どの文明でもそうであるが、人間社会を活動させるモラルシステムが存在する。そしてそれが文明存在の基準となってくる。その中でも複数の国家をまたいでモラルシステムが影響力を持っている文明があった。恒星が惑星に対するように、影響力の下に置いている、そういう文明をここでは特に「文明」と呼ぶことにする。そうした文明としてヨーロッパ文明、イスラム文明、インド文明、中国文明が挙げられるわけである。これら四つの文明は国際的な意味において体系的なモラルを持ってきた人間の集合体であり、その周辺の小さな文明を影響下においてきた。
それに対して、「一国的」な意味において、独自のモラルシステムを有する人間の集合体であり、またいわゆる「文明」によって大きな影響を受けてきた人間の集合体をこの考察の中では特に「準文明」と呼ぶこととする。
「準文明の研究」の中ではそうした準文明には大きく分けて四つの型があるとしていた。
①植民型準文明、②浸透型準文明、③辺境型準文明、④融合型準文明 がそれで、その分類方法を提起してきた。
「植民型準文明」としてオセアニアや南アメリカ(これに北アメリカも入るかもしれない)
「浸透型準文明」としてアフリカ、ユーラシア(ロシア)
「辺境型準文明」として極東、極西
「融合型準文明」として東欧、東南アジアを挙げた。
それぞれの準文明は理念型として次のように説明できる。
植民型準文明は原住民よりも植民の影響力が強かった準文明であり、浸透型準文明は浸透してくる諸文明に対して原住民の影響力が比較的強く残った準文明である。辺境型準文明は片側だけ文明(四文明のいずれか)の影響下にあったが、一方で独自の個性も強く残ってきた準文明、融合型準文明とは複数の方面の諸文明(準文明も含む)から強い影響を受けながら、しかもそれらが重層化してできた準文明ということになる。
文明と準文明について簡単に説明してきた。まずは文明と準文明とに分けた。そして文明や準文明をそれぞれ中で分類してきたが、このように分類することにどのような意味があるのだろうか。
分類するのは、それぞれの文明がどのような「生命体」であるかを捉えるこころみである。その文明が持つ生命の中心にある特徴をつかむことを目的としている。昆虫や植物の標本を眺めるように、文明を眺めていこうとしているわけである。そういう視座から見れば、滅びたインカ文明やアステカ文明などは殺されてしまった「生命体」ということになるのかもしれない(今も微かに生き残っているが)。文明を分類することはそれぞれの文明を生命体としてとらえる第一歩である。そしてそのことはこれらがどうやって尊重され、保存されていくべきかについて考えていくことにもつながっていかなければならないだろう。
しかし一方で、文明を生命としてとらえるアプローチには当然抵抗もあることだろう。文明ではないが、社会を有機体ととらえる説は否定されて久しい。社会学では社会構造、社会変動という概念を使っている。むしろ社会学の概念を借りて、文明構造、文明変動という概念で説明する方が説明はしやすいのかもしれない。そして「文明の研究」で触れていた文明の五つの原理(価値、技術的効率力、社会構造力、反作用力、外部力・環境力)と整合性がとれるのは、社会学的アプローチなのかもしれない。
社会学のアプローチは産業化、近代化と結びついていて、ヨーロッパ文明を分析する道具として発展してきた。アジアの一部が発展し、それを検証する意味においても社会学のアプローチは発展してきた。しかし社会学は長い歴史からすれば、ごく短い時間の間(ヨーロッパ文明における近代化)、被写体を見ているようなものであろう。
それぞれの文明を生命として眺めること、それはヨーロッパにおける近代化をもヨーロッパ文明の生命の一部としてとらえる視座を持つことと関係があるように思われる。そしてひとつの集団として衰退し、滅びても再び一つの集団として復活し、登場する文明という現象には何か生命のようなものがあると考える方がむしろ自然ではないだろうか。生命を探るための方法として植物や昆虫を見ていくように文明を収集し、分類する一見地味な作業から入ってみようというわけである。
文明の分類方法の基準をもう一度、整理してみよう。
【文明】
コスモポリタン型 1 ヨーロッパ文明
2 イスラム文明
ローカル型 3 インド文明
4 中国型
【準文明】
植民型 5 オセアニア型
6 南米型あるいは北米型
浸透型 7 アフリカ型
8 ユーラシア(ロシア)型
辺境型 9 極東型(日本、朝鮮)
10 極西型(イギリス、北欧)
融合型 11 東欧型
12 東南アジア型
詳細は「文明の研究」や「準文明の研究」の中でふれてきた。こうした分類にはそれぞれの文明、準文明の生命をとらえる目的があった。
しかしそれだけでなく、もう一つ大きな目的があった。「諸文明間における有機的な関係性、共存と繁栄がどのようにして図られるべきか」 というものである。異なる文明が共生していくための方法の探求を「準文明の研究」の中では少し試みてみた。
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