海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

伏せられた教科書名

2011-10-15 12:05:51 | 教育・教科書
 8月23日に開かれた八重山採択地区協議会の「会議録」を読んでいて異様に感じるのは、司会を務めている玉津会長の次の一言だ。

「できるだけ教科書名を、名前を言わないでの推薦をお願いします」

 使用する教科書を選ぶ協議会で、具体的に教科書名をあげずに、どうやって議論を深めようというのか。普通に考えるなら、協議会というのは各教科書を比較、検討した上で、それぞれの善し悪しを委員が議論し、総合的に評価して、適切な一冊を選ぶ場であるはずだ。その際に、教科書名を言わなければ具体的な議論はできない。
 問題となっている公民の教科書について見ると、3名の調査員は地理・歴史・公民の3分野の教科書について9回の会議を開いたという。会議にはそれぞれ4時間を費やしたというから、36時間以上かけて検討したことになる。その上で、公民分野で現在使われている東京書籍の教科書に高い評価が下されている。調査員の感想は、玉津会長の説明によれば以下のものだ。

・社会で起きている事象を生徒に引き寄せる工夫がある。
・スキルアップ問題など、単元に合わせた生徒の活動が提示されているので活用しやすく、良い。
・読み物資料に「人権作文」や中学生の詩、甲子園での義足の選手の活躍などがある。
・沖縄のアメラジアンを取り入れてある。
・「日本の平和主義」で沖縄の基地問題や平和の礎について取り上げている。
・写真で原爆の悲惨さを描いている。

 東京書籍の教科書について調査員はプラス面の評価を並べ、マイナス面は一つもあげていない。それに対し育鵬社の教科書については、表紙に沖縄県が入っていない、米軍基地などの記述がない、など多くのマイナス面が指摘されていたという。推薦したい教科書として調査員は、東京書籍、帝国書院の2社をあげているが、東京書籍の教科書を継続使用しても問題ない、という判断であったろう。
 これに対して協議会の各委員が育鵬社の教科書を選ぶというのなら、まず調査員が指摘したマイナス面を補って余りあるほど育鵬社の教科書にはプラス面があることを具体的に示し、その上で総合評価として育鵬社が東京書籍を上回ることを示さなければならない。協議会というからには、そのような議論を経て結論を出すのが当たり前であり、議論のためには教科書名を出すことが必要不可欠だ。
 協議会の司会には、各教科書の検証のために議論を活発にし、委員の判断を深化させる役割が与えられていると思うが、玉津会長はそれとまったく逆のことをやっている。教科書名をあげさせないことで議論を抽象化させ、各委員が自分の考えを一方的に述べるだけで終わらせようとしている。歴史分野の議論で、教科書について具体的に論じるよりも、自分の思いを披瀝する発言が目立つのもそこに一因がある。
 玉津会長がそのような不自然な行動をとったのは、公民分野で育鵬社の教科書を選ぶためであったろう。もし教科書名を出して具体的に議論していれば、公民分野の採決前にもっと活発な議論が展開されたはずだ。育鵬社の教科書名をあげて発言する委員がいれば、それに反論する委員も出ただろう。そうなることを回避して、不意打ちに近い形で採決に持ち込みたいという玉津会長の意図が、教科書名を伏せさせる発言につながっている。
 調査員から東京書籍が高く評価され、推薦したい教科書として育鵬社は出ず、なおかつ委員の議論も抽象的で積極的に育鵬社を推す声が出なければ、採決で育鵬社が5票を取るという流れはつかみにくい。公民分野の議論の時間が短かったことが、マスメディアでも問題として指摘されているが、それは育鵬社の教科書をめぐる議論が意図的に回避されたからである。

 公民分野の採決前に玉津会長は、「議事録では名前は出ませんのでご安心して下さい」と述べている。投票しようとする委員にどうしてそう言ったのか。あらかじめ育鵬社に投票すると示し合わせていた委員が、ギリギリになって動揺するかもしれないと考え、安心させるために付け加えた一言ではなかったのか。無記名投票にした上でさらにそう付け加える玉津会長の狙いが、「会議録」として文字に起こされることで浮き彫りになっている。
 調査員は長い時間をかけて教科書を調べ、比較検討し、議論を重ねた上で、評価・推薦している。それに対して別の教科書を選ぶというのなら、なぜその教科書なのか、推薦された教科書に比べてどこが優れているのか、八重山地区の教科書としてどこが適切なのか、そういう議論を徹底して行うのが協議会委員の仕事のはずだ。それをしないで簡単に推薦外の教科書が選ばれるのでは、調査員はたまったものではないし、時間をかけてていねいに調査しようという意欲も失われるだろう。
 調査員の1種絞り込みや順位付けを批判するのなら、協議会委員はみずからも教科書を読み込み、研究した上で、調査員を上回る質を持った議論を協議会で尽くすべきではないのか。はたして協議会委員はそれをやったのか。教科書名を言わないで…という玉津会長には、そういう気がさらさら無かったとしか思えない。


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