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(増補版)667E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年3月~1897年3月)

2019-11-23 05:03:47 | 日記
題:(増補版)667E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年3月~1897年3月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
 ☆真実の歴史を知ることは、国際社会をより公正なもの
  にする。
  そして、その公正な社会の達成で、人々の、また、皆
  様の、そして、人間の幸福を創造していく力ともなる。
  世界に真実を公表していく事は、真にやるべき大切な
  こと・・
  そして、総べての真実を議論してこそ民主主義が達成
  される。
 ☆過去を忘れたら「歴史」は蛮行を繰り返す。
 ☆中国と韓国は隣の国・・引っ越しの出来ない隣の国・・
  だからこそ、正しいことを言って正しい関係を作らな
  ければならない。
  卑劣なねじ曲げ発言に躊躇(ちゅうちょ)してはなら
  ない・・正しいことを教えてあげねばならない。
  また、中国・韓国は、隣国・日本の立場を理解するこ
  とにつとめなければならない。
 ☆国際社会は、中国へ民主化を強く求めなければならな
  い・・民の選択を受けない指導者たち・・民主化が達
  成できない国=中国・・
 ☆九段線否定の国連決議をするべきだ。
.
1897年3月24日、新聞紙条例の一部改正法が公布された。
  1897年10月1日、実施された。
  内容は・・
  第二十二條 外務大臣陸軍大臣海軍大臣ハ特ニ命令ヲ
     發シテ外交又ハ軍事ニ關スル事項ノ記載ヲ禁ス
     ルコトヲ得
  第二十三條 第二十二條第三十二條及第三十三條ニ關
     シ吿發ヲ爲ストキハ內務大臣又ハ拓殖務大臣ハ
     其新聞紙ノ發賣頒布ヲ停止シ假ニ之ヲ差押ヘ其
     吿發ニ係ル論說又ハ事項ト同一主旨ノ論說又ハ
     事項ノ記載ヲ停止スルコトヲ得
      裁判所ハ犯罪ノ情狀ニ依リ第二十二條ノ禁令
     ヲ犯シ又ハ第三十二條及第三十三條及第三十三
     條ヲ犯シタル新聞紙ノ發行ヲ禁止スルコトヲ得
  第三十二條 皇室ノ尊嚴ヲ冒瀆シ政體ヲ變壞シ又ハ朝
     憲ヲ紊亂セントスルノ論說ヲ記載シタルトキハ
     發行人編輯人印刷人ヲ二月以上二年以下ノ輕禁
     錮ニ處シ五十圓以上三百圓以下ノ罰金ヲ附加ス
      本條ヲ犯シタル者ハ其犯罪ノ用ニ供シタル器
     械ヲ沒收ス
  第三十三條 社會ノ秩序又ハ風俗ヲ壞亂スル事項ヲ記
     載シタルトキハ發行人編輯人ヲ一月以上六月以
     下ノ輕禁錮又ハ二十圓以上三百圓以下ノ罰金ニ
     處ス
.
1897年3月24日、閣議で足尾鉱毒調査委員会の設置を決定
 した。
  内閣に足尾鉱毒事件調査委員会をおく。
.
1897年3月25日、水産講習所を設置する。
  国が設置する機関で、農商務省の所管。
  水産に関する教育・研究機関。
  1888年、設立の水産伝習所を改組・改称し・・
  1897年、発足。
  1947年、第一水産講習所と改称。
      また、水産講習所下関分所を第二水産講習所
     とした。
     (これは、朝鮮の水産も振興しようとして設け
     られた朝鮮総督府所管の釜山水産専門学校を吸
     収した・・日本は一生懸命、朝鮮を振興しよう
     としていた)
  1949年、東京水産大学となる。
  1950年、文部省の所管となる。
  2003年、東京商船大学と統合して東京海洋大学となる。
.
1897年3月29日、貨幣法が公布された(金本位制確立)
  貨幣法が議会を通過し、銀本位制から金本位制を基本
 とした・・
  この法律は、貨幣の製造および発行に関する法律。
  1897年10月1日、実施
  1988年(昭和63年)3月末に廃止された(この法によっ
   て規定された本位貨幣の金貨が廃止となった)
  制定の背景・・
  1871年6月27日、新貨条例を公布し、日本は金本位制
   を基本とする近代貨幣制度をスタートさせた。
  しかし、1.5グラムの純金を1圓と定めた旧金貨は、金
 の準備不足から少量の発行となった。
  また、この頃、貿易赤字であり、また、世界的な銀安
 であり、1897年のこの年までに発行された日本の金貨の
 81パーセントが日本国外に流出するという状況だった。
  また、日本は、江戸時代末以来、メキシコドル(墨銀)
 が大量に流入していた。
  そして、東洋の貿易取引の決済は銀貨が中心であった。
  そのため、貿易一圓銀貨の発行高が伸びていた・・ま
 た・・
  (参考)貿易一圓銀貨:1871年の新貨条例によって、
     対外貿易専用銀貨として発行されていた。
  1878年5月27日、太政官布告第12号によって、貿易一圓
   銀貨は日本国内でも金貨と等価に無制限通用が認め
   られた・・これで、事実上の金銀複本位制となって
   いた・・また・・
  1885年5月9日以来、日本銀行兌換銀券が発行されて、
   実態は銀本位制であった・・(金本位制の名目化)
  また、アメリカにおいて、ネバダ銀鉱の大幅な増産が
 始められ・・世界的に銀の供給が著しく増大した。
  国際的に銀相場は下落傾向であった。
  明治初期には金銀相場が1:16であったが・・
  新貨条例に基づく金貨および銀貨の金銀比価1:16.01も
 これに準じていたが・・
  銀価の下落によって、次第に乖離した。
  各国も銀本位制から離脱した・・金本位制への移行に
 拍車がかかった。
  1894年、ついに、金銀相場が1:32.56となった。
   銀価は明治初期の頃と比較し半値になった。
   事実上の銀本位制であった日本円もほぼ半値となっ
   て物価は高騰した・・国民生活が圧迫され、国家財
   政も圧迫された・・貿易にも支障が出た。
  主要な世界の国々は、金本位制を採用し、銀貨の鋳造
 を止めて行く状況となった。
  日本も円を安定させるためにも、金本位制の採用へと
 向かう。
  1893年10月14日、閣議を経て、貨幣制度調査会が設置
   された。
   明治の初め以来からの日本国内の金銀貨の流通状況
 が検討され、また、世界の金本位制及び銀本位制を採用
 する主要国の金貨・銀貨の製造状況、流通状況、および、
 金銀価格の変動原因などが調査された。
  その調査検討から、銀本位制国家は、一時的に輸出需
 要が増大して、農業および商工業において好況となるが、一
 輸入は困難となり物価は騰貴して、国費も増大するとい
 う結論が得られた。
  この結論は、円安に伴う輸出による利益は一時的なも
 のにとどまるが・・
  長期に亘る影響を考えると通貨の安定こそが大切で、
 国益につながるという結論だった。
  調査会の委員の20名の内、8名が幣制改革の必要があ
 りとし、必要ないとする者は7名だった。
  また、幣制改革を必要とするものの内、金本位制にす
 べきとは6名、金銀複本位制とすべきは2名だった。
  しかし、金本位制を実施する上で、巨額の金準備が必
 要だった・・しかし、この金準備は出来ないとされた・・
  この様な時・1895年4月17日、日清戦争による賠償金と、
 遼東半島返還による還付金などが得られることになった。
  1895年5月、これによって、大蔵大臣・松方正義は、金
   で受領するという草案を内閣総理大臣・伊藤博文に
   提出し・・分割しての受領という形になった。
  日本は、物価を安定させるため金本位制を主軸とした
 幣制改革を行うことになった。
  1897年2月25日、内閣総理大臣兼大蔵大臣の松方正義が、
   金準備が整ったとし、貨幣法およびその付属法案を
   閣議に提出する。
.
  (今日の言葉)
.
  題:ブレマー氏は「米国による秩序の終焉(しゅうえん)」と題して基調講演をした。
.
1945年8月23日、シベリア抑留
  日本とソ連は、武装解除後、日本人保護について合意
 していた。
  しかし、ソ連は、その通りに行わず、シベリアへ連れ
 去った。
  1945年8月16の第二次世界大戦が終わった後、スターリ
 ンは、当初、日本人を捕虜として用いないという命令を
 内務人民委員ラブレンチ―・べリヤに下していた。
  しかし、1945年8月23日、「国家防衛委員会決定 No.
 9898」に基づき、日本軍捕虜50万人のソ連内の捕虜収容
 所へ移送し、強制労働を行わせる命令を下した。
  日本の終戦ののち以降、満州や朝鮮に駐留していた日
 本軍を中心に、一般人の官吏を含めた日本人の約60万人
 が、日ソ中立条約を一方的に破られて、侵入して来たソ
 連軍によって虐殺され、殺戮され、そして、捕らえられ、
 武装解除され、そのほとんどの人たちが、シベリアに連
 れ去られ、送られ・・拉致されてしまった。
  そして、量も少なく、また、質の悪い最悪の食物しか
 与えられず・・酷寒の地で重労働をさせられた・・
  それによって、その多くの数の日本人たちが死亡した。
  その死亡者数は、捕まって輸送される途中での死者も
 含めて、何と約6万人もの命が失なわされていた。
  この死亡者数は、もっと多数だとする調査数字もあり・・
  そして、最悪なのは、これらの「捕虜」の中から969人
 もの人たちが、何の言われもなく、さらに、中国へ渡さ
 れるという非人道的行為がなされた。
  この様な行為も非難をされなければならないソ連の行
 為だった。
  この中国へ送られた日本人の人々も、中国共産党政府
 によって非人道的行為を受けた。
  非人道的虐待をともなう洗脳がなされた。
  中国洗脳担当者による執拗な身体的、また、精神的苦
 痛を与えられながらの、自分の行なってない行為、して
 いない行為までしたという様に「ねつ造させられた」・・
 そして、それが書類に書かされた。
  その洗脳作業には、それに従わなければ「死刑にされ
 る」・・死が目の前に有り得るという状況の中で洗脳さ
 れるという状態だった。
  生命を奪われる恐怖の中で、来る日も来る日も洗脳と
 尋問がなされた。
  中国が喜ぶようなことを、してない様な悪行為を言わ
 なければ執拗にいつまでも苦しめられた。
  NHKは、卑劣にも、この様な状況の中で作られた審
 問調書を真実なものだとして、放送番組を作り、放送し、
 「日本を貶(おとし)めた」。
  まったくNHKの行為は卑劣だった・・年がら年中、
 こんなことをしている・・
  また、この様なソ連の行為は、ソ連も参加して作られ
 たポツダム宣言に違反するものであった・・それを知っ
 てて行なったソ連の行為は極悪であった。
  1993年10月に訪日したロシアのエリツィン大統領は「
 非人道的行為だった」と謝罪をしている・・当然の謝罪
 であるが、この謝罪だけで済むのか?
  今後、この補償も求めなければならない。
     ・
     ・
     ・
2019年11月12日、ブラジルも中国になった。
  この日付けの読売新聞を参考に・・
  ブラジル、中国重視の姿勢・・中国の投資拡大への期
 待、外交は親米を維持するが・・
  親米派を自任するブラジルのボルソナロ大統領が、中
 国重視の姿勢を見せている。
  低迷する経済を立て直すうえで、中国からの投資拡大
 などにつなげる狙いがある。
  ただ米国への配慮も目立ち、13日にブラジルで始まる
 ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5か
 国(BRICS)首脳会議では、議長国としての立ち回
 りに注目が集まる。
  ボルソナロ氏は10月下旬、今年1月の大統領就任後初め
 て中国を公式訪問した。
  習近平国家主席との会談で「中国はブラジル最大の貿
 易相手国だ」。
  「両国関係を質的、量的に高めたい」と強調した。
  ボルソナロ氏は、昨年の選挙中、経済的影響力を増す
 中国について「ブラジルを買っている」と批判していた
 が、その後は中国との関係強化を掲げた。
  一方、ボルソナロ氏は、トランプ大統領を「尊敬して
 いる」と公言し、外交面では親米路線を取って来た。
  政情不安が続くベネズエラを巡っては、暫定大統領を
 宣言したグアイド国会議長を支持し、反米左派のマドゥ
 ロ大統領の退陣圧力を強化する米国と足並みをそろえて
 来た。
  11回目となる今回のBRICS首脳会議でも、グアイ
 ド氏(ベネズエラ暫定大統領)への支持を各国に促した
 い考えだが・・
  中国やロシアなど他の4か国はマドゥロ政権支持の立場
 で、調整が難航することも予想される。
  次世代通信規格「5G]の本格導入を巡っては、米国
 が中国通信機器大手「華為技術」(ファーウェイ)の製
 品締め出しを図る中・・
  ブラジルのモウラン副大統領は6月、5G向け周波数
 を割り当てるオークションからファーウェイを排除しな
 い方針を示した。
  ただ、ボルソナロ氏は、ファーウェイについて明言を
 避け、米国側と対応を協議していると述べるにとどめて
 いる。(後略)
  (評)
  中国は、情報戦略でも世界制覇をしたいとしている。
  そして、その鍵となる企業のファーウェイを世界に拡
 大し、根付かせたいとしている。
  アメリカと中国のぶつかり合う分野で、ブラジル・そ
 の他の各国がどうするか?・・である。
.
2019年11月13日、中国に飲み込まれるギリシャ
  中国とギリシャ・・ギリシャ港に投資の合意・・中国
 の習氏「一帯一路」の成果を強調、首脳会談で・・
  この日の読売新聞の記事は・・
  中国の習近平国家主席は11日、ギリシャの首都アテネ
 でミツォタキス首相と会談し、巨大経済圏構想「一帯一
 路」の拠点であるピレウス港への投資促進などで合意し
 た。
  中国は、ピレウスを一帯一路の成功例としてアピール
 し、欧州経済への影響力拡大の足掛かりとする構え・・
  中国国家主席に因るギリシャ訪問は11年ぶり・・
  会談で、両首脳は、投資促進の他、製造・金融業での
 協力、ギリシャから中国への農産物輸出拡大などを約束
 した。
  中国外務省によると、会談で収支は、「ピレウスは間
 もなく地中海最大の貨物の積み替え港となる」と述べ、
 中国と欧州を結ぶ「物流拠点とする構想」を強調した。
  ミツォタキス氏は「ギリシャは、中国が欧州市場に進
 出する門戸となりたい」と語り、一帯一路への積極参加
 を強調したという。
  ピレウスは、ギリシャ最大の港で、2016年に経営権を
 得た中国国有海運会社「中国遠洋運輸〈コスコ)」は、
 港整備のために6億ユーロ(約720億円)を投資する計画・・
  会談後、習氏は、ミツォタキス氏に案内されて港を視
 察し、盛大な歓迎を受ける様子が現地メディアで報じら
 れた。
  習氏は、コスコが現地で雇用創出に貢献したとして、
 「一帯一路はスローガンではなく『素晴らしい現実だ』」
 と強調して見せた。
  ギリシャが、中国に急接近しているのは、経済的な協
 力を得て、債務危機からの回復途上にある経済・財政運
 営を軌道に乗せるため・・
  今年4月には、中国と中・東欧16カ国との定例首脳会議
 「16プラス1」への参加を表明していた。
  今年7月に誕生したミツォタキス政権は、外資導入によ
 る経済活性化を看板政策に掲げ、前政権よりさらに中国
 に歩み寄っており、中国・ギリシャの関係は今後も深ま
 って行くとみられている。
  (評)
  中国が、国際社会に受け入れられて、経済も第2位のア
 メリカに次ぐ巨大国となっているが・・そして、その1位
 のアメリカに接近しているが・・
  ある程度、中国・人民元が世界に流通するようになる
 と、「第二の世界通貨のような使い方」がし始められる・・
  その様な立場を使って、中国の金融の力・金の力を使
 い始めて来た・・
  このギリシャ以外でも、世界のあちこちの世界の国が
 中国になびいている・・新興の世界基軸通貨国と見てい
 るのだろう・・
  中国が民意を問わない、選挙をしない、独裁政権だと
 する非民主的な社会だとする点は・・何処の国も問うて
 いない・・問わない・・まず、自分の口が満たされてか
 ら・・というところか・・
  新疆ウイグルの人々を拘束し、テロ対策だと公言して
 いる中国の行為を問わない・・本当は非人道的行為をし
 ているのだが・・
  南シナ海の様に違反行為をして公海を我が物にする行
 為も問わない。
  自国の経済・金融がうまくいけばいいという世界の態
 度となっている・・おかしい?
  遠い国だからとでも思っているのか?・・遠い国が困
 っているのに対して「目をつぶっている態度」。
  ギリシャ国民の方々も、豊かになれれば良いと・・共
 産主義の独裁国家で、何をやっている国かは、まったく
 問わないという態度で、習氏に大声援を送って、歓迎し
 ている。
  完全に中国・ギリシャ同盟が成立している状況だ。
  80年以上前に、欧州に現れた国の様な行動を取らなけ
 れば良いが・・などとの注意・配慮が働いているのか?
  これは、国際社会が、中国がウイグルの方々へやって
 いる事や南シナ海でやっていること、そして、その他に
 対して、「真剣にその行動を問わないという問題点」か
 ら派生し、発生している。
  (参考)派生:はせい、ある源から別の物または事が
     枝分かれして生ずること。
  また、国連という唯一の国際機関があるが、中国はも
 う一つの国際機関を作ろうとしているのかもしれない。
  中国の行き着くところにそれがあるのか・・中国グル
 ープの繁栄・・
  中国の歴史を見れば分かるが、中国は、遠い昔から覇
 権を拡大し続けて来ている。
.
2019年11月13日、中国の軍拡・・中国の軍拡の勢いがさら
 に増す・・
  この日付けの読売新聞が報じる・・
  空母装備、米を猛追・・最新技術開発者は「国宝級」
  中国軍は建国から70年で、陸軍を重視した大陸型の軍
 隊から、外洋で米軍に対抗する膨張型に様変わりしよう
 としている。
  習近平政権が進める「強軍」路線の実相を探る。
  破格待遇・・
  中国海軍に「国宝級」と称される技術者がいる。
  海軍工程大学の教授を務める電気工学の専門家、馬偉
 明(マーウェイミン)氏(59歳)・・
  中国の官製メディアは、馬氏が空母艦載機の発艦方式
 で最新の「電磁式カタパルト」の自主開発に成功したと
 伝えている。
  習政権は、10月1日の建国70年に合わせ、馬氏を「兵器
 の現代化に貢献した」功績で表彰した。
  中旬には、工程大がある湖北省武漢を訪れた習国家主
 席が、馬氏と親しげに握手し、言葉を交わす様子が報じ
 られた。
  さらに、馬氏は10月末、9000万人を超える中国共産党
 員のうちトップ約200人の中央委員に昇格した。
  共産党筋によれば、「何者かによる襲撃など万一の事
 態」に備え、外出先は自宅で4人の護衛要員による警備が
 付いている。
  馬氏は、現在、軍では「技術少将」の肩書を持つが、
 技術系では極めて異例の中将への昇格が取り沙汰されて
 いる。
  電磁式カタパルトは、米軍が世界で初めて実用化にこ
 ぎ着けたハイテク技術だ。
  米国の11隻の現役空母のうち、最新空母「ジェラルド・
 フォード」1隻にしか搭載されていない。
  中国で就役・進水済みの空母2隻は、艦載機が艦首の勾
 配を利用して発艦する「スキージャンプ式」を採用して
 いる。
  エンジンの出力のみに頼るため、重い航空機は発艦が
 難しい。
  電磁式カタパルトなら、重装備の戦闘機を矢継ぎ早に
 飛ばせるようになり、攻撃力強化につながる。
  早期警戒ヘリに代わり固定翼の早期警戒機の運用も可
 能になり、数百キロメートル先の敵艦の接近を探知でき
 るようになる。
  西太平洋における米軍の作戦行動を阻む能力が、大き
 く向上する。(中略)
  約10年前の建造当時、スキージャンプ式の甲板だった
 が、昨年までの改修工事で平らになった。
  そして9月、中国海軍のミサイル駆逐艦の元艦長が、講
 演で、上海で建造中の3隻目の空母に電磁式が搭載される
 と明言したと報じられた。(中略)
  米中関係筋は「中国が核心技術を取得したのは間違い
 なさそうだが、戦闘機を飛ばせるかどうかは別問題だ」
 と疑問符を付ける。
  米空母の電磁式は故障が続き、トランプ大統領も「壊
 れやすい」と不満を漏らす。
  中国には、空母を6隻保有する計画があるとの観測があ
 る。
  中国のある国防専門家は語った・・
  「ミサイルだけでも十分、米国をけん制できるが、空
 母建設は止まらない」。
  「習国家主席の『強軍の夢』の象徴だからだ」。
  (評)
  中国の軍拡の行き先は止まらない。
  中国の世界戦略が「アメリカ以外の総べて」に向いて
 いるからだ。
  「人口は世界最大」で、「打出の小槌状態の金」で行
 く着くところまで行く状況・・
  「太平洋を半分づつにしよう」と中国が言ったのは、
 「途中の経過の表明」に過ぎない・・世界へと向かって
 いる・・
.
2019年11月15日、中国が、「中国は発展途上国だ」と二枚
 舌を使っている。
  この日の読売新聞は・・
  中国、WTO「途上国」に固執・・「大国」と使い分
 け、もうこの主張は「卒業の時だ」と伝えている・・
  世界第2位の経済大国の経済大国の中国が「世界最大の
 発展途上国」を自称している。
  世界の経済成長をリードし、月の裏側にロケットを飛
 ばし、高級ブランド品が飛ぶように売れる国家は果たし
 て途上国なのか。
  10月26日、晩秋の北京。
  日中の有識者を集めて開かれた「東京~北京フォーラ
 ム」での討論は白熱した。
  「中国は絶大な経済力があり、先進国として振る舞っ
 ていく段階ではないか」
  「世界第2位の経済大国になったからといって先進国に
 なるわけではない」
  日本側は、世界貿易機関(WTO)で中国が途上国の
 地位を維持することへの違和感を伝えたのに対し・・
  中国側は、一歩も譲らず、議論は平行線のまま終わっ
 た。
  中国は、1978年に改革・開放政策を導入し、外国から
 資本と優れた技術を取り込んで、世界も驚く高速成長を
 続けて来た。
  国際通貨基金(IMF)によると、名目国内総生産(
 GDP)は・・
  中国が、WTOに加盟した2001年は日本の3分の1以下
 だったが、2010年に日本を抜いて世界第2位に躍り出た。
  今や日本の2.5倍を超え、米国を追う。
  富裕層もけた違いに多い。
  スイスの金融王手クレディ・スイスが10月に発表した
 調査によると、世界トップ10%の富裕層に入った中国人
 は1億人に上り・・
  初めて米国(9900万人)を上回った。
  高級車メルセデス・ベンツの今年1月~9月の販売台数
 は50万台を超え、世界販売の3割を占める。
  中国自身、経済発展を誇示している。
  国家統計局は、10月の建国70年を前に「経済・社会発
 展の成果シリーズ報告」と題する発表文を23本も出した。
  そこには、世界の経済成長寄与率やモノの輸出入総額
 など世界トップクラスの経済指標がずらりと並ぶ。
  1月には月の裏側への無人探査機の着陸に、世界で初め
 て成功した。
  科学技術力も高い。
  ある時は「世界最大の発展途上国」、またある時は、
 豊かで巨大な「大国」と、自国の位置づけを使い分ける
 事への批判は根強い。
  日本の麻生財務相は5月、中国の劉昆(リウクン)財務
 相と会談後の記者会見で・・
  「都合の良い時に『発展途上国』のような顔をして、
 都合の良い時には『別の顔』という調子いいことではだ
 めだ」と語った。
  アメリカのトランプ大統領は7月、ツイッターにこう投
 稿した。
  「WTOは壊れている。最も裕福な国々がルールを避
 けるために途上国だと主張し、優遇されている。こんな
 事は終わりだ」と・・
  問題の根底には、WTOのルールに「途上国」に関す
 る規定が無く、加盟国の自己申告制を採用していること
 がある。
  中国は2001年にWTOに加盟した際、途上国だと申告
 し、現在に至っている。(中略)
  (参考)中国が世界上位の主な経済指標・・
     ・世界の経済成長寄与率:1位(27.5%)
     ・国内総生産・GDP:2位(13.6兆ドル)
     ・モノの輸出入総額:1位(4.6兆ドル)
     ・対外直接投資額:2位(1300億ドル)
     ・高速鉄道の営業キロ数:1位(3万キロ)
     ・高速道路の総延長:1位(14.3万キロ)
     ・海外観光支出額:1位(2600億ドル)
  中国は、巨大経済圏構想「一帯一路」を提唱し、国際
 金融機関のアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立
 した。
  沿線国を積極的に経済支援するなど「チャイナマネー」
 は世界を席巻している。
  支援を受けるどころか、他国を支援する側に回ってい
 る。
  日本の識者は、中国が途上国に固執する理由について、
 「途上国であれば、強いリーダーのもとで国家の有限な
 資本や労働力を1か所に集中投入するような政策運営の妥
 当性を担保できる」と指摘する。
  共産党一党独裁を続ける統治上の問題だと説明する。
  WTO改革の議論が進む中、韓国は10月、WTOにお
 ける途上国の地位を放棄することを決めた。
  シンガポール、ブラジル、台湾に続く動き・・自称「
 途上国」の中国の立場は理解されなくなって来ている。
  中国は、途上国にしがみつくのではなく、卒業して、
 人類の発展のために「その責務を果たすべきだ」。
  (評)
  韓国は、北朝鮮に日本の貴重な物質を渡していた。
  渡す事が禁じられていることを知っていてその様な行
 為をした。
  その為、日本は、韓国の優遇的地位を取り消し、韓国
 を『普通』の地位にした。
  そうしたら、日本が、「対韓輸出厳格化をした」と、
 事実に沿わない表現をした・・韓国の不正行為が原因で
 『普通』の地位に戻しただけなのに・・『優遇を受ける
 権利が無い』とした、その様な行為をしたのだから・・
  また、WTOでも、韓国は、相応しくない地位にいた
 が、その地位を放棄した。
.
2019年11月16日、アメリカのニューヨーク・タイムズが、
 中国が、ウイグル族の弾圧をしていると、その内部文書
 があると報じた。
  それは、習金平の演説や指示書だと・・
  (2019/11/19読売新聞)
  米紙ニューヨーク・タイムズは16日、中国政府が中国
 新疆ウイグル自治区で行っている少数民族ウイグル族ら
 への弾圧を裏付ける内部文書を入手したとし、内容を報
 じた。
  中国外務省は18日の定例記者会見で、「中国が新疆で
 行っている反テロの努力をおとしめるものだ」として報
 道を強く非難した。
  ニューヨーク・タイムズが入手した文書は、習氏や共
 産党幹部の非公開の演説資料のほか、自治区当局者への
 指示書など24種類、計403頁に上るという。
  中国の政府関係者から提供されたとし、「中国共産党
 内部にも、弾圧を疑問視する声がある」と指摘した。
  文書には、習近平国家主席が、2014年に行った内部会
 議での演説内容も含まれており、ウイグル族の取締りを
 「テロや分裂主義との闘い」と表現し、「一切容赦はす
 るな」と指示していたとしている。
  また、文書の中には、米国などが「ウイグル族らの強
 制収容所だ」と指摘している施設に関し、収容者の家族
 からの問合せに対応する想定問答もあった。
  例えば、「家族はどこにいるか」といった質問に対し、
 「政府が設立した訓練学校で学習している。生活環境は
 とても良い」などと答えるようと書かれていた。
  中国政府は、施設について、イスラム過激主義の影響
 を受けた人を教化するための「職業技能教育訓練センタ
 ー」だと主張している。
  習政権は、信仰より党の指導を優先させようとする「
 宗教の中国化」を打ち出し、治安維持を名目にウイグル
 族らへの抑圧を強めていると・・
.
