海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

50年目の6・15

2010-06-16 23:57:55 | 米軍・自衛隊・基地問題
 6月15日は60年安保闘争のさなかに全学連の学生が国会に突入し、樺美智子さんが亡くなってから50年の節目の日であった。かつて6・15は反安保の象徴的な日であり、全国各地で集会やデモが行われていた。沖縄では基地問題がくり返し焦点となるため、米軍基地の法的根拠である日米安保条約の問題は今も問われ続けている。しかし、全国的にはほとんど関心を持たれないまま、50年目の6・15を迎えたのが現実だろう。
 15日は午後から参議院の代表質問がNHKで放送されていたが、各党から普天間基地問題について質問されるたびに菅首相は、「日米合意」を踏まえて着実に実行する、「沖縄の負担軽減」を進める、という言葉をくり返していた。15日はまた、午前中に菅首相と仲井真知事の会談もあった。いったい菅首相は一日で何回「沖縄の負担軽減」という言葉を使っただろうか。
 菅首相の言う「沖縄の負担」とは、言うまでもなく日米安保条約に基づく米軍基地の負担である。菅首相からすれば、「日米合意」に基づいて普天間基地を名護市辺野古に「移設」し、嘉手納より南の基地を返還させれば「沖縄の負担軽減」になるという理屈だろう。それはかつて自らが批判していた自公政権と同じ理屈だ。
 それに対して沖縄では、5月28日に日米共同声明が発表された直後の琉球新報・毎日新聞の世論調査で、84%の県民が同声明に反対の意思を表している(5月31日付琉球新報参照)。沖縄に住む者からすれば、この数字は何も驚きではない。自公政権下でも辺野古「移設」=新基地建設に対して県民世論は7割前後の反対があった。自民党・公明党の県連が「県内移設」反対に変わった今、その支持者も反対に回れば、84%になるのは自然なことだ。ちなみに、賛成はわずか6%にすぎない。
 市街地の真ん中にある普天間基地が危険な状況にあることは誰にでも分かる。それを早急に閉鎖し、撤去してほしい。しかし、だからといって辺野古への「移設」は許せない。それは沖縄の中で基地負担・危険をたらい回ししているだけであり、そういうやり方では真の「沖縄の負担軽減」にはならない。84%の数字を支えているのはそのような認識であり、その根底には、同じウチナーンチュー同士で負担と犠牲を押し付けあいたくない、という同胞意識があるだろう。
 普天間基地問題は宜野湾市や名護市、久辺三区だけの問題ではなく、沖縄全体の問題として共有されている。4・25県民大会が呼びかけられると、基地のない市町村を含めて全県から住民が参加し、米軍基地のない宮古や八重山でも大会が開かれた。そこには自民党や公明党の支持者、日米安保条約に賛成する人たちもいた。ヤマトゥでは考えられないような超党派の県民大会が可能なのは、ゆぬうちなー(同じ沖縄)の問題である、という同胞意識があるからだ。
 それに対して、菅首相が「沖縄の負担軽減」を口にする一方で、沖縄の民意よりも米国政府との「合意」を優先し、辺野古「移設」を進める意思を表明するとき、そこには新たな基地負担を強いられる辺野古、名護をはじめ、沖縄の住民に対する同胞意識がないことが浮き彫りとなる。菅首相がどれだけ「沖縄の負担軽減」を口にしても、「県内移設」が進められる限りそこにあるのは、日本の平和と安全のためには沖縄への基地負担強要はやむを得ない、とする沖縄切り捨ての論理でしかない。「平和と安全」を享受する日本の中に沖縄は入っていないことを、沖縄県民は民主党連立政権で改めて見せつけられているのである。

 鳩山前首相が「5月末決着」を言い、5月4日と23日に来沖した。その間の15日に沖縄は施政権返還から38年目の5・15を迎えた。かつて祖国復帰運動の中で沖縄の人々が求めた米軍基地の全面返還はかなわず、38年経ってもほとんど変わらない基地の状況がある。「最低でも県外」と言った鳩山政権の誕生によって、そのような状況が変わると期待した県民も多かった。しかし、5月15日をはさんだ鳩山首相の二度の来沖は、その期待を裏切り、踏みにじるものだった。
 かつて復帰運動のリーダーだった人たちの口からさえ、日本は変えるべき祖国だったのか、というつぶやきが漏れる。現在、沖縄で差別という言葉がしきりに言われるのは、普天間基地問題を通して沖縄と「本土」=ヤマトゥの間に横たわる断絶の深さをまざまざと見せつけられているからだ。
 無論、普天間基地問題は差別という視点ですべてが片付けられるものではない。そこには在沖・在日米軍基地の法的根拠である日米安保条約の問題があり、米軍再編によって米軍と自衛隊の一体化が進み、沖縄の自衛隊が強化されている問題、米軍基地建設にからむ利権の問題、米軍基地と関連する経済問題など多様な問題がある。沖縄ではそれらは否が応でも向き合わざるを得ない問題としてあり、差別の問題が前面化したからといって、それらが覆い隠されることなどあり得ない。
 先に挙げた琉球新報と毎日新聞の県民世論調査では、「米軍の日本駐留を定めた日米安保条約について」の設問もあり、以下のような結果になっている。

 維持すべきだ 7.3%、
 平和友好条約に改めるべきだ 54.7%
 破棄すべきだ 13.6%
 多国間安保条約に改めるべきだ 9.7%
 分からない 14.7% 
 
 日米安保条約を現行のまま「維持すべきだ」は2009年の11月に行われた世論調査では16.7%だったのが、半分以下に落ち込んでいる。「日米共同声明」の発表直後ということを考慮しても、沖縄に米軍基地を集中させている日米安保体制の現状に、どれだけ不満が渦巻いているかが分かる。日米安保条約のあり方を根本から問い直さない限り、真の「沖縄の負担軽減」はあり得ないことを沖縄県民は認識している。
 1960年の安保改定のときに沖縄の施政権は米国にあり、国会に沖縄選出の議員は一人もいなかった。日米安保条約の成立や改定に沖縄人は関わることさえなかった。にもかかわらず、この50年の間、米軍専用施設の74%が沖縄に集中するという異常な状況が続いてきた。沖縄の犠牲の上に成り立ってきた日本=ヤマトゥの平和と安全という欺瞞。日米安保改定50年の今、もうその欺瞞を終わらせなければいけない。外務・防衛官僚の言いなりになって、沖縄への負担継続を図る菅政権の辺野古「移設」=新基地建設を許してはならない。



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