テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

それでもボクはやってない

2012-11-13 | ドラマ
(2007/周防正行:監督・脚本/加瀬亮、役所広司、瀬戸朝香、もたいまさこ、山本耕史、光石研、尾美としのり、田中哲司、正名僕蔵、小日向文世、大森南朋、鈴木蘭々、高橋長英、唯野未歩子、田口浩正、徳井優、清水美砂、本田博太郎、竹中直人、田山涼成、大和田伸也/143分)


 周防作品は「シコふんじゃった。 (1991)」や「Shall we ダンス? (1996)」を面白く観たし、しかもこれは裁判劇なので「それでもボクはやってない」は観たかった作品だった。それが地上波で放送されたので録画しながら観た。
 CMをカットしながら録画すると2時間13分ほど。aiicinemaのデータでは143分、2時間23分になっているので10分程度のカットがあることになる。無駄なく緻密に作られた作品なので10分でも影響はあるだろうが、かつての「八日目の蝉」程の酷さは無いと思ったので録画したものも再度観ることにした。面白かった。

*

 26歳のフリーターの青年が、ある会社の面接を受けようと朝の満員電車に乗る。途中で履歴書を忘れたような気がして、通過駅の一つで一度電車を降りてリュックの中を見る。履歴者はなかったが、アパートまで取りに戻ると面接に遅刻するので再度電車に乗り会社に向かうことにした。背中を駅員に押されながら入り口近くに乗る。すると、スーツの上着の裾がドアに挟まれたのに気付いた。青年はスーツを引っ張って外そうとする。その動きは満員電車の中で隣にいた女性の身体に少なからず当たっていたようで、怪訝な顔で睨まれることになる。その女性に気付いた青年は目でスーツの裾を示しつつ、謝った。青年のもう一方の側には太ったサラリーマンがいて、ソチラからの圧迫も気になった。青年は回りに迷惑がかからないように動きを小さくして、尚もドアに挟まった洋服を外そうともがいていた。
 『止めてください』
 その時だった。近くで少女の声がした。しかし誰が言っているのか、誰に向かって言っているのかも分からなかった。

 電車が目的の駅に着く。青年は最初に降りて、ホームを出口に向かって歩いた。
 すると、ひとりの女子中学生が突然青年の片方の袖を掴んで、『痴漢したでしょう』と叫んだ。青年はびっくりして否定したが、同じ電車に乗っていたらしい一人のサラリーマンが女子中学生に気付き、駅員を呼んだ。駅員は中で話しましょうと三人を駅の事務所に連れて行った。後から白いスーツを来た女性が『その人はドアに挟まれた服を外そうとしていただけで、痴漢ではないと思います』と言いに来てくれたが、何故か駅員はドアを閉めて帰してしまった。青年は『何で帰すんだよ』と叫んで外に出てその女性を探したが、既に見えなくなっていた。彼女は、さっきまで青年の隣に居た女性に違いなかった。

 警察での取調べは、いきなりの怒声から始まった。担当の刑事はつい数分前にも痴漢のサラリーマンを落としたところだった。そのサラリーマンも無実を主張していたが、手に付着したものを採取すれば被害者の下着と同じ繊維が出るんだぞと脅かすとすぐに土下座をして謝った。そんな痴漢だった。
 青年は手の付着物の採取はされなかったが、頭から犯人と決め付けられた取調べだった。かってに自白調書を作成し始める刑事。
 すぐに認めれば車の違反と同じように数万円払って、午後にでもココを出られるんだぞと言われる。青年はやっていないのだからと応じない。こうして青年の勝つとも負けるとも分からない長い戦いが始まるのである・・・。





 警察でもそうだが、検察庁での検事の取調べも容疑を早く認めろといわんばかりの態度。どちらも青年を頭から犯人扱いの酷いもので、留置場での待遇も被疑者といいながら疑われた一般人というよりも完全なる罪人と同じ扱いである。
 映画は主人公のいきなりの逮捕劇から始まって、そんな場面ばかりが続き、彼の生活の周辺部分とか家族とかのエピソードが出てこないのでアレレと思い出した頃、連絡の無い息子を心配した母親が登場する。どうやら息子は田舎から出てきてアパートで一人暮らしのようだ。
 当番弁護士と接見して、知人との連絡も取れることになる青年。母親が部屋を掃除しているアパートに、連絡を受けた友人のフリーターが現れ、やっと家族や友人に青年の状況が理解されることになるのだ。
 一般市民がいきなり犯罪に巻き込まれ、しかも犯人にされ、警察に捕まるということが如何に理不尽な事であるかが、観客としても感じられるようなストーリー展開になっているわけですね。