2019年11月18日、スリランカの大統領選で親中派の大統領
 が当選した。
  スリランカ「親中」回帰か・・野党候補が当選した・・
  任期満了に伴って16日に行われたスリランカの大統領
 選は、選挙管理委員会が17日、野党候補で元国防次官の
 ゴタバヤ・ラジャパクサ氏(70歳)が当選したと発表し
 た。
  かつて中国依存を強めた兄のマヒンダ・ラジャパクサ
 前大統領を首相に指名する構えで、スリランカが親中路
 線に回帰する可能性がある。
  選挙戦は、ゴタバヤ氏と、現政権で閣僚を務める与党
 幹部のサジット・プレマダサ氏(52歳)の事実上の一騎
 打ちとなっていた。
  選管によると、得票率はゴタバヤ氏が52.2パーセント、
 プレマダサ氏は41.9パーセントだった。
  プレマダサ氏が17日、敗北を認める声明を出し、ゴタ
 バヤ氏はその後、ツイッターで「国民は新しい旅の参加
 者になる」などと勝利宣言した。
  任期は5年となる。  
  ゴタバヤ氏は、約30年続いた内戦を終結させたことで
 今も英雄視されるマヒンダ氏と共に、選挙戦を展開した。
  4月に250人以上が犠牲となった同時爆破テロを受け、
 国防次官の経験を生かした治安対策強化を訴えて支持を
 集めた。
  マヒンダ氏は大統領だった2005年~2015年、南部ハン
 バントタ港などの大規模インフラ(社会基盤〉開発で中
 国から多額の資金支援を受けた。
  対中債務の拡大や一族による政治支配で批判を浴び、
 2015年の大統領選では敗北したが、弟ゴタバヤ氏の今回
 の勝利で復権を果たす事になる。
  巨大経済圏構想「一帯一路」を掲げ、海上交通の要衝
 であるスリランカを重視する中国の影響力がさらに強ま
 るとの見方が出ており、インド太平洋地域の安全保障上
 の観点から日米豪やインドの懸念が高まりそうだ。
  大統領選には過去最多の35人が立候補した。
  有権者数は約1600万人で、投票率は83.7パーセントだ
 った。(参考:読売新聞2019/11/18)
  (参考)争点は、実質経済成長率が5%(2015年)から
     3.2%(2018年推計)まで落ち込んだ経済の回復
     と、今年4月に起きた同時爆破テロ後の治安対策・・。
      ラジャパクサ兄弟は、約30年続いた少数派タ
     ミル人過激派組織との内戦を2009年に集結させ
     た兄のマヒンダ氏は、多数派シンハラ人の英雄
     的存在として今も人気・・。
      弟のゴタバヤ氏は兄の下で国防次官を務めた
     経験を強調して、テロを防げなかった現政権を
     批判してきた。
      ハンバントタ港の中国の軍効果の懸念のため、
     シリセナ大統領は「脱中国」を目指したが、依
     然として中国の影響力は残り、中国のスリラン
     カ経済への浸透度は大きい。
.
2019年11月19日、ASEAN国防相会議で、中国の南シナ
 海の行動に批判が集中した。
  アメリカは「航行の自由」強化を示した。
  東南アジア諸国連合(ASEAN)と日本や米国、中
 国など計18ヶ国が参加する拡大ASEAN国防相会議が
 18日、バンコクで開かれた。中国が軍事拠点化を進める
 南シナ海問題が主要議題となり、日米を含めて懸念を表
 明する参加国が相次いだ。
  日本の河野防衛相は会議の冒頭、中国による南シナ海
 の軍事拠点化の動きについて≪あらゆる一方的な現状変
 更の試みや他国に対する威圧に強く反対する」と批判し
 た。
  日本政府関係者によると、南シナ海をめぐって多くの
 参加国が安全保障状の懸念を訴えたという。
  米国のエスパー国防長官も、南シナ海を巡っては日本
 と同様の立場を表明したものとみられる。エスパー氏は
 17日のASEAN各国の国防相との会議で、南シナ海の
 軍事拠点化を図る中国に触れ、「受け入れがたい行為だ」
 などと厳しく批判していた。
  その際、エスパー氏は中五kの海洋進出に対抗して南
 シナ海などに軍艦船などを派遣する「航行の自由作戦」
 を強化していく考えを示し、各国にも作戦への参加を呼
 び掛けていた。
  ただ、会議で採択された共同声明には、南シナ海の文
 言は無く、「我々は国連海洋法条約を含む国際法の原則
 に基づいて紛争を平和的に解決し、高校の自由を維持・
 尊重して行く」との表現にとどまった。
  中国が南シナ海を明記することに抵抗したためとみら
 れる。(参考:読売新聞2019/11/19)
  (評)
  「中国が南シナ海を明記することに抵抗した」として
 表現をどこのことかを不明の状態として明記しなかった
 という事は、どこの事を会議で討論したのかを明示して
 いない事で、会議の討論自体を否定したことになる。
  会議の目的を達していないことになる。
  何のための会議かが宙に浮いた状態となっている。
  中国の意見を書き、多数意見を書いてこそ目的を達す
 る。
  こんなあやふやな会議は何度やっても前に進まない。
.
2019年11月19日、アメリカが、南シナ海の中国の行動に対
 して、懸念を直接伝達した模様・・
  米国のエスパー国防長官は18日、訪問先のバンコクで
 中国の魏鳳和(ウェイフォンフォー)国務委員兼国防相
 と会談した。
  エスパー氏は、中国が軍事拠点化を進める南シナ海問
 題について強い懸念を直接伝えたとみられる。
  中国国防相の報道官は会談後の記者会見で、南シナ海
 問題について「中国は南シナ海の領土主権と海洋権益だ
 けでなく、その平和と安定も断固として守る」と反発し
 た。
  その上で、「航行の自由作戦」で軍の艦船などを派遣
 する米国が情勢を不安定化させていると主張した。(参
 考:読売新聞2019/11/19)
  (評)
  この南シナ海問題についての新聞記事は、アメリカの
 意見が不明となっていて・・
  中国の意見のみが明確に記載されていて、中国の主張
 のみを報じる記事となっている。
  この中国の主張する点が正しいのかが今後の議題だ。
  是非、この点の討議を行ってもらいたい。
  その点、日本の河野防衛相のASEANでの会議で、
 明確に中国の南シナ海における軍事拠点化の動きについ
 て「あらゆる一方的な現状変更の試みや他国に対する威
 圧に強く反対する」との批判の言葉は正しくて立派だ。
.
2019年11月19日、中国の国産空母が、大連から南シナ海へ
 入り、就役した。
  中国海軍の報道官は18日、中国初の国産空母が台湾海
 峡を南下し、南シナ海に入ったと発表した。
  近く、南シナ海に面した海南島・三亜の海軍基地を母
 港として就役する可能性がある。
  国産空母は遼寧省大連の国有造船所で建造され、昨年
 5月から周辺海域で試験航海を続けている。
  今回は14日に大連を出港した。
  就役前では異例の長距離航行で、米国や台湾をけん制
 する狙いがあるようだ。
  報道官は「特定の目標に向けたものではなく現在の情
 勢とは無関係だ」と主張した。
  これに関連し、中国紙・環球時報は18日、国産空母が
 三亜の海軍基地で近く就役し、「中国の主権と領土の統
 一」を守る役割を果たすとの海軍専門家の話を伝えた。
  (参考:読売新聞2019/11/19)
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2019年11月19日、ブレマー氏は「米国による秩序の終焉(
 しゅうえん)」と題して基調講演。
  米政治学者のイアン・ブレマー氏と経団連の中西宏明
 会長が共同議長を務める「GZERO(Gゼロ)サミッ
 ト」が18日、東京都内で開かれ、日米欧などの政治家、
 専門家らが、指導国不在で混迷する世界の課題や日本に
 期待される役割などを議論した。
  ブレマー氏は「米国による秩序の終焉(しゅうえん)」
 と題して基調講演。
  中国が「欧米に対抗すべく、独自の技術システムの構
 築を進めている」ことを「グローバリゼーションに対す
 る最大の脅威だ」と指摘した。
  その上で日本に対し、「米中の国益が一致する領域に
 おいては協調を、互いに競争する領域においては最悪の
 衝突を避ける行動を働きかけることが出来る」と期待を
 示した。
  パネルディスカッションでは、飯塚恵子・読売新聞編
 集委員が、「中国は高度な技術を使って市民を監視し、
 コントロールしている。
  日本は先端技術と統治に関するルールを作っていく側
 にならないといけない」と語った。
  安倍首相は同サミットにビデオメッセージを寄せ、「
 扇の要の様に絶妙なバランスで英知を束ね、世界に新た
 な元号・令和のように美しい調和をもたらすことが日本
 の使命だ」と訴えた。
  サミット開催に合わせ、ブレマー、中西両氏は読売新
 聞に共同で寄稿した。
  日本は、国際機関の機能強化や生活の質の向上につな
 がる革新的な解決策の提供などの5分野で世界に貢献でき
 ると訴えた。(参考:読売新聞2019/11/19)
  (評)
  上記に記載の「国際機関の機能強化」のためにも「国
 連の日本やドイツに対する『敵国条項』は廃棄せよ」。
  もう時代遅れにもなっている・・また、今、国連は、
 SDGsを進めて「差別の撤廃を進めている」、この敵
 国条項こそ「差別の最たるもの」だ。
.
2019年11月20日、スリランカが、親中派の大統領が当選し、
 新首相の使命へ・・中国と関係改善へ・・親中へ回帰・・
  スリランカの新大統領に就任したゴタバヤ・ラジャパ
 クサ氏(70歳)、その兄で新首相に指名される見込みの
 マヒンダ氏(74歳)が17日、最大都市コロンボで読売新
 聞の単独取材に応じた。
  2005年~2015年に大統領を務め、中国依存を強めたマ
 ヒンダ氏は「中国は経済面のパートナーだ」と述べ、親
 中回帰の可能性を示唆した。
  マヒンダ氏は大統領時代、中国から多額の経済支援を
 受け、南部ハンバントタ港など大型インフラ(社会基盤)
 整備を進めた。
  対中債務が増え、ハンバントタ港を中国に99年間貸与
 する事になった。
  2015年の大統領選では、対中依存の見直しを掲げたシ
 リセナ前大統領に敗れた。
  マヒンダ氏は中国について「昔から良き友人だ」と語
 り、新政権下で中国との関係改善が進む事への期待をに
 じませた。
  一方、地域大国で中国の進出を警戒する隣国インドを
 「極めて重要な隣人だ」と述べ、中印間でのバランス外
 交の重要性も強調した。(参考:読売新聞2019/11/20)
  (評)
  ネパールも中国の工作で王政が崩壊しているが、中国
 化が進む。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  https://yumesyakai.blogspot.com/
.
  (追伸)
  中国・人民元は、世界の通貨覇権を狙っている。
  アメリカ・ドルへの挑戦をし始めた。
  しかし、実態はただの紙切れの人民元・・
  その裏付けを保証するものは何もない。
  それは、実体のない通貨=人民元の身分不相応な振る
 舞い。
  何故? こんな大間違いが起きたのか?
  その中国・人民元の振る舞いの初めには、ウォール街
 の行なった間違いがあった。
  ウォール街は、中国を一時的に大いに助け、そして、
 援助し、そして、ウォールは大いに儲けた。
  アメリカの歴代政権も、「それはウィンウィンだ」と
 勘違いして、大いに進めさせた。
  そして、アジア・・
  アジアで大きな経済的影響力を持つ華僑・・
  この華僑と中国を刺戟させて心身を興奮させないよう
 にという政策がとられた・・これに固執し、続けられた。
  しかし、今、この間違いが、とんでもないことになる
 という事態が発生している・・、
  この様な事態は看過できない、見過ごせないと、何と
 かしなければという行動が・・とられ始めた。
  トランプ・アメリカ大統領は、中国・習近平のアキレ
 ス腱を撞く(つく)行動をとり始めた。
  その目標は、当然、「紙きれの中国・人民元に通貨覇
 権を絶対に握らせない」というところにある。
  高関税に始まり、金融戦争が始まる。
  例え、通商が犠牲になっても「国家の安全保障が大切
 だ」という理念がある。
  中国を甘やかせた最大のポイントは、人民元が変動相
 場制が通常なのに、その状態になっていないことにある。
  中国・人民元は変動相場制に移行させるべきだ・・そ
 れが当然だ・・
  (日本は、堂々と、変動相場制に移行した)・・
  この図体ばかりが大きい中国は、変動相場制が恐怖で、
 逃げ回ってばかりいる・・
  アメリカの保護下に居た・・しかし、そのアメリカを、
 身分不相応に食い始めた。
  今、中国は、ドルが枯渇している・・
  外貨準備も激減している・・
  資金が中国から逃げ、ますます、余計に、中国・人民
 元の裏付けが無くなっている・・
  それに、不動産バブルが崩壊し・・空室ばかり・・株
 安も起きるという災禍・わざわいの中国となっている。
  直接投資が激減している・・貿易も、事実上、赤字と
 なっている・・もう中国の時代は終わった・・明らかに
 ASEANへ移行している。
  異常な二桁の軍拡で作られた景気・・そして、人民元
 札の増発で、景気を煽るという嘘が「ばれ始めた」・・
  知的財産権無視で次世代技術を盗取し、軍事などへ転
 用して来た。
  アメリカのトランプ政権は、ファーウェイやZTEを
 阻止し、スパイ摘発をしている・・
  また、企業買収を止めさせ、拠点買収を阻止している。
  もう中国は、変動相場制へ移行させねばならない・・
  そんな最恵国待遇の特待席には、いつまでも置いてお
 けない。
  有頂天でやっている「一帯一路」は、当然、しぼんで
 行く・・
  世界の工場と言われた中国の生産拠点も「存在意義が
 無くなった」・・獅子身中の虫に成り下がった。
  中国の政治形態が変わり、真からの自由な経済社会に
 ならないのなら・・消えゆくのみ・・
  中国が生き残る道は、真からの自由経済社会と民主主
 義国家への道・・
  AIの熾烈な戦いが繰り広げられる戦国時代の後に、
 その様な社会が来る。
  少数の者が牛耳る監視社会が、多くの奴隷的農民層を
 使うという一時代前の形態の中国社会が生き残れるはず
 はない・・
  そして、中国がやれると思っている方法、したいと思
 っている方法は・・
  二国間の人民元の取引の拡大・・
  その方法で、世界通貨の米ドルの国際社会に挑戦しよ
 うとしている。
  中国とA国が中国・人民元で貿易を拡大し・・
  また、別に中国とB国が中国・人民元で貿易を拡大す
 れば・・一帯一路であらゆる国々と貿易拡大して行けば、
 A国とB国も相互に人民元で貿易が拡大していけると考
 えている。
  米ドルの世界通貨圏で貿易が繁栄している様に、人民
 元の通用圏を拡大し、繁栄しようとしている。
  米ドル世界通貨に対峙したいとしている。
  だから、仕切りに中国は以前から「二国間交渉」を主
 張して来ている。
  (追伸)
  NHKは、CCTVへ映像を何十年も前から映像資料
 を渡している。
  例えば、一例として、国会の委員会の審議状況の映像
 のすべてを渡している
  CCTVは中国中央電視台で、中国(中華人民共和国)
 の国営放送のテレビ局。
  国営通信の新華社とともに「メディア」と言うより、
 中国共産党のための宣伝機関とされている。
  これはスパイ行為である。

(増補版)666E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年2月~1897年3月)

2019-11-19 04:13:56 | 日記
題:(増補版)666E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年2月~1897年3月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
 ☆真実の歴史を知ることは、国際社会をより公正なもの
  にする。
  そして、その公正な社会の達成で、人々の、また、皆
  様の、そして、人間の幸福を創造していく力ともなる。
  世界に真実を公表していく事は、真にやるべき大切な
  こと・・
  そして、総べての真実を議論してこそ民主主義が達成
  される。
 ☆過去を忘れたら「歴史」は蛮行を繰り返す。
 ☆中国と韓国は隣の国・・引っ越しの出来ない隣の国・・
  だからこそ、正しいことを言って正しい関係を作らな
  ければならない。
  卑劣なねじ曲げ発言に躊躇(ちゅうちょ)してはなら
  ない・・正しいことを教えてあげねばならない。
  また、中国・韓国は、隣国・日本の立場を理解するこ
  とにつとめなければならない。
 ☆国際社会は、中国へ民主化を強く求めなければならな
  い・・民の選択を受けない指導者たち・・民主化が達
  成できない国=中国・・
 ☆九段線否定の国連決議をするべきだ。
.
1897年2月、来日したアメリカ人のモールスとの間に京仁鉄
 道の譲受け交渉が進められる。
  1897年5月8日、京仁鉄道引受組合とモールスとの間に
 正式契約が成立した。
  京仁線は、大韓民国のソウルにある鉄道路線で、朝鮮
 半島最初の鉄道。
  経緯・・
  1894年8月20日、日朝暫定合同条款。
  1895年3月30日、日本銀行と朝鮮政府間に300万円の借
   款(年利6分。租税抵当3年据置後2年で償還。銀貨と
   紙幣半額ずつ)。
  1896年1月、朝鮮政府が経費不足300万円と鉄道建設費
   200万円の借入の申入れ
  1896年3月29日、京仁鉄道敷設権をモールスに売る(日
   朝暫定合同条款の違反行為)
  1896年4月17日、朝鮮駐在公使・小村寿太郎、朝鮮政府
   に対し、アメリカ人モールスに京仁鉄道敷設権を与
   えることは暫定合同条款違反と抗議をする。
  1896年1月、モールスが、建設資金を本国で募集するも
   出資者がなく日本に出資をもとめる。
  1897年1月、モールスが、大川平三郎経由で京釜鉄道発
   起委員長の渋沢栄一へ京仁鉄道敷設権の譲渡を申し
   出る。
  1897年5月4日、京仁鉄道引受組合が成立する。
  1897年10月21日、アメリカ人モールスが、価格を5万ド
   ルから30万ドルに要求する。
   モールスに百万円貸与で解決する。
  1897年10月13日、朝鮮から大韓帝国へ。
  1898年3月8日、モールスが三百万円でフランスシンジ
   ケートに転売を計画する。
  1898年10月31日、京仁鉄道敷設工事の紛議が頻出。
   モールスは困り、現状で京仁鉄道引受組合に引渡し
   を提案する。
   百八十万円で買取る。
  1899年1月31日、渋沢が、横浜正金銀行によりモールス
   と会見後、京仁鉄道譲受の手続を完了する。
  1899年5月15日、京仁鉄道引受組合は鉄道敷設工事を直
   営とし、京仁鉄道合資会社設立した。
   渋沢は取締役社長。
  1899年9月18日、仁川から鷺梁津間の一部開通を祝して
   仁川停留所にて開通式を行った。
   山縣総理や各国大使が参列した。
  1900年11月12日、京仁鉄道全線営業開始、全面開通式。
  1903年11月1日、京仁鉄道が京釜鉄道へ合併吸収され、
   京釜鉄道京仁線となる。
.
1897年3月2日~3月5日、鉱毒被害民、第一回大挙押出し。
  足尾鉱毒被害者の2000人が農商務省に鉱山の創業停止
 を訴えた。
  足尾鉱毒被害者800名が上京して請願運動
  経緯・・
  1896年9月、大洪水が起き、その直後・・
  1896年10月5日、田中正造は、鉱毒事件の基本的解決を
   をめざして栃木・群馬両県下10ヵ町村有志とともに、
   同盟を結んだ・・この同盟は拡大されて行った。
   運動が被害民を包含する地域の鉱毒反対闘争となっ
   た。
   今までは、個別に県知事や鉱山監督署、農商務省な
   どへ請願を行なっていた行動が変わった。
   組織も固められて行った。
   担当官庁である農商務省も対応が変わって行く・・
  1896年11月、農事試験所・技師を群馬・栃木両県へ出
   張させて、鉱毒被害調査報告の提出を求めた。
  1896年12月、省内に足尾銅山鉱毒調査委員会を設けら
   れ、そして、委員5名を任命した。
  1897年2月、第10議会で田中正造は、藩閥政府の責任
   を追及し、鉱業停止を要求した。
   これが新聞に報道されると、組織化されつつあった
   被害農民らの2000余名は,第1回大挙東京押出しを決
   行した。
   憲兵や警官の阻止行動を突破して上京した800余名は、
   関係省庁等に陳情・請願して世論に訴えた。
  1897年3月2日~3月5日、鉱毒被害民、第一回大挙押出
   し。
  1897年3月18日、四県鉱業停止請願事務所を東京に設置
   した。
  1897年3月18日、樺山内相と榎本農商務相による田中の
   質問に対する「答弁書」に、「将来鉱業ト農業ト衝
   突スル場合ニ適用スベキ方針ヲ確定スルノ必要ヲ認
   メ、之ニ関スル各般の調査ヲ)」とした。
  1897年3月24日、榎本農商務相の現地視察する。
   また、この日、被害農民3000余名が官憲の阻止行動
   を突破して、第2回大挙東京押出しを決行した。
   被害農民の直接行動と鉱毒世論の高揚を背景に、こ
   の日政府は,足尾銅山鉱毒調査会(第1次調査会)を設
   置した。
   法制局長官の神鞭知常(かみむちともつね)を委員長
   とする委員18(含追加)名を発表した。
   その直後、榎本農商務相は、辞職した。
   外相の大隈重信が兼務した。
   だが、この第1次調査会は、世論の鎮静化と、被害農
   民の直接行動抑制への狙いを秘めて設置されていた。
.
1897年3月6日、大谷駅~京都駅間の複線開通する。
  下り線が増設された。
.
1897年3月20日、ハワイ移民のうち上陸拒否にあった463人
 が送還された。
.
1897年3月20日、貴族院議員の谷干城(たにたてき)や津田
 仙・栗原彦三郎らが、足尾鉱毒の被害地を視察した。
.
1897年3月22日、「The Japan Times」の創刊。
  日本で初めて日刊英字新聞の「ジャパンタイムズ」が
 創刊された。
  日本人が初めて経営・編集した日刊英字新聞だった。
  伊藤博文や福沢諭吉などの支援を受ける。
  山田季治を社長、頭本元貞を主筆。
  1865年に創刊された前身となる英国人のリッカビーに
 よるジャパンタイムズと合併した形だった。
  因みに・・
  1918年には、ジャパンメール(1870年にW.G.ハウェル
 とH.N.レイが創刊した親日派の英字紙)と合併し、「ジ
 ャパンタイムズ&メール」となる。
.
1897年3月23日、農商務大臣の榎本武揚が、鉱毒事件の被害
 地を視察した。
  鉱毒被害民、第2回大挙押出し(~3月30日)
  足尾鉱毒被害者が、農商務省に鉱山の操業停止を訴え
 た。
  1890年後半頃より、渡良瀬川の河川魚の大量浮上など
 で目にとまるようになり、また、農作物への被害で流域
 周辺住民を鉱毒反対運動に立上がらせた。
  地元からの数次の建議や、上申にもかかわらず、改善
 がみられなかった。
  そのため、1897年以来、たびたび農民方が、大挙して
 上京し、抗議行動を起こした。
  警官と衝突もし一大社会問題となった。
  1891年、代議士の田中正造は、議会に訴えて、世に被
 害の惨状を知らせた。
  1901年、その訴えが、中々、受け入れられず天皇陛下
 への直訴(じきそ、直接、天皇陛下へ訴える)に至った。
  1897年3月23日、内閣に足尾銅山鉱毒事件調査委員会の
 設置が決定された。
.
  (今日の言葉)
.
  題:韓国が、元徴用工が虐(しいた)げられたというのは嘘。
    日本人も韓国・朝鮮人も、皆が、一生懸命、働く時代だった。
    「職業に就けて良かった」という時代だった・・感謝する時代だった。
.
紀元前427年、プラトンが生まれた(~紀元前347年)
  プラトンは、古代ギリシャの哲学者である。
  ソクラテスの弟子で、アリストテレスの師である。
  そのギリシャに奴隷が居たが、ギリシャはこの奴隷を
 アジアから奪い取って来ていた。
  ギリシャを、「ヨーロッパの理知の世界」として誇り
 として存在しているが、アジア人蔑視観がこのギリシャ
 にあり、また、その影響でヨーロッパにもあった。
  (ヨーロッパの蛮行はこの観念から生まれている)
  古代ギリシャは、そこから派生して「アジアに数多く
 の怪物が住んでいる」と考えていた。
  (ヨーロッパの大航海時代の者たちも怪物に会うこと
 を恐れながら航海していた)
  知的哲学者とされるプラトンの国家論は、当然の如く
 奴隷制度を前提としている。
  だから、プラトンは、ギリシャ市民に「働くことを禁
 じた(奴隷にさせよ・・と・・)」。
  今・現代でも働かないギリシャで、EU(欧州連合)
 のお荷物になっている・・その大赤字がEUの大問題と
 なっている・・
  このプラトンも「ギリシャ市民が、商業に携わること
 を禁じ、また、手工業さえ市民が携わらずに奴隷にさせ
 よ」とした。
  プラトンは、「法律」という彼の著作にしっかりとこ
 のことを書いた。
  しかし、この様なことは隠されて、美しいことのみが
 プロパガンダされている。
  そして、この様な迷信と共に、キリスト教がローマへ
 伝わって行く。
  大プリニウスは「博物誌」で「怪物たちのカタログ」
 さえ書いている。
  そして、「類似の人類」などの表現と共に記されてい
 る。
  「キリスト教の教父」と言われるアウグスティヌスで
 さえ「怪物たちについて色々と論じている」。
  そして、「アダムから出た」と言い・・
  ローマ時代は、「アジア(アフリカを含む)は、一段と
 劣った人間たちが住む」とする世界観の中に居た。
  (参考)大プリニウス:古代ローマの博物誌家。
      イタリアのコモに生まれ、
      かなり若くしてローマに出て、文学、法律、
     雄弁術を学び、軍人としての訓練も身につけた。
      ネロ帝(在位:54年~68年)の治世初期まで、
     およそ23歳から10年あまり騎兵大隊に所属し、
     ドイツに駐留した。
      帰国後は、10年間おもに文人として活躍した。
      次の皇帝のウェスパシアヌスの信任があつか
     った彼は、スペインやアフリカ北部に財務官と
     して赴任し、博物誌的な見聞も広めた。
      晩年は、ナポリ湾ミセヌム基地の海軍提督に
     なったが、おりから79年のウェスウィウス(ベス
     ビオ)火山の大噴火に際し、知的な探索意欲から
     現場に急行したが、ポンペイの近くで噴煙に巻
     かれ遭難死を遂げた。
      彼の著書「博物誌」37巻は一級の百科全書的
     な古典である。
.
紀元前146年、ポエニ戦争。
  ローマの歴史家であるアッピアノス(2世紀の人)が伝え
 るところによると・・
  紀元前146年に、徹底的に破壊され、滅亡したカルタゴ
 を見たスピキオが、涙を流しながら・・
  「アッシリア人とメディア人の国々、当時とりわけ巨
 大だったペルシャ人の、そして、つい最近、目もあやな
 登場を果たしたマケドニア人の諸国」と数えあげながら、
 これらの国々もカルタゴと同じ滅亡の憂き目を見たと言
 って嘆いたという。
  (参考)目もあやに:目が吸い寄せられるまでに美し
     く・・
     ・
     ・
354年、アウグスティヌスが生まれた(~430年)
  彼は、キリスト教から「教父」と呼ばれている。
  彼は、キリスト教には無かった「人を救う」という教
 義を作った。
  キリスト教には元々「人を救う」という教義が無かっ
 た・・今、当然のようにそのことを言う・・
  彼は、「終末が訪れて、審判を受け、そして、救済さ
 れ、神の国に行ける」と、そして、救済されるとした。
  これが人類の至る終着点だとした。
  アダムとエバで始まる始点を持つキリスト教の人類の
 始点に対して、今まで無かった終着点を作ったのは彼だ
 った。
  楽園を追われた人類が、キリスト教の神に関わって至
 るところの終着点を彼は示した。
  また、彼は、キリスト教の神を浮き立たせるために「
 悪魔の国」を作った。
  「地上の国」を「悪魔の国」とした。
  そして、ヘブライ人=ユダヤ人の一民族からなる「神
 の国」と、その他のすべての民族が属する「地上の国」
 との対立・抗争として描いた。
  こうして彼が始めたキリスト教の歴史が引き継がれ、
 キリスト教史となりはじめた。
  そして、18世紀以後、科学が発達してその理知的判断
 から、キリスト教普遍史として怪物も登場させて発展し
 て来たそのキリスト教歴史観は完全に否定されて消滅し
 た。
.
