海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

盗作問題への小林よしのりの言及

2009-06-09 22:23:33 | ゴーマニズム批判
 小学館発行の雑誌『SAPIO』6月24日号掲載の「ゴーマニズム宣言」に、私が指摘した小林の盗作問題への言及があることを、少し前に本ブログのコメント欄で教えてもらった。沖縄は雑誌の販売が一週間ほど遅れるので、昨日やっと購入して確認することができた。欄外の短い文章だが、小林よしのりはこう書いている。

 〈目取真俊が『沖縄論』の「亀次郎の戦い」が盗作だと因縁つけているらしいが、あの章は瀬長や瀬長の妻、元秘書の佐次田勉の著書など多くの文献を参考にしており、参考文献は順不同で明記している。瀬長はあくまでも「日本民族」主義者であり、米軍と対等に渡り合った偉大な政治家だ。わしは大尊敬している。だから描いたが、いかんのか?〉(64ページ)。

 短文ですぐにばれるにもかかわらず、呆れるような論点すり替えをやっている。いったい誰が瀬長のことを描いたらいけないと言っただろうか。小林が瀬長のことを描きたいのなら好きなだけ描けばいい。問題はその描き方であり、参考文献の引用・利用の仕方だ。 この問題について私が初めて書いたのは、二〇〇五年九月一日付「沖縄タイムス」朝刊である。そこでこう指摘した。

 〈『沖縄論』の第19章「亀次郎の戦い」は、『瀬長亀次郎回想録』(新日本出版社)や『民族の悲劇』(新日本新書)などの著作で内容が補強されている個所もあるが、その全体の構成や内容は、佐次田勉『沖縄の青春 米軍と瀬長亀次郎』(かもがわ出版。以下『沖縄の青春』と略す)に依拠していると言っていい。関心のある人は、小林の『沖縄論』と佐次田の『沖縄の青春』を読み比べ、内容を引き合わせてみてほしい。そのあからさまな利用の仕方に驚くだろう。
 「亀次郎の戦い」は五十ページもあり、『沖縄論』全体の八分の一を占める。総コマ数は三百五コマで、登場人物のせりふの入った吹き出しが、やじを含めて二百一五ある。その内、少なくみても百四(四八%)の吹き出しで、『沖縄の青春』の中の「 」でくくられた証言や発言、演説の言葉が使われている。吹き出しのせりふだけではない。瀬長が那覇市長に立候補した『沖縄論』三百二九ページ以下の展開は、ストーリーの構成から説明文の内容まで『沖縄の青春』と酷似している。
 さらにあきれるのは、終わり方まで一緒なのだ。『沖縄の青春』は瀬長が那覇市長を追放され、抗議の市民大会で「私は勝ちました。アメリカは敗けました」と演説する所で終わる。小林の「亀次郎の戦い」も詳しい描写はその演説までであり、その後の瀬長の生涯は簡単に描かれ、小林の瀬長に対する評価が述べられている。
 小林『沖縄論』と佐次田『沖縄の青春』は同じ資料を使って書かれているのだから、内容や「せりふ」が似てくるのは当然、という反論があるかもしれない。しかし、問題は類似の程度であり、引用の仕方なのだ。登場人物のせりふの半分近くが別の著作と共通し、構成も似ているというのは、同じことをノンフィクションや小説など活字の世界でやれば、著作権侵害として訴えられ、盗作問題が起こってもおかしくない。それがマンガでは許されるのだろうか。
 さらに付け加えると、佐次田の『沖縄の青春』は、映画『カメジロー 沖縄の青春』(監督・橘祐典、謝名元慶福、島田耕)の原作(原案)として書かれたものだ。「亀次郎の戦い」の作画の段階で、映像資料があったのはさぞ便利だったであろう。『沖縄論』三二九~三三〇ページの夜間の演説会や、三三三ページ以下の那覇市議会の様子などを描く上で、映画のビデオが利用されたと思えるのだが、参考資料としては明示されていない〉。

