私は子供の頃から酷い偏食で、お肉も魚も食べられなかった。
牛肉を見ると牛を連想し、豚を見たら豚を連想し、という具合で、無理して口に入れても、喉を通らなくて吐き出していた。
私はこの偏食のせいで、子供時代は親戚の間で、わがままな子という定評であった。
しかし食べられないものは食べられなかった。
食べられるのは卵と、あと鯛などのような白身の魚のみであった。
だから、母の実家などに行っても、私には厚焼き卵が一番の歓待であった。
当時は、卵は高かったから、ご馳走でもあった。
肉、魚が食べられるようになったのは、結婚して子供ができた頃からであった。
その頃は、体が要求していたのであろう。
だから、どんどん食べた。
ごく最近まで食べていたし、現在も食べないわけではなく、霜降り牛のすき焼きなどはおいしくいただく。
が、安い肉は駄目である。贅沢みたいだが、安い肉は獣臭い場合が多いから。
先週は特に安物の肉というわけでもなく、生協の合挽きミンチを使ってロールキャベツを作ったのであるが、作りたては1個食べられた。
が、翌日温め直しをしたものを食べようとすると、もう駄目である。
もったいないので、冷蔵庫にしまっておいて、もう一度温めなおして食べようとしたが、どうしても食べられないので、仕方なく捨てた。
夫は「おいしい、おいしい」と食べてくれたのに、どうしたことだろう。
また子供の頃のように食べられない体に戻ってしまったのだろうか。
お魚は、今まで通り食べられるから、問題はないが・・・。
肉がまた食へぬ体のわれとなり子供の頃の偏食戻る biko
私が生まれた頃は亡くなっていなかったが、父の母、つまり祖母がお肉を食べられない人だったと聞くから、あるいは、これは遺伝的なものであろうか。
牛肉を見ると牛を連想し、豚を見たら豚を連想し、という具合で、無理して口に入れても、喉を通らなくて吐き出していた。
私はこの偏食のせいで、子供時代は親戚の間で、わがままな子という定評であった。
しかし食べられないものは食べられなかった。
食べられるのは卵と、あと鯛などのような白身の魚のみであった。
だから、母の実家などに行っても、私には厚焼き卵が一番の歓待であった。
当時は、卵は高かったから、ご馳走でもあった。
肉、魚が食べられるようになったのは、結婚して子供ができた頃からであった。
その頃は、体が要求していたのであろう。
だから、どんどん食べた。
ごく最近まで食べていたし、現在も食べないわけではなく、霜降り牛のすき焼きなどはおいしくいただく。
が、安い肉は駄目である。贅沢みたいだが、安い肉は獣臭い場合が多いから。
先週は特に安物の肉というわけでもなく、生協の合挽きミンチを使ってロールキャベツを作ったのであるが、作りたては1個食べられた。
が、翌日温め直しをしたものを食べようとすると、もう駄目である。
もったいないので、冷蔵庫にしまっておいて、もう一度温めなおして食べようとしたが、どうしても食べられないので、仕方なく捨てた。
夫は「おいしい、おいしい」と食べてくれたのに、どうしたことだろう。
また子供の頃のように食べられない体に戻ってしまったのだろうか。
お魚は、今まで通り食べられるから、問題はないが・・・。
肉がまた食へぬ体のわれとなり子供の頃の偏食戻る biko
私が生まれた頃は亡くなっていなかったが、父の母、つまり祖母がお肉を食べられない人だったと聞くから、あるいは、これは遺伝的なものであろうか。