476年〜10世紀、中世ヨーロッパ前期。
  西ローマ帝国が、476年に滅亡した後、ゲルマン人諸国
 の興亡、7世紀に興ったイスラム勢力、古代ローマ時代に
 実現していた「地中海世界」が崩壊、
  また、東部では、東ローマ帝国を中心として「東ヨー
 ロッパ世界」が形成される。
  西部では、フランク人による統一が進められ・・
  800年、カール大帝の「西ローマ帝国復興」によって
 ローマ皇帝とローマ法王(教皇)という二つの焦点を持つ
 「楕円ヨーロッパ」=「西ヨーロッパ世界」が成立した。
  キリスト教は、この頃、北欧の一部を除いて西欧に広
 がっていた。
     ・
     ・
     ・
1193年、北方十字軍
  クレメンス教皇(ローマ法王)が、この年、呼びかけ
 て北方十字軍が始まった。
  キリスト教の教義である「異教徒は殺せ」の教義どお
 りの行動だった、
  1154年、フィンランドの南西部が、すでにスエーデン
 によってキリスト教化されていた(1155年説と1157年説
 がある)
  「異民族のキリスト教化」という名目上の目標を掲げ
 て、バルト海沿岸地域へ進出した「北方十字軍」は・・、
 遠征の当初から本来の宗教的な目的を失っていた。
  その実際の実態は、「北方諸国の植民地化」だった。
  ローマ教皇からお墨付きをもらって・・、
  世俗の最高権力者である神聖ローマ皇帝の思惑とも重
 なって、キリスト教による征服事業での拡大を続けた。
  その先端に立ったのが「ドイツ騎士団」だった。
  そして、13世紀には、ハンガリー王国から追放された
 ドイツ騎士団だったが・・
  この武力集団は、異教徒征伐の命を受けてプロイセン
 の地(現在のカリーニングラードからポーランド北部)
 に活動拠点を移した。
  そして、その武力の威力によって、先住民であるプロ
 イセン人を殺戮の限りを尽くして制圧した・・そして、
 その地のすべてを掠奪し、収奪した。
  その後も・・略奪と搾取を重ねながら、莫大な富を築
 いた。
  「ドイツ騎士団領」という軍事国家まで作った。
  しかし、乱逆なこのキリスト教集団は、周辺諸国の貴
 族を集めて「人間狩りツアーを開催する」という卑劣さ
 だった。
  その残虐きわまりない性質と傍若無人ぶり・・
  ドイツ騎士団は、リヴォニア(現在のラトヴィア西部
 からエストニア南部)を征服していたリヴォニア帯剣騎
 士団も吸収した。
  そして、さらに、現在のリトアニアの地へと侵攻した。
  それに対し、ミンダウカス王の下に諸部族が結集して
 リトアニア大公国が誕生した・・そして、強大な戦力を
 形成し、ドイツ騎士団を押し返した。
  その後、お互いが侵略行為を重ねた。
  拮抗した戦争状態が続いた・・
  同じ様にドイツ騎士団と領土問題で対立を深めるポー
 ランドとの同盟関係を成立させる。
  1385年、ついにリトアニアはキリスト教を受け入れ(
 当初は形式的なものだった)、両国は連合国となってド
 イツ騎士団と対立する。
  キリスト教の教義でもある「異教徒は殺せ」の異教徒
 との戦いという大義名分を失ったドイツ騎士団は激高し
 て、互いの存亡をかけた激烈な総力戦をする。
  そして、ポーランド・リトアニア連合は、1410年の「
 グルンヴァルト(タンネンベルク)の戦い」で勝利し、
 ドイツ騎士団に壊滅的な打撃を与えた。
  ドイツ騎士団は、徐々に衰退し、やがて消滅した。
  ポーランド・リトアニア連合国は、ヨーロッパ最大領
 土の国へと発展する。
  そして、その後、200年に渡る黄金時代を築いた。
     ・
     ・
1247年、モンゴル帝国が4度目の高麗への侵攻をした。
.
13世紀半ば、モンゴルの樺太侵攻(~14世紀初頭)
  モンゴル帝国(元朝)による樺太(サハリン)アイヌ
 (骨嵬)への攻撃・・
  日本への元寇に対し、「北からの蒙古襲来」「もうひ
 とつの蒙古襲来」「北の元寇」という。
  13世紀半ば~14世紀初頭、アイヌは、ユーラシア大陸
 のアムール川流域に居たが・・中国の『元(モンゴル)』
 に追われ・・その北方の地から、13世紀半ばから14世紀
 初頭にかけて、日本に来た。
  これを、「北の元寇」と言い・・また、「北からの蒙
 古襲来」「モンゴルの樺太侵攻」「もうひとつの蒙古襲
 来」と言うが・・
  この様に、アイヌは、北方(アムール川流域、そして、
 樺太)に住んでいた。
  日本には、すでに、紀元前に、南方から日本に来たり、
 朝鮮半島から来たり、太平洋を渡って来たり、紀元前と
 いう遠い昔に、あらゆる方向から日本に来ていた。
  アフリカから発した人類移動の大きなうねりの様に、
 アイヌ以前のこの先住民たちは、北海道を含めて日本中
 を歩きまわり、そして、移動して、日本人が形成された・・
  この人たちが日本人の先住民であって・・アイヌは、
 明らかに先住民ではない。
  人類の起源のホモ・サピエンス(新人)が、アフリカ
 に登場したのが紀元前20万年である。
  ホモ・サピエンスが、全地球的な拡散を始めたのが紀
 元前5万年前(紀元前5~6万年説や、紀元前6~7万年説や
 紀元前10万年説もある)
  そして、岩手県遠野市の金取遺跡の人類の足跡は、紀
 元前8~9万年・・この頃の人類の足跡は、すでに、日本
 の各所で数千ヶ所ある・・当然、アイヌではない。
  そして、現代人の祖先であるホモ・サピエンスが東ア
 ジアにまで到着したのが紀元前5~6万年である。
  そして、紀元前4万年に、日本に、旧石器時代の遺跡が
 急に増えることから、研究者の多くが、現代の日本人に
 つながる人々(日本の先住民の人々)が、少なくともこ
 の頃に、日本で暮らしていたとしている(この頃にも、
 当然、アイヌは居ない)
  日本列島には、あらゆる方向から日本人の祖先となる
 人々が来たのが紀元前6万~紀元前4万年で・・アイヌは
 紀元後13世紀~14世紀である。
  因みに、ホモ・サピエンスの前にアフリカを出たデニ
 ソワ人も、紀元前12万年に、日本には居た(島根県の砂
 原遺跡)
  日本の法律に圧力をかけて「先住民」と書かせたアイ
 ヌの人々は、汚点を作っている。
  アイヌの人々は、日本の先住民ではないのに「先住民
 だ」との嘘の主張をして、先住民とさせた。
  日本政府に圧力をかけ、日本の法律の中に「先住民」
 だと記載させた。
  しかし、そうはなっても事実は事実、事実は変わらな
 い・・アイヌは、鎌倉時代の末期に蒙古(モンゴル)に
 追われて日本に来た人たち・・日本の先住民ではない。
  日本の先住民は、縄文の人たちであることは変わらな
 い・・アイヌの人たちは、嘘を言っている。
.
14世紀〜1453年、中世ヨーロッパ後期。
  中世的な政治秩序も、また、社会秩序も揺るぎ始めた。
  皇帝権に続いて教皇権も没落した・・全ヨーロッパ的
 な権威が衰退した。
  かわって王権が力を伸ばし、国王を中心とした新しい
 体制に移り始めた。
  黒死病(ペスト)などの疫病や争乱が続いた。
     ・
     ・
1716年、伊藤若冲が生まれる。
  江戸時代中期に活躍した絵師・伊藤若冲(じゃくちゅ
 う)(1716年~1800年)が、39歳代で手掛けたとみられ
 る彩色画「蕪に双鶏図(かぶにそうけいず)」が見つか
 ったと2019年11月5日、収蔵する京都市の福田美術館が
 発表した。
  これまで存在が知られていない作品で、専門家は、「
 若冲の初期作品は数点しかなく、後の代表作の特徴がう
 かがえる貴重な発見」としている。
  若冲は、主に、動植物を描き、30歳代には「景和(け
 いわ)」を名乗ったとされる。
  代表作に40歳代で制作した極彩色の「動植綵絵(どう
 しょくさいえ)」がある。
  今回見つかった作品は、縦1.11メートル、横0.68メー
 トル。
  首を下に向けた鶏の雄と、うずくまった雌の周りに葉
 が傷んだカブが描かれている。
  関西在住の所有者の依頼で鑑定したところ、若冲の最
 初期の作品とされる「雪中雄鶏図(ゆうけうず)」(細
 見美術館増)と同じ景和の印章がある事や、鶏の羽の精
 密な表現などから、初期作品と推定された。
  福田美術館の岡田季之学芸課長は・・
  「雪中雄鶏図に比べ、色遣いや地面の表現などにやや
 未熟さがあり、さらに若い時期の作品かもしれない」と
 している。
  彩色画は、来年3月20日に同館で始まる特別展で展示す
 る。
  美術史家・辻惟雄さんの話・・
  「手慣れた筆致で鶏を描いている一方、カブの葉など
 は懸命に写生したような初々しさがのぞく。
  葉が鳥に見えるだまし絵の要素もあり、動植綵絵の原
 型が詰まった重要な発見だ」。
     ・
     ・
1906年10月、アメリカで「日本人学童隔離事件」が起きる。
  日米関係が急速に悪化して行く。
  日露戦争後に、アメリカで何か仕掛けが働いている。
.
1945年4月30日、ヒトラーが自殺する。
  1945年4月23日、ヒトラー自殺の7日前にソ連軍が、ベ
   ルリン市内に突入していた(ベルリン市街戦)
  1945年4月29日、ドイツ親衛隊全国指導者・ヒムラーが、
   独断で英米に対し降伏を申し出たことがBBCで放
   送され、ヒトラーに最後の打撃を与えた。
    ヒトラーは激怒した・・ヒムラーを解任するとと
   もにその逮捕命令を出したが、もはやドイツ国内は
   その執行すらできない状態であった。
    終末が近づいたことを悟ったヒトラーは、個人的、
   政治的遺書の口述を行った。
    この政治的遺書の中で、戦争はユダヤ人に責任が
   あるとしたほか、大統領兼国防軍最高司令官職にカ
   ール・デーニッツ海軍元帥、首相にゲッベルス、ナ
   チ党担当大臣にボルマンをそれぞれ指名した。
    さらに「国際ユダヤ人」に対する抵抗の継続を訴
   えた。
    個人的遺書では、愛人エーファとの結婚と、自殺
   後に遺体を焼却することを述べた。
    この遺書をタイプした秘書トラウドル・ユンゲに
   ヒトラーは「ドイツ人は私の運動(ナチズム)に値
   しないことを自ら証明した」と語り、自らの政治活
   動が終焉したことを認めた。
    遺書をタイプした後の午前2時、エーファと結婚式
   を挙げた・・そして・・
  1945年4月30日、毒薬の効果を確かめるため愛犬ブロン
   ディを毒殺した後、午後3時にエーファと共に自室に
   入り、自殺した。56歳没。
  ドイツには、「ゼロ時」と呼ばれる時がある。
  ヒトラーが地下の隠れ家で「最後を悟って自殺」した
 その時以来、ドイツに政府が無くなった。
  第二次世界大戦のドイツにはその様な時があった。
  この時、ドイツ人は「無権利の状態」にされてしまっ
 た。
  ドイツ人たちは、右往左往した。
  逃げまどった。
  ドイツの最後の地・ベルリンの市民の逃げる先はアメ
 リカ占領地域だった。
  ソ連地区から、民衆は逃げまどった。
  しかし、アメリカ地区に来たからと言ったってアメリ
 カ兵もドイツ人に対して優しかった訳ではなかった。
  婦女暴行などは、ソ連兵でもアメリカ兵でも同じであ
 った。
  だからと言って、ドイツ人女性が、助けを求めたり、
 訴え出たりする法廷などがあるという訳ではなかった。
  アウシュビッツのドイツの蛮行が暴かれ始め、知られ
 る様にもなっていて、「ドイツ国民に対しては、どの様
 なことをしても許される」という情勢が生まれてもいた。
  ドイツ人の発言も完全に封鎖されていた。
  噂が噂を生むという状況で・・
  「何年から何年生まれのドイツの青年は結婚が許され
 なくなる」とか、
  「市町村のドイツ人の長が次々と追放されている、ユ
 ダヤ人に変えられている」という風説が、一斉に広がっ
 たりしていた。
  不安を募らせていた。
  幸い、日本には、天皇陛下が終戦の詔(みことのり)を
 発せられて比較的落ち着いた状況の中にあった・・、乱
 れた戦後とはなったが、その中にも早くから戦後復興へ
 の道へと歩み始めた・・
  一例として、教科書に墨を塗るなどして戦後体制へ粛々
 と冷静に判断されながら、教育は続けられ、そして、そ
 れなりに民主的な方向へ向かって行った。
  しかし、アメリカの進駐軍による婦女暴行は多発した、
 その対応に苦慮した。
  アメリカ軍の要請により慰安所が設けられた。
  それに関して卑劣な状況も現れた。
  このことに関しても、アメリカによる人種差別が現れ
 ていた。
  黒人の方々を差別し、白人と黒人とを差別し区分した
 慰安施設とされた。
  また、アメリカの女性士官のための慰安施設も要請に
 より設けられた。
  韓国がやっている様な慰安婦像を国連に建てるべきだ
 と思えるぐらいだった。
  常識ある日本はその様な真似はしないが・・
.
2018年12月20日15時頃、レーダー照射問題
  日本の能登半島沖の日本海において、韓国海軍の駆逐
 艦「広開土大王」が・・
  平素の警戒監視・情報収集の一環として行動している
 日本の海上自衛隊・P-1哨戒機に対して・・
  火器管制レーダー(射撃指揮システムで使用されるレ
 ーダー)を照射した。
  この行為は、「次は撃ち落とします」という戦時以外
 は使用しない、また、ふつう状態の時は「絶対にしては
 いけない行為」を、韓国は行った。
  この重大事項に対して、絶対見逃せない危険行為であ
 るため、日本政府は、当然、毅然と抗議した。
  韓国は、「宣戦布告なしに戦争行為をしようとしてい
 るに値する行為」であった。
  これに対し、また、今後のためにも、また、不測の事
 態が起こらないためにも、日本と韓国の間で事実関係な
 どの協議が開始された。
  日本が、「哨戒機に対するレーダー照射があった」が、
 「どうしてその様な行為をしたのか」と問いただすと・・
  韓国の返事は、ころころと変わった・・
  韓国は、当初は、「哨戒機を追跡する目的ではなかっ
 た」と答えた。
  そして、「北朝鮮の遭難船のためにレーダーを稼働した
 のを日本側が誤解した」などとした。・・しかし・・
  しかし、その後、「レーダー照射はしていない」と前
 言をひるがえし、前言を取り消した。
  韓国の二枚舌発言の為に、話は前に戻った・・
  (参考)二枚舌:前後矛盾したことを言うこと。うそ
     をつくこと。
  日本の哨戒機への韓国のレーダー照射の有無自体の主
 張が対立することになった。
  また、韓国は、韓国海軍艦艇に日本の海上自衛隊機が
 低空飛行で接近し、「威嚇飛行」を行ったと主張し始め
 た。
  日本は、規定通りの飛行で「威嚇飛行を行っていない」
 「その様な事実はない」と説明した。
  日本は、その証拠を示した・・しかし・・
  韓国は、日本からの証拠を示されたことに対して、筋
 が通る正しい返事が出来ない状態になった・・その後も、
 このままの状態のまま・・
  例えば、日本の防衛省の解析した結果を説明した・・
  韓国艦の火器官制レーダー(STIR-180)からのレーダ
 ー波を一定時間継続して複数回照射されていた証拠をは
 っきりと示した・・これによって、韓国が、レーダー照
 射はしていないという発言は崩れた・・
  また、近くの船には、そのような種類のレーダーが搭
 載されている訳もなく、また、ない事も説明した・・
  故に、はっきりした韓国艦の行為なのである。
  その他についても、韓国は、言を左右にして、晴れで
 雲一つない穏やかな環境の中であるのに・・
  韓国は、状況が荒れていて無線が聞き取れなかったな
 どと、事実に基づかない言い訳(いいわけ)ばかりをし
 た。
  また、逆に、韓国は、自分の示した証拠(動画)で無
 線の音声がちゃんと録音されて聞き取れているのに、無
 線が聞けなかったなどと主張したりしている・・
  この様な体たらくの言い訳の韓国となっている。
  韓国は、北朝鮮の船の救助をしていたと言い・・
  日本が、動画でしっかり規定どおりの飛行しているの
 を示していることに対し・・接近したと主張した(その
 証拠を、韓国は、示すことが出来ていない・・ただ近づ
 いた近づいたと言うだけ・・日本は、証拠を示して説明
 していることと大きな差がある)
  この協議において、すべてが、日本側が証拠を示した
 ことによる事実関係がはっきり成立していて、明らかに
 韓国の側に問題点があるとなるのだが・・が・・
  韓国は、その後、口を閉ざして何も説明をしないとい
 う状況となり、また、事実関係を認めて、謝罪するとい
 うことにもなっていない。
  (評)
  韓国よ!! 都合が悪くなったら黙るのでなく、自分の
 非を謝罪をすることをしなさい。
  まず、日本の自衛隊機にレーダー照射をして自衛隊機
 を撃ち落とそうとした行為を謝罪しなさい。
  謝罪したくないなら、正々堂々と反論をしなさい・・
 黙ったままでいるのでは君の言いたいことが分からない・・
 それとも反論できないのか?
  「北朝鮮へ物資を渡すところを見られたくなかった」
 と白状しなさい。
  韓国よ! この件以外の、この他の反論できないで黙
 ったままでいる数々の事を謝罪しなさい。
  韓国は、国連の議決違反をしていた・・北朝鮮船へ物
 資を洋上で渡していたのだ。
.
2019年9月13日、韓国の文在寅大統領が「克日」を打ち出す。
  文在寅(ムン・ジェイン)韓国政権は「克日」(日本
 に打ち克つ)を掲げた。
  そして、「日本の侵略に対する第二の独立運動だ」と
 した。
  この侵略は、経済侵略を指している。
  この様な過激なスローガンを韓国の文在寅大統領は、
 国民に掲げて、呼び掛け、韓国の国民の方々を煽(あお)
 り、焚き付けている。
  日本商品の不買運動も盛んに行われている。
  しかし、これらのすべてを日本のせいにしているが、
 これは大きく間違っている。
  韓国は、世界を騙(だま)している。
  日本は、誠実に、何から何まで日本は韓国を助け、日
 本は援助をして来ている。
  韓国は、その様に日本から恩を受けている状況にある
 のに、日本の目をかすめて、韓国以外へ戦略物質を渡し
 ている。
  日本にしかできない「貴重な物質」を、韓国名で輸入
 して、その貴重な物質を輸出してはいけない国へ、韓国
 は、隠密裏に、隠れて、その様な輸出禁止国へ手渡すと
 いう不正な事をしている。
  この様な重大違反を韓国はしている。
  そこで、日本は、韓国の「優遇的な位置」に置いてい
 た今までの韓国を、「ただ、その他の国と同じ、普通の
 状態に戻した」。
  普通の状態に戻しただけなのに・・韓国は、日本が制
 裁をしていると過剰な表現で、韓国は世界を騙(だま)
 す発言をしている。
  今、韓国の経済は最悪な状態にある。
  その経済悪化の流れは止まらない状況にある。
  韓国の各種の経済統計の数字がそれを表わしている。
  文在寅大統領は、以前から、中国や北朝鮮の路線に接
 近する行動をとって来た。
  この文在寅大統領の行動は変わらないだろうが、この
 政治の方向性もこの様な経済状態になったことと関係し
 ている。
  2019年9月3日の韓国の新聞は、8月の消費者物価動向に
 おいて前年同月より0.04%落ち、1965年以来の悪化状況
 を示した。
  これは、1999年2月のアジア通貨危機後の0.2%以降最
 も低い水準となっていて、デフレーションへの懸念が広
 がっている。
  同じく、2019年9月12日の中央日報も「景気先行指数が、
 26ヶ月連続的に下落し、過去最長だ」と最悪状態を伝え
 ている。
  文在寅氏が大統領に就任した2017年5月頃から下落傾向
 に転じたことも示された。
  聯合ニュースの9月1日版は「韓国の輸出額が9ヶ月減で
 8月は13.6%減、半導体などが振るわず」と報じ・・
  朝鮮日報の9月13日版は「失業給付が過去最高になった
 ・・韓国政府が雇用保険を23%引き上げざるを得ない状
 況になったことを伝えている」と報じ・・
  韓国企業の格付けが相次ぎ下方修正される可能性を報
 じ・・韓国の政府債務が700兆ウォンに迫ったと報じ・・
 米中貿易紛争の直撃を韓国族船企業が受け、発注・船舶
 価格が不振だ・・などと報じている。
  また、韓国の貧富の格差が6倍から11倍になったという
 昨年に急激に変化した実態も報じられている。
  文政権の政策によって自営業や中小企業が打撃を受け
 雇用が減少したと報じ、貧困層はますます貧しくなる方
 向にあると報じている・・
  また、韓国がおかしいことは・・
  WTO(世界貿易機関)へ提訴して、韓国が敗けたの
 に、、韓国は勝ったように言って、世界へ嘘を言ってい
 る。
  2019年9月11日、韓国の文在寅政権は、日本の輸出規制
 が「差別的だ」としてWTO(世界貿易機関)に提訴し
 た。
  韓国メディアは、韓国が正義で立ち上がったなどと大
 騒ぎだった。
  日本が悪いから提訴したのだとの見方だけで・・まっ
 たく公平に見ずに、自分の足元を見ていない韓国となっ
 ている。
  また、韓国の卑劣な所は、元徴用工の話とこれは、ま
 ったく関係が無いのに、関係していると言う言い方だっ
 た・・
  これは、輸出してはいけない国へ、韓国は、韓国名で
 日本から輸入したその物質を、不正をして輸出禁止国へ
 渡している・・この問題点をすり替えている・・真の問
 題点が見えない様にしている。
  まったく争うにしても不誠実なやり方だ。
  そして、また、まったく関係のない韓国が過去に勝っ
 た事例まで持ち出して「真の問題点を見えない様にして
 いる」・・日本の水産物が放射能汚染しているという問
 題である。
  韓国という国は、問題点の解決へ向けて誠実に努力を
 するという行動をとるより・・、
  あれも、これもと、過去の問題まで持ち出して、問題
 に何でもなすり付けて・・広げて行く国である。
  千一夜物語ではないが・・問題が永久に解決しない。
  問題を解決しようとしない国=韓国となっている・・
  因みに、日韓の間でWTOで争ったもののうち、日本
 は13件に勝っていて、敗けたのは1件だけ・・ほとんどに
 日本は勝っている・・
  そのほとんどにおいて、日本が正しい行動をしている
 と認められ、判決されている・・しかし・・
  韓国メディアが誠実に真実を伝えないから、韓国国民
 の方々は誤解を持つ・・すべてに韓国が勝っていると思
 っている・・日本は酷い国だと思っている・・
  韓国メディアは・・
  「韓国、大部分で勝訴」とか、
  「韓国が『判定勝ち』」とか、
  「韓国、大部分勝訴」など・・軒並み真実を見誤る報
 道の仕方をしている・・勝ったように報じる。
  WTO裁決で(韓国は負けたが)大部分で勝ったとは?
  WTO裁決で(韓国は負けたが)判定勝ちをしたとは?
  上記の()部分を伝えない韓国メディア。
  韓国は、微々たる問題で負けたんではない・・とか・・
  手続き上の問題で負けたんではない・・とか・・
  問題点を良く見れば韓国が勝った点が多い・・とか・・
  日本は重要な点の1点に勝利したに過ぎない・・とか・・
  実質的には韓国が勝利している・・とか・・
  韓国が負けたなどと勝敗を争うところではない・・と
 か・・
  争っている部分は微々たる部分だとか・・と何だかん
 だと判決を韓国は受け入れようとしていない。
  はっきり韓国は負けても、逆に、韓国は勝訴だと言い、
  「怒り心頭だ」と苛立つ(いらだつ)韓国となってい
 る。
  日本の担当官は・・
  「WTOの紛争解決で、日本に負けたという『不都合
 な真実』を認めたくない韓国国内向けの強弁だ」と冷静
 に見解を述べている。
  駄々っ子の様な行動をとり続ける韓国となっている。
.
2019年11月2日、鰻(うなぎ)の完全養殖
  『技術の日本』が鰻の完全養殖へ挑む・・
  この日の読売新聞が報じる・・抜粋・・
  マグロの完全養殖に成功した近畿大学水産研究所(和
 歌山県白浜町)は1日、出荷量が減少しているニホンウ
 ナギの完全養殖を目指すと発表した。
  早ければ4年後に、食用のウナギとして試験的に販売し、
 将来は商品化も狙うという。
  同研究所は今年、中断していた養殖ウナギの研究を再
 開し、9月に人工孵化(ふか)に成功した。
  11月1日までに飼育期間は50日に達しており、これらを
 親魚まで育て、産卵させて卵を得るサイクルの確立を目
 指す。
  ウナギの完全養殖は、2010年に水産総合研究センター
 (現:水産研究・教育機構)が成功したが、コストが高
 く商品化には至っていない。
  同研究所は、稚魚が好む餌の開発や効率的な飼育法を
 研究する。
  完全養殖の実験は、同研究所の浦神実験場(同県那智
 勝浦町)が行なう。
  近大は、昨年・2010年に、完全養殖に成功した田中秀
 樹氏を場長に起用した。
  田中氏は、1日の記者会見で「完全養殖を実現して、
 ウナギを安定的に供給できるようにしたい」と抱負を述
 べた。
.
2019年11月18日、元徴用工のこと・・
  日本人は奥ゆかしくておとなしいから、韓国が言う元
 徴用工のことをあからさまに反論しない・・が・・
  本当のことを言えば、可哀想だが、韓国および朝鮮は、
 当時、貧し過ぎるぐらい貧しかった。
  その様な状況であるので、日本へ、韓国・朝鮮の人た
 ちは豊かな日本に来たがっていた。
  また、日本の様な一等国になりたいとしていた。
  そして、多くの韓国・朝鮮の人たちが日本に来た。
  その様な韓国・朝鮮の人たちが、日本には溢れていた。
  その様な韓国・朝鮮の人たちは、日本が、一生懸命、
 韓国・朝鮮の国を良くする努力をしたから良い国になっ
 て行ったが、そして、その様に良くなった国に帰った人
 も多く居たが、日本に残った人たちも多かった。
  その日本に残った方々は、すっかり日本に同化し、今
 では、日本人とすっかり変わらないで、分からないが、
 その様な経過をたどった。
  だから、日本に来て働いた韓国・朝鮮の人たちは、数
 え切れないくらい大勢いた。
  元徴用工と言ったって、日本人を含めて、当時は、職
 業を探すのも、皆が大変だった。
  日本人でさえ、働くところがそうそう無かった。
  元徴用工と言ったって運が良くて仕事に就けたという
 こと・・日本人とて同じ・・仕事に就ければ「ありがた
 かった」・・
  日本は、差別がないから優秀な人は誰でも職業に就け
 た。
  元徴用工が虐げられたというのは嘘。
  皆が、一生懸命、働く時代だった。
  「職業に就けて良かった」という時代だった・・感謝
 する時代だった。
  そして、戦後、戦争の後の復興は大変だった。
  今より数段大変な時代だった。
  この時だって虐げられたなんて言う状態ではない。
  逆に、雇用されれば、助けられて、ありがとうという
 状態だった。
  何を、今さら、隔世の感がある今ごろになって、その
 当時のことが分からない人たちばかりの時代になって、
 今ごろ、虐げられたなんて言い出すのだ。
  それよりも『感謝の言葉』を言うべきだ。
  中国だってそうだ。
  中国が豊かになれば、「民主的になって」「自由な国
 になる」だろうと、中国を国際社会は受け入れて、助け、
 豊かな中国になったと思ったら、手のひらを返して「領
 土拡大主義で、その行動をあからさまにしている」。
  当時、私の家にも、朝鮮の方々が来て、話しを長らく
 して、食事をして帰るというつきあいをしていた。
  その後、その方が、朝鮮に帰ったかどうか?
  帰ったのなら幸せに暮らしているか?・・母は気遣い、
 何度も口にした・・誰でもその様に優しい日本だった。
  差別も無い日本だった。
  今ごろ、元徴用工のことを口に出し、金を出しなさい
 は「言ってはいけないこと」、また、「その様なことは
 言えないこと」。
  基金だ、何だと、韓国は言って、さもあった様に世界
 を騙(だま)す韓国・・その様な世界を騙す行為は止め
 なさい。
  「Hさん(個人名は伏す)元気にしているか?」「幸せ
 な生活をしているか?」「韓国に帰ったのか? 北朝鮮
 に帰ったのか?」と朝鮮に帰ったかもしれないHさんを
 案(あん)じていた母だった。
  ほとんどの日本人が母の様だった。
  韓国よ! 「恩を仇で返す様な行為」は止めなさい。
  日韓議員連盟の議員たちは、変な妥協はしないで下さ
 い・・筋を通して下さい。
  「日本は誠実にやって来たよ」と正論を説いて下さい。
  日韓議員連盟の議員の方々の中には、すっかり日本に
 同化し、日本人とすっかり変わらないで、日本人同様に
 なられた方も多いと思われますが、韓国に良い様にとい
 うことより、真実は何か?という真実を偽(いつわ)らない
 行動をお願いします。
  逆に、日本に救済された徴用工を、悪に仕立てた韓国
 を「たしなめて下さい」。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  https://yumesyakai.blogspot.com/
.
