あひるさんが神戸あたりでお写真

カメラをぶらさげてお散歩するのが大好きなあひるさんのブログ。

寄神建設の本社を撮ったろとお散歩、深田サルベージも撮れた

2018年04月27日 22時35分27秒 | 神戸
昨日、寄神建設の起重機船を記事にしました。
そのついでに?、本日、用もないのに遠回りして、寄神建設の本社を撮ってみました。

なお、PanasonicTZ85の欠陥として、今日紹介する写真のほとんどで右端の解像感に問題があります・・・。





近くには、賀川豊彦さんの生家があった場所があります。
賀川豊彦さんは「生協の父」と呼ばれています。
生活協同組合を創設するのに重要な役割を果たしました。


さらに、「十一の奈良漬」で有名な(少なくとも神戸では)黒田食品もあります。





依頼があれば、地方でも僕が奈良漬けをクール宅急便で送りますよ(笑)





七宮神社が鎮座しています。





三宮は神戸の現在の中心街。
地名の由来は三宮神社からです。
神戸には、実は一宮神社から八宮神社まであるんですよ。
皆さん、八社巡りしませんか。

神戸の旧家である北風家の氏神様を祭ったことから始まったとの説がある七宮神社は、
生田神社とつながりが深い他の七社とちょっと系統が違うとの説を聞いたことがあるような無いような。
どうなんでしょう?

それから、高田屋嘉兵衛の本店跡の近くを通って、ハーバーランドに向かいました。





ハーバーランドの跳ね橋。
価格ドットコムにて、このTZ85のライバル機種?のソニーのHX90vのレビューで、
この橋を撮った写真がアップされていましたが、
明らかにソニーのHX90vのほうがよく写っています・・・TZ85の片ボケ?が無いだけでも素晴らしい。
TZ85の後継機種TZ90でも右側の解像感に問題が出るものもあるとか。
ソニーのを買い直そうかしらん。

ハーバーランドの観覧車の辺りに来ると、クレーンらしきものが見えました。





昨日も書いた深田サルベージの船ですやん。
NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」で取り上げられた深田サルベージの富士かな・・・。
いや、これこそ武蔵ということで(けっこう適当ですが・・・)。

デジタルズームで。




上の部分しか見えてないから、全体が写るところまで行くべきだったかもしれませんが、
歩き疲れてその気力は残ってませんでした・・・。
こりゃ、クイーンエリザベス号といった豪華客船が接岸するポートターミナルまで行けば、全体が見えたな。


そして、メリケンパークの震災メモリアルパークのそばを通りかかりました。





ここはしょっちゅう通るのですが、たまには展示されているパネル写真でも見ようかなと思ってみてみたら、とてもびっくり!





寄神建設の起重機船が写ってる!

海翔かな?

震災復興にたいへん活躍されたのですね。
この手の船は、東日本大震災の復興活動でも活躍されたそうです。
ありがとうございました。

ここ数日、寄神の起重機船を当ブログで取り上げたおかげか、
今日はこの手の船と縁が深くなった日となりました。


最後に、震災の恐ろしさをみてください。





南海トラフ地震は今後30年における発生確率が70~80パーセントです。
これを見て危機意識を喚起して、最低でも防災グッズは買いそろえたいところですね。

南海トラフ地震が起きたら、これらの船に再び助けてもらわなければならない現実はしっかり受け止めたいです。


なんか、思った以上に長い記事になりました。




最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
デジカメサイトをのぞいてた(笑) (リト)
2018-04-28 23:22:48
例えば
あることに熱中したりしていると
関連したことが向こうの方からやってくる・・
あれ?以前同じことを書いた鴨(汗

寄進建設さんの本社を見に行こうかというところから始まって
災害復興の地でレリーフで再会する、
これは運命です!!

神戸の震災遺構
断層の直下型地震でしたかそちらは
あの日は上田も震度1でした。

経験された方の中には
こういったものを見ると当時を思い出して
苦しくなってしまうので
失くしてほしいという意見も
ありますね。

難しい問題で
誰も答えは出せないと思いますが
伝えていくという事は大事だと思います。
機種は慎重に選んでください(笑) (あひるさん)
2018-04-30 23:04:13
デジャブ・・・。
確かに同じことを書かれました(笑)
不変の法則?・・・なのでしょう!

お散歩…この日はかなり疲れました(笑)
昨日ブログに書いたから本社を見に行こうと本社前に着く1時間くらい前に決めて、
もっと運動せなあかん、ということで震災メモリアルパークまで歩いたわけです。

こういう船が東日本大震災の復興事業で活躍したことはテレビで知ったのですが、
それ以前に、わがまちを襲った阪神淡路大震災の復興過程においても活躍していたことには考えが及びませんでした。

神戸っ子として恥であります。
震災復興にはさまざまな人々の活動があったのだと気づかされました。

あの日、上田のような遠い場所まで揺れが伝わったのですね・・・。
東日本大震災でも、昨日書きましたように、大阪の超高層ビル、コスモタワーでは長周期地震動により立っていられないくらい揺れたそうです。
これはNHKの震災特集でも取り上げられていました。

このように、震災は日本どこにいても逃れられないことでしょう。
そして、神戸でも震災遺構はわずかとなりました。
そうであるならば、たまにはその大変さを喚起できる遺構はちゃんと残しておくべきだと僕は考えます。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、は人間のいい面でもあり悪い面でもありますから。

コメントを投稿