海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

大江・岩波沖縄戦裁判傍聴

2008-09-13 19:28:01 | 「集団自決」(強制集団死)
 9月9日に大阪高等裁判所で開かれた大江・岩波沖縄戦裁判を傍聴してきた。午後1時前に裁判所に行ったのだが、裏門の前では控訴人側を支援するグループの数名が、大江健三郎氏や岩波書店を批判するアジテーションをやっていた。集まった傍聴希望者は、9月10日付琉球新報朝刊によれば194名。私は今回は抽選に外れてしまったが、親切な人から券を譲ってもらって傍聴することができた。この場を借りて改めて感謝します。
 控訴審も一審と同じ法廷で、二階に上るときに目の前を徳永信一弁護士が上っていた。知り合いらしい女性が話しかけてきたのに徳永弁護士が、「今日で結審だから」と言うのが聞こえた。法定内では、梅澤、赤松両氏はいつものように弁護士たちの後ろの椅子に壁を背にして座り、木地晴子弁護士が二人に付き添うように横に座っていた。傍聴席の私の後ろには控訴人の支持者が二人座っていたのだが、徳永弁護士が時間前に入廷したのを見て、「今日は徳永さん、遅刻しないできたな。あの人いつも遅れてくるんだよ」と話していて、笑ってしまった。
 二時ちょうどから始まった裁判は、提出された準備書面などの確認を最初に行い、そのあと十五分ずつということで被控訴人代理人の秋山弁護士から意見陳述を行った。以下、意見陳述の詳細に関しては、控訴人・被控訴人それぞれの支援団体のホームページ・ブログを参照してほしい。被控訴人側の方はすでに「大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会」のブログに準備書面も掲載されている。控訴人側の方は「沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会」のブログに徳永弁護士の意見陳述の簡単なまとめと、藤岡信勝氏の意見書が載っている。準備書面は今日までのところまだ掲載されていない。
 ここでは宮平秀幸証言に関する双方の意見陳述を中心に、それを聴いての感想を簡単に記しておきたい。
 秋山代理人は最初に、控訴人側が新証拠として提出した宮平証言について、宮平氏の母・春子氏の証言、1992年に制作されたビデオ・ドキュメント『戦争を教えてください・沖縄編』における宮平氏の証言、『小説新潮』掲載の本田靖春氏のインタビューなどと新証言の食い違いを指摘し、宮平証言がいかに信用できないものであるかについて述べた。また、控訴人側から提出された藤岡信勝氏の意見書も、宮平証言の矛盾や食い違いについて色々な解釈がなされているが、つじつま合わせの弁明にすぎないことを指摘した。
 ちなみにこの藤岡意見書なるものは、一度嘘をついて矛盾が露呈するとそれを誤魔化すためにさらに嘘を重ね、ますます矛盾を深めて混乱の淵に陥るといった類のものである。秋山弁護士が法廷で指摘した次のこと一点を見ても、藤岡意見書のいい加減さが端的に分かる。
 同意見書で藤岡氏は、ビデオ『戦争を教えてください・沖縄編』の宮平証言は、座間味村の元村長であった田中登氏が3月25日夜のことについて箝口令を敷いていたので、本当のことを言えなかったのだと主張する。そして、1991年6月の読売テレビの取材では宮平氏が本当のことを言ったので、田中氏からあとで激しく叱責されたと書いている。ところが、田中氏は1990年12月11日に死去していたのである。すでに亡くなっている田中氏がどうして宮平氏を叱責できようか。
 秋山弁護士はさらに、それまで証拠として出されていた宮平氏の証言は、鴨野守氏の雑誌記事などによるものであったが、わずか4日前の9月5日になって宮平氏本人の陳述書が出てきたことに触れ、もっと早く出せたはずなのに直前に提出したのは、つじつま合わせをするためであり、信用できるものではないことを指摘した。座間味村の「集団自決」に関しては、新しく提出された垣花武一氏の証言についても述べ、村の幹部たちが米軍上陸の際には玉砕するように軍から命令されていたことを改めて示した。
 他にも秋山弁護士は渡嘉敷島の「集団自決」や真実相当性の問題についても言及している。詳しくはぜひ準備書面を読んでほしい。ほかに私の印象に残ったのは、「北方ジャーナル事件」最高裁判決や米連邦最高裁の判例などをあげて、公的事項に関する表現の自由は最大限に尊重されるべきであり、公的記事や意見が広く公開され、議論される必要があること。名誉毀損の責任を負わされることを恐れて、公共の利害に関する事項についての論述を萎縮させるのは、表現の自由に反すること。歴史的事実の確認の困難さに踏まえ、その探求のためにも表現の自由が尊重されるべきことなどを訴えた点である。