  (追伸)
  中国・人民元は、世界の通貨覇権を狙っている。
  アメリカ・ドルへの挑戦をし始めた。
  しかし、実態はただの紙切れの人民元・・
  その裏付けを保証するものは何もない。
  それは、実体のない通貨=人民元の身分不相応な振る
 舞い。
  何故? こんな大間違いが起きたのか?
  その中国・人民元の振る舞いの初めには、ウォール街
 の行なった間違いがあった。
  ウォール街は、中国を一時的に大いに助け、そして、
 援助し、そして、ウォールは大いに儲けた。
  アメリカの歴代政権も、「それはウィンウィンだ」と
 勘違いして、大いに進めさせた。
  そして、アジア・・
  アジアで大きな経済的影響力を持つ華僑・・
  この華僑と中国を刺戟させて心身を興奮させないよう
 にという政策がとられた・・これに固執し、続けられた。
  しかし、今、この間違いが、とんでもないことになる
 という事態が発生している・・、
  この様な事態は看過できない、見過ごせないと、何と
 かしなければという行動が・・とられ始めた。
  トランプ・アメリカ大統領は、中国・習近平のアキレ
 ス腱を撞く(つく)行動をとり始めた。
  その目標は、当然、「紙きれの中国・人民元に通貨覇
 権を絶対に握らせない」というところにある。
  高関税に始まり、金融戦争が始まる。
  例え、通商が犠牲になっても「国家の安全保障が大切
 だ」という理念がある。
  中国を甘やかせた最大のポイントは、人民元が変動相
 場制が通常なのに、その状態になっていないことにある。
  中国・人民元は変動相場制に移行させるべきだ・・そ
 れが当然だ・・
  (日本は、堂々と、変動相場制に移行した)・・
  この図体ばかりが大きい中国は、変動相場制が恐怖で、
 逃げ回ってばかりいる・・
  アメリカの保護下に居た・・しかし、そのアメリカを、
 身分不相応に食い始めた。
  今、中国は、ドルが枯渇している・・
  外貨準備も激減している・・
  資金が中国から逃げ、ますます、余計に、中国・人民
 元の裏付けが無くなっている・・
  それに、不動産バブルが崩壊し・・空室ばかり・・株
 安も起きるという災禍・わざわいの中国となっている。
  直接投資が激減している・・貿易も、事実上、赤字と
 なっている・・もう中国の時代は終わった・・明らかに
 ASEANへ移行している。
  異常な二桁の軍拡で作られた景気・・そして、人民元
 札の増発で、景気を煽るという嘘が「ばれ始めた」・・
  知的財産権無視で次世代技術を盗取し、軍事などへ転
 用して来た。
  アメリカのトランプ政権は、ファーウェイやZTEを
 阻止し、スパイ摘発をしている・・
  また、企業買収を止めさせ、拠点買収を阻止している。
  もう中国は、変動相場制へ移行させねばならない・・
  そんな最恵国待遇の特待席には、いつまでも置いてお
 けない。
  有頂天でやっている「一帯一路」は、当然、しぼんで
 行く・・
  世界の工場と言われた中国の生産拠点も「存在意義が
 無くなった」・・獅子身中の虫に成り下がった。
  中国の政治形態が変わり、真からの自由な経済社会に
 ならないのなら・・消えゆくのみ・・
  中国が生き残る道は、真からの自由経済社会と民主主
 義国家への道・・
  AIの熾烈な戦いが繰り広げられる戦国時代の後に、
 その様な社会が来る。
  少数の者が牛耳る監視社会が、多くの奴隷的農民層を
 使うという一時代前の形態の中国社会が生き残れるはず
 はない・・
  そして、中国がやれると思っている方法、したいと思
 っている方法は・・
  二国間の人民元の取引の拡大・・
  その方法で、世界通貨の米ドルの国際社会に挑戦しよ
 うとしている。
  中国とA国が中国・人民元で貿易を拡大し・・
  また、別に中国とB国が中国・人民元で貿易を拡大す
 れば・・一帯一路であらゆる国々と貿易拡大して行けば、
 A国とB国も相互に人民元で貿易が拡大していけると考
 えている。
  米ドルの世界通貨圏で貿易が繁栄している様に、人民
 元の通用圏を拡大し、繁栄しようとしている。
  米ドル世界通貨に対峙したいとしている。
  だから、仕切りに中国は以前から「二国間交渉」を主
 張して来ている。

(増補版)665E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年2月~1897年2月)

2019-11-13 04:38:16 | 日記
題:(増補版)665E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年2月~1897年2月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
 ☆真実の歴史を知ることは、国際社会をより公正なもの
  にする。
  そして、その公正な社会の達成で、人々の、また、皆
  様の、そして、人間の幸福を創造していく力ともなる。
  世界に真実を公表していく事は、真にやるべき大切な
  こと・・
  そして、総べての真実を議論してこそ民主主義が達成
  される。
 ☆過去を忘れたら「歴史」は蛮行を繰り返す。
 ☆中国と韓国は隣の国・・引っ越しの出来ない隣の国・・
  だからこそ、正しいことを言って正しい関係を作らな
  ければならない。
  卑劣なねじ曲げ発言に躊躇(ちゅうちょ)してはなら
  ない・・正しいことを教えてあげねばならない。
  また、中国・韓国は、隣国・日本の立場を理解するこ
  とにつとめなければならない。
 ☆国際社会は、中国へ民主化を強く求めなければならな
  い・・民の選択を受けない指導者たち・・民主化が達
  成できない国=中国・・
 ☆九段線否定の国連決議をするべきだ。
.
1897年2月15日、衆議院議員・望月右内が、鉄道敷設法改正
 案を第10回帝国議会に提出した。
  鉄道建設費調達の公債募集その他・・この法案は未成
  立だった。
.
1897年2月15日、京都鉄道の二条駅~嵯峨駅(現:嵯峨嵐山
 駅)間が開通し、同時に開業する。
  1893年に、民営鉄道の京都鉄道が設立された。
   現在の山陰本線のうち、嵯峨野線の区間に相当する
   路線を建設し、運営した。
  日本海側の主要都市である舞鶴市までの鉄道敷設が課
 題となり、そこで、田中源太郎、浜岡光哲らが発起人と
 なって、京都から舞鶴までの鉄路敷設を目的に会社が設
 立された。
  1895年、京都駅から綾部を経て、舞鶴に至る鉄道免許
   を受けた。
   断崖絶壁に線路を通し、トンネル8箇所、橋梁は50箇
   所を越える保津峡の難工事も苦心の末・・
  1900年、京都駅~園部駅間が開業した。
   しかし、園部駅以北は、資金難のため、工事が遅々
   として進まなかった。
  1902年4月、政府は、舞鶴鎮守府開庁と共に、京都から
   舞鶴へ通じる鉄道建設が国策遂行上重要として・・
  1902年4月、未成部分の京都鉄道の鉄道免許を取り消し、
   政府自らの手で京都から舞鶴へ通じる鉄道の建設を
   開始した。
  1904年、官設で、福知山駅~綾部駅~新舞鶴駅(現:
   東舞鶴駅)間と支線が開通し、阪鶴鉄道に貸与され
   て開業した。
.
1897年2月16日、摂津鉄道が、阪鶴鉄道に買収され、引渡し
 が完了した。
  1891年、川辺馬車鉄道会社が、この年に開業した尼崎
   ~伊丹間の馬車鉄道を、池田(川西池田)まで延伸
   して、軽便鉄道化した(摂津鉄道)
  1892年、川辺馬車鉄道が解散した。
  1893年3月、伊丹駅~池田駅間の延伸工事を開始する。
  1893年12月12日、尼崎駅~長洲駅~伊丹駅~池田駅で
   開業する。
   舞鶴への軍事的重要性により摂津鉄道もその建設の
   一社として組み込まれた。
.
1897年2月18日、朝鮮の一部大臣や官吏たちが、軟禁状態の
 国王・高宗に還宮を迫る。
  ロシアの参謀本部大佐・公使館付武官プチャータから
 国王警護の保証を得てから(ロシア側は、朝鮮側にこれ
 に関する道義的保証を与えることになっていた)、国王
 に還宮を迫った。
  2月19日の翌日に還宮が迫るという勅令が出され、翌日、
 それが行われた。
  ただし、国王が戻ったのは、昌徳宮ではなく、ロシア
 公使館付近にある慶運宮であった。
  (参考)昌徳宮:しょうとくきゅう、ソウルにある李
     氏朝鮮の王族の宮殿。
  (参考)慶運宮:トクスグン、ソウルにある李氏朝鮮
     の宮殿・・第9代国王・成宗の実兄の月山大君の
     邸宅。
  (参考)景福宮:けいふくきゅう、李氏朝鮮王朝の王
     宮、ソウルにある。敷地の一部に大統領宮廷(
     青瓦台)が置かれている。
  (参考)これより先、ロシア公使館に「播遷(はせん、
     遠くさらうこと)」されていた国王は、独立協
     会などの「還宮」要請をうけて1897年2月、王妃
     が殺害された景福宮ではなく、英米露公使館に
     近い、別宮の慶雲宮へ「還宮(キョンウングン)」
     し、そこを正宮とした。
  これを契機に君主を皇帝と称する問題が浮上した。
  官僚と儒者が皇帝と称すべきことを建言したので、国
 王・高宗は、年号を光武(クワンム)としたのについで、
 1897年10月、皇帝即位式を挙行し、国号を大韓帝国(韓
 国)とあらためた。
  中国皇帝をはじめ各国君主と同格の独立国の元首であ
 ることを宣言した。
.
1897年2月20日、李氏朝鮮国王・高宗が、慶運宮に還宮(元
 の宮へ戻る)した。
.
1897年2月21日、讃岐鉄道の丸亀駅~高松駅間が開通し、高
 松駅~琴平駅間に直通列車(40分等間隔)運転が実施され
 た。
  香川県の多度津において、回船問屋の大隅屋を経営し
 ていた景山甚右衛門が、上京し、鉄道を見たときに地元
 にも鉄道を敷く必要があると決断した。
  そして、多度津駅の近くの多度津港から、金刀比羅宮
 へ向かう参拝客の輸送を目的にして讃岐鉄道を設立した。
  発起人に、計画に協力した香川県議会議員の大久保諶
 之丞もいた。
  1887年、私設鉄道条例によって申請をし・・1887年7月
   11日に仮免許状が下付された(丸亀駅~多度津駅~
   琴平駅)
  1888年2月、本社が多度津に置かれて会社が設立された。
  1888年4月、起工した。
  1889年5月23日、丸亀駅~多度津駅~琴平駅間を開業
  (四国で2番目の開業)そして・・
  1897年2月21日、高松駅までが延伸され、高松駅~丸亀
   駅間が開業した。
  1904年、山陽鉄道に買収され、合併したことにより会
   社は解散・・
  1906年、鉄道国有法に基づいて国有化された。
  1910年、宇高連絡船が開業した。
.
1897年2月25日、日本鉄道の磐城線水戸駅~平駅間が開通し
 た。
  平は、1966年にいわき市となったが、これまでは、駅
 名も平駅(たいらえき)だった・・そして・・
  1897年2月25日のこの日、磐城線の水戸駅と平駅間が開
   業すると同時に、平駅として開設された。
  1897年8月29日、平駅と久ノ浜駅間が延伸されて開業さ
   れ、平駅は途中駅となった。
  1906年11月1日、国有化される。
  1909年10月12日、線路名称制定により常磐線の所属に
   なる。
.
1897年2月25日、日本鉄道の宇都宮駅~片岡駅間の線路変更
 工事が完成し、岡本駅~氏家駅経由新線が開通した。
  これによって、古田駅~長久保駅経由線は廃止された。
.
1897年2月27日、日本人のハワイ移民の665人のうち463人が
 手続きが不備だとされ、また、その他の理由などを言わ
 れて上陸を拒否される・・この件に関し日本は正当に抗
 議した。
 ・・経緯・・
  1830年頃より、サトウキビ畑や製糖工場の労働力確保
   のため移民による労働力を得る方策が行われた。
  1835年、サトウキビを輸出品と捉え、大規模生産をし
   て輸出しようとする動きが出た。
  1839年、ハワイ王国が「権利宣言」を公布した。
  1840年10月8日、ハワイ王国憲法が公布され、立憲君主
   制を成立させた・・諸外国間で独立承認が進められ
   た。
  1842年、アメリカ大統領のジョン・タイラーも、ハワ
   イ王国を独立国として承認した。
  1843年2月、イギリス軍艦がハワイのホノルル港に入り
   威圧的な行動をした。
   ハワイ国王のカメハメハ3世と強行会談が行われ、臨
   時政府が成立させられた・・ハワイ政庁にイギリス
   国旗が掲揚させられた・・アメリカとフランスの動
   きから、この臨時政府は短命に終わった。
  1843年7月、ハワイ王国の主権が成立し戻った。
   その後、アメリカ・イギリス・フランスの干渉が酷
   かった・・が、解決し、イギリスとフランスの承認
   も得られた。
   しかし、アメリカ・ヨーロッパによるハワイ王国内
   での政治的発言は多く、強められて行く。
  1844年、ハワイへ帰化するからとの屁理屈で、ハワイ
   政府の要職へ着任することを認めさせられる。
  1845年、要職着任が基本法として成立して、立法議会
   が開かせられた。
   ハワイの慣習や考え方なども変えさせられ、土地の
   所有のハワイの習慣についても変えさせられた。
  1849年、アメリカ国内のジャーナリズムが、「ハワイ
   を併合して、ハワイ州とせよ」と主張し始めた。
  1850年、外国人による土地私有が認められた。
   白人外国人の投資家がハワイ各地を買収し確保し、
   サトウキビ農場が設立された・・これが一大産業と
   なり急成長して行く。
   (クレアナ法が制定されて、外国人が土地を持てる
   ようになる)・・そして・・
   (なんと!この12年後の1862年には、ハワイ諸島の
   75パーセントが外国人所有となる・・この為、元々
   ハワイに居たハワイ人の方々の生活基盤は失われた・・
   国が乗っ取られた状態になってしまった)
  1852年、ハワイ憲法が改正させられ、新しい憲法・・
   欧米に都合の良いハワイ王国憲法が成立した。
   ハワイの慣習や考え方などががらりと変えさせられ、
   土地の所有についても一変した。
  1852年、「ハワイを併合してハワイ州とせよ」との法
   案がアメリカ議会に提出された。
   この年、ハワイ王国のカメハメハ4世が王位に就いた。
  1852年、中国人労働者が来はじめる。
   中国人労働者のハワイ定着率は悪かった。
   サトウキビ労働者から離れ、商売を始めたりした。
   この様な行為をする中国人は非難を受けた・・中国
   人労働者の受入れ数を制限し始める。
  1855円頃、ハワイ王国政府内に、アメリカ系、イギリ
   ス系、ハワイ王国系の政治グループが居るという状
   況となった。
   (アメリカとイギリスによる政治の乗っ取り・参画・・
   そして、互いに対立をし合うという卑劣な状況)
   アメリカ国内の実業家たちが、アメリカ世論を動か
   して、ハワイを併合させようとする動きをする状況
   が見られた。
  1860年代に入ると、アメリカから金儲けに目がくらん
   だ者たちの参入が加速した。
  1860年、ハワイ王国は藁をもつかむ気持ちで宗教にす
   がる・・キリスト教の「ハワイアン改革カトリック
   教」を設立する・・そして、イングランド国教会の
   聖職者を招く・・列強関係との対等の地位を保ちた
   いという切ない行為であった・・イギリスのヴィク
   トリア女王を教母として祭り上げた。
  1862年、ほとんどのハワイの土地が外国人所有となる・・
   75パーセントが外国人所有の土地となる。
   そして、この年、アルバート王子が死去する。
   アルバート王子は、カメハメハ4世の最初の、そして、
   たった一人の息子・王子だった・・そして、また・・
   その翌年・・
  1863年11月、ハワイ王国の国王・カメハメハ4世が死去
   した・・
   連続的な死はクエスチョンであった・・
   王位は、兄が承継し、カメハメハ5世として即位した。
  1864年8月、ハワイ王国憲法という新しい憲法を公布し
   た・・
   王が親英政策であるため、アメリカは、ハワイがイ
   ギリスに傾斜することを恐れた・・アメリカは、秘
   密裏にハワイ王国を併合する計画を進めた。
   また、不思議に・・1860年代のこの年代には、多く
   のハワイのハワイ人の方々が感染症のため亡くなっ
   た・・ハワイ人の方々に感染症予防の免疫が無かっ
   たとされた。
  1868年からの日本の移民が開始された。
  1871年8月、日本とハワイ王国との間に、日布修好通商
   条約が締結された。
  1872年、不思議な事に、次の王位継承者を指名するこ
   となしにカメハメハ5世が急死した・・ルナリロ王へ・・
  1873年1月、ルナリロ王が即位する。
   後継の使命が無かったので・・選挙によって親米派
   のルナリロが王位継承者となって親米的な政治を行
   う・・閣僚にアメリカ人を採用したり、親米政策を
   実行した・・アルコール依存症になっていた・・
   しかし、やはり、在位わずか1年1ヶ月で、次の王位
   継承者を指名することなく亡くなった・・
  1874年2月13日、デイヴィッド・カラカウアが王位を継
   承し即位する・・
   再び、選挙によって保守で、親日のカラカウア王が
   即位した・・しかし、この時は、すでに時遅しで、
   政権は傀儡政権となっていた。
   この王は、即位後、後継者の指名をして前の失敗を
   繰り返さない様にした。
  1876年、関税が撤廃され、世界有数のサトウキビ輸出
   が盛んになった。
   カラカウア王が、アメリカを訪れ貿易関税撤廃相互
   条約(米布互恵条約)を締結する・・
   しかし、この条約の中に、ハワイのいかなる領土も
   アメリカ以外の他国に譲渡せず、貸与せず、特権も
   与えないという条項も取り決められていた。
  1881年、カラカウア王が、幼なじみだという白人を伴
   い世界一周旅行を「お忍び」で行う・・約10ヶ月間
   の旅行だった・・
   日本にも来た・・そして、姪の王位継承者のカイウ
   ラニ王女と、日本の皇族の山階宮定磨王(後の東伏
   見宮依仁親王)との縁談の話を希望した・・非常に
   熱心にこの話が進められた・・心中ではアメリカの
   策謀に悩まれていたのだろう・・日本に救済を求め
   る合図だった・・
  1887年11月、米布互恵条約の更新が行われる。
   この時の条件として「より大きな高次元な益を求め
   る」として「真珠湾のアメリカによる独占使用権」
   が条件にさせられた。
   もう、これは、ハワイ王国の部分的乗っ取りだった・・
   カラカウア王もリリウオカラニ王女も反対だった。
   しかし、アメリカ上院は強硬だった。
  1887年、ハワイ王国の野党によって怪しげな秘密結社
   が結成され、怪しげな動きが始まった。
   新憲法の採択を王に要求した・・この陰謀組織は、
   白人市民義勇軍と結託していた・・
   王は、内閣の解散で抵抗した・・これが成功したか
   に見えたが・・後に、この秘密結社がこの新憲法草
   案を王に承認させた・・
   1887年7月に採択されてしまった(1887年憲法)・・
   この憲法は「銃剣憲法」と言われた・・威嚇のもと
   に強制的に調印させられた憲法だった。
   数々の不公正があり、欧米系の富裕層のみに選挙権
   があるという憲法内容の不公正な状況・・
   この憲法によって、完全にハワイの政治的権力を手
   に入れた欧米系諸国だった。
   ハワイ王の王権も制限させられていた。
  1889年、ハワイ王国の軍人らが、あまりにもの不正さ
   に抵抗するが失敗した・・武力差があって敗けると
   分かっていての反抗だった・・正義の主張だった・・
  1890年、ハワイの砂糖により打撃を受けていたアメリ
   カ国内の製糖業を助けるため、アメリカの関税法が
   改正された・・
   ハワイの製糖業は大打撃を受ける・・ハワイ経済は
   深刻な不況となる。
   ハワイの製糖業を経営していたアメリカ人は、この
   状況に不満を持った・・
   ハワイを、アメリカの保護領にするしかないという
   考えを持ち始める・・そして・・その翌年・・
  1891年1月20日、カラカウア王が、サンフランシスコで
   死去した・・
   リリウオカラニ王女が王位に就いた。
   リリウオカラニ王女が指名した閣僚は入閣すること
   を承諾しなかった・・承諾できる状況ではなかった・・
   内閣が機能しない事態に陥った。
  1892年11月、ようやく組閣の為の閣僚承認がなされて
   政治危機を脱することができた。
   問題は山積みされていた・・
   リリウオカラニ王女はアヘンの売買についての政策
   を打ち出した・・これに対し、アメリカ系白人から
   批判が噴出した。
   1864年憲法によってハワイ王の権力が剥奪されてい
   る問題もあった。
   こうした動きにアメリカは危機感を持った。
   アメリカの駐ハワイ公使ジョン・L・スティーブン
   スは、ハワイ王国の転覆と暫定政府の樹立を計画し
   た。
   すでに、1892年春には、親米派による「併合クラブ」
   という秘密結社が出来ていた。
  1893年1月14日、ハワイ公使と息の合っている者たちら
   の呼びかけにより怪しげな組織がつくられ、集会を
   開こうとしていた・・これに対し、王党派は「反逆
   罪の適用」を検討した。
   この混乱を収めるための「リリウオカラニ王女によ
   る新憲法」を作らせてはならないという状況になっ
   た・・混乱が起き・・リリウオカラニ王女は宮殿外
   に待機する群衆に向かって、憲法の施行はしばらく
   延期すると発表した。
  1893年1月16日、怪しげな組織の指導者・サーストンは
   王女を糾弾した。
   駐米ハワイ公使は「ホノルルの非常事態だ」として
   「アメリカ人の生命および財産の安全確保のため海
   兵隊の上陸を要請する」と通達した。
   午後5時、アメリカ海兵隊が武装して上陸した。
   アメリカによる武力行使が行なわれた・・
  1893年1月17日、新政府樹立の準備のため、判事が辞任
   した・・
   午後2時、政府庁舎に「公安委員会」一同が集結する・・
   すると、ハワイ王国の終結が宣言されて、暫定政府
   の樹立が宣言された。
   ハワイ王国の政府庁舎や公文書館が占拠された・・
   戒厳令が布かれた・・
   そして、各国の外交使節団やリリウオカラニ王女に
   対して暫定政府が樹立されたことが伝えられた。
   リリウオカラニ王女は、特使を派遣して、アメリカ
   が暫定政府を承認しないように求めた。
   しかし、「暫定政府は承認された」とアメリカは回
   答した。
   また、アメリカは、「ハワイ王国の存在は承認しな
   い」と回答した。
   リリウオカラニ王女は、「反逆行為のすべてに対し
   て、ここに厳重な抗議をします」と長い声明文を送
   付した。
  1893年2月1日、ハワイ政府庁舎に星条旗が掲揚された。
   後に、アメリカのクリーブランド大統領は、この様
   な過激な行動をとるべき理由は何も存在しなかった
   ことを表明し、一外交官が軍隊を上陸させて有効な
   政府を倒す手助けをしたことが大統領に報告され、
   ハワイ政庁の星条旗を下ろさせ、アメリカ海兵隊を
   船に戻すようにとの指示がなされた。
   クリーブランド大統領は、この様な行動を「ホノル
   ルの無法な占拠」と批判した・・そして、公使を更
   迭することを決定した。
   新しい駐米ハワイ公使は、リリウオカラニ王女の女
   王復位と暫定政府の取り消しを模索した。
  1893年4月、日本は、ハワイ王国と改正条約を締結して
   いた・・
   日本は、ハワイ王国を対等の国として認めていた。
  1893年11月、日本は、アメリカのハワイ併合の動きを
   止めさせるため、この時、邦人保護のため、東郷平
   八郎が率いる巡洋艦と他2隻をハワイに派遣した・・
   そして、ハワイのホノルル港に入り、抗議の停泊を
   行なった・・そして、クーデター勢力を威嚇した・・
   この時、米国軍艦も3隻が停泊中だった。
   この日本の行動を女王を支持するハワイの方々は涙
   を流して歓喜した。
  1893年12月20日、アメリカの新公使は、「リリウオカ
   ラニ王女を正式なハワイの統治者であることを認め、
   現地位と権力のすべてから退くこと」とクリーブラ
   ンド大統領のメッセージを伝えた・・しかし・・
  1893年12月23日、「過ちがあったのはアメリカ政府の
   機関であり、暫定政府とは無関係である・・クリー
   ブランド政権の要求は内政干渉である」との声明が
   ハワイ暫定政府から発せられた・・
   さらに、暫定政府を恒久的な政府として運営するた
   め、「ハワイ共和国」と改称された。
  1894年3月、日本は軍艦を撤収することを決めた。
   牽制という一定の目的は果たしたが、親日的なハワ
   イ王国政府を復活させるという目的は果たせなかっ
   た。
  1894年7月4日、新憲法の発布がなされ、ハワイ共和国
   という新国家が成立したと宣言がなされた。
   ハワイ共和国の大統領には、サンフォード・ドール
   が就任した(ハワイ共和国の最初で最後の大統領)
   ハワイ共和国憲法は、まったくアメリカの憲法と極
   似だった・・ただ、東洋人から選挙権を剥奪し、市
   民権も与えなかった・・そして、公職からも追放し
   た・・白人の優越・優遇がなされていた。
   この様な事態に、ハワイの王党派は日本に援助を求
   めた。
   駐日ハワイ公使は、日布修好通商条約の有効性と対
   等化を求めた。
   日本は、1893年4月にハワイ王国と改正条約を締結し
   ていた・・日本は、ハワイ王国を対等の国として認
   めていた。
   日本は、アメリカのハワイ併合の動きを止めさせる
   ため、1893年11月、邦人保護のため東郷平八郎が率
   いる巡洋艦と他2隻をハワイに派遣した・・そして、
   ハワイのホノルル港に入り、停泊させた・・クーデ
   ター勢力を威嚇した・・この時、米国軍艦も3隻が停
   泊中だった。
   この行動を女王を支持するハワイの方々は涙を流し
   て歓喜した。
   翌年、日本は、軍艦「浪速」を「高千穂」に交替さ
   せたりした。
   1894年3月、日本は軍艦を撤収することを決めた。
  1895年1月6日、王政復古を目ざして、ハワイの方々が
   武装して蜂起した・・ワイキキでの衝突が発端だっ
   た・・強権によって2週間後に鎮圧された。  
   リリウオカラニ王女は、この件に関与していなかっ
   たが、黙っていたことが問題視された・・そして・・
  1895年1月16日、弾薬や銃器を隠し持っていたという理
   由で、リリウオカラニ王女は、他の王族と共に反逆
   罪によって逮捕された・・
   アメリカ人だって机の引き出しに銃器を持っている
   だろうに・・物置の奥の棚の上に銃器を置いている
   だろうに・・
   リリウオカラニ王女は自由が剥奪された・・イオラ
   ニ宮殿に閉じ込められた。
   この蜂起で多くのハワイ人の方々が虐殺された。
  1895年1月22日、リリウオカラニ王女は、約200名のハ
   ワイ人の方々の命を救うため、王位の請求はしない
   とした・・断念した。
   そして、今後はハワイ共和国へ忠誠を誓い、一般市
   民として生きることを宣言書に署名させられた。
   ハワイ王国の存立することの断念である。
  1895年2月27日、リリウオカラニ王女が反乱に加担した
   として5年間の重労働と5000ドルの罰金の判決がなさ
   れた(アメリカは、この様な『不法な裁判』は歴史
   上よくやる・・裁判をやれば正義だとする・・公正
   に運営されない裁判が正義か?・・そんな訳はない)
  1895年9月6日、リリウオカラニ王女が釈放される。
  1897年2月27日、日本人のハワイ移民の665人のうち463
   人が手続きが不備だとされ、また、その他の理由な
   どとされて上陸を拒否された。
   これは、日本人移民による人口増加と、それに伴う
   日本政府の影響力増大への警戒や、アメリカによる
   ハワイ併合問題・思惑がからんで複雑に展開した。
   1897年5月、日本は、軍艦をもって抗議行動をした。
   1898年8月、ハワイに出来た政府から日本へ賠償金が
   支払われ、非が認められ、この様な事がなされた。
  1898年3月16日、ハワイ併合のアメリカ議会での議案が
   アメリカ議会に出された。
  1898年6月15日、ハワイ併合の議案がアメリカ下院を通
   過し、
   1898年7月6日にはアメリカ上院を通過し、
   1898年7月7日に、マッキンリー大統領が署名し、ハ
   ワイはアメリカに併合されてしまった。
   日本は、抗議をした。
   アメリカの法律である中国人排斥法が適用された。
  1898年8月12日、アメリカのハワイ編入宣言がなされた。
   正午にハワイ国旗が降ろされ、星条旗がイオラニ宮
   殿に掲揚された。
   アメリカの準州としての扱いを受けることになった。
  1902年にはサトウキビ労働者の70パーセントは日本人
   移民だった。  
  1924年、排日移民法が成立した。
   この時まで約22万人の日本人がハワイへ行っている。
  1993年11月、アメリカ合衆国議会は、ハワイ併合に至
   る過程が違法だったと認め、公式に謝罪する両院合
   同決議を採択した。
.
