲6四桂。 馬は差し上げてもいい、と。
 そして▲4五桂とこの桂を活用。

 このようになった時に、先手が攻める前に指した▲7九金(43手目)が攻めと連動した必要手だとわかります。もしも6九金型のままだったら△8八金の1手詰。仕掛け前の手が寄せと繋がっているというプロの芸。(持ち時間15時間だからそれくらいはやってくれないとな、とも思うが。)
 同じ手を指してもアマのの場合はだいだい「安全そうだからこう指しておこう」というだけです。



△5四同歩 ▲5二桂成 △6三玉 ▲6二成桂  まで95手で先手の勝ち

 おしゃれな▲5四金でフィニッシュ!! 小駒(飛角以外の駒)だけの収束がなんだか、いい。




 最終手▲6二成桂も美しいですね。この手でついつい▲5三桂成としたくなります。だけどそれだと、詰みを逃す。6四~5五~4四と逃げ道が残るから。(それでも先手勝ちだと思うが。) それが本譜の▲6二成桂なら、6四玉と後手が逃げても、5三銀が打てるので4四の逃げ道も塞いでいる、というリクツ。
  投了図からは後手がどう応じても3手詰。


 木村名人が後手の△5五歩位取りに対して、横歩を取らないで快勝した一局を紹介しました。
 序盤から詰みまで、一本の線になってスキのない、職人芸のような名人の将棋でしたね。木村義雄はよくその強さをこの時代、「相撲の69連勝の双葉山と並び称されていた」として知られていますが、花田長太郎という横綱級の相手を、こんな具合に一気に土俵外まで押し出してしまうような力があったということです。

 「現代将棋では‘横歩’は取った方が良いとされている」という解説がよくありますが、この対局のように、取らないこともまた「正解」であるということです。その後の組み立て次第なんですね。 


 [追記] 訂正です。
 4手目の△5四歩に関して、「でもこの形のように早く後手が△5四歩とすれば、先手は▲5六歩は突けない(角交換して△5七角がある)」と書いていますが、勘違いをしておりました。「▲5六歩は突けない」というのはは誤りです。「▲5六歩」と仮に突くと、やはり後手がその気になれば「角交換して△5七角がある」のですが、その場合先手も▲5三角がありまして、これはまだ形勢は互角です。ですので、「(▲5六歩は)突けない」というわけではありません。ただ定型からはずれて、将棋の性質が全然変わりますので“ちょっと突きにくい”くらいの気持ちは先手側にあるかもしれません。
 細かいことですが、重要なところなので。

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