 全体としても青年の個人の生活部分のエピソードを排して、裁判の経過のみを見守っていくストーリー。
 中盤以降は青年や弁護士の活動と裁判シーンが中心となり、いくつかのエピソードは日本の裁判の仕組みを観客に教えるような形になっている。自身も冤罪事件で公判中の男性家族が力になってくれたり、判事が途中で変わったりと、裁判制度の裏事情も色々と分かってくるのも興味深い。

 2007年の日本アカデミー賞で、作品賞、主演男優賞、監督賞、脚本賞、音楽賞(周防義和)、撮影賞(栢野直樹)、照明賞、録音賞などにノミネート。
 助演女優賞(もたいまさこ)と美術賞(部谷京子)、編集賞(菊池純一)を受賞したそうです。

 10分のカットがちょっと気になるからお薦め度は暫定ですが、限りなく★五つに近い四つです。


▼(ネタバレ注意)
 観終わって最初に思ったことは、当番弁護士の言うとおりに罪を認めて数万円の罰金刑で済ませたほうが楽だったに違いないということ。
 容疑者の段階で、罪人と同じ扱いをするあの制度っておかしくないか。なにせ、現行犯逮捕といっても逮捕者は一般人なんだから冤罪の可能性は警察官の現行犯逮捕よりは高いわけで、ここは区別した方がいい気がするんだけど。妙なところで日本人は性善説をとるんだよなぁ。

 それと、今から会社の面接を受けようとしている若者が電車の中で痴漢をするだろうか? そういう疑問についての台詞が無かったのが気になった。緊張していると、かえってそういう行為をしてしまったりするんだろうか?
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・お薦め度【★★★★=友達にも薦めて】 テアトル十瑠

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4 コメント

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Unknown (vivajiji)
2012-11-15 14:00:07
一応HNに5年前(!)拙記事入れさせて
いただきました。

十瑠さん、この映画のことではないのですが
ツイッターとやらのお話の中で
気になったことがありましたので
ちょこっとばかし。
寺脇ナニガシはまんず私知りませんが、
「アルゴ」観てきた身としましては、
彼のいわんとしていることも若干納得できる
気配がこの映画の雰囲気には正直あります。
「大変でしたね~危機一髪逃亡劇は~」で
片づけられないんではないかな~
カナダ大使私邸に匿われた彼らの描写、
美食にワインで外の喧騒よそにあれでは
余裕しゃくしゃくに見えて仕方がないの。
ま、「アルゴ」、観てくださいな。
アフレックはレッドフォード、イーストウッド、
目標にしてるとはもっぱらの評判。
私は、少々、いやいや、かなり違うと思うの。
返信する
寺脇ナニガシ (十瑠)
2012-11-15 14:40:47
寺脇研は元文部省役人にして「ゆとり教育」の推進者の一人として、今は批判を浴びせられる立場の人ですが、ボクが彼を嫌いなのは、何より映画に関する文章が、映画の映画たる部分についての考察は何も無く、いわゆる二次的内容を自身の知識や教養をひけらかす道具として語っているだけだからです。似非映画ファンだと思っています。
ま、「アルゴ」については未見なので、それを前提にした予想の範囲で(彼のツイッターに)難癖をつけているわけですがネ。

>アフレックはレッドフォード、イーストウッド、目標にしてるとはもっぱらの評判。私は、少々、いやいや、かなり違うと思うの。

そげですか。レンタルに出てきたら、またその時。
そういえば、寺脇は「声をかくす人」にも難癖を付けておりましたな。
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Unknown (kiyotayoki)
2012-11-16 18:15:42
この映画、予約録画したはずだったんですが、
なぜか失敗してしまいました(トホホです)。
ぜひ観たかったんですが・・・。
そうそう、NHKの朝番組のキャスターが痴漢行為で逮捕されたんですってね。
今のところ否認しているらしいんですが、さてどうなるんでしょう。ただ、朝の顔として生きていけなくなったことは確かでしょうね。
返信する
なんというタイミング (十瑠)
2012-11-16 22:17:55
とても痴漢などしそうに無い顔だったので驚きましたなぁ。
ずっと昔の植草一秀の時も晴天の霹靂でしたが、よく見ると彼は厭らしそうな顔にも見えましたネ。
このNHKのキャスターは酒に酔っていたとか。
でも、「強制わいせつ」なのに二日の拘留で仮釈放って、映画の被告より軽い扱いですな。

「それでもボクは・・・」は是非観て下さい。
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