  (今日の言葉)
.
  題:1993年11月、アメリカ合衆国議会は、ハワイ併合に至る過程が違法だったと認め、公式に謝罪する両院合同決議を採択した。
    日本の抗議行動は正しかった。
.
紀元前2000年頃〜紀元前12世紀、古代ギリシャのミケーネ
 時代
  古代ギリシャ人の歴史は、インド・ヨーロッパ語族の
 大移動の一環としてアカイア人とイオニア人がギリシャ
 半島に南下して来たことに始まる。
  彼らは、紀元前1600年頃より、ホメーロスの叙事詩に
 も出て来るミケーネはじめ、強力な王権を中心とした王
 国を、ギリシャ各地に建設、西アジアの諸国とも盛んに
 交流した。
  有名なトロイ戦争が行われたのはこの時代の末期だっ
 た。
.
紀元前12世紀〜紀元前8世紀、古代ギリシャの暗黒時代
  ドーリア人の南下で、ミケーネ時代の諸王国が滅び、
 混乱期が続き・・
  その期間を経て、各地にポリスが成立するまでの時期。
  末期には、ホメーロスの叙事詩や神話体系、アルファ
 ベットができる。
.
紀元前8世紀〜紀元前4世紀、古代ギリシャのポリス時代
  本土のアテネや、スパルタや、コリントなど多数のポ
 リスが形成された・・そのほか、紀元前7世紀末〜紀元前
 6世紀にかけて、黒海や地中海沿岸の各地に多数の植民ポ
 リスが建設された。
  このうち、3度の「ペルシア戦争(紀元前492年〜紀元
 前479年)」を勝ち抜いて・・それ以降は、「古典期ポリ
 ス」の時代と呼ばれ、歴史上最も輝いた時代となった。
  政治面では、アテネを筆頭に、広く古代民主政治が行
 われた。
  文化面では、ペリクレスによって、パルテノン神殿が
 再建され、アテネを中心に、アイスキュロスなどの悲劇
 詩人や喜劇詩人、ヘロドトスやトゥキュディデスなどの
 歴史家、ソクラテスやプラトン、末期にはアリストテレ
 スなどの哲学者が出た。
.
紀元前4世紀〜紀元前146年、古代ギリシャのヘレニズム時
 代
  アレクサンドロス大王の時代から、ギリシャがローマ
 の属州になって、独立を失うまでの時代。
  ギリシャ文化がアジアの文化と融合して「ヘレニズム
 文化」が展開された時代。
     ・
     ・
     ・
1920年、EQ:心の知能指数(こころのちのうしすう、英:
 Emotional Intelligence Quotient、EQ)は、心の知能
  (英: Emotional Intelligence、EI) を測定する指標で
 ある。
  心の知能とは、自己や他者の感情を知覚し、また自分
 の感情をコントロールする知能を指す。
  1920年、コロンビア大学のエドワード・ソーンダイク
 が、他人と付き合う能力を「社会的知性」として取り上
 げた。
  1975年、ハワード・ガードナー が、『The shattered
 mind』を発表し、他者との対話と自己との対話の両方を
 理論化した「多重知能 (MI) 理論」(人には8種類の知
 性のタイプがあるとしたもので、後に、2種類を追加)を
 初めて唱えた。
  ガードナーを始めとする多くの心理学者は、IQテス
 トのような従来からの知性の尺度では、人の認識力を完
 全には捉えきれないと考えている。
.
1932年3月1日、満州国の建国宣言
  今(2019年)、「中国東北部」と称する地域がある。
  「中国東北部」は、中国(中華人民共和国)の東北側
 外縁に存在する地域だという・・
  歴史的に満州(まんしゅう、英語:Manchuria)と呼ば
 れていた地域・・
  ここは、中国がわざわざ「中国東北部」と呼ばせたと
 ころに味噌がある。
  この呼び名にさせた所に中国の「後ろめたさ」がある。
  この地は、今まで「満州人が多く住んで居た」。
  今の中国政権の漢民族が住んで居た地ではない。
  一番ではないが朝鮮民族も居た。
  だから、韓国は、この地域は、かつて朝鮮民族の地だ
 ったと韓国の小学生に教えている。
  この様に、万里の長城の外で、「毛外の地だ」と呼ん
 でいたこの地域が、今では「中国東北部」と呼ぶ・・「
 漢民族の中国の地」となっている。
  中国は、古来より色々な民族が入れ代わり、そして、
 立ち代わり・・
  そして、細かく分かれたりして・・長い歴史を変遷し
 て来た・・
  今、中国政権を取っている漢民族も、元々は、黄河中
 流域に住んでいた民族・・
  万里の長城の外で「化外の地」とされたこの「中国東
 北部」は、荒野ばかりの辺境の地だった・・
  そのこともあって、漢民族(漢人)はこの地を化外の
 地とし、入植をしようとさえしなかった。
  この地が、動き出すのは近年になってであり・・ロシ
 アが南下して来てからである。
  日本は、日露戦争に勝ち、ロシアからこの地を引き継
 ぎ(侵略したのではない)、満州人の多いこの地に「満
 州国」の建国を手伝う・・
  日本は、韓国・朝鮮や、台湾と同じく、この満州にも、
 日本からの資本を投下することによって、鉄道を敷設し
 たり、発電所(社会を建設するためには、また、発展さ
 せるためには、大切な基本中の基本の必須の社会インフ
 ラ)を建設したり・・
  また、近代的な建物など社会インフラ建設をし、社会
 整備した。
  社会環境も変わり・・満州に、中国からの移民が流入
 し始めるとともに、日本からも、荒野の開拓民が移民し
 た。
  人口は5割増となった。
  (参考)1932年3月1日、張景恵、臧式毅、煕洽、馬占
     山の四巨頭と熱河省の湯玉麟、内モンゴルのジ
     ェリム盟長チメトセムピル、ホロンバイル副都
     統の凌陞が委員とする東北行政委員会が、元首
     として清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀を満洲国
     執政とする満洲国の建国を宣言した(元号は大
     同)。
      首都には長春が選ばれ、新京と命名された。
      国務院総理(首相)には鄭孝胥が就任した。
      その後、1934年3月1日には、溥儀が皇帝とし
     て即位し、満洲国は帝政に移行した(元号は康
     徳に改元)。
      国務総理大臣(国務院総理から改称)には鄭
     孝胥(後に張景恵)が就任した。
  (参考)張景恵:ちょうけいけい、遼寧省台安に生ま
     れ、青年期の日清戦争の頃、台安県に武装自衛
     団を組織し、張作霖に帰順した。
      張作霖が清朝に帰順すると、これに従い、奉
     天での治安維持に当たる。
      1911年の辛亥革命では清朝武官の身分であっ
     たので清朝側で戦う。
      清朝が崩壊し、成立した中華民国の奉天都督
     の配下の師団長に任命される。
      袁世凱の死亡後、指導的立場になる。
  (参考)臧式毅:ぞうしきき、中華民国の政治家で、
     また、北京政府、奉天派の軍人。
      1925年9月、江蘇督弁に任命された楊宇霆に随
     って、南京に入り、省署参謀長に任命された。
      1926年12月1日には、張作霖が安国軍総司令に
     推戴されると、公署参議として、奉軍留守司令
     を委ねられている。
      1931年の満州事変時は、和平交渉に中国側で
     携わる。
      1931年12月15日、奉天省長、遼寧の統治を行
     なう。
  (参考)煕洽:きこう、政治家。辛亥革命時に、宗社
     党の清朝復活運動に尽力する。
      また、奉天および吉林省の張学良からの独立
     を宣言したりした。
      満州事変時は、東北辺防軍の駐吉林副司令官
     兼吉林省主席の張作相の吉林における政務を代
     行する。
      そして、吉林省の長官公署の長官ともなる。
  (参考)馬占山:ばせんざん、軍人。張作霖の側近に
     見出され旅団長となり、満州事変時は、張学良
     に黒竜江省政府主席代理を任命される。
      大軍を指揮し、混乱する地域で戦う。
      謝介石の説得に応じて独立政権樹立に参加。
.
1995年7月、ヴェノナ文書が公開される。
  ヴェノナ文書とは・・
  ベノナ計画が、1943年~1980年までの37年間の長期に
 わたって、アメリカ合衆国陸軍情報部(後のNSA/アメ
 リカ国家安全保障局)と、イギリスの情報機関が協力して
 行った「ソ連」と「米国内に多数存在したソ連スパイ」
 との間で有線電信により交信された多数の暗号電文を解
 読する極秘プロジェクトの名称・・
  ヴェノナと表記したり、解読されたファイル群をベノ
 ナ文書と呼称する。
  1995年7月に、これらソビエトスパイの暗号解読文書の
 一部が公開され始め・・
  さらなる公開で、約3000に上る解読文書が公開された。
  この事によって、東京裁判の判決がひっくり返る新事
 実が出て来たりした・・
  また、多くの歴史的見解がひっくり返った。
  アメリカ政府の内部にはソ連・コミンテルンのスパイ
 がうようよといた・・
  (ちなみに、「スパイ防止法」の無い今の日本は、こ
 の当時の様に、日本国内に、スパイが多い状態となって
 いる・・という)
.
2018年1月26日、中国が、北極海でも「一帯一路」、権益拡
 大へ白書発表
  上記の表題の日本経済新聞によると・・
  中国政府は26日、北極海の開発や利用に関する基本政
 策をまとめた「北極政策白書」を初公表した。
  北極海を通る航路を「氷上のシルクロード」と呼び、
 中国主導の広域経済圏構想「一帯一路」と結びつける方
 針を示した。
  地球温暖化で氷が解けており、船舶の通航や資源開発
 が容易になった北極海で権益拡大をめざす。
  海運企業などによると東アジアから欧州にいたる北極
 海経由の航路は、インド洋からスエズ運河を抜ける従来
 ルートに比べて時間が「約3割短縮される」。
  北極海は資源も豊富で、ロシアの都市ヤマルでは液化
 天然ガス(LNG)の生産を2017年末から始めた。
  核抑止の要となる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)
 を搭載した原子力潜水艦を米露の狭間に配備できる軍事
 的な要衝でもあり、中国の関心は強い。
  中国は白書で「北極圏に最も近い国の一つ」と自国を
 位置づけ、経済や環境など幅広い分野で北極の利害関係
 国だと明示した。
  「中国はエネルギーの消費大国であり、北極海航路や
 資源開発は中国経済に大きく影響する」とし、権益確保
 に向けて積極的に関与する方針を示した。
  具体的には、「企業が北極海航路のインフラ建設や商
 業利用に参加することを奨励する」「企業が石油や天然
 ガス、鉱物資源の開発に参加することを支持する」と白
 書に盛り込んだ。
  中国の進出には乱開発や安全保障面の懸念が指摘され
 る。
  孔鉉佑・外務次官は、記者会見で「別のたくらみがあ
 るとか、資源の略奪や環境破壊などの懸念はまったく不
 要だ」と訴えた。
  北極圏に領海や領土を持たないことを考慮し、白書に
 は沿岸国の主権や管轄権を尊重するとも明記した。
  ただ、そのうえで「中国は北極における国際ルールの
 制定に積極的な役割を果たす」との方針を示した。
  北極には、平和利用を定めた南極条約のような国際ル
 ールがまだ整備されていない。
  利用や開発をめぐる国際秩序の形成が今後の課題とな
 っていることが念頭にあるもようだ。
  新たな国際ルールは、米国やロシア、デンマークなど
 8つの北極圏国で構成する「北極評議会」が議論を主導し
 ている。
  中国は13年に日本や韓国などとともにオブザーバーと
 して議論に参加した。
  白書発表は中国の意思をより強く反映する意思表明と
 もいえそうだ。
  中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は、2017年
 に、ロシアやフィンランド、ノルウェー、デンマークな
 ど北極評議会の加盟国の首脳と相次いで会談した。
  「氷上のシルクロード」に言及したこともある。
  北極海の開発について首脳間で協力を呼びかけており、
 関係国との連携強化にも余念がない。以上
  (関連)
  苫小牧港と釧路港が中国化する。
  中国が、北極海航路の開拓のため、苫小牧港と釧路港
 が欲しいと金(中国・人民元)の勢いで手に入れている。
  また、この北海道資産のほか、千歳空港の周りの土地
 も手に入れている。
  また、40万人の中国人(漢民族)を北海道に入れる計
 画でいて、北海道知事は歓迎している。
  東京開催から、マラソンと競歩が、北海道へ移ったの
 もこの動きの中国が関係している。
  また、札幌に中国街を作る予定・・
  日本国民は税金を支払い、この税金を使って北海道を
 良くして来たが、その利便性を手に入れたいとしている。
  北海道には米軍基地がないのも「中国にとって都合が
 良い」という。
  中国は日本に移民し、そして、日本人名となり帰化し
 た人の名で「北海道の土地を買っている」。
  この様な土地が多くあるという。
  オーストラリアのタスマニア島でも同じ様なことを中
 国は行っていて、オーストラリアで問題となっていて、
 また、タスマニア島では、中国からオーストラリアへ帰
 化した元中国人が立候補し、政治に参加しようとした。
  これも、問題となって、事前に、騒がれ落選した。
  しかし、日本は「のほほん」としていて・・日本の北
 海道の場合には、北海道知事が歓迎している様に、すべ
 て「のほほんとしている」。
  中国の世界制覇の下の行動を無視している。
  それとも、それが、中国からの核ミサイルの飛来を避
 ける道だとでも考えているのか?
  国土防衛をしっかり考えない日本に対し・・
  この様な方法で、中国は日本を、順次、手に入れて行
 くだろう・・次は、沖縄だという。
  アイヌが、「歴史の真実を無視して」先住民とされて
 しまったが、これも関係しているという。
  この動きに同調している国政レベルの議員が、菅義偉
 議員だという。
.
2019年10月30日、アメリカ高官が、中国が介入することに
 対して批判した。
  ダライ・ラマの後継者選び・・
  アメリカ国務省のアリス・ウェルズ次官補代行(南・
 中央アジア担当)は10月30日、チベット仏教の最高指導
 者ダライ・ラマ14世の後継者選びに関し、「中国共産党
 による『中国の法や規則に従うべきだ』との主張は意味
 をなさない」とツイッターに投稿した。
  中国政府の介入を批判したもので、中国側の反発は必
 至だ。
  ウェルズ氏はツイッターに「チベットの人々は、他の
 宗教の信者たちと同様に、政府の介入なしに自分たちの
 指導者を選び、崇拝する自由が与えられるべきだ」と書
 き込んだ。
  中国は、ダライ・ラマの後継を選ぶ制度のあり方につ
 いて、決定権が中国政府のみにあるとしており、こうし
 た主張を強くけん制した形だ。(参考:読売新聞)
.
2019年10月30日、イスラエルが、中国の投資を監視するこ
 とにした。
  イスラエル政府は10月30日の治安閣議で、外国からの
 投資内容を審査する委員会の設置を決めた。
  複数の地元メディアによると、イスラエルへの投資を
 加速させている中国に懸念を強めている米国が、中国の
 投資を監視する狙いで設置を要請していた。
  巨大経済圏構想「一帯一路」を掲げる中国は、地中海
 に新たな海上交通路を確保する狙いで、20億ドル(約2200
 億円)を投じてイスラエル北部で港湾建設を進めている。
  2021年に港の運用を開始する予定だ。
  米国のムニューシン財務長官は、委員会設置決定の直
 前にエルサレムでネタニヤフ首相と会談しており、設置
 を要請したとみられる。
  委員会は年内にも作業を開始し、安全保障上の問題の
 有無などを審査する予定だ。(参考:読売新聞)
.
2019年11月1日、日本の研究者が、中国で急に捕まって、拘
 束されている・・中国への渡航を自粛する動きがある。
  北海道大学教授が学術交流で中国へ行ったら拘束され
 た・・以下、読売新聞から・・抜粋・・
  中国・北京で北海道大学の40歳代の日本人男性教授が
 拘束された問題を受け、日本人の中国研究者の間で中国
 渡航を自粛する動きが出ている。
  男性が研究する中国近現代史などの分野で、資料収集
 や中国の研究者らとの交流が中国当局に問題視されかね
 ないと懸念しているためだ。
  日中間の学術交流への影響が広がりつつある。
  拘束された男性と協力して中国現代史に関する研究を
 していた複数の大学教授らは、当面の渡航自粛を申し合
 わせた。
  近く予定していた北京などへの出張は中止する方向だ。
  関係者は「中国当局に痛くもない腹を探られたくない」
 と語る。
  男性は当局からスパイ活動などの疑いをかけられたと
 見られている。
  しかし、男性は知人の研究者に対し、日本の政府機関
 を念頭に「接触してくるところはあるが、お金を貰った
 り関係をつくったりしては駄目だ」と語っていたという。
  この研究者は「男性が日本政府のためにスパイ活動を
 行っていたとは考えられない」と語り、「建国前後の混
 乱など、共産党政権に不都合は歴史資料を収集すると当
 局ににらまれるのではないか」と不安を訴える。
  日本の著名な中国研究者らで作る「新しい日中関係を
 考える研究者の会」(代表幹事=天児慧・早稲田大学名誉
 教授)は10月29日、男性の拘束に「言葉にしがたい衝撃
 を受けた」とする緊急アピールを発表した。
  男性は中国社会科学院近代史研究所の招きで北京を訪
 問したとしている。
  中国外務省の耿爽(グオンシュアン)副報道局長は31
 日の定例記者会見で、訪中する学者や旅行者は歓迎する
 としつつ、「犯罪行為があれば法に基づく処置を受ける
 のは当然だ」と主張した。(参考:読売新聞)
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  https://yumesyakai.blogspot.com/
.
  (追伸)
  元徴用工のこと・・
  日本で儲けたいと給料の良い日本に来て韓国・朝鮮の
 人が、日本で働いて帰った。
  日本の給料が良いから、韓国・朝鮮から密航的に来て、
 捕まった人が、また密航して来るほど日本の給料は良か
 った。
  元徴用工の話は、この様な状況の中に始まる・・
  今ごろになって、韓国が、日本に御礼を言うどころか
 文句を付けている。
  韓国の裁判所は、日本のどこが悪くて判決を出したの
 か? 事実認定を間違っている。
  賠償をする様な事を日本がしたと言う。
  これは、慰安婦問題と同じような韓国のでっち上げだ。
  そもそも問題となる様な事は無いのだ。
  また、例え、韓国の裁判所の判決の様な事はないが、
 あるとしたって、日本と韓国の間には、「この類いの問
 題が生じた場合は、韓国政府が責任をもって解決すると
 なっている」。
  「日本には問題が及ばない」と、国と国の約束で、条
 約として取り決められている。
  だから、今、無理を承知で韓国は、色々とその無理を
 押し通して、日本に言っているが、詳しい事を知らない
 世界の人たちを騙している。
  そして、韓国は、世界の人たちを繰っている。
  世界の人たちは、「日本がおかしいのではないか」と
 世界に思わせ様としている。
  まったく日本に問題のない話しを、何か問題のありそ
 うな話しにしようとしている。
  日本は、また、変な妥協をすると、その妥協が、例え
 小さな妥協であっても、「やっぱり日本がおかしかった
 のか」となる。
  日本は、この様な筋の通らない話しは「突っぱねよ!!」。
  正論だけ言っていなさい。
  慰安婦の時の二の舞はするな!
  また、世界へ理解して貰(もら)う努力をせよ!!
  韓国へ正論を言っても通じない。
  日本に譲歩を求める韓国大統領はおかしい?
  何も悪くない日本に、その説明もしない韓国に、譲歩
 を求める韓国はおかしい?
  韓国は、「得意な引っ掛け」を、日本に対して行って
 いる事になる。
  この様な卑劣なところが、韓国には、昔からある。
  また、「平行線」と表現すること自体もおかしいこと
 なのだ。
  何も問題ない日本に、その問題も説明できない韓国に、
 平行線となる線は無いのだ・・その様な状態の韓国なの
 だ。
  平行線もなにも問題自体が日本に無いのだ。
  また、韓国大統領が「未来志向の話し合いをしたい」
 と言ったって、「日本の問題点の説明もしない韓国に、
 未来を語る資格はない」。
  日本に問題があるというのなら、誠実に日本の問題点
 を説明しなさい。
  「そもそも問題が無いものに、問題があるとした韓国
 の問題を解消しないで、話し合いをしようという論理は
 成立しない」。
  未来志向であろうがなかろうが「その未来の発展の芽
 を摘み取っている韓国の論理を撤回して、その様なデッ
 チアゲを謝罪がなければ、話し合いも何もできる訳はな
 い」。
  この様な韓国の態度を例えるならば・・
  「日本の顔を殴っておいて、日本に謝罪もしないで、
 握手したいと言っている様なもの」。
  「謝罪しないで、未来志向の話し合いをしよう」と言
 っている様なもの。
  韓国は、日本と未来志向の話し合いがしたいならば、
 まず、元徴用工での非礼の謝罪をしなさい。
  韓国に非があるのに、謝罪も、また、反省も示さずに、
 「両国間の懸案が早期に解決するよう、互いに努力しよ
 う」なんて言えるものだ。
  この様な、韓国の世界を誤魔化す態度が、そもそもの
 問題なのだ。
  韓国よ!、誠実になりなさい。
  そして、日本は、あくまで筋を通しなさい。
  変な妥協をしては、世界を誤らせる。
  また、変な誤解を日本は受けてしまう。
  いつもの様にしつこい韓国だが、正論だけをこの件に
 ついては言っていなさい。
  韓国のこの様なおかしさはアメリカには分かって貰っ
 たので、これからは世界に理解してもらう様にしよう。
  この様な不誠実な韓国大統領の「退陣せよの声」が、
 韓国国内に満ちている。
  この様な韓国大統領には、正論だけで応じて下さい。

(増補版)664E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年1月~1897年2月)

2019-11-06 04:34:18 | 日記
題:(増補版)664E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年1月~1897年2月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
 ☆真実の歴史を知ることは、国際社会をより公正なもの
  にする。
  そして、その公正な社会の達成で、人々の、また、皆
  様の、そして、人間の幸福を創造していく力ともなる。
  世界に真実を公表していく事は、真にやるべき大切な
  こと・・
  そして、総べての真実を議論してこそ民主主義が達成
  される。
 ☆過去を忘れたら「歴史」は蛮行を繰り返す。
 ☆中国と韓国は隣の国・・引っ越しの出来ない隣の国・・
  だからこそ、正しいことを言って正しい関係を作らな
  ければならない。
  卑劣なねじ曲げ発言に躊躇(ちゅうちょ)してはなら
  ない・・正しいことを教えてあげねばならない。
  また、中国・韓国は、隣国・日本の立場を理解するこ
  とにつとめなければならない。
 ☆国際社会は、中国へ民主化を強く求めなければならな
  い・・民の選択を受けない指導者たち・・民主化が達
  成できない国=中国・・
.
1897年1月31日、西周(にしあまね)が死去した。
  (1829年~1897年)
  哲学者(日本最初の西洋哲学者)、啓蒙思想家・啓蒙
 学者。幕府開成所教授。東京学士会院会長。東京師範学
 校校長、元老院議官。貴族院勅撰議員。
  1829年3月7日(文政12年2月3日)生まれ
   岩見(いわみ)国(島根県)、津和野藩医の長男(
   父は時義、母はカネ)
    若くして儒学、朱子学を学び、荻生徂徠にも啓発
   された。
  1854年(25歳)ペリーの来航によって蘭学、洋学の必
   要を悟り、専念したく脱藩へ・・
  1857年(28歳)脱藩して蕃書調所に出仕、教授手伝並
   となり・・蘭学を学び、英学を杉田成卿、手塚律蔵
   に学び、英語の発音を中浜万次郎に学んだ。
  1862年(33歳)幕府派遣留学生として、榎本武揚、津
   田真道らとオランダのライデン大学に留学、シモン・
   フィセリングに師事し、邦楽、経済学、統計学など
   を学んだが、J.S.ミルの功利主義や、A.コントの
   実証主義の哲学、および、カントの恒久平和の思想
   に感銘し、共鳴した。
  1865年(36歳)帰国して、開成所教授となり、幕命に
   よって万国公法の翻訳を大成して行く(1868年)・・
  1866年(37歳)大政奉還前後は徳川慶喜の政治顧問と
   もなり京都に行く、私塾も開いて哲学を講義した・・
  1868年(39歳)沼津兵学校頭取となったが・・
  1870年(41歳)明治維新の政府に招かれ、新政府軍部
   官僚となり、近代軍制の整備にあたる・・
    兵部省のちの陸軍省のほか文部省にも勤務し、か
   たわら私塾・育英舎を開いた。
    兵部省・陸軍省での軍制整備では軍人訓誡、軍人
   勅諭の原案の起草に関係する。
  1873年(44歳)福沢諭吉、森有礼、中村正直らと「明
   六社」の設立に参加し、1874年(45歳)明六社を結
   成し活躍した。
    西洋文明や西洋哲学の紹介、啓蒙思想の普及活動
   に努め、尽力し『明六雑誌』に哲学論文を発表した・・
  1874年(45歳)新しい時代の青年を教育するために学
   問全体の統一的理解の必要を感じ、『百一新論』で
   この統一科学の試みを「哲学」と称した。
    彼の哲学はミル、コントの実証主義哲学をモデル
   とし、自然科学の土台の上に社会、人文科学を積み
   重ねる学問体系を志し、これらの諸科学をつなぐ環
   となる原理を物理と心理、学と術、コントの歴史3段
   階説、ミルの帰納法などに求めたが、未完成に終わ
   る。
    のちに人間性論に関心を移して人間論を展開。
    彼は主観、客観、概念、観念、理性、悟性、感性、
   演繹、帰納、定義、命題、実体、属性など多くの哲
   学用語を訳出した。日本近代哲学の父といわれる。
  1880年(51歳)山県有朋の下で軍事政策にも参画し『
   軍人勅諭草案』を著した。
  1897年(明治30年1月31日)歿、69歳。
  著「百一新論(1874年)」「致知啓蒙(1874年)」「
 百学連環」など、訳書に「万国公法(1868年)」「心理
 学(1875年~1876年)」「利学(1877年)」など・・
 「西周全集」全4巻がある。
.
1897年1月、正岡子規が、雑誌「ホトトギス」を創刊した。
  ホトトギスは俳句雑誌で、子規の援助によって柳原極
 堂が、松山に創刊した日本派初の俳誌・・
  1898年10月、発行所を東京に移し、高浜虚子が編集発
 行を担当・・
  子規一派の機関誌として、内藤鳴雪、河東碧梧桐、石
 井露月、佐藤紅緑らを擁し、新聞「日本」の子規選俳句
 欄と並び、日本派興隆の拠点となる。
  1902年、子規の没後、虚子がこれを継承し、碧梧桐は
 「日本俳句」欄を継承し、それぞれ子規の奥義を継いだ。
  しかし、両者の俳句観に対立が生じ、俳壇の中心はし
 だいに碧梧桐選「日本俳句」に移った。
  それとともに、虚子は小説に力を注ぐようになり、「
 ホトトギス」は文芸雑誌化した。
  しかし、碧梧桐の新傾向俳句が変調をし始めると・・
  1912年、虚子は、「ホトトギス」誌上、雑詠欄を復活
 する・・
  そして、反新傾向を標榜し、平明にして余韻ある句を
 唱道し、渡辺水巴、村上鬼城、飯田蛇笏、前田普羅、原
 石鼎が輩出して、大正興隆期を迎えた。
  昭和に入ると、水原秋桜子、山口誓子、阿波野青畝、
 高野素十らのほか、山口青邨、富安風生を擁し、花鳥諷
 詠、写生俳句の提唱に「ホトトギス」の全盛期を形成し
 た。
  さらに、中村草田男、川端茅舎、星野立子、中村汀女
 らの新人を加えて、新興俳句の勃興にも伝統を持って揺
 るぎなく俳壇の王座に君臨した。
  1951年、虚子は、長子・年尾にこれを継承させて・・
  1955年、年尾の没後からは、年尾の二女・稲畑汀子が
 受け継いだ・・
  明治、大正、昭和、平成・令和の五代にわたる最古の
 俳誌としての歴史に輝いている。
  復刻版『ホトトギス(明治期)』全174巻(1973年、日
 本近代文学館)がある。
.
