私は聴覚障害者だが、手話はできない。
なぜなら、普通の中・高校、短大を卒業して、手話を学ぶ機会がなかったから。
また、聴覚障害といっても、最初からだったわけではなく、だんだん進行したという事情だから、習うきっかけがなかったともいえる。
周囲に手話を解する人がいないというのも、手話を学ぶ意欲が湧かない理由である。
が、そんな理由は言い訳であって、川西市で知り合った中途失聴の方は市の主催する手話講座で手話を習っておられる。
この手話講座は聞こえる人が対象の講座なので、そこで学ぶのはなかなか骨が折れるようだが、それでもすでにかなり手話ができるまでになられている。
それで、私も、そんな方たちの意欲の真似事でもと、せめてテレビの手話の番組を録画して見るようにしている。
「みんなの手話」は、日曜日の午後7時半からNHKのEテレで放映される。
昨日は通常のお勉強のあとで、デフピープルとして鳥取県の聾学校の生徒さんたちが出演された。
鳥取県は平成13年10月8日に全国に先駆けて「手話言語条例」が制定されたという。
この条例制定には、全国の聴覚障害者が喜んだという。
というのが、昔は聾学校では手話が認められず、口話しか認められていなかったから。
その理由は、「手話というのは一般には通じない言語であるから聴覚障害者が社会に出たときに通用しない。それと比べると、人の口元を見て会話する口話であれば、聴覚障害者が社会に出たときにも通用する。よって、口話を主言語とする」というものだったらしい。
しかし、私達聴覚に障害をもっている人間にも人の口の形だけを見て、その話している内容を把握することはむずかしい。これは聴者の皆さんと同様だ。
今日見た「みんなの手話」では、鳥取県の聾学校の生徒さん達が、そうした手話が認められなかったころの聴覚障害者の苦しみを劇にして見せてくれた。
最後に、出演した高校生へのインタビューで、「将来どんな仕事につきたいですか?」というのがあった。
インタビューされた高校生は、「鳥取県の聴覚障害者センターで働き、ろうの高齢者の支援をしたいです。手話サークルなどで、聾者・聴者関係なく、みんなが集まって、その中で手話を知ってほしいと思っています。いつでも、どこでも、誰でも、みんなで手話で楽しく会話ができる社会を作りたいです」と、手話で話していたことが印象的であった。
私は、以前も書いたことがあるが、手話を必修科目にして、聴者と聴覚障害者が共に会話できる社会にしてほしいと念じている。
こうすれば、将来、自分が聴覚に障害をもったり、家族が聴覚障害者になった場合にも役立つ。
英語を小学校から必修科目にするというのなら、手話も必修科目にできるはずだ。
「情報保障」という観点からも、是非お願いしたいと思う。
が、その前に、私自身が、まず手話を覚えなければ!
手で話す手話をみんなで覚えれば聴覚障害おそろしくなし biko
ーーーーーーー
(註)デフ・ピープルとは、deafな人たちのこと、つまり、聞こえない人たちのことを指していいます。
(註)「聴者」とは、世間一般の、聞こえる人たちのことを指しています。
(註)「情報保障」とは、人間の「知る権利」を保障するもの。いつでも、誰も情報が伝わらない状況に陥る可能性がある。特に聴覚障害者は、音声によって提供される情報や会話を理解できないため、日常的に情報から疎外されているといえる。そのため、一般的に「情報保障」とは聴覚障害者に対するコミュニケーション支援を指して用いられる。(ウィキペディア「情報保障」より)
なぜなら、普通の中・高校、短大を卒業して、手話を学ぶ機会がなかったから。
また、聴覚障害といっても、最初からだったわけではなく、だんだん進行したという事情だから、習うきっかけがなかったともいえる。
周囲に手話を解する人がいないというのも、手話を学ぶ意欲が湧かない理由である。
が、そんな理由は言い訳であって、川西市で知り合った中途失聴の方は市の主催する手話講座で手話を習っておられる。
この手話講座は聞こえる人が対象の講座なので、そこで学ぶのはなかなか骨が折れるようだが、それでもすでにかなり手話ができるまでになられている。
それで、私も、そんな方たちの意欲の真似事でもと、せめてテレビの手話の番組を録画して見るようにしている。
「みんなの手話」は、日曜日の午後7時半からNHKのEテレで放映される。
昨日は通常のお勉強のあとで、デフピープルとして鳥取県の聾学校の生徒さんたちが出演された。
鳥取県は平成13年10月8日に全国に先駆けて「手話言語条例」が制定されたという。
この条例制定には、全国の聴覚障害者が喜んだという。
というのが、昔は聾学校では手話が認められず、口話しか認められていなかったから。
その理由は、「手話というのは一般には通じない言語であるから聴覚障害者が社会に出たときに通用しない。それと比べると、人の口元を見て会話する口話であれば、聴覚障害者が社会に出たときにも通用する。よって、口話を主言語とする」というものだったらしい。
しかし、私達聴覚に障害をもっている人間にも人の口の形だけを見て、その話している内容を把握することはむずかしい。これは聴者の皆さんと同様だ。
今日見た「みんなの手話」では、鳥取県の聾学校の生徒さん達が、そうした手話が認められなかったころの聴覚障害者の苦しみを劇にして見せてくれた。
最後に、出演した高校生へのインタビューで、「将来どんな仕事につきたいですか?」というのがあった。
インタビューされた高校生は、「鳥取県の聴覚障害者センターで働き、ろうの高齢者の支援をしたいです。手話サークルなどで、聾者・聴者関係なく、みんなが集まって、その中で手話を知ってほしいと思っています。いつでも、どこでも、誰でも、みんなで手話で楽しく会話ができる社会を作りたいです」と、手話で話していたことが印象的であった。
私は、以前も書いたことがあるが、手話を必修科目にして、聴者と聴覚障害者が共に会話できる社会にしてほしいと念じている。
こうすれば、将来、自分が聴覚に障害をもったり、家族が聴覚障害者になった場合にも役立つ。
英語を小学校から必修科目にするというのなら、手話も必修科目にできるはずだ。
「情報保障」という観点からも、是非お願いしたいと思う。
が、その前に、私自身が、まず手話を覚えなければ!
手で話す手話をみんなで覚えれば聴覚障害おそろしくなし biko
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(註)デフ・ピープルとは、deafな人たちのこと、つまり、聞こえない人たちのことを指していいます。
(註)「聴者」とは、世間一般の、聞こえる人たちのことを指しています。
(註)「情報保障」とは、人間の「知る権利」を保障するもの。いつでも、誰も情報が伝わらない状況に陥る可能性がある。特に聴覚障害者は、音声によって提供される情報や会話を理解できないため、日常的に情報から疎外されているといえる。そのため、一般的に「情報保障」とは聴覚障害者に対するコミュニケーション支援を指して用いられる。(ウィキペディア「情報保障」より)