玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

「北方文学」81号紹介

2020年07月04日 | 玄文社

「北方文学」第81号が発刊になりましたので、紹介させていただきます。80号に引き続いて今号も追悼特集を組むことになってしまいました。最後の創刊同人であった大井邦雄氏が今年1月に亡くなってしまったからです。大井氏は早稲田大学名誉教授であり、定年後もシェイクスピア研究をライフワークとして続け、2014年にはハーリー・グランヴィル=バーカーの訳述で日本翻訳文化賞特別賞を受賞しています。シェイクスピア研究の泰斗、大場建治氏はじめ、多くの同僚の方や弟子の方々から追悼文をいただきました。同人の追悼文も5本掲載しました。かなり詳細な略年譜も作成しました。

大井氏本人の作品も2編掲載しています。「北方文学」第2号掲載の詩「パンと恋と夢」と、第59号掲載のウィルフレッド・オーウェン論です。シェイクスピア研究に一生を捧げた大井氏の原点にあったのは詩であったのでした。

巻頭に中国人で日本語で書く詩人、田原氏より久しぶりに寄稿をいただきました。韓国の高名な詩人、高銀に捧げられた無題の作品は、詩の言葉が漢江の流れとともにどこまでも到達していく、普遍性への信頼を語っています。

 続いて館路子の長詩。災厄詩人として知られる彼女ですが、このところ動物をモチーフとした作品を書き続けてきました。今号の「夜半、雨の降る中へ送り出す」ではその動物がこれと特定されていません。何か得体の知れぬ気味悪いものであるところを見ると、新型コロナウイルスのことなのかもしれません。

 魚家明子の詩が2編続きます。「パン」と「春の夜」です。軽めに書かれていますが、夢が肉体を通して喚起するイメージが鮮烈に綴られていきます。天性の詩人ですね。

批評が5本続きます。これこそ「北方文学」の「北方文学」らしいところで、それぞれテーマはバラバラですが、批評精神は共通しています。今号は若手の映画論とロック論もあり、

サブカルチャーを本格的に論じることのできる人材を大事にしたいと思っています。

 最初は徳間佳信の「泉鏡花、「水の女」の万華鏡」の三回目、「銀短冊」についての論考です。「銀短冊」の前に、先々号の「沼夫人」への中国伝統劇の台本『雷峰塔伝奇』の影響について論じています。中国文学を専門にする徳間らしい指摘です。あまりこれまで論じられていない「銀短冊」についての分析で、徳間は鏡花の語りが幻想へと向かっていく構造を一般化している。語りの中で事実と暗喩との境界が定かでなくなっていき、そこに生々しいイメージを持った幻想が生まれてくるという指摘です。

 次は柴野毅実の連載「ヘンリー・ジェイムズの知ったこと」の4回目。『鳩の翼』を取り上げます。今回はあくまでも作品に寄り添い、作品分析を通してジェイムズの作品に迫ります。ジェイムズがしばしばテーマとした金銭と恋愛が、この作品において最も突出した到達点を示しているというのが柴野の考えです。バルザックの『ウジェニー・グランデ』との比較も行っています。

 榎本宗俊の「慰謝する風景」へと進みます。基本的な枠組みは短歌論ですが、いつものように仏教論でもあり、反近代論でもあります。いつも断片的な議論を展開する榎本ですが、今回はかなりまとまりがあります。

 次の岡嶋航「偶像破壊者スーパースター」はホラー映画の新鋭、アリ・アスター監督の「ヘレデタリー/継承」と「ミッドサマー」について論いています。ホラー映画における顔の破壊がテーマになっています。よく観ていますね。

 鎌田陵人の批評もサブカルチャーに関わるもので、日本のオルタナティヴロック、GEZANを論じています。ロックの原点がrebel(反抗)にあるという指摘は正しいと思いますが、鎌田の好きなのはパンク系なので、あまり一般受けするようなものではありません。

 以上批評、以下は研究ということになります。鈴木良一の大連載「新潟県戦後50年詩史」も始まってから10年近くたつでしょうか。今回は1981年から1985年を取り上げていて、「北方文学」のウエイトが大きくなっています。懐かしい名前がたくさん出てきます。ちなみに私はそのころまだ30代の若手でありました。

 福原国郎の井上円了についての論考は、現在彼が進めている県立長岡高校150年史編集のための資料読みから出てきたテーマに拠っています。東洋大学創立者の井上円了は現長岡市出身で、長岡高校の新潟学校第一分校・長岡学校時代の在籍者で、生徒会「和同会」の創設者でもありました。

 最後に小説が2本続きます。大ベテランの新村苑子の「再会」は、冤罪で20年の懲役後、冤罪のもととなった事件に責任のある元夫と苦い再会をする女の心情を描きます。こういう重いテーマで書かせたら、いい味を出します。

 まだ同人歴の浅い柳沢さうびの「砂漠へ行く」は、前2作に引き続いて新人とは思えない安定感を持った作品です。前2作のような幻想的な要素はありませんが、不可解で割り切れない読後の印象は共通しているかもしれません。それにしてもいいタイトルだなあ。

 

目次を以下に掲げます。

【追悼・大井邦雄】

大井邦雄*パンと恋と夢

大井邦雄*呪われた青春に捧ぐる讃歌――ウィルフレッド・オーウェンのこと

大井邦雄略年譜

追悼文・大場建治/野中 涼/冬木ひろみ/間 晃郎/廣田律子/樋口幸子/山内あゆ子/米山敏保/坪井裕俊/館 路子/霜田文子/柴野毅実

田 原*無題――高銀に

館 路子*夜半、雨の降る中へ送り出す

魚家明子*パン/春の夜

大橋土百*冬の虹

徳間佳信*泉鏡花、「水の女」の万華鏡(三)――描写と幻想の間、「銀短冊」の場合

柴野毅実*ヘンリー・ジェイムズの知ったこと(四)――七、『鳩の翼』または金銭とセクシュアリティ――

榎本宗俊*慰謝する風景

岡島 航*偶像破壊者スーパースター

鎌田陵人*レベルミュージック2020 ――GEZAN『狂(KLUE)』を聴く――

鈴木良一*新潟県戦後五十年詩史――隣人としての詩人たち〈15〉

福原国郎*井上円了在学中の新潟学校第一分校・長岡学校――「和して且つ同ず」とは

新村苑子*再会

柳沢さうび*砂漠へ行く

 

お問い合わせはgenbun@tulip.ocn.ne.jpまで。

 



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1 コメント

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Unknown (海藤慶次)
2020-09-08 18:57:47
燕市で「カフェ・いっぱく」という喫茶店をやっている海藤といいます。明大の文学研究科で院生をやってました。小説とか詩とか評論とかやってましたが、今は無聊をかこってます。さとうのぶひとさんから小説の批評をいだいたことがありました。
実は、一枚千円の原稿料で書いてた文芸コラムを見ていただけたら嬉しいのです。グーグル検索で「人文と社会の書林」というホームページの中の「本買取ブログ」の中で連載してました。三条市の古書店さんのホームページです。
地元の文学者の方に見ていただけたら、ただそれだけで幸甚です。

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