1897年1月、政府が、第10回帝国議会に、多治見駅~岐阜駅
 間、松本駅~高山駅~富山駅間の鉄道を・・
  また、中央線の神奈川駅~八王子駅間を第1期線に加え
 る法律案を提出した。
  前者は、2月24日に衆議院を通過し、3月9日に貴族院を
 通過して、3月13日に法律第6号として公布された。
  後者案は消滅)した。
.
1897年1月、臨時台湾鉄道隊が、台北駅~花蓮港駅~宜蘭駅
 間の東海岸と、東西横断線の埔里社駅~花蓮港駅間の比
 較線の調査を実施した。
  日本は、韓国・朝鮮の鉄道を国じゅう張り巡らし敷設
 したが、台湾も同じように、一生懸命、努力した。
.
1897年2月2日、英照皇太后の御遺体を輸送するため青山(仮)・
 京都間に臨時列車運転した。
  1889年に、皇后陛下、および、皇太后陛下の共用の御
 召車が作られ、1893年には、御料車から外されて貴賓車
 となっていた。
  その車両が、英照皇太后陛下の霊柩車両となった。
.
1897年2月5日、製鉄所官制によって、福岡県八幡村に製鉄
 所の建設が決定した(2月6日説あり)
  この製鉄所官制は、1896年3月に、公布されていた。
  そして、1896年、政府によって候補地が選ばれていた。
  青森、釜石、塩釜、千葉、品川、鶴見、静岡、和歌山、
 尾道、呉、大竹、梅田、大里(門司区)、板櫃(小倉北
 区)、八幡(八幡東区)、大牟田、長崎・・
  各候補地とも誘致活動を展開した。
  その結果、北九州3か所を含む4か所に絞られた。
  呉(広島県)、大里(門司区)、板櫃(小倉北区)、
 八幡(八幡東区)
  洞海湾(八幡)から石炭を入手する若松港の水深が浅
 く、大型船が入港できないとなり、大里が有利な立場に
 なった。
  また、大里は、筑豊炭田を背後に持っていることが有
 利だった・・しかし、葦(アシ)が生い茂る湿地状の土
 地が多かった。
  しかし、陸海の交通の便に優れ、多くの人口も抱え、
 八幡の及ばない好条件を備えていた。
  この時点で、若松築港会社の会長・安川敬一郎は、「
 水深さえ深くすれば八幡は大里に勝る」と確信した。
  政治工作が展開された・・
  旧黒田藩主の金子堅太郎、岩崎弥太郎、渋沢栄一の同
 意を得た。
  そして、渋沢栄一と後の長官の和田維四郎を通じて、
 候補地決定の責任者である大島道太郎と長官の山内堤雲
 への説得を依頼した。
  安川敬一郎のこの様な行動が功を奏し、用地買収担当
 の製鉄所事務次官に八幡出張の辞令が出た。
  八幡村の芳賀種義村長も、村民に対して「八幡村に製
 鉄所を、日本の鉄づくりは八幡から」と説得した。
  そして、100万平方メートルの広大な土地の取得が実現
 し、また、価格も予定の半値の協力を得た・・そして、
 この日の決定を得た。
.
1897年2月9日、浪速鉄道が、関西鉄道へ譲渡して解散した。
.
1897年2月15日、活動写真が登場する。
  1896年、フランスに渡っていた稲畑勝太郎(実業家、
 貴族院議員)が、オーギュスト・リュミエール(エジソ
 ンと並び称せられるフランスの映画発明者)から、2台の
 シネマトグラフ(撮影と英社の機能を持つ)を購入して
 いた。
  1897年、フランスから帰国した稲畑勝太郎は、シネマ
 トグラフの映像を大阪市戎橋(えびすばし)通りの南地
 演舞場で上映した。
  日本初の「映画興行だった」。
  「自動写真」と名付けた。
  1897年3月6日には、東京市の「新居商会」によって、
 神田錦輝館で「電気活動大写真会」と銘打ち、バイタス
 コープが上映された。
.
  (今日の言葉)
.
  題:中国が、インターネット上の空白の「価値創造の世界」に乗り出した。
.
紀元前7万年前、人間の認知能力が、この頃、より向上した。
  (参考)認知:にんち、ある事柄をはっきり認める事。
  (参考)認知考古学:にんちこうこがく・・
     心の進化を研究する進化心理学を取り入れ、遺
     物・遺跡の分析から
      古代人の精神状態を解明しようとする、新し
     い研究分野。
     ・
     ・
     ・
紀元前1000年、人類が、貨幣、帝国、普遍的宗教という想
 像上のものを皆が共有できるようになった。
     ・
     ・
     ・
1526年、インドの北にイスラーム国家が建国された。
  後に、インドの全域を治めた「ムガル」。
  このムガルとは、ペルシア語でモンゴルを意味する「
 ムグール」の発音が変化したもの。
  このインドのムガル帝国は、モンゴル系民族にあたる。
  16世紀初め、アフガニスタンから侵攻したバーブルが
   北インドに建国したイスラーム国家。
  17世紀後半のアウラングゼーブ帝時代に最盛期となり、
   ほぼインド全域を支配した。
    しかし、ヒンドゥー教徒との融和策を廃棄したこ
   とから衰退し、
  18世紀には、イギリス・フランスの侵攻を受けて弱体
   化し、
  1875年に、インド大反乱が起こり、
  1876年の翌年、滅亡した。
  ティムールの5代の孫に当たるバーブルが、インドに開
 いたイスラーム教スンナ派を奉じる王朝。
  バーブルが、ティムール(チンギス=ハンの子孫と称
 していた)の家系につながっていることから、自らをモ
 ンゴル系と称していた。
  ムガル帝国の支配者層は、トルコ=モンゴル系と言え
 る。
  1526年、パーニーパットの戦いでロディー朝を破った
 バーブルがデリーに入り、建国した。
  イスラーム教(スンナ派)を奉じる。
  公用語はペルシア語が用いられた。
  文化面では、デリー=スルタン朝に始まるイスラーム
 文化とインド文化の融合が進み、インド=イスラーム文
 化が開化した。
     ・
     ・
1791年9月3日、フランス革命後のこの年、フランス憲法(
 1791年憲法)が制定され、キリスト教に由来する王権神
 授説を放棄した。
  そして、国王は、「国民の代表者」とし歳費を貰う一
 官吏として規定された。
  しかし、国王は、行政権をもち、内閣閣僚を議会外か
 ら任免することができ、議会の立法権に対し拒否権を持
 っていた。
  議員は、選挙によってえらばれたが、国民の大半を占
 める農民や貧民(受動的市民)は政治から排除され、選
 挙権は無かった。
  後の憲法と異なり、国民投票には付されず、国王の裁
 可によって効力を持った。
  内容は、革命派と反革命派との妥協の産物であった。
  この為、混乱は治まらず・・
  1792年8月10日、チュイルリー宮殿襲撃(8月10日事件)
 が起き、「1791年憲法」は破綻した。
  1789年10月、「ヴェルサイユ行進」(十月事件)以来、
 国王ルイ16世は、オーストリアやスペイン・ブルボン朝
 の宮廷に行動費の援助と列強による支援を要請する一方、
 聖職者民事基本法をめぐる宗教界の紛糾を利用してフラ
 ンス国内を分裂に導こうとした。
  1790年夏、25,000名の反革命の農民ゲリラが組織され、
 国王がリヨンに脱出したら内戦に持ち込もうという計画
 がなされた(リヨンの陰謀)
  1790年、キリスト教聖職者への土地財産の払い下げが
 農民にとって不利な競売方式だったため、農民の不満が
 爆発し、各地での農民一揆となった。
  1790年春から、経済もインフレ状態で、物価高騰で庶
 民の生活は困窮を極めた。
  1790年8月、ナンシー連隊の兵士の反乱となる(ナンシ
 ー事件)・・政治も混乱・・
  1791年6月20日、国王逃亡事件(ヴァレンヌ事件)とな
 る。
  ルイ16世一家がパリを脱出し、
  6月22日、東部国境に近いヴァレンヌで捕まる・・
  亡命だと国民に受け取られ、喧伝される・・
  国王の権威は失墜した・・共和派の台頭と立憲王政の
 成立の見込みが無くなり・・反革命側に居るルイ16世は
 処刑の可能性が高まった・・
  そして、国王を処刑する・・
  その後も続く恐怖政治・・処刑者が続出する状態が続
 いた・・
  1799年のナポレオンによるクーデターまで混乱は続い
 た。
.
1820年、ハワイにアメリカのキリスト教・プロテスタント
 の宣教師団が来訪する。
  この時からアメリカのハワイを奪う行為が始まる。
  そして・・
  1849年、アメリカとハワイが、修好通商条約を締結し・・
  1897年6月16日、アメリカがハワイを併合する・・日本
   が抗議をする。
  そして、今、アメリカ合衆国の一つの州となったハワ
 イ王国の滅亡後の姿がある。
  英語化がなされて、ハワイ語は、今、滅亡の危機にあ
 る。
  文化はおろか、言葉も奪われてしまっている。
.
1830年、インディアン強制移住法
  アメリカ第37代大統領アンドリュー・ジャクソンが、
 インディアン強制移住法によって、約10万人のインディ
 アンの方々を強制的に移住させた。
  先住の民・アメリカ・インディアンの方々が、先祖代々
 の地を、アメリカ白人たちに追われた・・、
  ミシシッピ川の西のオクラホマや、アリゾナなどへ
 強制的に移住させられた。
  白人アメリカ人、キリスト教プロテスタントに、何の
 正義があるというのだ・・追い出す権利があるというの
 だ・・
.
1859年、横浜が開港すると、もうその翌年の1860年には、
 横浜を守る神奈川台場が、神奈川区の海岸部につくられ、
 防御施設を備えて整備された。
  外国船を監視し、迎撃する任務があり、海岸砲台も設
 置された。
  江戸湾には、この他にも品川区に品川台場などあり、
 この様な台場は日本各地に作られた。
  その数は約1000ヵ所ある。
  日本は、しっかりした防衛意識の下に行動していた。
  今・現在の様な体たらくではなかった。
  「戦争が嫌い」でマインドコントロールされ、妻や子
 を守ることさえ放棄している。
  「戦争が嫌い」で防衛行動さえしないで「戦争が起き
 ないなら、誰も苦労はしない」。
  しっかりした防衛体制をとってこそ、「悲惨な戦争を
 避けられる」。
  弱味があれば「いじめっこ」が関わって来るように、
 逆に、戦争を起こされ巻き込まれる。
.
1863年、南北戦争のチャンセラーズヴィルの戦いで、北軍
 のフッカー将軍が、南軍のロバート・E・リー将軍に対し
 て惨めな敗北を喫した。
  このことは、アメリカで、一番知られていることであ
 る・・が・・、
  この北軍のフッカー将軍・・南北戦争に売春婦を連れ
 て行ったことでも有名(従軍慰安婦である)
  (参考)ジョセフ・フッカー(1814年11月13日~1879
     年10月31日)は、アメリカ合衆国の職業軍人で
     あり、南北戦争のときは北軍の少将を務めた。
      フッカーは、南北戦争の全体で従軍し多くの
     実績を挙げたが、1863年のチャンセラーズヴィ
     ルの戦いで大敗北を喫す。
.
1911年12月16日、トーマス・ブレーク・グラバーが死んだ。
  武器商人として幕末の日本で活躍し、暗躍した。
  イギリス人(スコットランド出身)の商人。
  その長崎のグラバーさんが、『牛が食べたい』と言え
 ば、幕府は、牛屠場を、その最適地を探して作って上げ、
 その要望に寄り添った。
  それに対しオーストラリアは、その反対だった。
  オーストラリアの国が出来る前から・・日本はクジラ
 獲りをしてきた。
  そのオーストラリアの国の歴史より古い日本のクジラ
 獲りを「止めろ」とこの国は言った。
  その理由が・・勝手な理由で・・キリスト教では、ク
 ジラは知恵があって、高い地位にいる動物だからだと言
 う。
  カンガルーを殴り殺しているオーストラリア。
  自分のやっている事は、何ら気付かず、正しいという。
  キリスト教は、祭りだと言っては七面鳥を食うが、そ
 れは問題ないのか?
  ヨーロッパの先住民のケルト人は殺すし・・ヨーロッ
 パ大陸から居なくなってしまった・・
  自分たちがやっていることは良いのだと言う・・
  自分たちがやってないことは違和感がある、「だから・・
 やめろ」・・と言う。
  こんな論理が正しいとしている方が「野蛮ではないの
 か?」。
  「その各々に、文化があり、尊重しなければならない」。
  クジラを食べるのも食の文化・・
  牛を食べる文化と同じ・・
  散々、クジラの油が欲しいと、クジラを殺して来たの
 に、急に、手のひらを返したように日本を悪者にした・・
  本音は、牛肉を買ってくれ・・なのだろー・・、
  もっと、正直に、まともに言いなさい・・キリスト教
 の性悪説の様な言い方は止めるべき・・
.
1946年3月31日、終戦の後、日本を占領したアメリカ(GHQ)
 は、日本の国語教育における漢字の学習を廃止し・・
  最終的に、「日本語をローマ字で表記せよ」とする計
 画を持っていた・・
  (参考)1946年3月、アメリカ教育使節団が、GHQ
     の要請で来日し、この日に、その報告を提出し
     ・・その中に、日本の学校教育の漢字の弊害を
     言及した・・
      そして、ローマ字が便利だと馬鹿々々しい浅
     はかな提案をした。
  民主化のためなどと屁理屈の理屈が付けられていた。
  もし、その計画が行われていたら以下の様になる・・
  Doon igigo no kubetsuga konnan ni naru.
  Yotte,hayai dankai de iikae ga fukyu shite ita.
  Kubetuga shiyasui youni,gairaigo no torikomi ga
 susundeita kamo shirenai.
  Meijijidai no doon igigo tairyo seisan wa nakatta.
  まったく馬鹿々々しいのが分かる・・
  ローマ字化と民主化はまったく別の話・・
  また、これで、民主化が進められるとは強引な言い掛
 かり・・
  「煩雑で不合理な文字を使っている=野蛮人=非民主
 的」という強引な論理も展開し、垣間見られた。
  日本の国体の解体と破壊が本音だった。
  そして・・
  こんなに多くの漢字を覚えている訳がないと、この日
 本を占領したアメリカは、日本人を馬鹿にして英語化し
 ようとしていた(アメリカに植民地にされたフィリピン
 の様に・・)
  日本の知識人方は、必死に説明し、理解を求めた。
  そうしたら「テストをしよう」という事になった。
  テストをした結果・・
  ほとんどの人たちが、100点に近い結果となり、アメリ
 カ進駐軍は驚いた・・キリスト教から来る有色人種蔑視
 観もあって、日本人がその様に見られていた。
  日本語は、何万という漢字と、平仮名やカタカナ、そ
 して、アルファベットなども使って意思を記し、伝えて
 いる。
  当然、心の機敏、細やかな意思の伝達ができる。
  それに対して米語や英語は、アルファベットだけ・・
  アルファベットの26文字だけ、そのたった26の文字
 で意思伝達する。
  その意思伝達手段は、順列組み合わせだけで識別性を
 出すしかない。
  日本語の様に表音文字以外にも「何万の表意文字」を
 持つ言葉の様な豊かな伝達は米語・英語にはない・・そ
 の様な芸当はできない。
  頭の中の思考も言葉で行っているので、米語・英語の
 思考は、日本語による思考に及ぶことはできない。
  いくら翻訳機が発達しても日本語の翻訳は「米語・英
 語レベルの翻訳レベルとなる」。
  つまり、米語圏・英語圏の人達は、到底、日本語の奥
 深い領域に分け入ることはできない。
  日本語を学ばない限り、日本語の深さは理解出来ない。
  安易な翻訳で(または、翻訳機で)分かったふりをし
 てはならない。
  その逆の英語の日本語翻訳は「余裕であり」・・アル
 ファベット26文字しか頭にない人たちの領域の総べては
 分かり得る。
  因みに、フィリピンは、独立した後に公用語を米語だ
 けではなく、現地語も公用語に加えた・・
  アメリカの強引な英語化の弊害に泣いている結果だっ
 た。
.
2019年、韓国の本当の声
  韓国の知識人が、とうとう本当の声をあげた。
  「嘘ばかりの韓国の話」を恥ずかしいと思ったのか、
 その真実を言い出した。
  https://www.youtube.com/watch?v=WCxIQCBdj34
  李栄薫(李承晩学堂の校長の話)(1:22:30より)
  李承晩TV視聴者の皆さま、こんにちは・・
  危機の韓国の根源・・反日種族主義
        (日本語翻訳:鈴木喜久子)
  今日の主題は、1910年に、日帝が実施した土地調査事
 業に関することです。
  題名は、「片手にはピストルを、もう一方の手には測
 量器を」、この様に付けてみました。
  1910年、大韓帝国を併合した日帝の朝鮮総督府は、す
 ぐに全国の土地の調査を始めました。
  朝鮮土地調査事業でした。
  1918年まで、8年間実施されたその調査事業のため、韓
 半島全域の土地状態が調査されました。
  お見せしているこの背景の写真は調査事業当時、土地
 調査班が測量をしている場面です。
  土地調査の結果、全国土が約2300万ヘクタールである
 と明らかにされました。
  (本来、自分の国土ぐらい自分たちで測量をして、済
 ませておかなければならない。
  その様な基本的な事までして無かった韓国・朝鮮・・
  日本は、すでに江戸時代に伊能忠敬が測量をしていた)
  そのうち、約486万町歩が人間の生活空間として、田ん
 ぼ、畑、大地、河川、堤防、道路、鉄道用地、貯水池、
 墓地などであり・・
  残り1800万ヘクタールが山地でした。
  1960年代以来、中学・高校の国史教科書は、日帝が行
 なった土地調査事業の目的が、朝鮮の農民の土地を収奪
 するためのものだ・・と書いた。
  そのような目的で実施されたと生徒たちに教えてきま
 した。
  朝鮮の農民の土地を収奪するためのものだ・・と・・
  1960年に、歴史教育学会が作った教科書は、全体のう
 ちの半分が総督府の国有地として収奪されたと教えまし
 た。
  1967年のある教科書は、全国の土地の40%が総督府の
 所有地に収奪されたと書きました。
  当時までは、検認定教科書でした。
  従って書く人によって、教科書によってみな内容が少
 しずつ違っていました。
  1974年から、国定教科書にかわりました。
  以後36年間、2010年まで、韓国史教科書は土地調査事
 業に対して全国の土地40%が総督府の所有地に収奪され
 たと教えました。
  しかし、ところでどの研究者もこの40%という数値を
 証明したことがありません。
  検認定であれ、国定であれ、教科書を書いた歴史学者
 たちが勝手気ままに作り出した数値に過ぎません。
  収奪を強調する必要があり、どの程度の収奪なのか具
 体的に話さなければならず、勝手に作り上げた数値にす
 ぎません。
  ところで、それが歳月が流れるにつれ、不動の真実に
 なってしまいました。
  視聴者の皆様は「おかしい」と考える事でしょう。
  誰も証明したことのない学説と数値をどうやって、1960
 年から数えれば50年もの間、教科書に事実であるかのよ
 うに書き、生徒たちを教えることが出来るのかという事
 です。
  内容をもう少し紹介すると、その教育を受けた大多数
 の国民は記憶している事と思いますが、
  総督府は土地を申告するよう農民たちに申告書を配り
 ました。
  1910年代、農民たちは所有権がなんであるか、意識も
 薄弱で、申告が何であるかも知らない曖昧(あいまい)
 な状態でした。
  文字も分かりませんでした。
  それで申告の期限を平気で破りました。
  そうするとまるで総督府が待ってたとばかりにその土
 地を総督府の所有地(国有地)に没収しそれを東洋拓殖
 株式会社や日本から来た日本の移民に払い下げしたとで
 っち上げて言うのです。
  歴史の授業でこの部分が出ると、教える教師も教わる
 生徒も共に涙を流したと言います。
  あまりに悔しく恨めしかったからです。
  大学の私の講義室で、ある学生が、実際、高校生の時
 その様なことがあったと、経験を私に話してくれました。
  そんなにも世代に渡り、涙で怨(うら)みで共有され
 伝承されて来た事が、この講座を通し私が批判しようと
 する反日種族主義の歴史意識です。
  しかし、異常の内容は「真っ赤な嘘です」。
  1910年代、我々の先祖が申告が何であったのか知らな
 かったとは。
  朝鮮王国500年間、我々の先祖たちは、3年に一度ずつ
 戸籍を申告して来ました。
  今、お見せしているこの背景の画面は、そうやって3年
 に一度ずつ申告されたある家の戸籍の事例です。
  中国・明の国では10年に一度ずつ戸籍を申告しました。
  その次の清の国になってからは戸籍を申告することが
 無くなりました。
  それに比べると我々韓国人は500年間、3年に一度ずつ
 戸籍を申告しました。
  世界で一番申告を訓練された人々です。
  これで、申告が何であったか知らなかったと言えます
 か?
  話にならない荒唐無稽な説です。
  にもかかわらず、その様な説を教科書に平然と書いた
 という事は、その教科書を執筆した歴史学者も無意識の
 中で20世紀初の韓国人を野蛮な最悪レベルに置かれた種
 族として感覚したためです。
  韓国の人々の多数が文字を知らなかったのは事実です。
  (だから、日本が、一生懸命、韓国・朝鮮じゅうに小
 学校や中学校、大学まで作ったのです)
  調査によれば19世紀末、人口の約85パーセントは文盲
 でした。
  (日本は、この時、文盲率はほとんど0パーセントで、
 だから、韓国・朝鮮に学校が必要と感じたのです)
  しかし、村には文字の分かる人がいるものです。
  村には秩序があります。
  私が発掘したものですが、土地調査事業当時の申告書
 を見ると、次の画面がそれです。
  この申告書の筆跡を見ると村単位で同一です。
  つまり、村を代表する人が、村の人々の申告書を代筆
 してあげていたのです。
  それで、我々の歴史教科書は、我々の伝統の村々には
 隣人も居らず、相互扶助の秩序もない野蛮な状態、野蛮
 な村と描写したことになります。
  それもまた、反日種族主義の感覚だったと私は考えま
 す。
  土地の40%が総督府の国有地に収奪されたという「で
 たらめな学説」がこんなにも長い間、50年間、教科書に
 堂々と記述できたのでしょうか?
  少し深く考えてみたら誰もが分かる嘘です。
  我々の先祖たちは、土地を命綱だと考えていました。
  土地人之命脈也といいました。
  土地が人の命脈です。
  どこの誰が自分の命綱が切れるのに黙って放っておく
 でしょうか?
  妻子が飢えてしまうというのに家族が乞食になってし
 まうのに、黙って見ている人がどこに居ますか?
  誰もが決死的に抗戦をします。
  侵略者の力がもとよりあまりにも強暴で、仕方が無か
 ったとしましょう。
  それでも奪われた恨(うら)みだけは忘れずにいつか
 土地を、財産を取り戻そうと機会を伺い待つものです。
  ついに、1945年、解放になりました。
  土地調査事業が終わってわずか27年後です。
  土地を奪われた大部分の人々は、ほとんどが生きてい
 ました。
  土地を奪われた人々は倭族が退却したのだから、土地
 を返してもらおうと叫んで当然でした。
  しかし、誰もその様に叫んだ人は居ませんでした。
  土地台帳を保管している全国の郡庁と裁判所のどこに
 もそのような騒ぎが請願として起こりませんでした。
  全国の農地の40%も奪われたのにどうしたんでしょう
 か。
  それは初めからその様なことが無かったからです。
  それでも韓国の国史の教科書には、平然とそんな話を
 作り上げ、何と50年以上も国民をそうやって教えました。
  他でもない反日種族主義の非科学であり、迷信でした。
  また、土地調査事業当時、一部の土地から所有権をめ
 ぐって紛争がありました。
  全国436万町歩の田畑の大地のうち12万町歩に過ぎない
 約2.5%程度の国有地でその様な紛争が発生しました。
  これと関連して、慎ヨン厦教授が書いた「朝鮮土地調
 査事業研究」という本を挙げることができます。
  背景の画面に見える写真が慎ヨン厦教授であり、その
 本が慎ヨン厦教授が関連して書いた「朝鮮土地調査事業
 研究」という本です。
  この本の中で慎教授は、国有地紛争に関して「片手に
 ピストルを、もう一方の手には測量器を」という言葉を
 作り出しました。
  今日の講義の題目でもあります。
  この言葉の意味は、総督府を相手にある民間人がその
 土地が民有だ、私の所有だと主張し抵抗すると、総督府
 の土地調査を行う土地調査班員は、ピストルでそれを制
 圧したと言います。
  その様に慎ヨン厦は、土地調査事業がピストルの発射
 を同伴する暴力的な行為だったと文学的に叙述しました。
  当時、土地調査班員は、軍服の様な制服を着て、腰に
 拳銃を付けていました。
  常時、そういう訳ではありません。
  必要な時に、そうしましたが、山奥に入ると山の獣の
 攻撃を受ける危険がありました。
  (朝鮮には日本には居ない虎が居た。加藤清正の虎退
 治の話があるくらい)
  実際、当時の報告書を見るとその様な事故があり、人
 命の損傷が発生したりもしました。
  また、山奥では匪賊が活動したりしてました。
  (参考)匪賊:ひぞく、集団的に略奪などを行なう賊。
  それで、護身用に拳銃を付ける必要もあった訳です。
  その拳銃が朝鮮の農民に向かって発射された事はあり
 ません。
  当時、農民たちはむしろ調査班を歓迎しました。
  調査班が来ると土地の所有者は、自分の土地に、自分
 の名前を書いた立札を持って待機しました。
  里長と隣人たちが、一緒に立ち会って、この人がこの
 土地の所有者で当事者であることを確認してくれたので
 す。
  土地調査局は、調査を終えると土地台帳の原本を公開
 しました。
  そうしてから異議申請を受け付けました。
  人々は、自身の土地と名前が公簿に記されているのを
 見て喜びました。
  調査班員に対する農民たちの反応は、初めは大変警戒
 的な眼差し(まなざし)でしたが、彼らのしている活動
 内容を理解してからは、概して友好的でした。
  それなのにどうして慎ヨン厦教授は「片手にはピスト
 ルを、もう一方の手には測量器を」という「でたらめな
 小説」を書いたのでしょうか。
  彼は、土地調査事業に関して研究しながら一線の郡庁
 や裁判所に所蔵されている土地台帳を見たことがありま
 せん。
  当時、土地台帳を提出した申告書や測量関係の資料を
 発掘し整理したこともありません。
  全国各地で国有地紛争が発生した時、紛争の内容と判
 決がどうだったのか関連資料をめくっても見ませんでし
 た。
  彼は、総督府が編纂した土地調査事業の報告書をめく
 って読む方式で、自身が幼い頃もっていた先入観を学術
 書として書き込んで包装しただけです。
  それに対して韓国の学会と知性界は歓声をあげました。
  日帝の土地収奪が具体的に証明されたということです。
  そうして、慎ヨン厦教授に栄光の学術賞を授与しまし
 た。
  私は、先の講義で、小説家・趙廷来を虐殺の狂気に捕
 らわれた憎悪の小説家だと批判しました。
  彼の大河小説「アリラン」は、土地調査事業、当時、
 一介の駐在所の警察が土地調査事業に抵抗する朝鮮農民
 を即決処刑する場面を劇的に演出しました。
  全国的に4000余名の朝鮮人がその様に処刑されたと言
 いました。
  実は、趙廷来がそういう風に「でたらめな歴史」を小
 説にしたのは彼の責任だけではなかったのです。
  実は、その数年前に、少し前に紹介したように慎ヨン
 厦という韓国社会学界を代表する学者が、「片手にはピ
 ストルを、もう一方の手には測量器を」そんな内容ので
 たらめな学術書を編纂していたのです。
  日帝の朝鮮併合は、土地を収奪するためのものではあ
 りませんでした。
  この韓半島を、2300万ヘクタールに及ぶこの韓半島全
 体を、その付属領土として支配する目的で来たのです。
  12万ヘクタールに及ぶ国有地を収奪するために来たの
 ではないのです。
  この地に暮らす朝鮮人全体を永久に日本人として同化
 させる目的で来たのです。
  (当時、韓国・朝鮮は併合されることを望んでいた。
 併合されて、日本の様な一等国になりたいと表現してい
 た)
  それで彼らの法と制度と機構をこの地に移植したので
 す。
  その一環として、以前の朝鮮王朝は知り得ていない全
 国の土地がどのくらいなのか、その面積がどれ程なのか、
 その形質がどうなのかを、そして、その所有者が誰なの
 かを調査したのでした。
  それが土地調査事業でした。
  そして、当時、創られて土地台帳と地籍図は今もこの
 国が大韓民国が行なうあらゆる土地行政の基礎資料に重
 宝に活用されています。
  (ならば、日本にその御礼を言わなければならない。
  そうです、何から何まで韓国・朝鮮は失礼ですが遅れ
 ていました。支配しようとするものが鉄道や学校を作っ
 たりしますか? 道路を整備したり、衛生状態を良くし
 たり、韓国・朝鮮の人口が、瞬く間に、2倍になり、そし
 て、豊かになりました。これらについての感謝を表明し
 てください)。
  (だから、この部分は言い過ぎではありませんか?)
