海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

自衛艦のソマリア派遣

2009-03-15 17:37:07 | 米軍・自衛隊・基地問題
 雑誌『世界』09年3月号に軍事史研究家・評論家の前田哲男氏が「海賊対策にはソフト・パワーを」という評論を書いている。その中で前田氏は、かつて「海賊天国」と言われた東南アジア海域から海賊被害がほぼ一掃され、海賊抑止が可能となった理由を次のように述べている。
〈このめざましい成功の基礎に、情報共有センター設置やODA(政府開発援助)による巡視艇提供、共同訓練・哨戒など、たゆみない「海保外交」、ソフトパワーによる海賊抑止の努力がある。日本は海上保安協力を通じ、海上警察の執行機関として重要な国際貢献を果たしてきた〉(33ページ)。
 それに踏まえて前田氏は、現在進められている海賊対策についても触れている。
〈海上保安庁は、国際協力機構(JICA)と共同で、〇八年一〇がら約一ヶ月間、アジア各国の海上法執行機関を日本に招き、海賊・密輸・密航など海上犯罪に対処する「海上犯罪取締研修」を実施、そこに初めて中東からイエメンとオマーンの沿岸警備職員も参加した。海賊対策の「アジア・モデル」は、ソマリア周辺国にも広がっているのである〉(35ページ)。
 このように日本の海上保安庁が海賊対策で挙げてきた実績と現在の取り組みを紹介したうえで前田氏は、憲法や集団的自衛権、交戦権など多くの問題を持つ海上自衛隊の派遣よりも、〈すでに機能している〉〈非軍事・被集団的自衛権による海上保安協力〉(35ページ)を優先し、〈日本がこれから海自派遣の準備をはじめ、三月以降から遅ればせのプレゼンスを実行するより、より長期の、そしてアジア海域ではっきりと実績をあげた海賊対策に力を入れることのほうが、着実かつ具体的な海上安全への貢献となるだろう〉(34ページ)と主張している。
 前田氏の評論には説得力がある。より大型で重装備の護衛官を派遣すれば、それで有効な海賊対策になるというわけではないだろう。任務としてこれまで海賊対策が位置づけられてなく、何の実績も経験もないまま、にわか訓練をしただけの海上自衛隊より、海賊対策ですでに大きな実績をあげていて、多国間協力体制を築きつつある海上保安庁の方が、より〈着実かつ具体的な海上安全への貢献〉ができるのは明かではないのか。
 しかし、前田氏のような冷静な判断・主張は大きな世論とはならず、昨日14日に海上自衛隊の護衛艦2隻がとうとうソマリアに向かって出航した。「バスに乗り遅れるな」とばかりになし崩し的に軍事行動が拡大していくのは、日本という国の習い性となっているのだろうか。今の自衛隊の状況はまるで、陸自・空自・海自がそれぞれ他に遅れを取るまいと競い合い、軍としてのみずからの存在を世界に誇示したいという欲望をエスカレートさせて、それが歯止めもないまま実行に移されているかのようだ。
 行け行けどんどん、という気分は冷静な判断を狂わせる。北朝鮮の人工衛星打ち上げに対する反応に、それはいっそう顕著に現れている。ロケット発射を実行したら撃ち落とせなどと、軍事技術面からも外交面からも不可能なことが分かりきっているのに、過激な発言が飛び交っている。メディアもそれを期待し、煽ってさえいるかのようだ。しかし、そうやっていつまでも北朝鮮を「悪の枢軸」に見たて、国内政治の不安定さや経済危機で募る不満を拝外主義丸出しでぶつける対象にしたところで、何がどう良くなり、前進するというのか。
 日本人は「平和呆け」だの「軍事音痴」だのと言い募って、軍事に関する知識をひけらかす者たちがいる。確かに軍事について学ぶのは必要だろう。しかし、どのように戦争を回避し、その原因を取り除き、平和を実現していくか、という目的が明確に据えられないまま、軍事に関する知識をいくら仕入れても、軍事偏向の短絡的な判断に陥るだけだろう。
 経済危機が深まり、政治が機能失調に陥るなかで、メディアによって好戦的気分が煽られ、軍がなし崩し的に行動を拡大させていく。それこそかつて見た光景であり、この流れに歯止めをかけなければならない。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『秘録 沖縄決戦 防衛隊』... | トップ | 「風流無談」第21回 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (カロン)
2009-03-16 13:47:38
 前田氏の指摘の妥当性は、マラッカ海峡での実績という説得力があると思います。
 では、マラッカ海峡のようにアデン湾のケースも可能なのか?という検証も必要かと思います。
 個人的には、ソフトパワー論を支持しますが、実は、ソマリア海賊問題は、海賊家業ではないと踏んでいます。詳しくはトラックバックさせてもらいますが、ソフトパワー論というのは、ハードパワーの担保を必要とするものだと思います。従って、個人的には、日本のハードパワーを高く評価する立場とすれば、両面での対応が必要だと思います。
 つまり、派遣という対処策とソフトパワーという解決策の二面作戦です。
 ただ、正直、ソマリア問題の本質が海賊とは思えないのです。もっと大きな人災?のようなものがあって根が深いと思っています。
駄文失礼しました
返信する
Unknown (目取真)
2009-03-16 17:55:57
『世界』3月号では、前田氏の評論と一緒に、竹田いさみ(獨協大学)「ソマリア海賊の深層に迫る」、谷口長世(国際ジャーナリスト)「狙いはアフリカのエネルギー資源確保だ」という評論も掲載されています。
ソマリアの国家崩壊によってどのような事態が生じているのか。
なぜ各国がいまソマリアに関心を持つのか。
アフリカにおける資源争奪戦の問題は、「先進国」がアフリカをどのように植民地支配してきたのかという問題とも、もちろん関わってきます。
海賊対策の背景にあるものをとらえる必要があるというご指摘はその通りです。
海賊対策だけなら海上保安庁でも対応可能でしょうが、それ以上の目的があるから海上自衛隊を派遣するのでしょう。
そこにはアフリカの資源争奪戦に、日本が積極的に関与していくという狙いもあると思いますし、中国との軍事的対抗もからんでくるでしょう。
『世界』3月号の他の評論もぜひ読んでみてください。
返信する

米軍・自衛隊・基地問題」カテゴリの最新記事