落語、「姫がたり」である。
「おう、甘酒屋」
「へい」
「あついかい?」
「あつうござんす」
「じゃあ日陰を通んな」
あれ、江戸時代、甘酒屋って真夏に売り歩いていたのか。ためしに調べてみたら、甘酒は夏の季語となっている。歳時記には「暑い時に熱い甘酒を吹き吹き飲むのは、かえって暑さを忘れさせるので、夏に愛用される」などとある。
あま酒の地獄も近し箱根山
酒十駄ゆりもて行きや夏木立
酒を煮る家の女房にちょと惚れた 蕪村
しかし、わが家ではいまのいままで甘酒といえば冬の飲み物だった。糯米で粥を炊き、麹をまぜて甕にいれる。厚手の布で包んで行火のそばに置く。一晩温めればよい。酒と名がつくが、アルコール分はない。子どもでも飲める。生姜を加えて…。
一夜酒となりの子まで来たりけり 一茶
だが、歳時記や事典の類には「その昔は冬の飲みものだった」との記述もよく見かける。だとすれば、甘酒の旬は「冬から夏へ、そして冬へ」と移ったことになる。寒い冬に熱い甘酒で温まるのは感覚的に分かるが、いったい「甘酒と夏」の組みあわせは、どう誕生し、どう定着し、どう衰退していったのだろう。
味噌つくる余り麹や一夜酒 子規
さて、さきの落語にはつづきがあって、二人のやり取りを聞いていた男が、よせばいいのに真似をする。
「おう、甘酒屋」
「へい」
「あついかい?」
「へい、飲み加減で」
「うう…、一杯くんねえ」
見事にやり損ったりして。