  教科書を執筆した歴史家や慎ヨン厦教授は日帝の朝鮮
 支配の目的、そのメカニズム、その結果や歴史的意義を
 知らずにいました。
  そんな中で、彼らは、朝鮮はもちろんのこと日本を奪
 われ、奪うという野蛮な種族として感覚しました。
  実は、その様な歴史の認識がいつから出発したのかを、
 私は調査してみたことがありますが、1910年代当時から
 だったと言えます。
  皆さまはこのシリーズ講義の三番目で金容三先生の鉄
 杭騒動に関する講義を覚えていらっしゃることでしょう。
  土地調査事業当時、総督府が全国各地に大小の三角点
 を設置しました。
  お見せする背景画面が全国、釜山から咸鏡北道(ハム
 ギョンブクどう)まで、済州島までを連結する大三角点
 の網です。
  すると多くの人々が三角点の表示を日帝が朝鮮の急所
 を突き、民族精気を遮断するため打ち付けたのだと誤解
 し、それを破棄しました。
  金容三先生の講義にその話が出て来るので確認して下
 さるようお願いします。
  その様に当時の朝鮮人たちは日帝の土地調査事業を気
 脈遮断、または風水侵略として感覚し、「誤解しました」。
  日帝が行なったその他のすべての行政がその様に認識
 されたケースが沢山あります。
  当時、多くの朝鮮人は日帝が敷設する鉄道と道路に対
 してその様な感情を持ちました。
  (まったく便利でその利便性を享受しているのに、感
 謝の念をまったく持たなかった。いままでの畑のあぜ道
 のような道での輸送とはまったく違った便利な状況にな
 ったのに感謝の念がまったく無い)
   道路の施設過程で村の守護神である堂山の木が切ら
 れたりもしました。
  私が読んだある両班(ヤンバン:朝鮮の官僚)の日記
 はその道路と鉄道に対し「そんなものが一体我々の生活
 と何の関係があるというのだ」と嘆息しました。
  その様に日帝が行なった各種近代化施設や行政は、伝
 統文化、伝統風水、伝統タブーに対する破壊として感覚
 され、憤りの対象となったのです。
  そうしてできたのが土地調査事業の収奪説です。
  その韓国人たちが、朝鮮たちが抱えている近代化に対
 する集団的被害妄想感覚、その収奪感覚、その意識を1960
 年代の歴史学者たちは、全国の農地の40%が収奪された
 と嘘の包装をして教科書に載せたのです。
  鉄杭騒動が起こった時、この背景の画面は、鉄杭を撤
 去するため祭官の服装をした人たちが、祭礼を行なって
 いる場面ですが、きょう私の批判の対象となった慎ヨン
 厦教授は、次の様な論文を書きました。
  「日帝は、当時、韓人たちの多数が風水地理を信頼し
 山川の精気を重視するという事実に注目し、名山の血脈
 にこれを遮断し息の根を止めようと鉄杭を打った。
  勿論、日帝自身は、風水地理説を信仰していなかった
 が、韓国人がこれを信じたため韓国人の挫折感を植え付
 けるためこの様な政策を取ったのだ」・・
  皆さま、これが話しになるでしょうか?
  しかし、この様な「話にならない話」を、韓国を代表
 する、社会学界を代表する慎ヨン厦教授がしているので
 す。
  皆さまは、なぜ私が慎ヨン厦教授が代表している、日
 帝の土地収奪説を反日種族主義の象徴として批判してい
 るのかお分かりのことと思います。
  全国の土地の40%を収奪したという教科書の叙述は、
 全国所々の軍部隊、または、村が自身が必要なため打っ
 た鉄杭を、日帝が朝鮮の精気を抹殺するために打ったも
 のだと言って、1990年代の政府にまで出ていって、撤去
 騒動を起こしたその野蛮精神世界を忠実に複製反映して
 いるためです。
  視聴者の皆さま、あまり寂しく考えないでください。
  わずか50年前、20年前の出来事です。
  この様な歴史騒動や歴史叙述は、20世紀末まで韓国の
 精神文化が、依然として野蛮の最悪レベルに置かれてい
 ることを間違いなく証明しています。
  今日の講義はこれでおわります。
  ありがとうございました。
             以上(1:52:33まで)
  (評)
  しっかり測量のための三角点を打つことは大切な行動・・
  日本が、土地調査事業をしたのは、韓国・朝鮮に鉄道
 を引くのも、また、橋を作るのも、何でも、土地の状況
 がはっきり分からなければできないからであって・・
  土地調査が一番大切なやるべきことで・・
  そして、一番の基礎のデーター資料を作るために行な
 ったのであって、
  それを悪く言うのは、韓国の被害妄想意識で、韓国は、
 この点を改めなくてはならない。
  そして、日本は、その様な基本的な事から地道に始め
 て、韓国・朝鮮の国づくりを一生懸命に誠実にやった・・
  日本に感謝し、御礼を言わなければならない。
  そうであるのに、韓国政府は、なんだかんだと日本を
 嘘ででっち上げて、貶(おとし)めて来た・・
  これに対して、韓国政府の言い分があるならはっきり
 言いなさい、そして、書きなさい・・ただただ感情的に
 言っているだけであり・・それは駄目。
  そして、日本は、韓国のそれが間違っていたら、しっ
 かり説明をし、この際、徹底的にしっかり謝罪させなけ
 ればならない。
  韓国は、都合が悪くなると黙って何も言わない・・
  再び、この様なデッチアゲが起きないように、しっか
 り謝罪までさせなければならない。
  何年間もくだくだしていたのは、しっかり謝罪をさせ
 なかったからで、これを要求しなければならない。
  例えば、韓国人は以下の様なことを言う・・
  ある韓国の人が答えた「韓国は、中国の属国だという
 根性があり、そう思っていたから、中国には言えないし
 怒れない」・・と・・
  これの裏を返せば、「デッチアゲでも何でも日本に対
 しては言う」・・ということ。
.
2019年、中国が、インターネット上の「価値創造の世界」
 に乗り出した。
  仮想通貨方式というか、MMT方式というか、中国方
 式というか、実体のない作られた価値、その様なものが
 社会に通用している。
  実体のないものの価値を疑わないので、その様なもの
 が世界に通用しているのである。
  疑う余地がないと見るか、疑う気がないのか、疑う能
 力がないのか・・何しろ、今、世界にその様なものが通
 用し流通している。
  その価値はどこで作られているのか?
  明日から「ただの紙くずになるかも知れないもの」が
 通用し流通している。
  中国は、インターネット上の価値創造の世界に乗り出
 した。
  中国が1万元とポチッと押せば「1万元の価値が生み出
 される世界である」。
  今までは1万元札を刷っていたが、その手間もなくなっ
 た。
  中国は無限の価値創造の世界へ入った。
  軍拡投資も「し放題である」。
  北朝鮮への支援も「し放題である」。
  韓国も中国へ靡(なび)く。
  中国はアメリカと拮抗(きっこう)して行く。
  そこに、アメリカに抑(おさ)え込まれた日本が居る。
  憲法改正して軍を持つのはまかりならんと言うアメリ
 カが居る。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  https://yumesyakai.blogspot.com/

(増補版)663E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年1月~1897年1月)

2019-11-03 04:48:46 | 日記
題:(増補版)663E2/3:2/3:3/3:気になった事柄を集めた年表(1897年1月~1897年1月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
 ☆真実の歴史を知ることは、国際社会をより公正なもの
  にする。
  そして、その公正な社会の達成で、人々の、また、皆
  様の、そして、人間の幸福を創造していく力ともなる。
  世界に真実を公表していく事は、真にやるべき大切な
  こと・・
  そして、総べての真実を議論してこそ民主主義が達成
  される。
 ☆過去を忘れたら「歴史」は蛮行を繰り返す。
 ☆中国と韓国は隣の国・・引っ越しの出来ない隣の国・・
  だからこそ、正しいことを言って正しい関係を作らな
  ければならない。
  卑劣なねじ曲げ発言に躊躇(ちゅうちょ)してはなら
  ない・・正しいことを教えてあげねばならない。
  また、中国・韓国は、隣国・日本の立場を理解するこ
  とにつとめなければならない。
 ☆国際社会は、中国へ民主化を強く求めなければならな
  い・・民の選択を受けない指導者たち・・民主化が達
  成できない国=中国・・
.
1897年1月1日、尾崎紅葉が、読売新聞で「金色夜叉」の連
 載を始める。
  大変な話題となる。
  1902年5月11日まで連載された(金色夜叉は未完)
  1868年1月10日、尾崎紅葉(おざきこうよう)は、代々
 商家であったが廃業して名人角彫師・谷斎として知られ、
 また、幇間(ほうかん)もしていた惣蔵と庸の長男として、
 江戸の芝中門前町で生まれた(一節では12月27日生まれ)
 小説家となる。
  寺子屋・梅泉堂、その移行した桜川小学校から府立二
 中(日比谷高校)へ進む・・
  しかし、中退し、三田英学校で英語を学ぶ・・
  さらに、東大予備門(東大国文科)に進み、さらに漢
 学塾・綏猷堂や崇文館で漢学や漢詩文も学ぶ・・
  1885年2月(17歳)山田美妙らと近代最初の小説結社で
 ある硯友社(けんゆうしゃ)を結成し・・
  1885年5月(17歳)その機関紙である「我楽多文庫(が
 らくたぶんこ)」を創刊した(~1889年10月)
  1889年(21歳)「二人比丘尼色懴悔」で認められ、文
 壇にデビューし、文壇的地位を確立した(出世作)
  1890年(22歳)帝国大学を中退する。
  写実的態度を深めるとともに、井原西鶴に傾倒・・
  この西鶴の影響した雅俗折衷体の文体を用いた「伽羅
 枕(1890年・22歳)」「二人女房」「三人妻(1892年・
 24歳)」を発表した。
  また、近代ヨーロッパ文学に学んで、ゾラの翻案「む
 き玉子(1891年・23歳)」などを書いた・・
  心理的写実主義の体得や、言文一致体への移行に努め、
 写実主義の最高作であり言文一致体の小説として意義深
 い「多情多恨(1896年・28歳)」や「金色夜叉(1897年・
 29歳~1902年・34歳)など代表作へ至る。
  明治文壇の大御所の泉鏡花・徳田秋声・小栗風葉など
 多くの門下生・門人も世に送り出している。
  幸田露伴と共に紅露時代を現出した人・・俳句も手が
 ける。
  作「伽羅枕」「三人妻」「多情多恨」「金色夜叉」等。
  1868年に生まれ、1903年10月30日に胃がんにて没した
 (37歳)・・尾崎紅葉は、この当時の人気作家であると
 いう面だけでなく・・文学の近代化の過渡期にあって、
 外国文学の受容や、古典文学への残映も模索し、また、
 進化した文体への模索など、新旧の様々な方面へ華々し
 く才能を花開かせた短命の輝く人生だった・・その存在
 は大きい。
.
1897年1月1日、両毛鉄道が、日本鉄道へ譲渡される。
  両毛線は、栃木県小山市の小山駅から群馬県前橋市の
 新前橋駅まで結ばれる路線・・営業キロ数:84.4㎞。
  両毛地域と呼ばれる栃木県南西部から群馬県南東部に
 至る平野部の諸都市を結んだ路線で、この地域で盛んに
 生産されていた生糸や、桐生織に代表される織物の輸送
 のために建設された。
  思川や渡良瀬川やその本流である利根川など、大きな
 河川を横切ることが多い路線である。
  1889年11月に、両毛鉄道の前橋駅が利根川左岸側に開
 業すると、日本鉄道も利根川を渡って両毛鉄道の前橋駅
 に乗入れ・・
  1890年12月に、利根川橋梁の完成によって日本鉄道の
 高崎駅とも連絡した(両鉄道が接続された)
  1887年に、両毛鉄道は設立されたものの、建設工事の
 一切は日本鉄道の支線として国が行なっていた。
  また、開業後の線路の保守や、営業その他いっさいの
 業務も日本鉄道に委託されていた。
  この1897年に日本鉄道は両毛鉄道を合併したが、1906
 年に鉄道国有法施行で、日本鉄道が国有化された。
  1909年の線路名称設定時に両区間は統合され、小山駅
 ~高崎駅間が両毛線とされた。
.
1897年1月1日、東海道線と北陸線の両線と、大阪鉄道玉造
 駅分岐線の間に連絡運輸が開始された。
  水運が発達した大阪、また物資が集積して栄える大阪・・
  1868年に大阪港が開港したが・・明治の中頃から、さ
 らに輸送量が増大して、その対応が出来なくなって来て
 いた。
  大型船は、神戸港に入港する様になった。
  1897年、大阪市は、港湾の整備拡大に乗り出した。
  この工事の資材輸送と、また、築港の完成後の貨物輸
 送を目的に大阪駅と大阪港を結ぶ鉄道の建設も計画され
 たりした。
  大阪市と連携して近代都市化し、機械金属工業や、河
 内木綿を基盤とした大規模紡績工場等が立地するように
 なり、ここに都市としての基盤が出来上がった。
  この地域にとって古から生駒山脈越えの東西交通も重
 要であった。
.
1897年1月9日 逓信省鉄道事務官任用に関する件公布(勅令
 第4号)
.
1897年1月11日、英照皇太后(えいじょうこうたいごう)崩御
  孝明天皇妃が亡くなられる。
  京都生まれで、父は関白・九条尚忠。
  官職位階、宮殿殿舎、服飾、武具、年中行事、典礼な
 どの有職故実(ゆうそくこじつ)に詳しい方だった。
  また、知的な方で読書は古典・国史をはじめ西洋理学
 の訳書にまで及んだ。
  明治天皇が践祚されてから皇太后となられ、京都御所
 の南東にある仙洞御所(せんとうごしょ)に移られ、ま
 た、後に、東京の赤坂離宮、青山御所に住まわれた。
  勝海舟が、その時の政府の会計について・・
  孝明天皇を慕っていた勝海舟、また、徳川思いの勝海
 舟・・つい、言葉が漏れる・・
  勝海舟は、明治政府に対して常に批判的であった。
  薩長出身のやることが小さくまとまっていて「小人島
 (こびとじま)の豆人形が動いているみたいだ」と言っ
 ている。
  その根拠は、徳川幕府はとにかく400万石の動かして来
 たものだが、薩長藩はせいぜい72万石、長州が36万石、
 佐賀が20万石程度の経済のやりくりしか知っていない。
  徳川は400万石のスケールだ。
  そういう薩長土肥の田舎政治家のすることはケチケチ
 していてみみっちくて、見ていられない、と言う。
  現に、明治30年に英照皇太后(孝明天皇妃)がお亡く
 なりになった時、政府はその御葬儀の予算をどの程度に
 して良いかに迷った。勝海舟は、旧幕時代、仁孝天皇(
 孝明天皇の乳帝)や孝明天皇の御葬儀のときの会計の控
 えを持っていて、それを参考資料に提出したりした。
  京都の公卿たちへの手当てや付け届にしても、旧幕時
 代の方が余程、ゆったりしていた。(氷川清話)
 英照皇太后崩御(氷川清話)(
.
1897年1月15日、関西鉄道の柘植駅~上野駅(現:伊賀上野
 駅)間が延伸され、開通し、営業開始された。
.
1897年1月17日、河北新報が創刊された。
  河北新報(かほくしんぽう)は、東北地方を代表する
 地方紙で、1897年に、一力健治郎(1863年~1929年)が
 東北地方の産業と文化の振興を掲げて創刊した。
  1900年1月、年中無休刊を宣言して30年間これを実行し
   た。
   また、不偏不党を標榜(ひようぼう)し、広告を重
   視して経営の確立を図った。
  1904年、日露戦争中は号外発行などニュース報道に力
   を入れ、先行各社を圧倒した。
  1922年3月から夕刊を発行・・
  1923年から昭和にかけて、岩手版、福島版、磐城版、
   青森版、山形版、秋田版を次々と創設、宮城県を中
   心に東北6県をカバーする広域紙に成長した。
  1941年に、新聞事業令の発布で宮城県唯一の日刊紙と
   なった。
  1950年、「夕刊とうほく新聞」を合併した。
  本社は仙台市。
  「河北」は白河の関より北の意。
  主に宮城県内で読まれるが、他の東北各県でも購読さ
 れている。
.
1897年1月19日、成田鉄道の成田駅~佐倉駅間が開通した。
  この年に開業した成田鉄道は、新勝寺への参拝者で賑
 わう路線。
  JR成田線と京成電鉄のルーツである。
  1907年、東京・本所(押上)から成田・佐倉までの電
   気軌道の建設が許可され・・
  1909年、京成電気軌道株式会社が設立された。
  それまでは蒸気機関車(SL)だった・・
  SL5300型は・・
  1882年、官鉄が旅客用機関車として、英国ピーコック
   社から2Bのテンダー機関車を2両(5312、5313号
   機)、2Bタンク機関車を2両(5490、5491号機)
   輸入したのが始まりだった。
  比較運転の後、テンダー機は日本鉄道で使用された。
  タンク機は官鉄で使用した。
  1884年、比較検討の結果、テンダー機の方が好成績を
   収めたので、官鉄のタンク機が、神戸工場でテンダ
   ー機に改造された。
   この2両は国有化後5490形になり関東地区で働いた。
  1918年、5490号機は、成田鉄道に払い下げられ、1921
   年、廃車解体されてしまった。
.
  (今日の言葉)
.
  題:相手の顔を殴っておいて・・その謝罪もしないで・・未来志向の話をしようなんて言うのは『 おかしい! 』
    韓国よ、まず、誠実な態度になりなさい。
    汚い、世界を誤魔化す態度は止めなさい!
.
1724年、石器の発見
  ジョセフ・フランソワ・ラフィトーは、二つの論文を
 書いた。
  その論文は、「雷石の紀源と用途について」と、「原
 初の時代の習俗と比較したアメリカの未開人の習俗」で、
  この二つの論文の中で、「アメリカ先住民が使用して
 いる石器を実見した」・・
  石器という物を実験してみて・・
  雨の降った後に発見される「雷石」は、「古代の人間
 が制作した石器だ」・・と知る。
  そして、石器は、「未開人」の道具であると同様、「
 原初の時代の習俗」であったと主張した。
  雨が降って土が崩れて出て来た雷石は、古代人の石斧
 だと知る。
     ・
     ・
1913年、日本人を排斥するアメリカ
  この年、アメリカのカリフォルニア州で「排日土地法」
 が成立した。
  長年に渡るアメリカの日本叩きに日本国民は激昂した。
  アメリカはこれが目的だった。
  日本が力を付けて来たことに対する行動を取り始めた
 アメリカは、この段階から始めた。
  日本のマス・メディアのNHKや朝日新聞などの放送
 や新聞や雑誌は、堰を切ったように、アメリカ側の対日
 態度を激しく攻撃した。
  アメリカの思惑に完全にはまっていた。
  これらの動きの根底を見抜いていたのが石橋湛山だっ
 た。
  この問題は、「理屈ではなく感情だ」と見抜いた。
  条約などを持ち出して、理屈で言っても理屈で正しい
 日本の言うことが通らないと、また、通ったとしても一
 時的なものだと見抜いていた。
  この根は深いとも見抜いた。
  人種の違いから来る人種問題にあると見抜いた。
  湛山は、息長く理解を求めて行くしかないとした。
  しかし、NHKや朝日新聞などのマス・メディアは、
 「彼等(アメリカ側)に罪あり・・
  偏見あらば、我れは寧(むし)ろ却(かえ)って之れを棄
 て、飽くまで正しき道理の上に行動してこそ、初めて日
 本の日本たる立場あり・・」と論じた。
.
2007年9月10日、アメリカの金融トリック
  この日付で、某金融アナリストは下記の報告をする。
  『急変する世界経済』・・
  つい一ヶ月前まで、日本経済の先行きについては楽観
 論一色であった。
  多くのエコノミストは、2008年末まで現在の好況・・
 といっても実質で2%程度の成長だが・・が続くと主張し
 ていた。
  すでに、2002年2月から始まった今回の景気拡大は、昨
 年(2006年)10月に57ヶ月と、戦後最長の長さを更新し
 ていたから、「超長期の景気拡大になるもの」と予想さ
 れていた。
  国際機関も概ねそのような見通しを発表していた。
  たとえば、2007年7月25日に発表されたIMFの最新予
 測では・・
  日本の2007年、2008年の成長率は2.6%、2.0%と、4月の
 見通しを上方修正したほどであった。
  その中で、少数の経済学者のみは、2007年には、景気
 循環は下降局面に入ると見ていた・・が、この様な主張
 は少数説だった。
 状況が、2007年8月に入って急速に変わった。
  米国のサブプライムローン(低所得者向け住宅ローン)
 問題が、予想外にも、世界的な広がりを持つものである
 ということが、次第に、はっきりしてきた。
  アメリカのブッシュ大統領(子)は、低所得者にも住
 宅が持てるようにすると、表面的には美しい事を言った。
  しかし、このキリスト教を強く信仰するこの大統領は、
 他の大統領が出来なかったことをするには、やはり、そ
 こに・・「トリック(嘘)」のような事が必要だった。
  結果的に、世界中が、非常に大きな迷惑をこうむった。
  キリスト教が常にやる聖書の書き換えと同じだった。
  アメリカの「不良金融資産の大量販売」という状態で
 発覚した。
  アメリカを震源地にした全世界的規模の金融恐慌が深
 まりを見せている・・と、長周新聞(地方紙)が伝えた。
  日本の必死の状況について主に伝えている・・
  大騒ぎの日本、そして、同じ様な世界・・その逆に大
 儲けしているアメリカ・・その新聞を参考にして、以下
 にその状況を記述する・・と・・
  実体経済や、各国の人々の生活に深刻な影響を与え、
 ツケをみな転嫁して延命をはかっている。
  小泉首相・竹中蔵相路線で「金融立国」を志向してき
 た日本国内でも、金融崩壊はあらわとなっており、銀行
 の貸し渋りで中小企業は相次ぐ黒字倒産、
  輸出に依存してきた製造業は、大量首切りを強行する
 など、かつてない状況があらわれている。
  『銀行は焦げ付きを次々と発表』
  近年、「市場最高益」をあげてきた大銀行は、焦げ付
 きを次々と発表した。
  株安の進行によってみずほフィナンシャルグループ、
 三井住友フィナンシャルグループ、三菱東京UFJなど
 三大銀行の時価総額の合計は9兆6900億円と5年ぶりに10
 兆円を割った。
  ピーク時の2006年4月には、その4倍あったことから見
 ると『短期日に巨額の資産が吹き飛んだ』ことがわかる。
  メガバンクの9月中間決算は軒並み減益で、資本増強の
 動きに出ている。
  不良債権の処理費が、前期の3倍に跳ね上がり、純利益
 は前年比で58%も減少した。
  モルガン・スタンレーに90億ドルの資本支援を迫られ
 るなど、たかられた三菱UFJフィナンシャル・グルー
 プは1兆円の資本増強。
  3大銀行の調達額の合計は約1兆7000億円にのぼった。
  サブプライム債券を、約5兆5000億円つかまされた農林
 中央金庫も1兆円規模の増資を打ち出した。
  1兆円を超える資本は傘下の信連や農協から調達すると
 いっている。
  9月中間期の純利益は、前年同期比で92%減の104億円。
  有価証券の価格下落で1120億円の損失処理を実施した
 ことが要因となった。
  9月末の有価証券の含み損は、国内金融機関のなかでは
 最大の約1兆5000億円にも膨らんでいる。
  資産の多くを有価証券などで運用しており、約58兆円
 もの資産のうち市場運用資産が7割弱を占めている。
  9月末時点で、証券化商品を6兆8000億円も保有してい
 る。
  「日本を代表する機関投資家」と豪語してきたが、要
 するに、農民漁民のカネを原資にして金融市場の『カモ』
 になっている。
  11月26日に出そろった地方銀行・第2地方銀行の103行
 の9月中間決算では、3分の1にあたる33行が赤字に陥った。
  地域経済が疲弊して、貸し出しが伸び悩む一方で、近
 年は、投資信託販売などにシフトし、海外投資などで利
 益を追求してきたのが特徴で、リーマン・ブラザーズ社
 債の関連損失などを計上した銀行も少なくない。
  損害保険大手6社の9月中間決算では、有価証券評価損
 などの関連損失の合計は約1900億円にものぼった。
  東京海上ホールディングス、三井住友海上、損保ジャ
 パン、あいおい損保、ニッセイ同和の五社が、当期最終
 利益で大幅減益の見通しになっている。
  損保ジャパンは、520億円の最終赤字に陥る見通し。
  新車販売が冷え込んだ影響で、自動車保険が不振とな
 り、住宅バブルがはじけて火災保険も不振。
  本業が振るわない一方で、リーマン・ブラザーズの社
 債や海外への株式投資、証券化商品の焦げ付きが最大要
 因となった。
  三井住友海上は、900億円もの損失を計上し、東京海上
 が724億円にのぼった。
  リーマン関連など完全にデフォルトしたものを損失計
 上として数字に乗せているほか、株式の評価損などが含
 まれているが、AIG、サブプライム2社、つぶれかかっ
 ているシティ(バンク)など、破綻が確定していけばさ
 らに深刻な損失が表面化することになる。
  9月初旬には、「邦銀が存在感を示すビッグチャンス」
 「世界最強」などと言っていたが、一転してピンチに陥
 っている。
  金融庁が、11月28日に発表した2008年9月末の国内金融
 機関の証券化商品の損失は、3兆2730億円にもなった。
  6月末から27%増加している。
  農林中金など大手銀行の損失額は2兆7760億円となった。
  サブプライム関連は、そのうち9500億円で、あとは、
 その他の証券化商品による損失である。
  国内金融機関が保有している証券化商品の総額は22兆
 2710億円(9月末時点)とされ、わずか3カ月で1割強が水
 の泡となった。
  10月以後、膨らみ続けている損失はさらにひどいと見
 られている。
  また、投資信託協会は、11月14日、国内の投信の純資
 産総額が10月だけで11兆円減少したと発表した。
  9月も合わせると18兆円にもなる。
  個人から投資信託会社が資金を調達して、国内外の株
 や債券に投資して運用するもので、
  ここ数年は、「貯蓄から投資へ」とキャンペーンが張
 られ、銀行や証券会社、郵便局までがさまざまな商品を
 組み合わせて窓口販売、訪問販売に熱を上げてきた。
  その結果、『巨額の個人資産が吹き飛んだ』ことを意
 味している。
  知識のない素人、高齢者や退職者を『カモ』にして、
 リスクを負わせるハメとなった。
  個人の損失は、「自己責任」で、大手金融機関の損失
 は『公的資金をぶち込んで救済』するシカケになってい
 る。
  『年金資金で株式買上げ 市場運用分約93兆円』
  NYダウも、日経平均も、各国金融市場も暴落したり、
 若干持ち直したりしながら、しかし、基本的にはジリ貧
 で下落し続けている。
  この過程で、不可解な買い上げがやられている。
  ドブに捨てるように、公的年金資金がぶち込まれて、
 怒濤の株式買い上げをやっている。
  日経平均株価は、放って置いたら暴落が避けられない
 のが実情だ。
  年金資金の市場運用分は、92兆9273億円にものぼり、
 財投債分の26兆9894億円をはるかに上回っている。
  四半期別に見てみると、この市場に投げ込んでいる92
 兆円で、7月から9月末までだけで、4兆2383億円の損失を
 出していることも明らかになっている。
  10月、11月、12月は、前期以上に「買い上げ」をやっ
 ているので、損失は10兆円ほどに膨れあがってもおかし
 くないという指摘もある。
  株式運用だけでなく、企業社債(資金調達)などにも
 突っ込んでいるが、運用の詳細については明らかではな
 い。
  株式市場において、外資投機集団が売り逃げしていく
 のを補う形で、日本の年金資金が買い支えする構図。
  みなが知らぬ間に、老後資金が、企業資金の穴埋めに
 張り替えられている。
  今後は、郵貯・簡保の株式運用も取り沙汰されており、
 『国民の金融資産も好き勝手に使われている』。
  米国でも国が銀行救済 『日本に米国債買わせ』
  金融危機にさいして、世界の富をかき集めて『バブル
 を謳歌してきた米国』では、政府が連日のように金融機
 関の「救済策」を打ち出している。
  『赤字財政でカネはない』のに、金儲けした連中の尻
 拭いのために、ドルと米国債を『大量に刷り散らかして』
 国が救済している。
  米政府と米連邦準備制度理事会(FRB)が、投融資
 や保証を通じて抱えているリスクは最大で8兆ドル(約
 760兆円)にのぼる見通しになっている。
  対応如何で『焦げ付く可能性』が十分ある。
  米連邦預金保険公社(FDIC)を通じて、銀行債務
 と決済性預金を保証させるために、1兆9000億ドル。
  FRBは、企業が資金調達のために発行するコマーシ
 ャルペーパー(CP)の買い入れに1兆8000億ドルを拠出
 して、『資金繰り支援』。
  住宅ローンや消費者ローン対策に8000億ドル。
  金融機関への資本注入や、不良資産救済に総額で7000
 億ドル。
  MMF(マネー・マネジメント・ファンド、公社債や
 短期金融資産で運用される投資信託で「極めて安全性が
 高く元本割れしない」といわれていた)向けの資金提供
 に6000億ドル。
  その元本保証に500億ドル。
  住宅ローンの借り換え支援促進策に3000億ドルなど、
 『すさまじい額』である。
  その他、破綻寸前の各社を『政府が抱え込んだ』こと
 によって、シティグループの不良資産に政府保証として
 2500億ドル。
  550兆円ものサブプライム債券をばらまいた、ファニー
 メイ、フレディマックの住宅公社の尻拭いに2000億ドル。
  保険最大手だったAIGには1500億ドル。
  ベアー・スターンズの救済に290億ドル(約2兆8000億
 円)。
  FRBが公定歩合をいじって、金融機関の資金繰りを
 助け、直接貸し出す制度は『無制限に運用』されている。
  また、各国の中央銀行とドル資金を融通する金額も無
 制限で、滞在リスクは上乗せされるすう勢。
  EUも、景気対策として25兆円規模の経済対策を加盟
 国に提案。
  企業支援や税制優遇などを実施するとしている。
  信用収縮が起きる過程で「最後の貸し手としての機能
 を果たす」といって中央銀行が登場し、量的緩和とか利
 下げなどを打ち出して資金を拠出している。
  政府が救済といっても資金はなく、『膨大な国債を発
 行』したり、博打のツケは『国家国民に転嫁』しつつ延
 命をはかっているわけだ。
  しかし、アメリカ政府の『大盤振る舞い』にせよ、こ
 れは、目先をしのいだ結果、ドルが『大量に溢れかえっ
 て』大暴落することになるほかない。
  そして、減価した分、日本など、『米国債を買わされ
 てきた国々は泣く目』にあう。
  日本は、9月時点で約100兆円もの外貨準備を保有し、
 ほとんどが『ドル建て』である。
  日本政府が日銀から100兆円を借りて、『米国債100兆
 円買い込んで』いる格好。
  しかし、ドルの日本円に対する価値は、日を追う事に
 『下落』しており、外貨準備の『評価損』は20兆~25兆
 円に達しているとも見られている(日本の奉仕)。
  『輸出総額が大幅に減少 労働者の大量解雇も』
  金融だけにとどまらず、実体経済にも波及している。
  財務省が発表した10月の貿易統計速報では、アジア向
 けの輸出額が7年ぶりに前年割れとなるなど、総額で前年
 同月比7.7%の大幅減少となった。
  米国向け輸出は、14カ月連続、欧州向けは3カ月連続
 で前年割れとなった。
  とりわけ自動車の落ち込みが最大要因になっている。
  国内でも消費は落ち込み、11月の国内新車販売台数は
 前年比33%減となった。
  トヨタは、トヨタ九州の生産計画を、来年1~3月期は、
 前年比で『60%減』の方針を出し、『ライン停止』も発
 表した。
  派遣・期間工などの非正規雇用を次々と『切り捨て』
 ているのは自動車産業だけでなく、他の製造業にも共通
 している。
  厚生労働省は、10月から3月の半年間に、非正規労働者
 が3万人が失職すると発表。
  すでに、解雇されたり、契約解除が確定している分だ
 けで3万人であり、新たに発生してくる解雇者などの数字
 は含まれていない。
  「定額給付金」をばらまいてどうにかなる事態ではな
 く、金融から実体経済にいたるまでの『破綻が進行』す
 るなかで、労働者が路頭に放り出されて食っていけず、
 現役世代が、これまでに経験したことのない社会状況が
 広がっている。
.
