(新) 日本の黒い霧

日本航空123便ジャンボジェット機墜落事故の真相、その他の未解決事件、改竄された歴史について考える。

JAL123便墜落事故−真相を追う−折れなかった垂直尾翼(番外編)

2012-05-09 17:58:22 | JAL123便墜落事故
今月6日、茨城県つくば市、栃木県真岡市にかけて竜巻が発生、大きな被害をもたらしました。気象庁が発表したつくば市の風速は、"F2"級(風速50〜69m/h) ということです。以下の写真(写真1)を見ればその突風の凄まじさが窺い知れます。


写真1:竜巻の被害状況を伝える報道写真
    風速最大69m/h

話の展開としてちょっと強引かもれませんが、以下の写真(写真2)は1985年8月12日に発生した日航機123便墜落事故(正しくは事件)で、乗客が機内を様子撮った写真です(1990年に公開)。事故当時の運輸省事故調査委員会の発表によると、機体後部の圧力隔壁の断裂により機体の内外で圧力差が発生、機内に風速200m/hの気流が生じ、その猛烈な気流が隔壁を突き抜け、垂直尾翼を破壊したとしています。

長く本ブログを読まれてきた読者様なら、もはや寝言としか言いようのない説明ですが、この写真は酸素マスクが落下していることから、最初の異常、つまり調査書で言うところの圧力隔壁の断裂後に撮られたものと認められます。


写真2:風速200m/hの気流が通過した後?の123便機内

これ以上多くを語りませんが、123便墜落の原因が今でも圧力隔壁の修理ミスによる事故であると思われている方は、上記2点の写真をよく見比べてください。そして、このような科学的事故原因を提唱した、当時の専門家たち、国立大学教授たちの空々しいまでの高説を、皆さんの常識で疑ってみてください。いわゆる専門家と呼ばれる人々のまやかしは、26年の時を越えて、311の福島原発の事故でも再現されました。私たち日本国民は、これ以上この人たちに騙されてはなりません。


 * * *

今回の竜巻で被害に会われた全ての皆様に、心からお見舞い申し上げます。


VOS EX PATRE DIABOLO ESTIS ET DESIDERIA PATRIS VESTRI VULTIS FACERE ILLE HOMICIDA ERAT AB INITIO ET IN VERITATE NON STETIT QUIA NON EST VERITAS IN EO CUM LOQUITUR MENDACIUM EX PROPRIIS LOQUITUR QUIA MENDAX EST ET PATER EIUS
あなたたちは、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたいと思っている。悪魔は最初から人殺しであって、真理をよりどころとしていない。彼の内には真理がないからだ。悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。自分が偽り者であり、その父だからである。
(ヨハネの福音書 第8章44節)

管理者 日月土
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JAL123便墜落事故−真相を追う−見えざる人々と神の鉄槌(予告編)

2012-05-02 02:12:43 | JAL123便墜落事故
このところ、福島の原発事故に関する記事がメインとなってしまい、JAL123便日航機事件関連の記事がすっかりご無沙汰になっていました。今回は、同テーマの記事を再開するに当たり、長らく本ブログに付き合ってくださった皆様に、現在の私の心境をお伝えするものです。

新シリーズ「見えざる人々と神の鉄槌」は、123便関連記事のおそらく最終章となるであろうと考えています。これまでの記事について、読者様の中には「墜落現場に軍機やミサイルの破片がいっぱい落ちていて、これが普通の事故じゃないことはわかった。しかし、いったい何が目的で123便は落とされ、はたまた加害者側とも思える米軍やソ連軍、自衛隊機まで落とされているのか?これだけの大被害を受け各国政府はどうして沈黙しているのか?その論理的説明が欲しい。そして、ブログ管理者が呼ぶところの"クロカモ"とはどのような組織なのか?」と、平和国家日本(当時)のど真ん中で起きた未曾有の国際紛争の合理的な発生原因、あらゆる陰謀論議の中でも例をみないほど徹底された情報隠蔽の理由を求めていらっしゃるかと思います。

実は、その問いこそが、このブログを綴りながら私が頭を悩ませ続けていたものなのです。2010年5月の東京講演を聴講に来られた方も、おそらくその辺がずっと気がかりだったでしょう。実は、この問いへの答えが一つ、東京講演の時にもありました。しかし、余りにも浮世離れしたそれを口にすることは、ひどく憚られたし講演スタッフからも自重を求められました。

それから2年、時は流れても、この問いに答える別の回答を見出すことはできず、本ブログ支持者からの大きな批判と嘲笑を覚悟して自説を展開する決心に至りました。このシリーズは、今までの記事と比べると全く異質な章となることを予めご了承ください。ただし、全く根拠のない推論をただいたずらに述べることはいたしません。「物証と論理性」、このブログのタイトルに使わせてもらった松本清張先生のノンフィクション「日本の黒い霧」に恥じない内容にしたいと思っています。


以下の図は本ブログを飽きもせず日々監視する関係機関向けに作成したものです。私の仮説が正しいなら、下図を見なくとも既に新しいシリーズ名からその意図を読み取られたことでしょう。もしも、「こいつ、何を言ってるんだ?」と思われたなら、もはや私の敗北を認めるしかありません。


図1:見えざる人々と神の鉄槌、予告図
   (5/2 11:30 一部改定しました)


 * * *


以下、記事欄を借りての連絡事項です。
"S君、私は日本に帰国中です。連絡をください。123便墜落事件の私の最終結論を君と共有し、昭和の大君に報告したい。君の8年に渡る執念の調査が、今結実されようとしています。"


NUMQUID CONIUNGERE VALEBIS MICANTES STELLAS PLIADIS AUT GYRUM
ARCTURI POTERIS DISSIPARE
NUMQUID PRODUCIS LUCIFERUM IN TEMPORE SUO ET VESPERUM SUPER
FILIOS TERRAE CONSURGERE FACIS
NUMQUID NOSTI ORDINEM CAELI ET PONES RATIONEM EIUS IN TERRA
すばるの鎖を引き締めオリオンの綱を緩めることがお前にできるか。
時がくれば銀河を繰り出し大熊を子熊と共に導き出すことができるか。
天の法則を知りその支配を地上に及ぼす者はお前か。
(ヨブ記 第38章31節)


管理者 日月土
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JAL123便墜落事故−真相を追う−蘇る亡霊(16)

2011-12-20 16:21:03 | JAL123便墜落事故
この記事は、「蘇る亡霊(14)」の続編となります。日航機事件の調査を執拗に妨害されている時に気がついた、調査チームメンバーの位置特定に関する考察です。本論に入る前に前回の内容をおさらいしておきます。

 (1)携帯電話が位置特定目的の発信機として利用されているようだ。
 (2)携帯電話に盗聴機能がついている可能性もある。
 (3)日本は携帯中継局が異常に多い。通信目的以外にも利用されている?
 (4)ナノチップが体内発信機として実用化されている可能性がある。

携帯電話の発信・盗聴機能については国際軍事評論家のB氏も今や常識の範疇であると語っていました。電源オフではダメ。電池を抜くのが基本ですが、最近では電池を抜いても内臓バッテリーで送信を続ける機種もあるようなので油断ができません。

今回の記事では、特に(3)の携帯中継局の利用目的ついて、そして、(4)のナノチップについては次回以降に考察を加えたいと思います。


■周囲に妨害車両は無し。では強電磁波はどこから?

