世の男たちに向かって「とにもかくにも結婚せよ」と実に無責任なことをいった人がいる。かのソクラテスである。古代ギリシャの哲学者は、このあとで「もし君がよい妻とめぐり逢えるならば、君は非常に幸福になるだろう。もし君が悪妻をもつならば、君は哲学者になるだろう」とつけ加えているのである。
ソクラテスが悪妻をもったがゆえに哲学者たりえたことは、歴史上あまりにも有名な逸話とされる。
ある時、ソクラテ . . . 本文を読む
佛の顔も三度まで、という。このことわざ、佛さまのお慈悲にかまけて三度まではヘタをこいても許される、と解釈していた。しかし、それにしても、佛の顔をどうしたというのだ、ここのところがよくわからないでいた。
調べてみて驚いた。さきの解釈はまちがいだった。いや、その前にことわざの引用そのものをまちがえていた。正しくは「佛の顔も三度」である。「まで」は不要、そしてもとのことわざは「佛の顔も三度撫ずれば . . . 本文を読む
「あなた、お茶が入ったわよ」とカミさんがいう。亭主はただ「うん」とこたえるばかりである。この場合の「入る」は、文法的には自動詞である。「新明解」によれば、その動作が直接に影響を及ぼす対象を持たない動詞と説明されている。「雨が降る」、「花が咲く」など。「お茶が入ったわよ」とは、わが国では一般によく使われる表現である。これだと自然にお茶が入った感があり、亭主にしてみれば . . . 本文を読む
映画『ヘッドライト』である。1955年の作品だというからリアルタイムに見たころの印象は薄れ、最近、DVDで見て改めて思い起している。
初老のトラック運転手と若い女の恋。ジャン・ギャバン51歳、フランソワーズ・アルヌール24歳。ジャン・ギャバンは、デカ鼻と真一文字にむすんだ唇が男の哀愁を滲ませる。無口でほとんど無表情ゆえにちょっとした目の動きが感情をあらわす。アルヌールは小粋で可憐だが健気なヒ . . . 本文を読む
春の七草といえば、「セリ・ナズナ、ゴギョウ・ハコベラ、ホトケノザ、スズナ・スズシロ、これぞ七草」といい、1月7日に七草粥を食して1年の無病息災などを祈り、また正月料理で疲れた胃を休めるものとして、その風習はいまもつづいている。しかし、これに対して秋にも七草があることは意外と忘れられている。また秋の七草の存在を知っていても、七草の名をすべていえるかといえば、その数はさらに少ないので . . . 本文を読む
落語、「姫がたり」である。
「おう、甘酒屋」
「へい」
「あついかい?」
「あつうござんす」
「じゃあ日陰を通んな」
あれ、江戸時代、甘酒屋って真夏に売り歩いていたのか。ためしに調べてみたら、甘酒は夏の季語となっている。歳時記には「暑い時に熱い甘酒を吹き吹き飲むのは、かえって暑さを忘れさせるので、夏に愛用される」などとある。
あま酒の地獄も近し箱根山
酒 . . . 本文を読む
世界はなんと長い間、このシュリーマンという人物に騙されつづけてきたことか。彼の自伝「古代への情熱」が出版されて100余年、当時もいまも、知識人が読むべき代表的古典として推奨されつづけているのだが、岩波文庫に収録されているこの本を初めて読んだのは、まだ中学生のころであった。以来、ハインリッヒ・シュリーマンは憧れのヒーローであり、「古代への情熱」は愛蔵の一冊として大切にしてきた。ホメロスの物語、なか . . . 本文を読む
中国の古典『十八史略』に「天知る、地知る、子知る、我知る」という。後漢王朝の時代というから10世紀中期のころ、清廉で知られる楊震という人物がいた。地方の長官に任命されて赴任する途中でのこと、むかし目をかけてやった王密という男が面会を求め、世話になったお礼だといって金十斤を贈ろうとした。むろん今後ともよろしくという下心があってのことである。
楊震が断ったところ、王密は「こんな夜更け、このことは . . . 本文を読む
映画『かもめ食堂』、である。ところはフィンランドの首都ヘルシンキ、かもめ食堂という日本食の店を営む女性が主人公。その彼女、サチエが挽きたてのコーヒー豆をドリッパーに移すと、そこに人さし指を置いて「コピ・ルアク」と唱えてから湯をそそぐ。いまに忘れることのできないシーンであった。
この「コピ・ルアク」という呪文のようなことば、映画にはコーヒーを美味しくするためのまじないとして登場するのだが、ここ . . . 本文を読む
表題の「Ⅰ,ROBOT」は、2004年に公開された20世紀フォクス社のSF映画。原典はアイザック・アシモフの短編「われはロボット」である。人間とロボットが共存する2035年のシカゴ。ひとりの科学者が謎の死を遂げ、刑事デルは一体のロボットに疑念を抱いて捜査を進めるが……。
では、なぜアイザック・アシモフか。それは彼が発表した「われはロボット」(1950年)により . . . 本文を読む
1968年に公開された映画「2001年宇宙の旅」は美しい映像とは裏腹にちょっと恐い、そして難解な映画でもあった。木星に向かう宇宙船ディスカバリー号を制御する人工知能HAL9000型コンピュータが探査目的に疑問を持ち、宇宙船内で反乱を起こす。1960年代に世界のコンピュータ市場を支配していた巨人といえばIBMだが、IBMが人類に反乱を起こしたと描くわけにはいかないので、IBMのアルファベットを一文 . . . 本文を読む
1949年、そのころのアメリカに古本屋がたくさんあるとはとはいえなかったらしい。ニューヨークに住むヘレーン・ハンフはイギリス文学好きだが、読み返したい作品に絶版が多く、ロンドンの古書店マークス社にほしい本のリストを送る。そのマークス社の所在地がチャリングクロス街84番地というわけだ。数週間後、マークス社のFPDという社員から返事が届く。そこからヘーレンとFPDことフランク・P・ドエルとの長きにわ . . . 本文を読む
七十二候に『芹乃栄』という。せりすなわちさかう。芹が盛んに繁る季節ということか。春の七草のひとつにも数えられる芹、湿地や水辺に生え、古くから食用とされてきた。
せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草
新年1月6日の夜、その年の恵方を向き、これら春の七草をまな板にのせ、包丁の背などでトントン叩いて細かく柔らかくしておき、翌7日の朝 . . . 本文を読む
『ホンネ』という。本音、まことの音色のこと。広辞苑によれば、転じて本心から出たことば。たてまえを取り除いた本当の気持ちをいうとある。ホンネというからには、ウソネというのもあるにちがいない。この場合、ウソネのことは、これも広辞苑によれば『タテマエ』という。立前あるいは建前と書くが、もとはといえば、振売りや大道商人が物を売るときの口上であったというからおかしい。 &nbs . . . 本文を読む
ローマ皇帝カエサルに名言がある。プルターク英雄伝によれば、ローマ軍がナイルの戦いでエジプト軍を破り、つづいて小アジアのホントスに進軍、ファルケナス王と戦い、ローマ軍が完勝する。このとき、カエサルがいった「Veni(来た)、Vidi(見た)、Vici(勝った)」の三語である。そしてこれが戦場から送った彼の戦況報告書の全文であった。ラテン語では、この三つの語はおなじ動詞語尾をもち、ありえないほど短い . . . 本文を読む