2019年、日本企業が中国から撤退したくてもできないよう
 にされている。
  中国から資金を持ち出すことが出来なくされている。
  いくら大きな金を、日本企業が中国に持っていても、
 その金を日本に持って来れない。
  (これを、アメリカは「持ち出せるようにしろ」と言
 っている)
  これが、日本の企業の弱味になっている・・
  だから、日本の経営者は、中国の言いなりになるしか
 ない状態となっている。
  この中国に弱みを握られている日本企業が、日本の政
 治家に働きかけている・・が、政治家もやりようがない
 状態・・
.
2019年、アメリカの中国への要求
 ・貿易赤字の解消(アメリカからの購入拡大)
 ・不正な産業補助などを廃止する。
 ・外国の知的財産権の侵害・・知的財産権の保護
 ・企業の財産権と活動の保証
 ・為替の最終的自由化と通貨切り下げの禁止
 ・外国企業差別、投資制限撤廃と資本移動の自由
  (時間軸での目標と検証プロセスの徹底)
  (守らなければ報復関税→中国はWTOへの提訴をし
 ない)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆☆☆
2018年9月26日、ポイズンピル(日米共同声明)
 1、 2018年9月26日にニューヨークで開催された日米首
  脳会談において、ドナルド・トランプ大統領と安倍晋
  三首相は、両国経済が合わせて世界の国内総生産(GD
  P)の約30%を占めることを認識し、強固で安定した、
  双方に利益をもたらす日米の貿易・経済関係の重要性
  を確認した。
   大統領は、互恵的な貿易の重要性、また日本や他の
  国々との間にある貿易赤字を削減する重要性をあらた
  めて表明した。
   安倍首相は、自由かつ公正で、ルールに基づいた貿
  易の重要性を強調した。
 2~5は略す
 6、日米両国は、第三国の非市場志向型の政策や慣行か
  ら日米両国の企業と労働者をより良く守るための協力
  を強化する。
   したがって我々は、WTO改革、電子商取引の議論
  を促進すると共に、知的財産の収奪、強制的技術移転、
  貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出さ
  れる歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対
  処するため、日米、また日米欧三極の協力を通じて、
  緊密に作業して行く。
 7、日米両国は上記について信頼関係に基づき議論を行
  なうこととし、その協議が行われている間、本共同声
  明の精神に反する行動をとらない。
   また、他の関税関連問題の早期解決に努める。
  (注)これは、対中国で出来ている。
     中国を対象としてできている。
     これによって、日本もアメリカと連動して動か
    なければならないことになっている。
     中国に対抗して動くアメリカに連動して動かね
    ばならない日本としている。
  (参考)ポイズンピル:企業における買収防衛策のひ
     とつ。
      既に、自社の株主となっている人たちに事前
     に新株予約権を発行しておくことにより、会社
     が好ましくないと思っている相手に自社の株式
     を奪われることを防ぐことを言う。
.
2019年、中国の通貨戦略・・仮想通貨(暗号資産)
  中国が、今、実施しようとしている仮想通貨(暗黒資産)
 は、中国・人民元による米国ドル潰しの趣旨と同じこと
 をしようとしている。
  中国が、貨幣的な価値を暗号資産として仮想通貨的に
 与え・・
  その中国発の仮想通貨をネットの中で流通させて、結
 局、中国が出した仮想通貨で世界的規模で決済を行おう
 とする・・
  そこには「米ドルの介在が一切ない」。
  世界通貨として存在する米ドルの立場を崩そうとする
 もの。
  世界の基軸通貨として存在する米ドル・・その今の世
 界の基準的成り立ちを崩そうとするもの。
  今の米ドル、円、ユーロの法定通貨の存在を揺るがす
 もの。
  この中国の仮想通貨は、流通において価値の変動が起
 きる。
  暴れ馬的になり、統制のとれない世界となった時、中
 国だけで統制がとることができるのか?
  また、その時に、独裁国家の中国が、国際的立場に立
 たずに自国だけが有利な決定をするのではないか・・
  中国のシステムであるが故に、国際機関は制御できな
 い・・見ているだけとなる・・
  今の世界の金融秩序への無謀な挑戦と見える・・
  また、このシステムは、資産の流れが不透明となり、
 「汚い金(裏金)」が大手を振って世界を闊歩しやすい
 システム・・
  その結果、邪悪な行為・商売が、世界に増える。
  テロ集団も資金が得られ易くなる。
  リスクの多い世界となる。
  安全性が保たれている現在の決済網は崩される。
  まったく補償のない決済システムである。
  中国がどの様な責任をとるのかが「まったく不明」。
  不透明さなどを、逆に、利用しようとする者が都合が
 良いと参加する。
  このシステムを中国が強引に実施した時の国際的な制
 裁がない。
  国際社会は、安定と安全を損なわされるだけとなる。
.
2019年10月17日、中国が、南太平洋に覇権を築きつつある。
  ソロモン諸島の地方政府が、中国へ、ソロモン諸島の
 一つの島を「丸ごと」与えた・・
  75年間の貸与とした。
  また、中国とソロモン諸島政府は、「戦略的協力関係
 を持つ」ことで合意した。
  今、南太平洋の島嶼国が中国に急接近している。
  2019年9月、台湾と断交し、中国と国交を結んだ。
  そして、島を丸ごと貸し出す覚書を結んだ。
  港湾などが、将来、軍事利用される恐れがある。
  これは、豪州の安全保障を脅かすもの・・豪州の懸念
 が深まっている。
  アメリカの覇権領域に食い込んで来た中国・・
  アメリカと中国の覇権争いが急速に高まって行く。
  豪紙のフィナンシャル・レビューなどによると・・
  覚書は、ソロモン諸島の首都ホニアラの北東20キロメ
 ートルに位置するツラギ島(2平方キロメートル)につ
 いて・・
  島を管轄する中央州政府と、北京の複合企業「中国森
 田」との賃貸契約を認める内容となっている。
  日付は、ソロモン諸島と中国が国交を樹立した翌日の
 9月22日。
  2019年10月17日、ソロモン諸島政府と中国との間に「
 戦略的協力関係」を持つことで合意した。
  ソロモン諸島のソガバレ首相は台湾との断交に際し、
 「(台湾は)経済や政治面で完全に役立たずだった。
  豪州も何をしたというのか」・・と述べた。
  一方で、中国に、多大な経済的支援に期待する姿勢を
 示した。
  ツラギ島では、石油・ガス開発のほか漁業拠点の整備
 や空港拡張などが検討されているという。
  島周辺の海域は水深が深く、大型船が寄港できる条件
 が整っている。
  豪州戦略政策研究所のピーター・ジェニングス所長は
 「豪州の玄関口に、中国の軍事基地が建設されかねない」 
 との懸念を示した。
  太平洋の島嶼国各国は、積極的に経済支援を提供する
 中国への依存を強めている。
  豪民間調査機関・ローウィー研究所は21日に公表した
 報告書で・・
  「トンガとサモア、バヌアツの経済は、世界で最も中
 国の融資に頼っている」と指摘した。
  これらの国々で債務返済が滞った場合、港湾など重要
 施設が中国に差し押さえられ、軍事拠点として利用され
 る可能性がある」と・・
  (参考・・読売新聞、2019年10月24)
.
2019年、中国の脅威・・
  世界を手中に収めようとする中国の姿が見えている今
 となっている
  そのために、日本の安全が非常に危うくなっている・・
  矢野義昭氏(元陸上自衛隊小平学校副校長・陸将補)
 の話・・(抜粋)・・
  中国の独裁体制が続くが・・
  その体制ゆえに、経済成長以上の速さで軍事費を投入
 することができる中国・・
  この今までのやり方は今後とも変わらないと予測され
 ている・・
  国家資本主義的体制と言われる中国、ある意味、ファ
 シズム体制となっている中国・・
  この体制下で、米中摩擦で落ち込んだ経済を立て直す
 ためにも、さらに軍事に資本を投入し、経済活性化をは
 かる中国・・
  特に、先端技術分野を重点に・・例えば、航空宇宙、
 サイバー、電磁波、人工知能(AI)、量子通信・量子
 コンピューター、ネットワーク・サイバー、無人兵器な
 どへ重点投資している・・
  現に、「兆円単位の大規模投資」を結集してやってい
 る・・
  そして、その開発成果を輸出して外貨を稼ぐという方
 針で行っている・・
  その結果、中国の社会全体が、また、経済全体が、さ
 らなる軍事化へ向けて進んでいる。
  (ナチが軍事に巨大投資して行ったように)・・
  これと併せて、軍事戦略面でも、従来の近代的兵器の
 戦略、例えばミサイル、艦艇、戦車などのハードパワー
 を使用した戦い方ではなく・・
  むしろ、新しい戦争概念にある航空宇宙、サイバー、
 電磁波、レーザーなどで・・
  これから、アメリカと勝負のできる分野において、重
 点投資をして、勝利をおさめて行く行動をしている・・
  これに合わせて、情報戦(サイバー、フェイクニュー
 スなどを使い)「総合的な情報による戦い」を進める・・
  軍だけでなく、公安関係も含めて、また、対外的だけ
 でなく、国内面においても、実施している・・
  国民意識をコントロールすること、外国選挙のコント
 ロールなど、組織的に実施して行く・・
  また、デジタル監視社会を国内に徹底する・・国民の
 個人情報も集め、評価を行ない、点数化し、管理し、コ
 ントロールする・・
  徹底した監視社会の進化をはかり、完璧化して行く・・
  現に今、これを進め、これが進んでいる・・
  個人情報を全面的に収拾している・・
  そのための巨大なビックデーターも蓄積も進めている・・
  それと共に、人工知能・AIの進化も高度化して行っ
 ている・・
  この中国モデルは、非常に脅威な進め方となっている・・
  開発独裁の中国の態勢が、トップダウンで強烈に進め
 られている・・
  軍事と公安維持に特化してやって行っている・・
  こういうシステムが、今後、中東、アフリカ、中央ア
 ジア等へと、ドンドン拡散していく・・
  また、見落とせないのが「中国とロシアの関係」・・
  現在、中国とロシアとの貿易が「1000億ドルを超えて
 いる」・・
  これを倍増しようと「中露間で合意がなされている」・・
  合意分野は、エネルギー分野、軍事関係、安全保障、
 技術の先端分野を「重点にする」となっている・・
  今、ロシアも、アメリカの経済制裁を受けているが、
 これまで蓄積されたロシアの技術、例えば、ジェットエ
 ンジン技術等の軍事技術を主にして、中露共同研究開発
 をしていく・・
  また、ロシアの弱点だった情報技術やマイクロチップ
 などに対し、中国のファイブG(5G)と交流させて技
 術力を挙げて行くとしている・・
  そして、その成果を、途上国へ武器輸出し、影響力を
 拡大して行くとしている・・
  この様な現状と予測の中で、日本はどうするのか?・・
  アメリカ・欧州・オーストラリア・インド・東南アジ
 アなど「価値観を共有する国々と連携」し、この国際的
 連帯の中で、どの様に対抗して行くかを検討し、進めて
 行かなければならない・・
  これからの今後は、この行動が問われている・・
  これの中心課題にあるのが「核兵器をどの様にするの
 か?」・・そして、「兵器の最新化」・・そして、航空
 宇宙やサイバーなどのグローバル戦に対する「非対称戦
 への対応」、また、「兵器の共同開発」・・
  (先端技術を持つアメリカや欧州と連携する・・そし
 て、大陸国の中露に対抗する)・・
  これに重点投資をする・・
  アメリカの財政赤字が厳しい現状にあるが、今、アメ
 リカは民政への予算を詰めて軍事予算へ投入をしている・・
  それが、政権交代においてどうなるかの問題があるが、
 アメリカ以外の国々が、アメリカ財政を支えて行く必要
 性がある、中露に対抗するために・・
  そして、これから日本も「総合的」に軍事面や安全保
 障面にも全面的に関わって行かなければならない・・
  その為にも集団的自衛権をフル・スペックで使える体
 制にする・・憲法改正も必要である・・
  (参考)非対称戦:その交戦様態が、正規軍同士では
     ない戦闘である点を特徴とし、相手と同じ戦術
     では勝利が困難な交戦集団が、相手にとって予
     想も対抗も困難な別の手段によって戦闘をしか
     けることで戦われる。
      一般には、テロやゲリラ戦という言葉で認識
     される場合が多い。
  https://www.youtube.com/watch?v=7iIadMYkens&t=2441s

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆☆☆
2019年10月25日、韓国の文政権は、国家間の約束を守りな
 さい・・
  この日の読売新聞の社説・・抜粋・・
  「元徴用工問題」・・
  まず、韓国政府が、元徴用工の問題で対応策を取る。
  これが日韓関係を正常化する第一歩である。
  安倍首相が、韓国の李洛淵首相と会談した。
  安倍首相は、元徴用工への賠償を日本企業に命じた韓
 国最高裁の判決について「日韓関係の法的基盤を崩す」
 と批判し、「韓国側に対処を求めた」。
  李氏は「両国が知恵を集めて難関を克服して行ける」
 と述べ、(韓国がすべきことを何ら提示できずに)並行
 線をたどった。
  文在寅大統領は李氏を通じて安倍首相に親書を送った。
  「懸案が早期に解決するよう努力しよう」という趣旨
 が書かれていた。
  日本企業が不利益を被らないよう、善後策を講じる責
 任は『韓国政府にこそある』。
  日本にも譲歩を求めるかのような「文政権の姿勢」は
 受け入れられない。
  日本企業の資産が強制的に売却される事態になれば、
 日韓関係のさらなる悪化は避けられまい。
  日韓請求権・経済協力協定は、請求権問題の『完全か
 つ最終的解決』を『確認』している。
  韓国の歴代政権も、元徴用工の請求権が協定の対象で
 あると『認めてきた』。
  ところが、文氏は2017年の大統領就任以来、徴用工を
 日本の植民地支配の被害者に位置づけ、名誉回復と補償
 の問題は未解決だと強調してきた。
  最高裁判決も是認し、事態を放置した。
  支持基盤の左派層を意識したのだろう。
  ここにきて、日本と対話する姿勢を示した背景には、
 韓国国内の事情がある。
  北朝鮮との関係は停滞している。
  米中の貿易摩擦のあおりを受けて、経済成長は鈍化し
 た。
  (韓国国内の)対日関係の改善を求める経済界の声は
 強まっている。
  (韓国に対する)対日関係の改善を促す米政府への配
 慮も働いた。
  韓国政府は8月、対日関係の悪化を踏まえて、日韓軍事
 情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄する方針を決
 めた。
  (韓国は、改善するどころか、逆に、反発し、強硬姿
 勢をとっている)。
  11月下旬に執行する予定だ。
  北朝鮮は、弾道ミサイルの発射を繰り返しており、脅
 威は高まっている。
  トランプ米政権は、日米韓の安全保障協力を維持する
 観点から、韓国に対して、方針の再考を促している。
  文政権は、米側の意向も踏まえ、方針を撤回すべきで
 ある。
  輸出管理制度も日韓間の懸案となっている。
  日本政府が、輸出手続き簡略化の優遇を受けられる対
 象国から韓国を除外したことについて、韓国は反発して
 いる。
  日本の措置は、(韓国の側の)輸出管理制度や運用に
 (韓国側の)不十分な点があることが理由だ。
  日韓間で冷静に話し合うことが求められる。
                     以上
  (評)
  隣り同志は互いに親善でなければならぬ・・
  また、礼節を守らなければならぬ・・このことは・・
 ということは、これは、決して個人間のみの事ではない・・
  国と国との関係に於いても「これだと言える」・・
  この様な態度を取らなければ、両国民の生活は永遠に
 幸福なり得ない・・
  韓国は、正直にならなければならない・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆☆☆
2019年10月26日、【討論】米中対決とグローバル化した世
 界[桜R1/10/26]
 ・文明の衝突・・
  中国の特色ある社会主義・・
  中国の国家体制は、巨大な開発独裁・・
  1億5000万人(OECDレベル)、1億5000万人(都市
 住民)、3億人(新都市住民)、7億人(農民戸籍、これ
 は農奴で農民奴隷、この人たちが、実質、支えている)・・
  これは階層的なカースト社会である。
  開発独裁の優位性(人権が無いために出来る)、選挙
 による政変が無いため、反対の無い、反対を抑えた中で
 強力に中長期的な国家計画が立てられる。
  国有企業を利用し、資本主義企業を淘汰し、より有利
 な戦いが出来る・・
  個人の権利が弱く、人権問題や知的財産権などが守ら
 れない・・
  国家の上にある共産党、実態としての三権分立が無い。
 ・アメリカの正義・・キリスト教を基本とした価値観・・
 普遍的価値(自由、民主主義、基本的人権、法の支配、
 市場経済)
  世界の警察は、これ(アメリカの正義)を守るためで
 あり(70数年、アメリカは戦争をし続けて来た)、それ
 がアメリ
 カによる世界の覇権を可能にしている。
  国家は国民のためにあり、国家の介入を極力避ける政
 策をとってきた・・
  自由な貿易→自由で公平な貿易
 ・アメリカの敵になった中国・・
  中国の特色ある社会主義 VS 普遍的価値観、
  南シナ海人工島 VS 航行の自由作戦
  一帯一路(陸路および海路)VS インド太平洋ファ
 ンド
  RCEP(中国を中心とした貿易体制)VS アメリ
 カの自由貿易協定
  アメリカは各国に踏み絵を踏ませ始めている。
  その第一弾がファーウェイ。
  これを守らないなら追い出し、情報共有もしない。
 ・天網スカイネット・・ファーウェイ、ZTE、ハイテ
 ラ、ダーファ、ハイクビジョン・・
  ウイグル人拘束の為に利用されており、関連企業と大
 学など研究機関が早い段階で制裁対象になる可能性が指
 摘されている。
  また、議会は人権弾圧に関係した人物や団体などのリ
 ストを作ることを求めており、これを入国管理や規制に
 利用することを求めている。
  AI、顔認証、先端技術を持つ企業に、ファーウェイ
 同様の規制をかける・・技術の一切を中国へ渡さない。
  MITは中国と共同開発をしていたが、この様なもの
 すべてを潰す・・中国との全面戦争化。
  来年、更なる国防権限法による制裁
 ・3つのキーワード
  FIRRMA:外国投資リスク審査現代化法
  ECRA:米国輸出管理改革法
  CFIUS:対米外国投資委員会
  中国の投資に対して厳格な審査の実施(企業丸ごとな
 どで奪われる技術をその様な方法で渡さない)
  日米の貿易交渉の要(かなめ)として、日本がアメリ
 カの動きに連動する様に強く求められる予定。
  日本も、法改正して外国企業による企業買収に対して
 規制をかけ始める予定・・国会に緊急上程される予定。
  アメリカの態度は、中国に対して、同盟国と共に技術
 を渡さないという態度・・これを明確に示した。
  しかし、日本の国会議員の認識が甘い・・中国べった
 り・・中国に美味しい思いをさせてもらった議員たちが
 居る・・
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  https://yumesyakai.blogspot.com/
.
  (追伸)
  元徴用工のこと・・
  日本で儲けたいと給料の良い日本に来て韓国・朝鮮の
 人が、日本で働いて帰った。
  日本の給料が良いから、韓国・朝鮮から密航的に来て、
 捕まった人が、また密航して来るほど日本の給料は良か
 った。
  元徴用工の話は、この様な状況の中に始まる・・
  今ごろになって、韓国が、日本に御礼を言うどころか
 文句を付けている。
  韓国の裁判所は、日本のどこが悪くて判決を出したの
 か? 
  事実認定を間違っている。
  賠償をする様な事を日本がしたと言う。
  これは、慰安婦問題と同じような韓国のでっち上げだ。
  そもそも問題となる様な事は無いのだ。
  また、例え、韓国の裁判所の判決の様な事はないが、
 あるとしたって、日本と韓国の間には、「この類いの問
 題が生じた場合は、韓国政府が責任をもって解決すると
 なっている」。
  「日本には問題が及ばない」と、国と国の約束で、条
 約として取り決められている。
  だから、今、無理を承知で韓国は、色々とその無理を
 押し通して、日本に言っているが、詳しい事を知らない
 世界の人たちを騙(だま)している。
  そして、韓国は、世界の人たちを繰っている。
  世界の人たちへ、「日本がおかしいのではないか」と
 世界に思わせ様としている。
  まったく日本に問題のない話を、何か問題のありそう
 な話にしようとしている。
  日本は、また、変な妥協をすると、その妥協が、例え
 小さな妥協であっても、「やっぱり日本がおかしかった
 のか」となる。
  日本は、この様な筋の通らない話しは「突っぱねよ!!」。
  「正論だけ言っていなさい」。
  慰安婦の時の二の舞はするな!
  また、世界へ理解して貰(もら)う努力をせよ!!
  韓国へ正論を言っても通じない。
  日本に譲歩を求める韓国大統領はおかしい?
  何も悪くない日本に、その説明もしない韓国に、譲歩
 を求める韓国はおかしい?
  韓国は、「得意な引っ掛け」を、日本に対して行って
 いる事になる。
  この様な卑劣なところが、韓国には、昔からある。
  また、「平行線」と表現すること自体もおかしいこと
 なのだ。
  何も問題ない日本に、その問題も説明できない韓国に、
 平行線となる線は無いのだ・・その様な状態の韓国なの
 だ。
  平行線もなにも問題自体が日本に無いのだ。
  また、韓国大統領が「未来志向の話し合いをしたい」
 と言ったって、「日本の問題点の説明もしない韓国に、
 未来を語る資格はない」。
  日本に問題があるというのなら、誠実に日本の問題点
 を説明しなさい。
  「そもそも問題が無いものに、問題があるとした韓国
 の問題を解消しないで、話し合いをしようという論理は
 成立しない」。
  未来志向であろうがなかろうが「その未来の発展の芽
 を摘み取っている韓国の論理を撤回して、その様なデッ
 チアゲを謝罪がなければ、話し合いも何もできる訳はな
 い」。
  この様な韓国の態度を例えるならば・・
  「日本の顔を殴っておいて、日本に謝罪もしないで、
 握手したいと言っている様なもの」。
  「謝罪しないで、未来志向の話し合いをしよう」と言
 っている様なもの。
  韓国は、日本と未来志向の話し合いがしたいならば、
 まず、元徴用工での非礼の謝罪をしなさい。
  韓国に非があるのに、謝罪も、また、反省も示さずに、
 「両国間の懸案が早期に解決するよう、互いに努力しよ
 う」なんて言えるものだ。
  この様な、韓国の世界を誤魔化す態度が、そもそもの
 問題なのだ。
  韓国よ!、誠実になりなさい。
  そして、日本は、あくまで筋を通しなさい。
  変な妥協をしては、世界を誤らせる。
  また、変な誤解を日本は受けてしまう。
  いつもの様にしつこい韓国だが、正論だけをこの件に
 ついては言っていなさい。
  韓国のこの様なおかしさはアメリカには分かって貰っ
 たので、これからは世界に理解してもらう様にしよう。
  この様な不誠実な韓国大統領の「退陣せよの声」が、
 韓国国内に満ちている。
  この様な韓国大統領には、正論だけで応じて下さい。