S氏との現場調査時に、クロカモ部隊の電磁パルス銃による攻撃は珍しくありませんが、それでも、相手も銃搭載車両から狙ってくるのですから、衆目の多い場所に車を退避させて攻撃車両をやり過ごす、走行のタイミングをずらすなどして、車両の接近を許さなければ回避は可能です。実際にそうやって何度も危険な状況を回避してきました。

しかし、周囲に走行車両が全く見えない状況で、電磁波測定器が異常な程高いレベルを示すことがあります。これまでの測定経験から、特定の電波塔、携帯中継局が健康に影響があると思われるほど強い電磁波を出している事実には早くから気がついています。このケースでは、その中継局から離れれば自然に電磁波レベルは減衰するのですが、高速走行中のある時、周囲に車両がないのに、10分程度強い電磁波を浴びせられ続けたことがあります。こちらも100km/h前後で走っているので、特定中継局の電磁波が原因なら、すぐにレベルは下がるはずです。ところが、多少の揺れはあるものの、いつまでも高レベルを出し続けるのに首を傾げました。

私の隣に座るS氏に至っては、その鋭敏な感覚で早くから電磁波照射を感じ取り、それが長時間続くため、徐々に苦しい面持ちに変わってきます。何とか電磁波照射区域を離脱し帰宅した後、何が起きたの二人で検討しました。起きた現象から推察する限り、それが、

 (A)高速道路沿いに設置されている携帯中継局、または電波塔や
   送電塔など高位置にあるものから連続的に照射されたもの(図1)
 (B)人工衛星を使ったもの

であろうとの結論に至りました。後に検証を進めた結果、今では(A)の方式が主流であろうと結論付けています。その理由については後で述べます。(B)はあまりに大掛かり過ぎると感じますが、全くないとも言い切れません。その理由も後日述べたいと思います。


図1:高位置からの電磁波連続照射イメージ
 A地点からB地点へと移動する車両に対し、携帯中継局から
 連続的に電磁波照射を切り替える。もしかしたら、日本に
 携帯中継局がやたら多い理由はこれなのではないか?


■強電磁波を出し続ける特定中継局

連続切り替え照射については前述しましたが、それでは常時強電磁波を発している中継局は何の目的のために存在しているのでしょうか?、以下の写真1と写真2は調査活動中に発見した、強電磁波を発する中継局および、交通信号の装置に偽装?した発信機です。なお、本記事から、参考としてGoogle Mapにおける撮影地点の座標を記載しました。


写真1:冨里市の麻賀多(まかた)神社そば(※)
    高い鉄塔で、強力な電磁波発信を観測した。
    (Google Map座標:35.760025,140.279567)


写真2:成田宗吾霊堂の正門前交差点(※)
    見えにくいが、交通信号の電柱にボックス型の発信機が
    取り付けられている
    (Google Map座標:35.760025,140.279567)

    ※調査時の動画も近々アップする予定です。ご期待ください。

どちらも、クロカモの拠点都市、千葉県成田市内と隣接の冨里市内で発見したものです。共通しているのは寺社のすぐ近くであること。寺社と何か関係あるのかと思い、成田市近辺の寺社を個別に調べたところ、かなりの確率で寺社のすぐ近く、または寺社を見下ろす位置に携帯中継局や電波塔が敷設されているのを確認しました。特に、同地域に20社存在する麻賀多神社にその傾向が強いことを発見しました。この調査に慣れてくると、地形と携帯中継局の位置関係を見定めてから、寺社の大体の存在位置が掴めるようになります。

もちろん、全ての中継局が定常的に強電磁波を出している訳ではありませんが、おそらくどの局も、それが必要なときには強電磁波を発信することができるようになっているのだと予想されます。では、何でわざわざ寺社の近くに設置するのか?その理由は私にもよくわかりません。霊能力が強いと言われる私の知人によると、そこには呪術的な意味があると言います。呪文・祈祷に代わる呪詛の現代版、それが電磁波だと言うことなのでしょうか?


写真3:このアンテナもまた麻賀多神社のそば
    (Google Map座標:35.76719,140.129916)
    
以上、我々への妨害行動とは直接関係ないとは思われるものの、なぜこのような装備を敷設しているのかたいへん気になります。このような状況をクロカモ拠点地域である成田市近郊に数多く見出したことより、少なくとも、私がクロカモと呼ぶ闇集団が、日本の古代宗教と何か密接な関係のある組織であることが垣間見えてきます。ちなみに、このエリアにあるそれなりの神社仏閣は、古墳の真上、もしくは古墳のすぐそばに建てられています。それでなくても千葉県北総台地は非常に古墳の多いエリアです。歴史学的には3世半〜7世紀紀頃が古墳の世紀であり、クロカモが古代宗教に関連するとすれば、それは大和朝廷建国の時代以前まで遡る、非常に古い秘密結社、あるいはその継承者たちであると予想されます。

2年前、このブログを書き始めた頃から、日航機事件隠蔽の背後に日本の古い秘密結社が関係してると指摘してきましたが、その理由の一つがここ、成田にあるのです。成田を調べていくと、これまで度々本事件との関与を指摘してきた旧帝国陸軍・徳川家だけでなく、現天皇家との関係までもが見えてきます。極めて核心に近い話となりますので、成田の秘密については、別の記事で続編を記したいと思います。


写真4:成田近郊の寺社調査の時に待ち伏せしていた成田公安車両。
    電磁パルス銃搭載車であり、後方から私たちを狙ってきた。
    成田公安は一般警察から独立したクロカモ専属部隊とみな
    してよいだろう。ナンバーは「成田800 き5011」
    (Google Map座標:35.76719,140.129916)


■究極の嫌がらせ、パラメトリックサウンド

読者の皆様は「集団ストーカー」という言葉をご存知でしょうか?詳しくは検索等で調べていただきたいのですが、簡単に言えば、ハイテク機器などを駆使した非殺傷手段を用い、個人に対して組織的に嫌がらせを仕掛け、社会的・精神的にその個人を抹殺するという、非常に悪質で陰湿なストーキングの行為者のことです。

私を含め、日航機事件調査チームのメンバーはまさに巨大な集団ストーカーの監視を受けている訳ですが、私たちの他にも、企業や暴力団、権力機構(警察・公安・自衛隊など)から集団ストーキング行為を受け、それにも負けず闘っている人々がいます。その内の一人、Y氏とお会いし、お話を聞く機会がありました。Y氏の場合は、職場で不正を発見しそれを上役に報告したところ、その後、様々な嫌がらせを受けるようになったと言います。これは私の想像も含みますが、職場の小さな不正と見えた事柄が、実は暴力団や権力機構に繋がる大きな不正の一端であった場合、集団ストーキングとして闇組織の介入を招くようです。

Y氏の話の中で最も関心を引いたのが、「パラメトリックサウンド(Parametric Sound)」という技術を用いた嫌がらせ方法です。複数方向から波形の異なる超音波を対象者の頭部に向けて照射し、頭蓋骨で音声波形を合成させます。すると、それが骨振動音として対象者の聴覚に伝わりますので、周囲に誰もいなくても話し声が聞こえるようになります(図2)。


図2:パラメトリックサウンドの発生原理(イメージ)

