日々の恐怖 6月18日 狐憑き
昔働いていた病院での話です。
神経内科もある内科病棟だったんだけど、髄膜炎という名目で一人の女性が入った。
でも、検査では病気を示す値はほとんどでなかった。
目は完全にいっちゃってて、ずっとうなり続けていて言葉が通じない、たまにしゃべると意味不明、点滴を引きちぎる、拘束の紐も引きちぎる、医者にも看護婦にも家族にも噛みつく、夜中に遠吠えする、いきなり誰も追いつけないようなスピードで廊下を走り出すと、もうむちゃくちゃ。
スタッフ全員、はっきりと口には出さないけれど、
“ これはもう医者の領分ではないんじゃあ・・・。”
と感じていたそうだが、医局長だけが、
「 あれは髄膜炎だよ。」
と言い張り、坊さんも祈祷師も呼ばれることなく治療を続けた。
それで、ある日突然、文字通り憑き物が落ちたように正気に戻り、あっという間に退院していった。
後日、病院に挨拶に来たところを、ちょうど私も見かけたんだけど、着物着た上品そうな奥様で、かつてあったような気配は微塵もなかった。
もしかしたら本当に髄膜炎で、治療が功を奏してよくなったのかもしれない。
でも、夜中にらんらんと光る目で、
「 お前の背後に狐がおるぞ!」
と言われてしまった先輩は、 挨拶されても、引きつった笑いしか返せなかった。
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