その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本などについての個人的覚書。ご笑読下さい。Since 2008

W.シェイクスピア/訳:安西徹雄『ハムレットQ1』(光文社古典新訳文庫、2010)

2024-05-16 07:30:14 | 

シェイクスピア劇にはQ版(四折本、クオート)、F版(二折本、フォリオ)があるのは知っていた。ただ、ブルックナーなどのクラシック音楽の交響曲の「版」同様、ゆるゆる読者・鑑賞者の私には違いを意識することなく、いつも漫然と接してきた。今回、人気女優の吉田羊さんが題名役を演じる『ハムレットQ1』を観劇するにあたり、事前に『Q1』を読んでみたら、その違いに驚いた。

本書には冒頭に訳者の解説で版について説明されている。『ハムレット』には二種類の四折本(Q1/Q2)とF1の三種類があってそれぞれが大きく違っている。Q1はQ2やF1に比べて極端に短い上に、現代の多くの翻訳はQ2とF1の混成版になっているという。Q1が海賊版、Q2は作者の生原稿、F1はシェイクスピア自身の劇団による上演原稿との推測が主流らしい。一方で、訳者は、Q1は当時の実際の上演を反映した本文であることや、「ハムレット」の変遷における初期の段階を示しているものとして評価している。

私自身、『ハムレット』は小田島雄志訳と松岡和子訳を持っているが、それらとこの「Q1」の厚さの違いに驚かされる。そして、確かに、Q1は薄いだけあって物語はサクサク進み、スピーディだ。物語の緊張感が途切れることなく、一気に読み切らせる力を持っている。数か月前に太宰治の「新ハムレット」を読んだ感覚に似ていた。

英文科の学生ではないので、具体的にどこが違うのかは比較していないが、長さ以外の印象としての違いは、ハムレットの悩める青年ぶりのシーンが少ないとは感じたが、だからと言って物語全体に大きな影響を与えているとは思えない。どこにこのページ数の違いがあるのか、ぱっと読みだけでは分からないほどだ。ちなみに、本書で解説を寄稿している河合祥一郎先生は、話の構成や王妃ガートルードの人物造形の違いを指摘されていた。

深みに入れば底なしのようなシェイクスピアの世界。とりあえず、私は井戸端から底を覗くぐらいにしておこう。


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