この技術のターゲットとされたY氏は、やがて、一人で部屋に居ても、一人で車を運転していても常時人の声が聞こえるようになります。その中身たるや、「お前まだ生きてるの?」、「死んでしまえ」などと気の滅入る様な言葉ばかりだと言います。初めは自分の頭がおかしくなったと思ったそうですが、研究熱心なY氏は、自分で海外の文献を調べ、それがパラメトリックサウンド(以下PMSと記述)という技術を応用した嫌がらせであることを発見します。そして、自分に照射されている超音波波形の捕捉にも成功し、その波形図を私も見せていただきました。さらに、会見中も断続的にPMSを当てられているということで、目の前で超音波を可聴音に変換する実験(図3)を披露してくださいました。


図3:パラメトリックサウンドの可聴音合成実験
   PMSの原理が正しければ、波形同位相の交差位置で音声合成が可能。
   実験により現実に行われていることが確認できた。プレートの向き
   から照射方向もある程度限定できる

プラスチックのプレートを空中にかざして数秒後、「うぉ〜うぁ」という言葉とも言えない不思議な大音響がプレートから鳴り響きました。それも一度だけでなく、かざす位置を時々変えながら何度も再現することができます。Y氏によると、頭蓋骨からわずかに位置がずれているので、明瞭な音声の再現には至らないが、自分の耳にはちゃんと人の声として聞こえるといいます。


■携帯中継局:超音波発信機としても利用されている?

Y氏のお話の場合、ストーカー行為者の道義的な非道さはまさに論外ですが、同時に、この技術を個人に適用する場合に何が必要かと考えた時、用意すべき社会インフラの規模の大きさに愕然としました。

Y氏の場合、お住まいは中京方面ですが、居住地内やその近辺でのみそれが起こるならまだわかります。Y氏専属のストーカー部隊が常駐で張り付いているとみなせるからです。しかし、Y氏によると、会見のための移動中の車の中だけでなく、関東地方に到着し、私との会見中でさえも、断続的にPMSを照射され続けていたと言います。そして、それを私も実験で確認しました。移動中に不審な後続車両はなかったと言いますし、また会見場所の周囲に怪しい人物はいなかったので、少なくとも中京・東海・関東に渡る広範囲にPMSの発信装置がすでに完備されているということになります。

ここで前段の携帯中継局と話がつながります。このような超音波発信機が取り付けられる可能性があるとすれば、それは前述(A)の送電線の支柱、携帯中継局、各種電波塔しか考えられません。(B)の人工衛星については、宇宙空間からの超音波振動は考えられないので、ここでは無視してよいでしょう。また、これだけの規模のものを後から個別に設置するのはなかなか大変ですし、その目的を疑われる原因にもなります。そうだとすれば、1990年代の中頃から急速に普及を始めた携帯電話、その普及の勢いを利用して一気に、非殺傷兵器としての電磁波発信機、および超音波発信機を整備していったとは考えられないでしょうか?私は、携帯電話やPHSが普及する以前にこれらの非殺傷兵器の技術が完成しており、その完成時期を待って携帯電話の販売が促進されたと考えています。だとすれば、東芝や京セラのような携帯機器メーカー(家電メーカー)、NTTやAUのような通信事業者(*1)、許認可権を持つ総務省(旧自治省)など、みんなグルであったと言うことができます。もちろん、その兵器の恩恵を受ける、警察庁(公安)や自衛隊も含めることもできます。この構図はまさに、日航機事件の組織的な隠蔽工作を働くクロカモの支配関係に当てはまるのではないでしょうか。

PMSについて最後に1点だけ補足します。私が同席した図3の実験では、頭部からわずか10数cm程度離れた位置で、もう正確な音声は合成されませんでした。頭蓋骨とプラスチックプレートの物理構造的な違いも考慮しないといけませんが、PMSは正確に位相を合わさないと狙い通りの音声化ができない可能性があります。つまり、常に、ほぼ誤差のない精度でY氏の頭部に焦点を合わせる必要があるだろうと推測されるのです。高速移動中の車両においても頭部に焦点を合わせ続ける技術。私は、Y氏の頭部には確実にナノチップが埋め込まれているであろうと確信するのです。、


*1 通信事業者:PHS通信事業者の「アステル」は確か東京電力資本でした。PHS方式は狭い間隔で数多くのアンテナを設置しなくてはならず、当初からインフラ整備の上で不利が言われていましたが、なぜ、NTTや東電はPHSを推進したのでしょう?データ通信能力の高さが宣伝文句でしたが、結局、現在の携帯電話方式でデータの高速通信が可能になると、もはやそのメリットもなくなりました。1970年の万博で早くも携帯電話のプロトタイプを開発したNTTが、その程度の技術予測ができなかったとは到底思えません。穿った見方とお断りしますが、日本におけるPHS事業の本来の目的とは、多目的中継局の大量設置にあったのではないでしょうか?


 * * *

終末の世になると、狐付き、神懸かりが多く現れるといいます。「スピリチュアル」という言葉が広く使用されるようになり、超自然な存在と対話する不思議な能力を持つという人が、スピリチュアル系の雑誌、書籍で紹介されるようになりました。私は、自分が信仰者であることもあり、その全てを疑うつもりはないのですが、中には、本記事で紹介したPMSにより、人為的に創作された神の声を聞かされている人もいるだろうと想定しています。そして、安易に予言・預言に傾倒することを自ら戒めるようにしています。神の真意とは己の行動を通してこの世に発現するものであり、奇跡的な事象や、神懸かり的な言動として現れることは、極めて少ないと私は考えます。ましてや、PMSなるものの存在を知ってしまった今においてはなおさらです。

ET CUM PROPRIAS OVES EMISERIT ANTE EAS VADIT ET OVES ILLUM SEQUUNTUR QUIA SCIUNT VOCEM EIUS ALIENUM AUTEM NON SEQUUNTUR SED FUGIENT AB EO QUIA NON NOVERUNT VOCEM ALIENORUM
自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。しかし、ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る。ほかの者たちの声を知らないからである。
(ヨハネの福音書 第10章4,5節)


南の島フィリピンより
管理者 日月土
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JAL123便墜落事故−真相を追う−蘇る亡霊(15)

2011-11-02 06:15:03 | JAL123便墜落事故
読者の皆様には、最近、更新が滞ってご心配をおかけしていることかと思います。現在、フィリピンに滞在していることを奇禍に、太平洋戦争中、あるいはそれ以前にこちらで実際に何が行われていたのかを調査しています。調査が進むにつれ、私たちが教育機関で教わってきたことと、こちらで見聞きする話の間に大きな齟齬を感じるようになりました。歴史の真相を追及するのが本ブログの元々の開設目的でもありますので、いずれ、こちらの調査結果もお知らせしたいと思います。

 * * *

今回の記事は、日航機事件の当事者と予想される、日本の闇組織「クロカモ」の正体を推論する「蘇る亡霊」の第15弾です。今回は、いつものスタイルと変えて、私のブログの真意を非常によく理解してくださっている nqlab さん(*1)の最新記事「フクシマは核兵器製造工場?」を元ネタに話を進めたいと思います。

こちらの記事では、私も話をまとめるのに苦労していた、日本の核兵器製造と旧帝国陸軍派との関係、また、日本の核開発と諸外国との関係、特に、中国・北朝鮮との関係を上手にまとめあげている上に、123便撃墜事件に関する本ブログでのこれまでの主張を見事に融合させています。