 本裁判の控訴審に入って藤岡信勝氏が、宮平氏の証言集めや雑誌への評論掲載、裁判所への意見書提出など、この裁判との関わりを一段と強めている。その動きを見るとき、藤岡氏がかつて以下のように発言していたことを思い出す必要がある。
 〈現実の教科書、歴史書には、(沖縄戦の)集団自決軍命説が平然と書かれている〉〈この集会を起点にすべての教科書、出版物、子ども向け漫画をしらみつぶしに調査し、一つ一つ出版社に要求し、あらゆる手段で嘘をなくす〉(05年6月14日付沖縄タイムス)。
 渡嘉敷島・座間味島での「現地調査」なるものにふまえて、05年6月4日に東京で開かれた自由主義史観研究会の集会での発言である。その二カ月後に梅澤・赤松両氏が大阪地裁に大江氏と岩波書店を訴えた。今日では本裁判を実質的に起こし、進めてきたのが、靖国応援団を自称する弁護士グループと藤岡氏らであることが明らかになっているが、彼らの狙いがこの発言に端的に表れている。直接には教科書記述の改変を狙っているのだが、それにとどまらない。この裁判が彼らの勝利に終わるなら、彼らは勢いづいてさらに次の裁判を仕掛けてくるだろう。「集団自決」の軍命令・隊長命令を書いた出版物を次から次に訴え、執筆者や出版社を萎縮させ、自己検閲させる。それによって「集団自決」をめぐる自由な言論を圧殺していく。それが藤岡氏の言う〈あらゆる手段で嘘をなくす〉の意味なのである。
 このことをふまえるなら、秋山弁護士の意見陳述にあるようにこの裁判は、公共の利害に関する事項・歴史的事実をめぐる言論の自由を守るうえでも重要な裁判である。ことはたんに一作家、一出版社の問題にとどまらない。沖縄戦の史実の継承や教科書検定問題と同時に、言論・表現の自由に関わるこの裁判の意義について、言論・表現に携わる人たちがもっと関心を持ってほしいと思う。
 意見陳述の最後に秋山弁護士は、今回の裁判を起こした控訴人側の目的が、「集団自決」は国に殉ずるために美しく死んだもので、日本軍の関与・命令・責任によるものではないと主張することにあり、教科書検定のために行われたものである、とその政治目的を指摘した。そして、軍隊は国家権力の最たるものであり、隊長の命令は公権力の行使に関わる問題であること。それについて議論することを抑制しようとするのは許されない、公的議論の重要性は言うまでもない、と訴えた。
 次に、控訴人代理人を代表して意見陳述に立ったのは徳永弁護士である。当初は七、八分で終わる、と口にしていたのだが、結局十五分以上話していた。注目の宮平証言に関しては、藤岡意見書で詳述してあるから…と十秒ほどであっさりと終了。具体的な陳述は全くなし。聴いていて拍子抜けするほどだった。これまでの徳永弁護士の行動パターンからすれば、宮平証言に対して自信があったなら、得意になって喋りまくっていたはずだ。
 そればかりか宮平証言が確たる内容だったなら、もっと早い段階で本人の陳述書が出ていただろうし、証人申請だってあり得ただろう。9月5日になってやっと本人の陳述書が出たことや、徳永弁護士の意見陳述の様子から伺えるのは、宮平証言のずさんさであり、宮平氏や藤岡氏に弁護団がかなり振りまわされ、混乱や対立があったのではないかということだ。うがった見方をすれば、藤岡氏がわざわざ意見書を提出したのも、自分でまいた種だからと藤岡氏自身に片をつけさせたようにも見える。
 裁判の迅速化が進んでいるとはいえ、二回で結審し、10月31日に判決が出るというのは、一審判決から七ヶ月ちょっとであり、かなりの早さだろう。それは控訴人側が法廷に新証人を出せず、提出した新証拠も貧弱であったことの表れである。玉井元村長の死亡日についての秋山弁護士の指摘を、徳永弁護士らはどういう思いで聴いたのだろうか。報告集会での秋山弁護士の話では、裁判の十日ぐらい前から直前まで大量のFAXが控訴人側から送られてきて、それへの対応が大変だったという。そこからも控訴人弁護団のドタバタぶりが分かる。
 徳永弁護士の意見陳述で一つオヤッと思ったのは、最後のところで「集団自決」の理由として複合的要因論を強調していたことだ。一審では、家族愛に基づく無理心中や尊属殺人という、もっと積極的な主張をしていたのだが、それに比べて、隊長の命令だけで「集団自決」が起こるのか、という主張(というより問いかけ)は消極的に見えた。教科書検定をふまえているのだろうが、いったい隊長命令だけで「集団自決」は起こった、と誰が主張しているのだろうか。皇民化教育やメディアの影響など他にも理由があったのは当たり前のことで、だからといってそれが梅澤・赤松隊長の命令を否定する理由にはならないのも自明のことだ。
 10月31日には良い判決が出ることを期待しつつ、それまでに双方の準備書面をじっくり読み込みたいと思う。控訴人側も早く公開してもらいたいものだ。 

