旅する心-やまぼうし

やまぼうし(ヤマボウシ)→山法師→行雲流水。そんなことからの由無し語りです。

カンゾウ(萱草・蘐草・藼草)=ワスレグサ(忘れ草)についての覚書

2022-07-28 16:12:19 | 花鳥風月
(ニッコウキスゲ咲く雄国沼(福島県))


カンゾウ(萱草)がワスレグサ(忘れ草)と呼ばれるようになった経緯に興味がわいたので、自分なりに整理してみた。

1. ワスレグサとは
  ユリ科ワスレグサ属の多年草。古来、中国や日本では、この草(ヤブカンゾウ)を着物などに結わえておくと、
  憂いを忘れると言い伝わる。日本国内で見られる花として、次のものがある。

 ●ユウスゲ(キスゲ)
   山地の草原や林のふちに生える。葉は線状。花は淡黄色で次々に咲かせる。
   また花は夕刻に開き、翌日の午前中にはしぼむ。


(ニッコウキスゲ)


 ●ハマカンゾウ
   暖地の海岸の日当たりの良い斜面などに群生する。葉は広線状。
   花はラッパ状で多少赤みがかった濃黄色で3~6個上向きに咲く。

 ●ノカンゾウ
   野原や溝のふちなどに生える。葉は広線状で主脈はへこむ。
   葉の間から太い花茎を出し、橙赤色のラッパ状の花が10個ほど咲く。
   1日花で昼間だけ咲く。結実はまれ。
   花の色に変化が多く、赤味の強いものはベニカンゾウと呼ばれたりする。


(ノカンゾウ)


 ●ヤブカンゾウ
   野原や堤、林のふちなどに生える。有史以前に中国から帰化したとされる。
   葉は広線状。葉の間から花茎を出し、黄赤色の花を数個付ける。
   花は雄蕊(しべ)の全部または一部が花びらのようになって八重咲になるのが特徴。
   3倍体なので結実しない。


(ヤブカンゾウ)


2. 中国古典に見るカンゾウ(萱草・蘐草・藼草)
(1)詩経
   成立年代は、旧説によると殷・周王朝から春秋期にかけてとされる。
   孔子による編集を経て、漢代になり武帝が儒家思想を国教としたことに伴い、
   『詩』は『書』『礼』『易』『春秋』と並んで五経の一つの聖典となり、
   『詩経』と呼ばれるようになった。
   漢代に入り魯の毛氏(毛亨・毛萇)によるテキストが貴ばれるようになり、
   さらに唐代に『五経正義』が算定された際にその底本として採用されたことから、
   以後『詩経』と言えば『毛詩』を指すことになった。
   この詩経に、次のような詩がある。

   【詩経 國風】
      伯兮(はくれい)
    伯兮朅兮 邦之桀兮
    伯也執殳 爲王前驅

    自伯之東 首如飛蓬
    豈無膏沐 誰適爲容

    其雨其雨 杲杲出日
    願言思伯 甘心首疾

    焉得諼草 言樹之背
    願言思伯 使我心痗

  (読み下し)
     伯兮(はくれい)
    伯(はく)や朅(けつ)なり          邦の桀(けつ)なり
    伯や殳(しゅ)を執(と)り           王の爲(ため)に前驅(ぜんく)す

    伯の東(ひがし)してより            首(かうべ)は飛(ひ)蓬(ほう)の如(ごと)し
    豈(あに)膏(こう)・沐(もく)無(な)からんや    誰(たれ)をか適(てき)として容(よう)を爲(な)さん

    其(そ)れ雨(あめ)ふらん其(そ)れ雨(あめ)ふらん 杲杲(こうこう)として出(い)づる日(ひ)
    願(がん)言(げん)として伯を思(おも)ひ     心(こころ)を甘(くる)しめ首(こうべ)を疾(や)ましむ

    焉(いづ)くにか諼(けん)草(さう)を得(え)て   言(ここ)に之(これ)を樹(う)ゑん
    願言(がんげん)として伯を思(おも)へば    我(わ)が心(こころ)をして痗(や)ましむ

  (通訳)
   我が夫(つま)は武勇たくましく、国に並ぶ人なきすぐれたお方。我が夫は殳(たけぼこ)を執(と)り、
   王のために先駆けす。伯(あなた)が東の地に(遠征に)いってしまってからというもの、
   ひとり身の淋しさに私の頭は枯れよもぎのよう。膏(かみあぶら)や沐(かみあらい)が無いわけではないけれ
   ど、誰を相手に粧うというの。雨ふれ雨ふれと願うのに、高々と明るく日はのぼる。伯(あなた)のことを思
   いわび、心も頭も痛みます。どこかで諼(わすれ)草(ぐさ)を手に入れることができれば、それを私の寝室に
   植えることができるのに。伯(あなた)のことを思いわび、私の心はくたくたです。
  