詳細については若干の見解の違いはあるものの、大筋では nqlab さんの見立てで間違いなかろうというのが私の考えでもあります。ですので、本記事では、nqlab さんの記事をさらに補足する形で論を進めたいと思います。

*1 nqlabさん:昨年、2010年5月の日航機事件真相究明講演会開催にご尽力いただいた私の良き理解者です。同じく日本の隠された歴史(封印史)の研究家でもあり、日本の歴史背景について、これまでに数々の情報をご提供頂きました。


■日本の核兵器ビジネス

まずは、同記事冒頭の引用を掲載しますので、お読みください。

------------------(nqlab:引用[1]ここから)----------------------
フクシマの地下で密かに核兵器、或いは核弾頭原料が製造されているとの情報がWEB上でも流れていますが、ある情報筋によると、福島原発の使用済み核燃料は、現地で再処理(プルトニウム濃縮)され、輸出されていたそうです。
主な輸出先はアメリカ。
その他ソ連や世界各国も直接なり間接なり顧客にはいたようです。

アメリカはそれを何に利用していたのか?
核弾頭は時間と共に自然劣化が進むため、劣化した核弾頭を新品に取り替える為に大量のプルトニウムが必要となります。
現在アメリカには9400発の核弾頭(内 戦略核弾頭 2126発)があり、1967年には3万発以上保有されていました。フクシマの稼働した1970年代から80年代にかけては、2万5千発前後で推移しています。

(管理者注:出典・グラフ当は引用元記事をご参照ください)

------------------(nqlab:引用[1]ここまで)----------------------

国際軍事評論家B氏の目撃証言から、かなり以前から茨城県東海村の動燃施設内で核兵器が開発されていたのは間違いなく、核兵器を製造する以上、どこからか燃料を調達する必要があるのは当たり前の議論です。

福島第一もその候補であるだろうと私が推測していることは、以前の記事でもお伝えしましたが、nqlab さんの入手した情報によると、もっと大々的な核兵器ビジネスが日本の原発内で行われていたことになり、私の予想を大きく上回ることになります。その根拠として、核兵器のメンテナンスに一定量のプルトニウム製造が必要であるとことを挙げ、1960年代、70年代の核弾頭総総量から鑑みた場合、米ソ超大国内製造分では追いつかないという議論にも説得力を感じます。この辺の数字を精緻に積み上げたら、状況証拠としてはかなり正確さが増すと考えられます。

123便絡みとして、ここで、私が聞いた元日航整備員の証言をご紹介します。

「空港整備場では、時々、原子力マークの入った貨物が積み込まれるのを目撃しました。ちょうど両腕で一抱え位の大きさで、同僚たちと一緒に、あの箱の中身は何なのだろうね?とよく噂していました。冗談で『大きさからいって核弾頭なんじゃないか(笑)』とよく言い合っていました。」


図1:原子力マーク

箱の中身が実際に何であるかなど、私もわかりません。しかし、私はこの証言を聞いたとき、日本国内向け(自衛隊向け)の核兵器の可能性もあるなと考えていましたが、nqlab さんのお話から推測すると、国外向けの核弾頭だった可能性も十分あり得ます。

御巣鷹の墜落現場に、冬でも雪が積もらない地熱の高い箇所が局所的に存在し、地中に埋まった核兵器の反応熱なのではないか?と本ブログお伝えしたことがありますが、このように大規模な核兵器ビジネスが存在し、日常的に定期航空貨物として輸送されているとしたら、その可能性ははるかに高まったと言えます。その逆もまた真で、123便に推測通り核兵器が積荷として輸送されていたとしたなら、1985年当時(またはそれ以前)からこのような核兵器製造ビジネスが存在している可能性の傍証と成り得ます。

これに関連して、日航機調査チームのS氏が自衛隊員から直接聞いたという証言もご紹介しましょう。自衛隊関係者の飲み会に参加した時に、酔った隊員が語っていたという内容です。

「日本が核装備してるなんて、当たり前。誰でも知ってることだよ。○○基地、○×基地だろう・・・(管理者注:核配備されている具体的な基地名を数箇所あげたそうだ)。」

以上の証言も真偽の確認まではできません。しかし、福島第一の秘密と密接に関連する内容であることは確かです。推論だけを積み上げるのはひとまずここで止めましょう。真実は全て、御巣鷹の墜落現場、雪が積もらない箇所(文字通りの「ホットスポット」)だけが知っており、今でも私たちに語り続けています。


写真1:(左)積雪した墜落現場一帯、(右)雪が積もらないホットスポット


■日本の核兵器製造と諸外国(1)

nqlab さんの記事に見る、日本の闇組織と核開発の歴史、諸外国・米国内派閥との関係についても、私の書くそれよりも分かりやすいのでぜひご覧になってください。

------------------(nqlab:引用[2]ここから)----------------------
日本は第2次世界大戦中、原爆開発の先進国でした。

理論の日本、技術のドイツ、原料のアメリカ、と形容してよいのではないでしょうか。
日本の原爆開発と云うと、一般に日本のノーベル賞第一号「 湯川秀樹 」のことを頭に思い浮かべると思いますが、現実に理論と開発を行ったのは「 仁科芳雄 」博士。湯川はGHQに仁科博士の研究成果を横流ししたことによってそのご褒美としてノーベル物理学賞をもらったのです。湯川はアメリカ留学中、原爆の父:オッペンハイマーと親交があった。オッペンハイマー一族は元々はドイツの財閥で南アフリカでダイヤモンドと金鉱山の経営(ウランも?)を行って財を成し、現在はロスチャイルド・ファミリーの中に組み込まれているようだ。 

(中略)

またまた余談だけど、仁科博士の日本陸軍の研究は大陸でも行われた。
その拠点は、現在北朝鮮の金策市(キムチャクし)。当時の名称は城津。
日本海に面した製鉄・重工業の中心地だ。
ここはまさに日本陸軍の置き土産。
この置き土産が現在の北朝鮮 核開発のベースとなっている。

(中略)

さて、戦後の日本では岸信介のアメリカへの面従腹背(? : なのか、アメリカの指示なのか?)と正力松太郎(読売新聞社主)によって、日本の原発開発が進められるが、現実に大きく動かしたのは田中角栄(首相:1972年7月7日 〜 1974年12月9日)。田中角栄の賄賂の証拠書類が「 偶然間違えて 」コーチャン委員会に配達された(ロッキード事件)のは、角栄が脱石油・原発独自開発に踏み切ったからとも、アメリカの頭越しで中国と提携したから。とも云われている(現在の中国の躍進の基礎は、まず毛沢東:八路軍の実戦中核部隊となった満州残留の旧関東軍に、次に田中角栄以来の技術移転にある)。 
こうして角栄亡き後の原発利権を握ったのが中曽根康弘(首相:1982年11月27日 〜 1987年11月6日)。

(中略)

アメリカ軍の内部は(と、云うより日本も含めて世界的に)、陸軍(&空軍)vs 海軍(&海兵隊)が犬猿の間柄にあり、日本の核開発に関して、或いは核兵器の世界的拡散に関して、両者とそれぞれの背後に居る勢力にはどうやら方針が真逆にあるように見受けられる。つまり、日本の核兵器原料の供給とその流通を推進する勢力とそれを阻止しようとする勢力だ。御巣鷹山事変は明らかに、そしてひょっとしたら311も、こうした大きな枠組みの中で起きた事件として捉えることが出来るだろう。
------------------(nqlab:引用[2]ここまで)----------------------