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7 コメント

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準備書面 (ni0615)
2008-09-20 16:48:31
9月9日控訴人側準備書面は、「支援する会」ではないところに貼られています。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=2836&forum=1&viewmode=flat&order=ASC&start=2010
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傍聴者 (キー坊(沖縄人))
2008-09-20 21:06:52
遅ればせのコメントで失礼します。

裁判所の裏庭で声を掛けたTです。大阪に用事が有ったついでにこの裁判を傍聴してみようと思いつき、運良く抽選に当たったので傍聴できました。

私は、こんな大きい裁判の傍聴は初めてだったので、陳述の重要なポイントをあれこれ聞き逃したようです。
やはり、ずっとこの裁判を注視し続けておられる目取真さんは、的確に法廷の状況を捉えていて、読んで勉強になります。

まさか宮平秀幸の証言・陳述を証拠提出して来るとは思いませんでした。追い込まれた原告団の苦し紛れの策としか思えません。
素人目に、原告が逆転勝訴する可能性なしと思いますが、裁判官がどんな思想の持ち主か判らないから、まだ安心は出来ないのでしょうね。
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お礼 (目取真)
2008-09-22 12:32:23
情報提供有り難うございました。
裁判に関しては、希望的・悲観的観測いずれも持たない方がいいのでは。
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藤岡意見書1は? (ni0615)
2008-09-29 22:40:35
拙資料庫に双方の公判文書を集約しましたのでご利用ください。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1327.html
ところが藤岡意見書は「その2」しか見つけられません。どなたか、藤岡意見書「その1」をご存知ですか? また宮平陳述書も公開されてないみたいです。自信のなさ故でしょうか。

公判文書をWEB公開してその膨大さを誇っていた原告、戦隊長側の文書合戦力はどこへいったのでしょうか?
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同感 (目取真)
2008-09-30 02:58:38
ホントにそうですね。
藤岡意見書の1はどうして南木のブログに載らないのでしょうかね。
大江・岩波側の陳述書を読むと、ここはまずいと思って載せないのだろうか、と思われる藤岡意見書1の引用がありますが、藤岡というのは自分で自分の首をしめる馬鹿なことばかりやっています。
宮平陳述書も、それまでの本人の証言との違いが浮き彫りになるので、隠しているのでしょうか。
自信があるなら積極的に載せてほしいものです。
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お礼 (目取真)
2008-09-30 03:08:55
重ね重ね、情報提供有り難うございました。
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占いのポイント (ni0615)
2008-09-30 09:01:35
藤岡派「書記局」声明が出されたようです。
「結審直前の論争で原告側が圧倒的な優位に」2008年9月30日UP
ttp://www.jiyuu-shikan.org/
どこに転載されるかが占いのポイント。
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