BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

狼の条件(1)

2007-02-21 20:20:27 | Angel ☆ knight
   

 男は、イリヤの前に跪いて手を合わせた。
「頼む。見逃してくれ。子供が病気なんだ。あの子の入院費を払うために、人の金に手を出しちまったんだよ。パートナーはとっくに蒸発しちまったし、おれがいなきゃ、誰もあの子の面倒をみれねえんだ」
「保釈申請の時は、たしか、あんたのパートナーが身柄引受書を書いたんじゃないのか?」
イリヤが言うと、男はしまったという表情になった。
「そういう、お涙ちょうだいは、裁判官の前でいいな」
イリヤは男の腹にサンドボールを撃ち込むと、呻き声を上げて蹲った男の両腕を後ろに回して手錠をかけた。車の中でも男はまだ呻いていたが、さっきの続きをえんえんとかきくどかれるよりはましだ。おれがこんな、女みたいな顔をしているものだから、泣き落としをかければほだされるだろうと考える奴は多い。そういう態度が一番癇に障る。
賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)。保釈中に逃亡した被疑者・被告人や、懸賞金のかかった重罪犯の身柄を確保して、賞金を貰うのがイリヤの仕事だ。武器といえば、ボクサーのパンチ程度の威力しかないサンドボール銃だけ。それでどんな凶悪犯も生け捕りにしなければならないのだから、さほど割のいい仕事ではない。
エスペラント・シティ弁護士会に男の身柄を引き渡して賞金を受け取り、建物を出たところで携帯が鳴った。エスペラント・シティ警察組織犯罪対策課からだった。

「この写真の子供を探し出して身柄を確保してほしい。賞金は200万出そう。前金100万、報酬100万だ」
組織犯罪対策課長ベーオウルフは、そう言って一枚の写真をイリヤの前に放った。見覚えのある子供の顔が写っている。
「ニュースで見ただろう。二日前に殺害された『草薙』のドン、タケルの一人息子だ。名前はカムイ。年齢は満五歳」
ああ、とイリヤは思った。マフィアの内部抗争。タケル夫妻は爆破された自宅から銃殺体で見つかった。残ったファミリーの動向から見て、タケルの姪と甥にあたるディアナとロミオの双子が主犯に間違いないといわれている。メッシーナのジェミニと呼ばれる二人はまだ年若いが、ファミリーはほぼ全員なびいているという。根回しも万全だったようだ。
『草薙』はオリエンタル・マフィアなのに、ドンの甥姪はユーラシアンなのか?
イリヤの疑問を読み取ったかのように、ベーオウルフが口を開いた。
「タケルの父親のサトルってのが女たらしでな。それも、ユーラシアンの女が好みだったらしく、愛人が山ほどいたんだ。何と、メッシーナ財閥のご令嬢にも手を出していて、ディアナとロミオはその血筋さ」
「ガキはそいつらが隠してるんじゃないの?」
「それは考えられんな。もし、カムイがメッシーナのジェミニの手に落ちていたら、とっくに殺されて、これみよがしに死体が放り出されているはずだ。爆発で原型をとどめないほど粉々に吹き飛んだとしても、鑑識が調べれば人間が存在していたかどうかはわかる。現場にはその痕跡はなかった」
「これは、警察からの公式オファーなんですか?」
イリヤは訊ねた。それならば警務局の人間が立ち会っているはずだ。
「組織犯罪対策課長である、おれの依頼だ」 ベーオウルフが答える。
「つまり、個人的な依頼ということですね。組織を通せない理由は何ですか?」
「手続が面倒だからさ。事は一刻を争う。ジェミニが先に見つけたら、この子は殺されちまう。のんびり警務局に申請を出して審査を受けている暇はない」 
ベーオウルフはそう言って、にやりと笑った。
「それに、これはおまえにとってもいい話だぜ。税金から賞金を払うとしたら、とてもじゃないが200万なんて額にはならんからな」
「おれは、仕事を金額では判断しない」 イリヤは言った。大事なのは、おとりにされたり、捨て駒にされたり、いいように利用されないことだ。この話は気に入らない。イリヤはカムイ少年の写真を指でぴんと弾き返した。
「悪いが、今の話は聞かなかったことにするよ。200万も出しゃ、他にやりたがる奴がいくらでもいるだろう。そいつらに頼みな」
そう言って、イリヤは部屋を出た。ベーオウルフは腕利きだがあくの強いやり方をすると評判の捜査官だ。純粋に子供の命を心配しての依頼とは思えない。カムイを見つければ、ジェミニとの取引材料にしかねない。ついでにおれのことも捨て石にしかねない、とイリヤは思った。
警察署を出ると、その足で銀行に行って、受け取ったばかりの賞金100万のうち、20万を自分の口座に、80万をシスター・シシィの口座に振り込んだ。シスターといっても尼僧ではない。児童福祉施設の職員はたいていブラザー、シスターと呼び慣わされている。園長はマザー、ファーザーだ。
イリヤの育った福祉施設『安楽園』にもファーザーはいる。江流(コウリュウ)という名の破戒僧だ。どこかの仏教寺院を追い出され、バウンティハンターをやっていたところを先代のファーザーに拾われたというとんでも野郎だ。こんな奴に送金したのでは何に使われるかわからない。イリヤにこの仕事の手ほどきをしてくれたのは彼なので、あまり悪くは言えないが。
ベーオウルフは江流にも先刻のオファーをするだろうか。イリヤはふと考えた。江流は一応聖職者らしく、時折冠婚葬祭を仕切っているが、それだけではとてもやっていけないので、相変わらずバウンティハンターを続けている。江流は依頼を受けるだろうか。
「関係ねえや」
呟いて、イリヤは銀行を出た。