 この四年間、引用した私の指摘を小林がまったく知らなかったとは思えない。おそらく、無視しても大したことはないと判断していたのだろう。今回の言及は、岩波書店の雑誌『世界』6月号に古木杜恵〈「敵」を捏造する言説、差別を流通させるメディア〉が掲載され、その中で上記の盗作問題が取り上げられていることを知って、さすがに無視できなくなったということなのだろう。
 この問題について、小林が自ら盗作だと認めるとは思えない。あくまで〈参考〉にしただけだと言い張り続けるだろう。盗作か否かの判断は第三者にまかせよう。実際に佐次田勉『沖縄の青春』と小林よしのり『沖縄論』の「亀次郎の戦い」を読み比べてみれば、結論は自ずから明白である。
 小林の言及で私の目を引いたのは〈参考文献は順不同で明記している〉という一節である。短い文章なのになぜわざわざこのことを書いたのか。『沖縄論』の巻末には参考文献一覧が載っているが、「亀次郎の戦い」に関しては、以下の著作が406ページにまとめて挙げられている。
 『瀬長亀次郎回想録』(瀬長亀次郎/新日本出版社)
 『沖縄人民党』(瀬長亀次郎/新日本出版社)
 『沖縄からの報告』(瀬長亀次郎/岩波新書)
 『民族の悲劇』(瀬長亀次郎/新日本新書)
 『民族の怒り』(瀬長亀次郎/新日本新書)
 『民族の未来』(瀬長亀次郎/新日本新書)
 『米軍占領下の沖縄刑務所事件』(端慶覧長和/月刊沖縄社)
 『暑い太陽のもと 激動の島に生きる』(瀬長フミ/あけぼの出版)
 ところがなぜか『沖縄の青春 米軍と瀬長亀次郎』(佐次田勉/かもがわ出版)だけは、遠く離れた404ページに挙げられているのである。そのことを小林は〈順不同で明記している〉と書いているのだが、誰が見てもこれは不自然だろう。私は小林が確信犯として佐次田の著作を利用し、その事実を隠すために、このような不自然な参考文献の挙げ方をしたものと見ている。
 「亀次郎の戦い」は『沖縄論』の出版時に書き下ろしとして付け加えられたものであり、その長さは『沖縄論』全体の八分の一にあたる五十ページだ。『SAPIO』6月24日号の私への言及があるページで小林は、〈作品は6人がかりで一日12~13時間描き続けても、一日に2枚しか上がらない〉と自らの制作状況を明かしている。参考文献として挙げられた著作を小林が実際に自分で読み、他の資料も集めて参考にしたのなら、それだけでかなりの時間を割いたはずだ。さらにストーリーをまとめ、編集者と打ち合わせをし、作画にいたるまでの時間も含めて考えると、通常の連載も行いながら「亀次郎の戦い」を書き下ろすことは、〈一日に2枚しか上がらない〉制作状況の小林にとって過酷な作業であったろう。
 これは私の推測だが、小林も当初は複数の参考文献から随時引用し、独自にストーリーを作ろうとしたのではなかろうか。「亀次郎の戦い」の最初の部分と参考文献を比較しながら私はそう感じた。しかし、締め切りが迫る中で、そういうやり方では時間がかかってとうてい間に合わないと判断し、『沖縄の青春』をなぞる形で安易にストーリーを作り、多少手を加えて作画していったのではないか。その場合、『沖縄の青春』と『沖縄論』を両方読む読者は少ないだろうし、ましてや類似性に気づいて比較検証する読者はいるはずがない。そう高をくくっていたのだろう。それでも念のために、参考文献一覧では離して挙げていたということではないか。
 しかし、それは『沖縄ノート』を読まずに大江・岩波沖縄戦裁判について書き、発言する小林らしい浅はかな判断でしかなかった。どのような理由があれ、小林が「亀次郎の戦い」でやっているような安易な創作手法が許されるはずがない。ゴーマニストはその傲慢さ故に自ら墓穴を掘ったのだ。
 今回、欄外の短いコメントであれ小林が盗作問題に言及したことで、小林自身はいうまでもなく、『SAPIO』および『沖縄論』の発行元である小学館も、この問題に関してきちんとした見解、立場が問われるはずだ。
 この問題については引き続き追及していきたいと考えている。

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