123便事件の真相究明を徹底するならば、話は第2次世界大戦、またそれ以前の歴史にまで遡らなければなりません。nqlab さんの記事は、敢えてその難しい領域にまで踏み込んでいる点に驚嘆します。また、歴史を深く詳細に追っていけば、日本の闇組織クロカモの正体、そして、世界の諸外国との闇の関係がはっきりと見えてくるでしょう。

nqlabさんのこの記事に出てくる諸外国と日本との関連性を改めてここで整理します。

(1)米国 :核燃料の提供
(2)ソ連 :核燃料の提供、現ロシア
(3)中国 :核開発の提携(田中角栄・中曽根康弘 政権時)
(4)北朝鮮:旧陸軍の核研究施設、現在の核施設基盤
(5)ドイツ:旧軍核研究者、湯川秀樹博士との不透明な関係

核繋がりでこれだけの国々が見えてきます。これに、次の諸外国を加えてみましょう。いずれも核開発の話題に欠いてはいけない国々です。

(6)フランス :核開発の先進国、福一で同国アレバ社の浄水機を導入
(7)イスラエル:世界屈指の核シミュレーション技術、小型核の最大保有国
(8)イラン  :日本と核開発の提携(平和利用?)
(9)その他の核保有国(英国、インド、パキスタンなど)

以上のように、「核開発」をキーワードとするだけで、いつものお決まりのメンバー国の顔が見えてきます。そして、この中には、1985年の御巣鷹事変における紛争当事国、(1)米国、(2)ソ連の名前が含まれています。同時に、同年、米・英・日・仏・独の5ヶ国間で電撃提携された「プラザ合意」で日本と同じく不利な条件を飲まされた(5)ドイツ、(6)フランスの名前も見えてきます。ここから、プラザ合意成立の背景に御巣鷹事変、更にその深層部には核・化学兵器ビジネスを巡る世界的な対立構造が存在したと考えられるのです。余りに大きなテーマなので、「プラザ合意」と御巣鷹事変の関係については追って記事にしたいと思います。

123便絡みで私が最も注視ている国際関係は、実は、隣国である(3)中国、(4)北朝鮮、そして、歴史的に(4)とは切り離せない韓国との関係です。以下に、その根拠となるB氏の証言を何点かご紹介しましょう。

>>>「中国と中曽根政権の親密な関係」

 中曽根康弘氏は、言わずと知れた御巣鷹事変当事の日本の総理大臣です。8月12日の大惨事にも拘わらず、3日後の8月15日には靖国神社を首相として公式参拝。中国政府は公式にこの参拝を非難しました。また、有名な「不沈空母」発言などで、思想的には親米反中派の首相と一般には思われています。これに対し、B氏は次のように付け加えます。

「中曽根さんは親米反中のイメージが定着していますが、その実は明らかな親中派です。そして、その実情を知る民族団体からは常に命を狙われている人でした。これは一切報道されていませんが、首相在任時、都内のある寺社を訪れた時、墓地の勝手口から侵入した刺客にあわや銃殺されかけたことがあります。警護に付いたSPの機転により最悪の事態は逃れましたが、もう少しで歴史的な首相暗殺事件になるところでした。」

中曽根元首相が中国とどのような親密な関係を築いていたかまではお話いただけませんでしたが、それが nqlab さんの指摘する「原発利権(核兵器ビジネス)」と関係するならば、同元首相が123便事件で沈黙を守る、あるいは事件の隠蔽を指揮する蓋然性が極めて明瞭に説明できます。

>>>「瀬島龍三、中国と旧帝国陸軍の関係」

 123便事件における陰謀論のほとんどは、中曽根康弘氏(当時首相)がその隠蔽指揮の中心人物であると指弾しておりますが、私は、中曽根氏のブレーンで元帝国陸軍参謀、伊藤忠商事元会長の瀬島龍三氏こそが、全ての絵を描いた人物であると睨んでいます。その瀬島氏本人も「俺が中曽根を使っているんだ」と周囲に漏らしていたと言います(*1)。瀬島龍三氏、および中国と旧帝国陸軍の関係について、B氏は次のように語ります。

「私の上司(諜報関係者)も瀬島さんについては多くを語りませんでした。ただ、『あいつは裏のある男だ』とよく言っていたのを覚えています。彼は、貧しい幼少時代を過ごし、刻苦勉励して陸軍大学を主席で卒業、若くして参謀本部入りした。終戦後はシベリア抑留者となり、11年後に帰国。伊藤忠商事に入社し会長となるなど(*2)、苦労人としてのイメージが定着しています。しかし、そんなものははっきり言って後から作られた話です。彼は陸軍幼年学校を出ていますが、貧しかったり、一般農家の子弟が、高い私費を求められる幼年学校に通えるはずがありません。その一点だけでも、瀬島さんが将来の指導者となるべく、幼い頃から選ばれた人物であることが伺い知れるのです。」

ちなみに、瀬島氏の出身は、富山県小矢部市鷲島。現在の地名からの判別は難しいですがいわゆる加茂の里です。確たる根拠はありませんが、瀬島氏が当初からソ連と内通していたソ連のスパイではないかとする説、シベリア抑留はあらかじめ瀬島氏とソ連側の秘密交渉によって図られていたとの説は、B氏をはじめ瀬島氏を知る人の心に今でも浮かぶ疑念であるようです。続いて、旧帝国陸軍と現中国政府の関係について、B氏は次のように語ります。

「中国北京政府の現諜報部隊、工作部隊を作り上げたのは旧帝国陸軍です。そして、現在に至るまで日本とのコネクションは健在です。しかし、瀬島さんがお亡くなりになってからはずいぶんと抑えが利かなくなったようですね。昨年(2010年)、藤田工業の社員4人が中国当局に逮捕されるとの事件がありましたが、藤田工業とは純然たる旧陸軍系企業であり、かつての関係からはあり得ない出来事です。何があったのでしょうか。結局、4人の解放のために現役の陸上自衛隊関係者が中国に渡って交渉を行ったようです。」

瀬島氏と旧帝国陸軍、そしてソ連と中国への繋がり。まだ充分な確証がある訳ではありませんが、御巣鷹事変の背景に旧帝国陸軍の影が散らつく以上、その関係国である中国の関与を無視する訳にはいきません。

*1 「俺が中曽根を使っている」: 出典「沈黙のファイル―『瀬島 龍三』とは何だったのか」 新潮文庫 共同通信社社会部 

*2 伊藤忠商事と瀬島龍三:伊藤忠商事が戦後賠償ビジネス(日本国民の税金)で焼け太った企業であることは忘れてはならない。インドネシア、韓国、中国、これらのビジネスの参入先は、旧帝国陸軍の進駐先である。旧帝国陸軍のネットワークはこのように戦後も生きている。ついでに、オイルショック時(1974年)に買占めによる価格操作をしたのもこの企業であることを記しておく。この他、住友銀行と自衛隊との黒い関係についてもいずれ明らかにしなければならないだろう。