 この季節には珍しく空が高い。だが、その色は春特有の紗がかかったような薄青だ。まだ温い(ぬるい)日差しの中で、ウルフは思い切って深呼吸をしてみた。
数日来、彼を苦しめ続けてきた咳や息苦しさは、雨とともに上がってくれたようだ。今のうちに、ほどよく乾いて暖かい場所に出かけてしまおう。保養だの、転地療養だの、自分には縁のない言葉だと思っていたのに。
旅行代理店のラックから引き抜いてきたパンフレットを、彼は歩きながらぱらぱらとめくった。内容に目を留めるより先に、とことこと後をついてくる小さな気配が神経に触れた。立ち止まって振り向くと、気配の主の少年も足を止めた。五歳くらいの薄汚れた少年だ。最近急増しているというストリートチルドレンだろうか。
「何だ、坊主。おれに何か用か?」
少年が何か呟いたので、ウルフはその前にしゃがみこんで耳を近づけた。
「おじさん、幸せ売り?」
「何だって?」 ウルフは眉を上げた。
「幸せ売りでしょ。お花の匂いがするもん」 少年はウルフに向かって鼻をくんくんさせた。花? ウルフはすぐに思い当たって、胸にさげたロゼット入りのペンダントを掲げた。
「花じゃない。こいつの匂いだ。薬なんだよ」
ロゼットを服用していると、息や汗にバラの花のような匂いが混じる。
「おじさん、病気なの?」
「病気っちゃ病気かな。ガリルって知ってるか?」
「毒ガス」
「おう、物知りじゃねえか。おじさんはガリルを吸っちまったんだ。この薬を48時間ごとに飲まないと、肺が働かなくなって死んじまうんだよ」
ウルフがエスペラント・シティ警察の救助セクションからバックアップセクションに転属を余儀なくされたのはそのためだ。ガリルを吸って肺を傷め、救助隊機シルフィードのパイロット資格を失った。吹っ切れたつもりでも、今日のような快晴の空を見ると胸が痛む。シルフィードのキャノピーを真っ青に染めて自在に飛び回った日々を思うと、切るような悲しみに襲われた。
「おじさん、幸せ売りじゃないの?」 少年はウルフの悲しみが伝染ったような顔をした。
「その、幸せ売りって何なんだよ」 訊ねると、少年は張り切って説明を始めた。
「昔々、幸せ売りは人間と一緒に仲良く暮らしていました。ところが、ある国の王様が幸せを一人占めしようとして、幸せ売り狩りを始めました。幸せ売り達は王様の軍隊に捕まらないように、人間に姿を変えて街や村に紛れました」
童話か何かか? 少年はすっかりそらで覚えているらしい話を続けた。
「こうして幸せ売りの姿は見えなくなりましたが、よーく気をつけていると、幸せ売りの背中の透き通った羽がお日様の光にきらりと輝いたり、幸せ売りの体にしみこんだお花の香りがそよ風にのってただよってくることがあります。そんな時は…」
「わかった、わかった。もういいよ」 ウルフは手を振って遮った。
「悪いが、おれは人間なんだ。生まれてからずーっとな」
「ふみゅー…」と、少年は残念そうな声を出した。泥や埃で汚れてはいるが、身なりは悪くないことにウルフは気づいた。ところどころに焼け焦げがあるのも気になる。
「坊主、迷子か? おうちはどこだ」
「もうない」
「は?」
「なくなっちゃった」 少年は両手を上げて万歳のような格好をした。
「おまえの保護者は? お父さんとお母さんは?」
「おと…さんと…おか…さん…」
少年は鸚鵡返しに繰り返すと、ぴきっと背筋を硬直させた。数秒後、突然ぶるぶると震え出す。まずい。ウルフは素早く少年を胸に抱いて、体をさすった。救助隊にいた頃、何度も見た現象だ。
「落ち着け。大丈夫だ。恐くない。悪かった。今言ったことは忘れろ。大丈夫だ。もう恐くない」
少年の震えがおさまると、ウルフは彼を自宅に連れ帰り、温かい飲み物を飲ませて落ち着かせた。風呂に湯を張って、少年を裸にすると、あちこちに火傷や打ち身、擦り傷があった。少年につきあって自分も風呂に入り、泥だらけの体を洗って傷の手当てをする。少年はおとなしくされるがままになっていた。
ウルフは彼をバスタオルにくるむと、近所のコンビニに電話をして、子供用のトレーナー、ズボン、くつした、下着を取り寄せた。少年の着ていた服は洗濯機に放り込んだ。
「おれはウルフってんだ。おまえの名前は?」
「…クマたん」 少年は言った。
「そりゃ、ニックネームだろう。本名は?」
「クマたん」
まったくもう。これだから、ガキは面倒くせえんだ。なかなか埒が明かねえ。
「おまえのうち、なくなるまではどこにあった?」
「エイリアン・ストリート」
ウルフはパソコンでニュースを検索した。体調が悪化して休暇を取ってから、ニュースは一切見ていない。事件を知ればとんで行かなければならないような気持ちになるからだ。セクションチーフのジュンからも、「見ざる聞かざるで、とっとと旅行に行っちまえ」と言われていた。
やれやれ。エイリアン・ストリートでは、やはり派手な事件が起きていた。ウルフは少年に訊いた。
「おまえ、カムイって名前か?」
「うん」
ウルフはパソコンの前で頭を抱えた。こんなガキに出くわしたばかりに、せっかくの休暇がとんでもないことになりそうだった。

