特待生と野球留学

「特待生」、「野球留学」、「アマチュアリズム」に焦点を絞って展開します。

南日本新聞

2007年05月08日 | 君子

南日本新聞の5月6日付社説を読んで、ひったまげました。この新聞は、4月18日付の社説では次のように書いていました。

04/18付社説 [野球特待生] 悪弊は絶ち切るべきだ
他のスポーツや学業面でも、特待生制度を設けている私立高は少なくない。だが、高校野球だけは特待生制度を認めていない。金銭を受け取ることで、誤った優越感を生み、健全な成長を損なう恐れがあるからだ。野球は人気が高いだけに、選手を獲得するため金が動きやすい。だが、ルールがある以上、守らないことにはスポーツは成り立たない。問題は、高野連が特待生制度を禁じる通達を過去2回出したのに、徹底していないことだ。フェアプレーを教えるのは大人の役割なのに「知らなかった」と答えた指導者が多かったという。この際、実態を徹底して調べた上で、抜本的対策を練る時期に来ているのではないか。

「おいおい、いいのか?」と私は思っていました。この時点では高野連様の尻馬に乗って、「悪法を守れ!」とおっしゃっていたわけです。3週間たつと、今度は「悪法は見直せ!」に変化しました。

05/06付社説 [野球特待制度] 「憲章」見直しも必要だ
だが、61年前に作られた憲章が形骸(けいがい)化し、時代にそぐわないものになってきたことも認めなければならない。他の多くのスポーツで特待制度は取り入れられ、競技力の向上に貢献し、保護者の経済的負担を軽減しているのも事実だ。「なぜ野球だけが特別なのか」との疑問が広がっている。高野連は他競技とは違う歴史があると説明、「教育の一環、フェアプレーの精神」を繰り返すだけだ。しかし、それでは説得力を欠き、野球を志したがゆえの逆差別が生じかねない。豊かな才能を伸ばすためには、高体連と歩調を合わせた線引きも考えたい

ずいぶん、ものわかりがよろしくなったようで…。まあ、3週間あれば、君子が豹変しても不思議ではありません。たぶん、定見などというものは社説子が備えるべき必要条件ではないのでしょう。むしろ、こうした変わり身の早さこそ賞賛されなければならないのかもしれません。

と言うより、もともと「君子豹変す」に続くのは「小人(しょうじん)は面(おもて)を革(あらた)む」です。私は「君子」だと言っているのです、はい。これは褒め言葉です(ホントか?)。さて、次の君子は誰でしょう?

【ブログ運営指針】
リンクは「各紙社説」のページから張りました。今後も社説コレクションは続けます。著作権法39条の関係で、個別記事にくらべて利用しやすいからです。いずれリンク切れが生じることは計算していますが、社説の場合は見出しで大まかな内容がわかります(わからない社説は失格です)。