テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

ギター弾きの恋

2006-03-01 | ラブ・ロマンス
(1999/ウディ・アレン監督・脚本/ショーン・ペン、サマンサ・モートン、ユマ・サーマン/95分)


 ウディ・アレンが出てこないアレン映画。とは言っても、劇中人物として出てこないだけで、「恋人たちの予感」のストーリーに関係ない老夫婦へのインタビュー・シーンのように、この映画でも主人公であるギタリストを語る人物の一人として登場する。つまり、この映画の監督として、主人公の説明を兼ねて狂言回しのように話をするのだ。しかし、この主人公エメット・レイは架空の人物らしく、要するにインタビュー・シーンも実は“演じて”いたわけだから、アレンが“出てこない”とは言えないかもしれない。もっとも、このインタビュー・シーンのおかげで、主人公が実在したかのように見えるし、伝説話の雰囲気も出ている。

 大不況時代のシカゴから物語はスタートする。セピア調のスクリーンが雰囲気充分で、しかも美しい。カメラはチャオ・フェイという人。中国系でしょうか、初めて聞く名前です。

 主人公エメット・レイは自らを天才と豪語するジャズ・ギタリスト。ジプシージャズという種類らしいですが、フラメンコ・ギターの雰囲気も入っていて哀愁があり、思わず聞き入ってしまうほど音色が美しい。映画は、最初から最後までこのギターを聞かせてくれるので、音楽好きの人はこのギターを聞くだけでも充分楽しめるでしょう。ショーン・ペンのギターの腕前は知らないけれど、“らしく”はありましたな。
 ウディが語るように、この主人公はがさつで、うぬぼれが強く、人間関係に対してもいい加減なヤツ。何故、こんな人間を主人公にしたか? それはラスト・シーンで分かります。【原題:Sweet and Lowdown

 ホテルと契約しているが、毎夜のショーには遅刻か泥酔してくるのが日常茶飯事の、危なっかしい人生を泳いでいるエメット。賭けビリヤードが好きで、娼婦のポン引きのような事もしている。女も好きだが縛られるのが嫌いで、結婚はしない主義。酒と賭事以外の楽しみは、走っている列車を見ることと、拳銃でゴミ捨て場のドブネズミを撃つことという変人だ。
 自分は世界一のギタリストだと言うが、その後に『ジャンゴ・ラインハルトを除いてな』という但し書きが付く。

 ジャンゴ・ラインハルトは実在のジプシージャズの名ギタリストとのこと。エメット・レイは彼を神様と崇めていて、インタビュー・シーンではジャズ評論家が、『ラインハルトに2回会ったレイは、いずれの時も失神してしまった』と語っている。

 映画は、エメットがニュージャージーに演奏に行った時にナンパで知り合った、口の利けない女性ハッティとの出会いと別れを中心に描いている。ハッティを演じているのはサマンサ・モートン。名前は聞いたことがあるが、多分、今回初お目見えです。
 口が利けないのは子供の頃に煩った高熱のせいと説明され、おつむの方も少し遅れている、洗濯場で働いている女性だ。エメットにとっては最悪に思われた出会いだったが、次第にすれていないハッティに愛着を感じていく。『優しくて、根っから善良な女なんだ』とエメットは言う。
 初めてベッドインした夜、エメットが弾くギターに聞き惚れるハッティだった・・・。

 変わった男が主人公で、描き方も自虐的な感じがするが、嫌みはない。実は、アレン映画は「アニー・ホール(1977)」以外観たことがなくて、その「アニー・・・」も殆ど印象がないくらいなんですが、これは面白かった。


▼(ネタバレ注意)
 これは、アレン版「(1954)」ですな。

 エメットの誕生日に鹿革の手袋をプレゼントするハッティは、カードも添える。そのカードの文章にハッティの家庭作りへの希望を感じたエメットは、しばらくして彼女と別れる。枕元に幾ばくかのお金を置き、夜明けに黙って出て行ったと、後で彼は話す。
 その後、文筆業での成功を狙っている美女と結婚するが、彼女の不倫から夫婦は破綻する。

