十月十九日、テレビを見ていて驚いた。 津軽海峡を中国とロシヤの軍艦が縦深体制で通過していたのだ。このあと艦隊は日本を一周し実弾訓練までしている。外国の艦隊が津軽海峡を通過して示威航行したのは史上初めてだと思うが、昔風にいえば傍若無人な脅かしである。 津軽海峡に面した漁村に生まれ育った私にとっては驚きと共に屈辱感が湧くシーンだった。メディア、特に新聞の反応は案外鈍いが、日本も随分舐められたものだというのが私の第一印象だった。 ▼思い出したこと
津軽海峡を航行する旧日本帝国海軍の艦隊は子供の頃何度か見た。村の背後は津軽要塞だったので、駆逐艦が廻航して要塞要塞と発火信号をを交わすのがよく見えた。実にかっこよかった。駆逐艦は全速力で曲がると艦体が撓る(しなる)のだ、などと子供達で話し合っていた。 * 明治22年生まれの私の父親は日本海海戦のころ(明治38年)、津軽海峡を遊弋する上村艦隊を見たと言っていた。 * 父親が上村艦隊を見た三十数年後の昭和17年、13歳だった私は津軽海峡を通る大艦隊を見た。しかしその艦隊は粛々というか静々というか、音も無く妙に静かに動いていた。駆逐艦の勇ましい高速航行も無く、発火信号も無かった。なんとなく不気味な感じだったのを覚えている。後であれはミッドウエイ海戦で大敗した帰港途中の連合艦隊でなかったかと思い、陸奥湾の大湊要港に向かっていたのかも知れないなどと勝手に想像した。 * 話は少し横道にそれるが「翼よあれがパリの日だ」で有名なアメリカのリンドバーグ夫妻が訪日した1931年8月、途中で千島択捉島に不時着した。 私が小学生の時、担任の先生は千島の要塞も津軽要塞もトンネルがあちこちに走っていて大砲が素早く移動できるようになっている。リンドバーグ夫妻はスパイらしい。不 時着に見せかけて要塞の秘密を探っていたのだ、と言っていた。 * そして昭和二十年七月、アメリカ機動部隊の函館空襲を体験した。実戦を目の当たりにしたのはこのときだけだったが、機動艦隊は海峡には入ってこなかった。太平洋戦争中、津軽要塞の大砲は結局一発も撃たずに終わった。当時既に大艦巨砲と要塞砲の時代はとっくに終わっていたのだ。 ▼中国の海洋進出 「列島線」 つくづく考えさせられるのは、「国」という組織がある以上、勢力争いは避けられないという冷厳な現実である。戦争一歩手前、綱渡り状態のパワーバランスがいわば当たり前になっている。
今 回の中ロ海軍の示威行動は、西側のクアッド(日米豪印 外交安全保障)、オーカス(豪英米軍事同盟)に対抗するものだろうが、さかのぼれば中国の台頭、中華思想、覇権主義、一帯一路、そして海洋進出政策があり、新冷戦状態の背景がある。 中国はアメリカがベトナム戦争後フィリピンの基地からも撤退したあと、日本の石油シーレーン(海上交通路)途上にある南シナ海を強引に制圧し珊瑚礁を軍事拠点化した。更に止まるところを知らず第1、第2、第3列島線を構想した。 中国の将軍が太平洋をアメリカと2分割しようと話したとか、オーストラリアには日本はいずれ消滅する、従って我が中国と組むべきだと言ったという話が流れたことがある。まるで15世紀のスペインとポルトガルによるトルデシリャス条約(世界2分割占領条約)のような話だ。フェイクニュースではないかと思っていたが、どうも中国は本気で構想し実現を目指しているようにみえる。 ▼勢力圏と生命線 年寄りの妄想じみた連想はアジアの海洋における各国の歴史的勢力圏、生命線のことにまでさかのぼる。 ▽日本は神功皇后の「三韓征伐」伝説から始まって、豊臣秀吉の朝鮮侵攻、明治維新後の朝鮮併合と中国侵略、大東亜共栄圏構想と、後発の帝国主義的膨張を続けてきた。そして連合国のABCD包囲網(米英支蘭)に囲まれ、「窮鼠かえって猫を噛む」の太平洋戦争に突入した。 ▽繰り返されてきた勢力圏抗争の境界線 (櫻井よしこ著「地政学で考える日本の未来」やネットから引用) *スペインとポルトガルのトルデシリャス条約 1494年 世界2分割占領条約 *日本の明治期「利益線」 1890年(明治24年) 朝鮮半島を通る「利益線」 山有朋首相の議会演説 *米国の「アチソン・ライン 1950年 日本・沖縄・フィリピン・ ァ リューシャン列島を 通る「不 後 退防衛線」(朝鮮半島と台湾 は入っていない) *中国の列島線 1990年代以後 中国の海洋戦略戦 展開の目 標ライン ・第1列島線 九州を起点に、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたる ラインを指す ・第2列島線 伊豆諸島を起点に、小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニ ューギニアに至るラインである。 ・第3列島線 アリューシャン列島やハワイ、南太平洋の米領サモアを経て ニュージーランドに至る線。 中国海軍は、第二列島線を2020年までに完成させ、2040年~2050年までに西太平洋、インド洋で米海軍に対抗できる海軍を建設するとしていた。 ▼元軍国少年の感慨と心配 少し頭を冷やして考えてみると、今回の日ロ艦隊日本一周の威嚇は、もう古いスタイルなのかも知れない。今やミサイルとロボットとサイバー戦の時代であり、航空母艦などの海上艦艇よりSLBM(潜水艦発射ミサイル)の時代に入っている。変則軌道ミサイル、極超音速ミサイルなど最新の軍事技術も報道されている。 とりとめない思い出が次々と湧いてくるが、心配なのはこの中ロ艦隊による示威と脅かしに対して政界やマスコミの反応が意外なほど小さいことだ。 今回の衆院総選挙でも関心はもっぱらコロナと経済問題に集中し、安全保障問題はほとんど議論の対象になっていない。 しかし津軽海峡を悠々と通過する中ロ艦隊の映像を見ていると憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」文言のなんと空しく聞こえることか。 非武装不戦の憲法九条のあまりにも非現実的なこと、「解釈憲法」による曖昧きわまる自衛隊の存在など改めて日本人、特に戦争体験者の、あえて言えば「思考停止」状態が残念に思える。 (2021/11/24)