>>>「北朝鮮は日本の核開発の拠点か?」

北朝鮮に関する nqlab さんの話は衝撃的ですが、本ブログでも北朝鮮に関する話題を紹介したことがあります。それは、B氏による推測で、123便に積まれていただろう核兵器は、米国の監視が手薄い大阪港から、シンガポールまたは北朝鮮に輸出するつもりだったのだろうというものです。初めてこの話を聞いた時は、北朝鮮が登場する意味を深くは理解できなかったのですが、旧帝国陸軍時代から続く核関連施設がそこにあるとすれば、話としては大納得です。

その話から更に類推すると、結局、北朝鮮という国も、中国同様、旧帝国陸軍関係機関、つまりクロカモの傀儡国家ということになります。考えてみれば、日本人拉致問題など、両国間に深刻な溝があるにも拘わらず、戦争状態にもならず、何故に資金援助、食糧援助、そして民間における送金が可能なのか、国際常識的には理解不能な関係が続いています。結局のところ、緊張する日中関係および日朝関係も、同じく日本という国家を傀儡にしているクロカモの自作自演だったのではないかという推測に帰結するのです。そして、北朝鮮がそうであるなら、クロカモ寄りと見られる米国CIA、韓国KCIAが支配する韓国もまた、同じ穴の狢であると類推されるのです。

>>>「フェデックス80便の積荷は北朝鮮からの核燃料という情報」

2009年3月23日、成田国際空港でフェデックス80便が着陸直前、突風に煽られ横転したという事故が発生しました(参照:Wikipedia フェデックス80便着陸失敗事故)。この報道を見ておかしいなと思ったことがあります。最初の報道では滑走路への進入から横転までのビデオ映像を流していたのに、1時間後の報道からは、横転した後の映像しか流さなくなりました。肝心な所を隠す同じような報道パターンは、実は123便事件の時にも見られています。


写真2:事故を起こした同型機(Wikipediaより)

後に、色々な憶測がネットに流れ、意図的に横転させられたのではないかという陰謀説が流れました。この点についてB氏に尋ねたところ、次のような情報があると聞かされました。

「フェデックスの積荷は北朝鮮から入手した核燃料だとの情報があります。受け取り手はドイツ政府。どうやらIAEAの査察前に総量の帳尻を合わす為に緊急輸入をしようとしたらしい。破壊工作をしたのは米国の機関だと思いますが、ドイツ政府だけでなく、密輸に加担した日本に対して警告する意味で成田で仕掛けたとのことです。」

この情報を確認するために、私は放射線測定器を持って成田空港周辺を自動車で周回しましたが、有意な値は観測されませんでした。ただし、その後に成田公安の車両にしつこく付け回されただけでなく、休息に入ったハンバーガーショップにまでぞろぞろと公安関係者が闖入してきたのには閉口しました。ただ収穫だったのは、その人員の中に米国空軍関係者が加わっているのを確認できたことです。特徴のある着衣から判別できました。彼は成田公安と一緒に何をしていたのでしょうか?(*3)

話は脱線しましたが、この情報が事実だとすれば、核開発を軸に日本と北朝鮮が繋がっていることは明らかになります。また、ドイツという国が、第2次大戦の同盟国のよしみか、日本サイドに立って裏の核兵器ビジネスに参加している事実も見えてきます。同時に、日本の核開発を面白く思っていないグループの存在も浮き彫りになってきます。このようなグループの存在と対立の構造こそが、福島の災害の発端となったと類推されます。全ては闇の中ですが、本記事の傍証として参考になるかと思い取り上げました。

*3 成田公安:千葉県成田市にある成田空港とその周辺はクロカモの拠点の一つ。成田の秘密とそこに配備されている成田公安の特殊性については別の記事で情報提供をしたいと考えています。


以上、中国・北朝鮮と日本の核兵器ビジネスとの関連性について、B氏の情報を元に推論を組み立ててみました。この他、核に関する(6)フランスと日本の関係も無視できないものがあります。そして、全ての関係国の背後で巧妙に動き回る(7)イスラエル。イスラエル関係機関の特徴は、例えて言うなら、中立を装いながら対立する両者をけしかけ、両方に武器を売るというものです。イスラエルが福一の事故後、一早く大人数の医療団を日本に送り込んできた理由は何か?また、イスラエルの新興製薬企業(デパ)が、日本の製薬会社(太陽製薬)を急いで買収した理由は何か?福島だけでなく、123便事件にも当然絡んでくるだろうイスラエルについても論証は欠かせません。そこには、123便事件当時、泥沼のイラン・イラク戦争での決定打を求めていただけでなく、常日頃イスラエルを敵視する(8)イランという国の存在も忘れてはなりません。これらの国と核兵器ビジネス、日航機事件の関連については、追って論証を加えたいと思います。

なお、象徴的に国の名前を使っていますが、現実の闇組織とは国家の枠を超えた超国家的組織であると考えられます。複数の国家に跨る組織があれば、それと利害対立するグループも当然ながら国家の枠は当てはまらないでしょう。そして、最終的にはそのようなグループ間の対立と見える構造も、どこかの小国、少人数の特殊な人々によって上手に演出されているのだと、私は予見しています。

 * * *

今回の記事で示したように、123便事件(御巣鷹事変)の政治的背景を解釈する手法として、123便の問題の積荷が何であったかを思考実験するのは非常に有意義です。積荷の中に「核兵器」があったと仮定するだけで、現在に至る実に多くの事実が結び付いてきます。図らずも、石波元防衛大臣が「核開発能力誇示のために原発は必要だ」と本音を漏らしてしまいました。原因はともあれ、福一の原子炉が破壊され、核汚染が深刻化している現状を見れば、原発を有することは核兵器製造以上に国土防衛上不利であることが明らかであるにも拘わらずです。

石波氏の発言も裏を返せば、一旦手を付けた核兵器ビジネスから最早引き返せないんだということでしょう。これまで日本国民を欺き続けていたのならば尚更です。憲法第9条の尊守も非核三原則の徹底も全て茶番であったのですから。

私は、自分がクロカモと呼ぶ人も、世間で原発マフィアと呼ばれる人も、全ての人を許すつもりです。だからお願いです。真実を我々に語ってください。そして、高天原山の尾根(御巣鷹の尾根の正式名称)に眠る私たちの同胞に一言お詫びを伝えてください。美しい日本、美しい世界の再興はきっとその時から始まるはずです。


QUORUM REMISERITIS PECCATA REMITTUNTUR EIS QUORUM RETINUERITIS DETENTA SUNT
だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。
(ヨハネの福音書 第20章23節)


南の島 フィリピンより
管理者 日月土

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JAL123便墜落事故−真相を追う−折れなかった垂直尾翼(3)

2011-10-13 19:14:39 | JAL123便墜落事故
時々、他の123便真相究明関連サイトを読ませていただきますが、未だに次の点で止まったままの議論が多いようです。

 (1)ボイスレコーダ(CVR)/フライトレコーダー(CFR)の検証
 (2)アントヌッチ証言による米軍の墜落場所発見と日本側の不作為
 (3)上記(1)(2)を総合した自衛隊標的機の衝突および隠蔽説

(1)については「折れなかった垂直尾翼(1)」で、犠牲者の小川さんが機内で撮影した写真の解析から、発表されたCVR/CFRが写真の示した事実を反映していない、つまり改竄の可能性が極めて高いことを指摘しました。また、(2)についても御巣鷹事変当事者である米国軍の発表であることから、その事実性については十分な注意が必要です。ただし、それまで沈黙していたにも拘らず、事件から10年近く経過した後に、なぜこのような情報を出してきたのか、その政治性については分析を加える必要を感じます。