(続く)


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12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はじまりましたね (もじょ)
2007-02-21 20:44:49
連載開始しましたね
今回はどのような話になるのか楽しみです
いくつもの点が線になっていくのでしょうか?
私にも幸せ売りのお友達が欲しい!
もじょさん (アンジー)
2007-02-21 21:59:42
テロの話が二回続いたので、今度はマフィアの内部抗争の話にしようと、思いつきだけで始めたのでさぁ大変です。登場人物も増えるので、最後に上手くまとまるでしょうか。幸せ売りさん、助けて(笑)
続いてる! (R)
2007-02-22 02:18:08
おおおおおお!なんか新しい物語と思ったら何気につながってるんですね!!!!!!!すごい!!!
今回もすごい出来ですね!!!
面白そうだ~!!
Unknown (鑑識)
2007-02-22 05:43:26
こんちは。

アンジ-さんは、男?

毎度のハードボイルド小説。

女には書けません。

挿絵もなにもかも。

このブログからは女の匂いが漂ってこない。

率直な感想です。

頑張ってください。
新連載 (めめ)
2007-02-22 10:44:20
こんにちは!

スタートですね!
今回も、おもしろいですね!
ウルフファンの私としては、登場してくれてうれしいかぎりです♪
続きを楽しみにしています!
まいど! (アンジー)
2007-02-22 16:37:32
 Rさん
はい、何げに続いています(笑)
この話から読んで下さる方も、シリーズで読んで下さっている方も、楽しんで頂けるように書いていきたいと思います

 鑑識さん
いらっしゃいませ!
このブログ、女の匂いがしませんか? 自分では思ってもみなかったので、びっくり。でも、面白いです。
私は一応女で、男っぽくもなければ、色気もない、という感じです(笑) まあ、性別に関わりなくブログを楽しんで頂けたら嬉しいです。応援ありがとうございます

 めめさん
実はわたしもウルフは気に入っているので、また出してしまいました。
新しい登場人物が増えてくると、だんだん、エンジェルとナイトの出番が…
もちろん、彼らにも頑張って貰います(笑)
hat はっ ハッ! (kimera25)
2007-02-22 21:32:14
う う ウルフが~~~~~!
前作に続いて登場!

働けよ ウルフ!

ありがとう アンジーさん
また「ウルフ」登場させてくれて!
感謝 感謝!
kimera25さん (アンジー)
2007-02-22 21:38:08
ウルフの登場を喜んで下さる方がまた一人!
けっこう人気者なのでしょうか。
次回はエンジェル、ナイトと共にあの人も登場。
もちろん、ウルフにも働いて貰います(笑)
新連載!! (murasan)
2007-02-22 22:04:29
いよいよ!新連載スタートですね☆
ウルフ登場はうれしいですよ!!
ストーリーにつながりがありそうで、
今から展開が楽しみですv

ジャンルは違いますが、お互いに連載頑張りましょうね♪(笑)
murasanさん (アンジー)
2007-02-22 23:29:18
ウルフの登場を喜んで頂けて嬉しいです。
今回は他にも大勢出てくる予定です。
仙人さんシリーズのように楽しく続いていく話にできたらいいな

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