  (語釈)※一部を抜粋
   焉得諼草 「焉」は「安」と同じく、いずくにかの意。「諼」は「藼」の仮借字であり、『設文』に「藼は
   人をして憂を忘れしむるの草なり」としてこの詩を引き「安得藼草」と作る。わすれ草。

               (注)出典:『詩経 上』(新釈漢文大系110) 石川忠久著  明治書院 

 (2)文選(もんぜん)
   周から梁に至る千年間の文章・詩賦などを細目に分けて編纂した書。30巻、のち60巻。梁の昭明太子(蕭統)が、
   正統文学の秀れたものを集大成することを意図して、文人の協力のもとに編。後世、知識人の必読書とされ、
   日本でも平安時代に盛行。                 (出典:広辞苑)
   嵆(けい)康(こう)(三国の魏の人。竹林の七賢の一人。)の『養生論(ようせいろん)』(巻第53)中には次のようにある。

    合歓蠲(けい)忿(ふん)
    萱草忘憂
    愚知所共知也

  (読み下し)
    合歓(ねむ)は忿(いかり)を蠲(のぞ)き
    萱草は憂を忘る
    愚知(愚者・知者)の共に知る所也

 (3)説文解字
   中国最古の部首別字書。中国文字学の基本的古典。15巻。後漢の許慎 撰。西暦100年頃成る。  (出典:広辞苑)
    この中の「藼」には、次のようにある。
    藼 令人忘憂艸也 艸憲聲 詩曰 安得藼艸

3.萱草(かんぞう・わすれぐさ)・忘れ草を詠んだ歌

 (1) 万葉集

   わすれ草わが紐に付く香久山の故(ふ)りにし里を忘れむがため
       萱草 吾紐二付 香久山乃 故去之里乎 忘之為     (巻第三 334)
   萱草わが下紐に着けたれど醜(しこ)醜(しこ)草(くさ)言(こと)にしありけり     
       萱草 吾下紐夵 著有跡 鬼乃志許草 事二思安利家理  (巻第四 727)
   わすれ草わが紐に着く時と無く念ひ渡れば生けりとも無し 
       萱草 吾紐夵着 時常無 念度者 生跡文奈思     (巻第十二 3060)
   わすれ草垣(かき)もしみみに植ゑたれど醜(しこ)の醜(しこ)草(くさ)なお戀ひにけり
       萱草 垣毛繁森 雖殖有 鬼之志許草 猶戀余家利   (巻第十二 3062)
                       出典:『万葉集(1)、(3)』中西進著 講談社文庫
                          『万葉集 上巻・下巻』武田祐吉校註 角川文庫

 (2)古今和歌集

   忘れ草たねとらましを あふことのいとかく難きものと知りせば
                              よみ人しらず(巻第十五 恋歌五 765)
   恋ふれどもあふ夜のなきは 忘れ草夢路にさへやおひしげるらむ
                              よみ人しらず(巻第十五 恋歌五 766)
   忘れ草かれもやすると つれもなき人の心に霜はおかなむ
                             むねゆきの朝臣(巻第十五 恋歌五 801)
   忘れ草なにかをかたねと思ひしは つれなき人のこゝろなりけり
                               そせい法師(巻第十五 恋歌五 802)
                       出典:『古今和歌集』佐伯梅友校注 岩波文庫

 (3)新古今和歌集
 
  亡き人を偲びかねては忘草おほかる宿にやどりをぞする           中納言兼輔(哀傷853)
                      出典:『新訂 新古今和歌集』佐々木信綱更訂 岩波文庫

4.詩集に見る萱草
              
 立原道造(1914.7.30~1939.3.29 享年24歳)23歳時の詩集に『萱草に寄す』がある。
 立原が旧中山道の宿(油屋)で目にしたこの時の花はユウスゲ(もしくはアサマキスゲ)と言われている。
 この中の代表的な詩に14行詩(ソネット型式)の次のものがある。
                   ※わたしが特に好きな詩人・詩を揚げています。

    のちのおもひに

  夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
  水引層に風が立ち
  草ひばりのうたひやまない
  しずまりかへつた午さがりの林道を

  うららかに青い空には陽がてり 火山は眠ってゐた
  ーそして私は
  見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
  だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた・・・・・・

  夢は そのさきには もうゆかない
  なにもかも 忘れ果てようとおもひ
  忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

  夢は 眞冬の追憶のうちに凍るであろう
  そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
  星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

                      出典:『新編 立原道造詩集』中村眞一郎編(角川文庫)






 

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