橋本病のぼく そして特発性過眠症の僕

橋本病の僕のブログです。ついでに僕は特発性過眠症だそうです。

特発性過眠症

2015年08月06日 | ひとりごと
特発性過眠症・・・だそうです。僕。

意味分からんぞ・・・

とか言いつつ、早速ネットで調べると、だいたい同じような内容の説明でした。

ま、当たり前(説明がそれぞれだったら、それこそ困ります)なのですが、全く知らない病名でございますす。

特発は「とっぱつ」とよむのではなく、「とくはつ」と読むことは分かりました。

このレベル?とか疑われそうですが、そのレベルです。

分からないものは分かりません。

ただ、どうやらずっと困っていた症状がほぼ全域に渡って当てはまるという、なんとすごいなるほど状態。

ああ、僕って、病人だったのね、40年ほど・・・。

でもって、またしても治った人が少ない病気だったわけねって感じです。

ただ、もし、同じ病気の方がこのページをご覧になられていましたら、これだけはいえます。

治らないけど、40年間、困っていたけど、生きてこれます。

これって、すごいことですよ。

僕は、就職試験の面接中に寝てしまったこともありますし、大事な会議でさえ最後まで意識を保てたことは自慢じゃないけどありません。

2、3日連続で眠り続けるなんてごく普通のことですし、休日はほとんど寝ています。

何にも楽しみを楽しめないけれど、それでも、生きて生活続けています。

今日は、何となく、それだけで嬉しい。

そして、病気だったってことが分かって嬉しいです。

病気だから治すのではなくて、病気だから共存すればいいだけです。

そりゃ、これからも苦しい戦いを続ける時期はあるけれど、でも、共存すればいいんだということは、橋本病でなんとなく分かっているつもりです(ほんとか?)。

だから、僕は希望を失っていないし、それよりもとても幸せな気分です。

だって、この訳の分からない症状は、実は病気だったわけです。

しかも、治った事例がとても少なく、かつ、発病率さえ、よくわからない(一説には100,000人に2人程度)。

そこに、橋本病をぶつけたら、凄いことになりそうです。

でも、共存すればいいだけですから、薬は控えめに、眠りたいときは、もう、安心して眠り続けるわけです。

社会生活をどうするかですか。

う~ん、僕の場合は、運のいいことにもう50代を半分超えつつあります。

発病は10代だったそうです。

そういえば、中学から高校に入ったとたん、成績おちまくりました。

寝たからです。

クラスで誰が一番、異な無理をしたときにばれないかを競争したことがありますが、ダントツの誰もが納得の一位でした。

今でも覚えています。

いままで、たくさん戦いがあって、もう社会復帰不可能と思ったことは10回や20回じゃありません。

連続で休んで、地面を見つめたまま、職場にいって、そのまま机を見つめたまま、誰の目を見ることも出来ない日々も何度もありました。

う~ん、そう思うと、辛くなるから、思い出すの辞めます。

それより、病気であることが分かったことの方が嬉しい。

長年、橋本病とつきあっているので、そんな感じです。


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