(1)、(2)がもはや信頼性を欠いている以上、この議論を基礎とした(3)の仮説はあり得ず、また、相模湾が海上自衛隊の訓練海域でないこと、加えて、当時、高度7000mの飛翔物を落とすような艦上装備がない以上、この高度に標的機を飛ばす理由はないことから、標的機衝突事故説が極めて信憑性に欠けた妄説であることは「自衛隊説を切る(2)」ですでに解説済みです。よく言われる「オレンジ色」の物体についても、この色の破片が墜落現場から山ほど見つかっている事実があります。その一部はミサイル片であり、また軍機の装備品であったり、「オレンジ色」というだけで、それが何かと特定するのは極めて難しい問題であることは、ここにつけ加えておかなければなりません。

私たち日航機事故調査チームは現場調査を重要視し、出来る限り物証を押さえることで真実に迫ろうとしています。そして、これまでの調査結果から日航機事件には想像を超えた複雑な背景が隠れていることがわかってきました。ただただ報道記事の抜き出しをつなぎ合せただけでは、陳腐な「自衛隊標的機衝突説」を考え付くのが関の山でしょう。真実は現場にしかありません。改竄されたCVR/CFRを聴いて、信じて、涙し義憤にかられているようでは、隠蔽する側の思う壺なのです。123便の真相を求める人々はこの点を強く認識するべきです。


■尾翼破壊:事故調査報告書を再度検証

運輸省の事故報告書では、123便は相模湾上空で圧力隔壁と垂直尾翼の破壊が発生したとなっており、その証拠の一部として、相模湾海上で海上自衛隊艦「まつゆき」が回収した垂直尾翼周りの部品が付図に掲載されています。まずは、以下に報告書のキャプションのままにその写真を転載しますので、まずそれをご覧になってください。


写真1:海上から回収されたAPU空気取り入れダクト


写真2:海上から回収された垂直尾翼の一部(1)


写真3:海上から回収された垂直尾翼の一部(2)


これらの写真をご覧になって、何か変だと気がつかないでしょうか?写真2、3はともかく、写真1はどう見ても大きな金属の塊にしかみえません。また、高温となるAPU(補助エンジン)のダクトであれば、FRPやプラスチックが使用されていたとは考えにくいです。この金属様の塊が海上を浮遊していたというのはあまりにも無理があります。

この点について国際軍事評論家のB氏にお話を伺ったところ、次のような説明を頂きました。

「海上での航空機事故の場合、基本的に、アルミのような軽い金属でも沈むものと考えるのが普通です(*1)。浮かぶのは木片やプラスチックの類に限られます。その意味では、写真1のダクトは当然沈みます。また、写真2、3の垂直尾翼の一部も極短時間ならともかく、そのまま浮いてるはずがありません、こちらも当然沈みます。」

B氏の見解は、上記の写真に写った尾翼周辺の構造物全てが、海上で回収されたというのはおかしいというものです。この説を少し押し進めると、これらの回収物は海上以外のどこからか調達したという結論に至ります。それはどこなのでしょうか?模造品でなく、実機の破片を写したというなら、それは123便の墜落現場、御巣鷹の尾根周辺としか考えられません。

*1 アルミも沈む:1円玉を真水に浮かすことはできますが、それは1円硬貨の形状により浮力が生じるためです。


■陸揚げ地がなぜ館山港なのか?

軍事事情に詳しいB氏は、これらの回収品が海上自衛隊基地に隣接する館山港に陸揚げされた点についても疑問を呈します。

「館山の海上自衛隊基地は航空隊の基地です。確か、専用の港湾設備もなかったのではないでしょうか。海上自衛隊艦船が回収物を陸揚げするなら、東京湾浦賀水道の反対側にある横須賀基地を選択するのが順当な考えです。

(しばし沈黙)

そうか、横須賀基地を共用している米国海軍に情報を取られたくなかったんだな・・」


写真4:千葉県館山市の海上自衛隊基地(出典:Google Earth)
    右に隣接する港は一般港湾の館山港


図1:横須賀基地は館山港のすぐ近くだ(出典:Google Map)
   順当に考えれば都心にも近い横須賀を選択するはず

以上に加え、B氏は、当時試験航行中の「まつゆき」が、試験航行中故に正式に海上自衛隊本隊の所属ではなく、自衛隊の装備課(現装備施設本部)の管轄下にあっただろうという点も指摘しています。これが大事な点なのですが、「自衛隊」というとどうしても一つの組織として私たちは捉えがちですが、現実には「陸」と「海」では組織体として天と地ほど違うという事実(相当に仲が悪いという事実も)は、B氏が常々語っていることです。第二次大戦後、一時は解体された大日本帝国陸・海軍ですが、自衛隊が再編されることになっても、組織体としてのカルチャーはそれぞれ別に継承されていると考えるのが順当だということです(*2)。

その考えに従うと、館山港への寄港および陸揚げは、自衛隊内の中央組織によって決定されたことになり、そこに「陸」「海」のどちらの意思が強く働いていたかと考えるのが重要になります。米国海軍と親和性の高い海上自衛隊が敢えて横須賀帰港を避ける決定をするとは考えにくく、館山の海上自衛隊基地と関連があるように見せかけながら、敢えて一般港湾に陸揚げさせ、米国海軍の監視をかいくぐるその手口から、館山寄港には「陸」の意向が強く働いていたとみなすことができます(*3)。

*2 陸と海:「空」については旧陸軍航空隊の継承組織と考えることができます。よって「陸」に含まれるとみなして間違いありません(B氏)。

*3 陸の意向が強い:「自衛隊標的機衝突説」での悪者は海上自衛隊です。この説の流布自体に情報撹乱の意図が見え隠れしますが、同時に「海」に対する「陸」の敵意も透けて見えます。


■目撃証言:墜落直前まで垂直尾翼は残っていた

確か、米田憲司氏の「御巣鷹の謎を追う」(宝島社 2005)だったと思いますが(*4)、そこには長野県川上村で「鶴マーク」を付けたジャンボ機が低空飛行しているのを目撃したとの証言が書かれていたと記憶しています。著者の米田氏は、垂直尾翼の大部分は脱落していたはずで、この証言は何かの勘違いだろうと結論付けています。

本書を読めばよくわかるのですが、米田氏ほど本件をよく調査された方でも、捏造されたCVR/CFRの呪縛に陥っており、圧力隔壁破裂が原因かどうかは別として「折れた垂直尾翼」という前提で全体を推理しています。よって、「鶴マーク」の目撃証言がそのシナリオに合致しない以上、「何かの勘違い」と推論せざるを得なかった事情も理解できます。


写真5:123便(JA8119)の垂直尾翼に描かれた大きな「鶴マーク」

多くの真相究明者が「折れた垂直尾翼」説を信じるもう一つの証左は、東京都の奥多摩で撮られたという、尾翼を欠いた同便の写真(写真6)です。これは当時、一般報道でよく放映されていただけではなく、事故報告書でも尾翼が脱落した証拠写真として採用されています。


