玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

東京で歩く

2010年03月09日 | 日記
 都庁裏のホテルから新宿駅西口まで小雨の中を歩いた。雨が降っているのに、異常な暑さだった。高層ビル群が林立するSF的な景観が、あるところから突然、雑然とした繁華街の風景に変わる。歩いてみなければ分からない新宿らしさと言える。十五分かかった。
 「柏崎談笑会」の二次会がお開きになったのは午後十一時を過ぎていた。帰りもホテルまで歩くつもりだったのだが酔眼朦朧、都庁の方角が分からない。仕方なくタクシーで帰らざるを得なかった。本当はゆっくり歩いてみたかった。
 翌朝は目黒駅から目黒区美術館まで往復した。二日酔いが脚に重くのしかかる。目的は藤田嗣治の同美術館所蔵作品だったが、代表作もなく、地味な作品ばかりで期待はずれだった。足取りも重く「権之助坂」とかいう坂道を登って目黒駅へ。往復三十分。
 次は広尾へ向かう。娘が勤めるイタリアン・レストランで食事をするためだ。恵比寿の駅から地図をたよりに歩くのだが、行けども行けども目的のレストランに到着しない。途中には五~六軒もイタリアンレストランがあった。イタリアンブームだなと思ったが、たたんだ後と思われる店もあった。高級住宅街である。味にうるさい人達を相手に競争も激しいのだろう。
 広尾のレストランでゆっくりと食事。シェフ手打ちの生パスタと娘が自分で作ったというデザートが絶品だった。広尾というから格式の高いレストランかと思ったが、かなり庶民的で、居心地のいい店である。また来ることにしよう。再び歩いて恵比寿駅へ。往復四十分。脚が疲労した。
 東京へ出ると、よく歩く。駅構内の移動で、登ったり降りたりが、荷物など持っているとなかなかにきつい。脚が鍛えられるに違いない。そういえば「談笑会」に集まった人達は、七十過ぎの人も八十過ぎの人も、極めて元気だった。足腰を日々鍛えているからかも知れない。

越後タイムス2月19日「週末点描」より)


子守歌協会からのお誘い

2010年03月09日 | 日記
 NPO法人「日本子守唄協会」から十周年記念祝賀会の案内が届いた。昨年十二月に来柏された同協会理事長の西舘好子さんを、貞心尼の墓に案内したことへの返礼としてのお誘いであろうが、とても畏れ多くて出席できそうもない。
 発起人には、作家で『納棺夫日記』を書いた青木新門氏や女優の藤村志保さん、宗教学者の山折哲雄氏、作詞家のもず唱平氏など錚々たる名前が連ねてあって、びびってしまう。
 当日のプログラムを見ると、鼎談が組まれていて、それは東京大学名誉教授で同協会会長の小林登氏、そして日本動物愛護協会理事長で同協会副会長の中川志郎氏、さらには音楽評論家で同協会副会長の湯川れい子さんによるものだ。藤村志保さんの朗読も予定されている。
 少年時代に憧れていたこともある湯川さんの美声を聴いてみたい気もするが、私のような何のとりえもない人間が、そんなところに出席するのは場違いというものだ。西舘さん、申し訳ありませんが欠席とさせてください。
 ところで来柏された時に、西舘さんが「子守唄は子供に唄わせるものではない。大人が唄うものだ」と言われていたことが強く印象に残っている。子守唄は“子供”の唄ではなく“子守り”の唄なのだ。労働としての子守りに耐え、自らを慰撫する唄でなければ、あれほど陰鬱な旋律と歌詞を持っているはずがない。
 案内状には、同協会の名誉会長だった詩人の故・松永伍一氏の言葉が紹介されている。「子守唄は誰かを眠らせる唄ではない、誰かを目覚めさせる唄だ」と松永氏は取材ノートに書いた。誰が目覚めるのか? 言うまでもなく唄う主体が目覚めるのである。
 松永氏はさらに「私は子守唄を収集するという目的を持ちながら、実は身体を張って生きた母達の自伝を探ろうとしているのではないだろうか」と書いている。同協会による子守唄の研究は、子供達ではなく母親達に向かわざるを得ないのである。

越後タイムス2月19日「週末点描」より)


「い」を「え」と間違えないで

2010年03月09日 | 日記
 十五日の「EVセンター」開所式には、市内で走っているEV、pHVのうち十五台が集結した。三菱の「アイミーブ」がほとんどで、他に市が保有する富士重工の「プラグインステラ」と、柏崎タクシーが導入した「プリウスpHV」が勢揃いした。
 まことに壮観で、新時代の到来を思わせるものがあった。しかも、それらの車が走行時にほとんど音を発しないことに改めて驚いた。不気味なくらいに静かなのだ。EVが普及したら、対人事故が多発するのではないかという危惧すら覚えた。“暗がりから牛”という比喩がぴったりなのだ。
 市が組織する「環境・エネルギーネットワーク」は、二○二○年までに鳩山首相のいう“CO2二五%削減”を実現するには、EVの普及率が五七・八%でなければならないという数字をまとめたが、本当にそんなことが可能なのだろうか。
 現在EVは軽自動車で四百五十万円もするが、価格は急速に下がるだろうか。低価格化を促進する要因としては、東芝の柏崎進出などによる二次電池の量産化と、充電インフラの整備ということになるだろう。しかし、本当の普及は家庭用電源使用の実用化によるのではないだろうか。
 しかし「EVセンター」の開所は、ある程度EV普及を促進させるだろう。四月三十日までは無料で充電できるということだし、電気料はガソリン代よりはるかに安いのだから、個人のEV購入を促すことを期待したい。
 ところで、新潟県の人達に気を付けてほしいことがある。EVは“イーヴイ”なので、“イ”と“エ”を混同しやすい新潟人が“イ”を“エ”と取り違えると、とんでもない意味になるので要注意であります。

越後タイムス2月19日「週末点描」より)