 独身に戻ったエメットは、ハッティに会いに行く。ここでも、あくまでも会いに来てやったと言わんばかりの態度だ。『ニューヨークで仕事の契約がとれた。一緒に行きたいだろ?』
 彼女はいつものように返事を小さな紙にしたため、渡した。それを読んだエメットの顔が曇る。ハッティは結婚して、子供までいたのだ。

 その夜、ホテルに帰ったエメットは泥酔した。バーで女も拾うが、列車の見物も彼のギターにも興味を示さない女だった。『消えろ!』と言った後、ギターをたたき壊し、立木に突っ伏して泣き崩れるエメット。『俺は間違っていた! とんでもない間違いを犯した!』と叫びながら・・・。

 ラストのインタビューで、その数年後にエメットは音楽界から消えたと紹介される。『その間に彼はベスト盤のレコードを出した。何があったかは知らないが、それは魂を揺さぶるほどの出来だった。エメットは、ジャンゴに並んだ』
▲(解除)

 1999年のアカデミー賞では、主演男優賞、助演女優賞(サマンサ・モートン)にノミネートされたとのこと。
 「カイロの紫のバラ(1985)」というのも本人が出ないアレン映画らしいですが、評判も宜しいようなので俄然観たくなりました。

・オフィシャル・サイト
 http://www.spe.sony.com/classics/sweetandlowdown/

・お薦め度【★★★★=友達にも薦めて】 テアトル十瑠

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8 コメント

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TBありがとうございました (micchii)
2006-03-04 12:17:41
こんにちは、TBありがとうございました。

『道』もこの映画もそうですが、“本当に大切なものは失って初めて気づく”、悲しいかな、わかっていても繰り返してしまうんですよね~・・・。

『カイロの紫のバラ』、“愛すべき映画”ベストワンに君臨する大好きな映画です。
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micchiiさん (十瑠)
2006-03-04 12:59:25
TB返し&コメント、ありがとうございます!



『カイロの紫のバラ』、やっぱイイですか?ミア・ファローは『フォロー・ミー』みたいな役どころでしょうか?

これは、ビデオチェック済みですから、必ず観ますです、ハイ!
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カイロの紫のバラ (micchii)
2006-03-09 12:21:46
『フォロー・ミー』は観ていないのでわかりません、すいません・・・。

ただ、これより凄い名作・傑作は数え切れないほどあるでしょうが、これほど映画への愛に溢れた映画はないと思います。
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わざわざ、どうも (十瑠)
2006-03-09 14:33:52
「フォロー・ミー」も旧い映画ですから、未見の方も多いでしょうね。「第三の男」のキャロル・リード監督の遺作のようです。



「カイロ・・・」ますます楽しみです!
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TB&コメント有難うございます (ぶーすか)
2006-12-10 16:11:14
<アレン版「道(1954)」
なるほど同感です!ひどい男でしたが、どこか憎めない魅力もありました。
ところで『カイロの紫のバラ』は私も大好きな作品です。映画好きな者をくすぐる話ですよね。『フォロー・ミー』は私も未見です。宿題リストに入れなくては…。
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アレン元年 (十瑠)
2006-12-10 16:35:31
私にとって、これはアレン元年の記念の一作。

伝記映画のように見せる洒落っ気も面白うございました。
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こんばんは♪ (kiyotayoki)
2011-05-26 23:05:54
TBとコメント、ありがとうございます。
1980年代のアレン映画のような軽味、滑稽味があって、とても楽しめた一編でした。
サマンサ・モートンは「イン・アメリカ/三つの小さな願いごと」や「マイノリティ・リポート」で印象に残った女優さんでしたが、それより前にこの映画で話題になった人だったんですね。
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kiyotayokiさん (十瑠)
2011-05-27 14:13:46
TB返し、ありがとうございました。
アレンさんは、この映画まで食わず嫌いだった人だったので、あまりの巧さにビックリして、以来何作か観ています。
とても映画を知っている、そしてセンスのある作家だと思います。
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