写真6:尾翼が欠けていると問題の証拠写真
    確かに尾翼が欠けているように見えなくもない。実際に
    これだけ欠けていたら「鶴マーク」は見えないだろう

頭から何でも否定するのはよくないかもしれませんが、嘘・捏造何でもありの本件に関しては、よほど注意する必要があります。写真6についても、画像は不鮮明であり(かなり引き伸ばしているでしょう)、被写体はシルエットだけ、非常に手が入れやすい写真とも言えます。また、そのような作為がなかったとしても、上空の雲の状態で機体の一部が隠れてしまうことは頻繁に起こることだと想像されます。私は、この写真の信憑性は高く見積もっても50%程度、真偽半々と見ています。

一方、「垂直尾翼は折れていなかっただろう」と推論することは、これまで調査収集した事実から十分に説明可能です。

 (1)不自然な海上回収物(模造品か墜落現場からの輸送)
 (2)墜落現場近くでの「鶴マーク」目撃証言
 (3)相模湾上低空域での旋回飛行(参照:折れなかった垂直尾翼(2))

(2)については、次のような補足説明も可能です。123便は相模湾上空で異変後、静岡、山梨、埼玉、など各地で目撃されていますが、S字蛇行など、航跡の不自然さは指摘されていても、機影に関する指摘は皆無です。写真6の示すように垂直尾翼が大きく欠けていれば、航路正面からその機影に臨まない限り、その異変に嫌でも気がつくはずです。

(3)に関しては本シリーズの前回の記事を参照していただきたいのですが、大手掲示板に次のような興味深い書き込みがあったので参考までに掲載いたします。相模湾上における低空での旋回と「鶴マーク」の存在、どちらも私たちの推論と上手く合致します。

-------------引用ここから----------------
何で、こんなに拘るのかといいますと信じてもらえなくても構いません。
あの日、湘南で泳ぎ『湘南台』という小高い丘の景色の好いスポットに
いました。
「あれ?飛行機が低空で飛んでる。この辺、厚木基地が近いから?」
「それにしても変だよね、飛行機のお腹がこんなに近くに見えてる」
「あれ?あっちへ行ったと思ったらまたこっちへ飛んできたよ?」
「グルグル廻ってるみたい!鶴丸見えた!」
当時、携帯電話などなかったので家に電話。
「今ニュースで、日航機が行方不明だって。」
私達が見たのは、もしかしたら…
その晩から、眠れませんでした。
-------------引用ここまで----------------
(出典:http://read2ch.com/r/ms/1306480683/)

以上の推論を以って、私たちはこう結論付けます。「垂直尾翼は折れていなかった」、そして、「墜落直前まで操舵できていた可能性は高い」と。


*4 出典について:現在、海外避難中の身であり、手元の資料が限られるため、正確な出典を示すことが困難な状態です。本記事はコメント欄の入力制限を緩和しますので、出典の誤りや、本記事に関する新しい情報があればご記入ください。ただし、情報工作に対処する必要から、基本的にコメントは公開いたしません。また、改めて制限をかける場合もあります。なお、重要コメントに関しては記事中で返答したいと思います。


■沖合いを埋め尽くした捜索船

これもまた出典を失念したままで申し訳ないのですが、事故当夜以降、大量の捜索船(漁船なども含む)が伊豆東南部の沖合いを埋め尽くしていたという、現地旅館の宿泊者の証言があります。

これが事実だとすると、「折れなかった垂直尾翼」という我々の推論と少し噛み合わない点が生じます。それは何かと言えば、尾翼破損がなかったかもしくは極めて小規模のものであったとすれば、偽装工作とはいえ、そこまで大量の捜索船を出船させる必要はないからです。

しかし、この証言を読んだ限り、当局が少なくとも海上で何かを必死に捜し出そうとしていた気配が感じられるのです。「折れなかった垂直尾翼(2)」で推察したように、123便は何かから逃げるように相模湾上を旋回しています。また、爆発音や煙も目撃されています。ここから導かれる一つの推論は、

「相模湾上で戦闘行動が発生した」

というものです。そして、捜索活動の規模から、123便の機体破片や使用されただろうミサイル類の破片などとはまた違う、重要な物体、例えば撃墜されて着水した戦闘機などの探索回収が本来の捜索目的であっただろうと推察されるのです。すると、「圧力隔壁破壊説」という従来説は、123便の事故原因だけでなく伊豆沖での捜索活動をカモフラージュするための口実として創作された可能性が極めて高いと結論付けられるのです。

私は、戦闘行動の末、伊豆沖の相模湾に墜落した戦闘機は旧ソ連空軍のMIG-25ではないかと推測しています。そして、落とされた戦闘機があるなら、落とした側の戦闘機も同じ空域に存在したはずです。もちろん、その結論に至るまでは、推論の中でまだ幾つかのステップを踏む必要があります。本シリーズでは、そのような状況が発生した必然性について、私の知る限りの情報を紹介していきたいと考えています。

御巣鷹事変は相模湾上空で既に始まっていたのです。


写真7:伊豆下田白浜海岸沖
    この周辺の海域が捜索船に埋め尽くされたという


 * * *


123便の墜落事故といえば、一般には群馬県の御巣鷹の尾根が最も注目されています。これまで、本ブログでも軍機破片の発見報告など、墜落現場における検証が大勢であることは否めません。しかし、本記事で取り上げたように、相模湾上空での異変はそれに劣らず重要な意味を有しています。

房総半島の館山から始まり、三浦半島から伊豆半島の先端部下田まで、そして沼津・清水・焼津など静岡県東部にかけて、日航機事故調査チームの現場取材は群馬県の墜落現場とほぼ同等の時間を海側の調査に割り当てています。そして、私たちの調査を常に妨害しに現れるクロカモ(*5)も、群馬・長野両県の山間部に劣らず激しい勢いで私たちを襲ってきました。特に伊豆半島東部・中央部での出現頻度は驚愕すべきものがあり、同時に、伊豆半島こそ彼らが最も知られたくない「何か」がある場所だと直感しています。

直感と簡単に述べてしまいましたが、それは123便の関連事実だけでなく、日本の闇組織「クロカモ」のルーツにつながる重要事実と関連しているだろうと概ね想像はしています。古代日本から現代に至るまで、歴史上の支配機構の背後で暗躍してきた、まさに「King of 日本の黒い霧」と呼ぶべき彼等の出自が、123便の真相究明をきっかけに、これから益々明らかにされていくことでしょう。


*5 クロカモ:(毎回同じような説明で恐縮です)私が命名した日本の闇組織のこと。本ブログではこれまで「国営テロ集団」と呼んでいた。国際的な軍産複合体でもあり、天皇家・政府・官庁(自衛隊や警察も含む)・企業・暴力団・宗教団体など、あらゆる組織にその分子が潜入し、実質的に日本を支配していると思われる。組織体であれば当然だが、闇にも色々と派閥があるようだ。クロカモに強く対抗する存在「シロカモ?」もあれば、それとは別の本体と同調しない闇グループも幾つかある。あくまでも調査体験からの推測だが、私はこれらのグループを、仮に「ビマワリ」、「アリラン」と呼んでいる。もう少しはっきりしたことがわかってきたら、ここでお知らせしたいと思う。



その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
CUM ESSET ERGO SERO DIE ILLO UNA SABBATORUM ET FORES ESSENT CLAUSAE UBI ERANT DISCIPULI PROPTER METUM IUDAEORUM VENIT IESUS ET STETIT IN MEDIO ET DICIT EIS PAX VOBIS
(ヨハネの福音書 第20章19節)

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