Art&Photo/Critic&Clinic

写真、美術に関するエッセーを掲載。

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イメージの病(やまい)-臨床と症例 12

2013年12月07日 | Weblog
考現学としてのアート
リクリット・ティラヴァニ「無題 2001/2012」(ギャラリーSIDE2)

リアム・ギリックとともにリレーショナル・アートの代表的なアーティストとして知られるリクリット・ティラヴァニの個展が開かれている。今回の作品「無題 2011/2012」は、2001年の横浜トリエンナーレに出展したものを再展示したものである。北九州から横浜まで釣りの旅をした際の車-サンバー・スバル(リクリット号)を改装したものと、その旅に携帯したもの、使用したものが展示されている。車の荷台には、その際に撮られたものであろうビデオによる映像を写すモニターが置かれていた。さらに、ギャラリーの壁には、魚拓ならぬ“タイヤ拓”が飾られていた。初日(2月10日)のオープニング時には、鑑賞者に「くらや」梅干と焼き魚が供されたらしい。展示会場でタイ風焼きそばやカレーを振る舞うパフォーマンスで注目を集めた、あるいはそうした参加型のアートをコンセプトにしているティラヴァニの作品であれば、オープニング時のパフォーマンスも含めたレビューをすべきなのだろうが、残念ながらそのパフォーマンスを見ていないので、あくまでも展示作品そのものについて論じてみたいと思う。いやむしろ、リレーショナル・アートという観点から離れて作品を見たほうが、彼の作品を理解する手がかりが多い気がしないでもない。

さて、前述したように、今回の作品は、北九州から横浜まで釣りの旅をした際の車-サンバー・スバル(リクリット号)を改装したものと、その旅に携帯したもの、使用したもの、タイヤの跡が展示されている。ギャラリー自体がガレージを思わせるスペースなので、そこに展示されたもろもろの道具類を見ると、たまたま友人のガレージを訪れて、これから旅に出るための準備、あるいは旅から帰った後の整理を眺めているように思える。「さあ、これから旅の計画を、あるいは旅の話を聞こうか」といった具合である。2001年の横浜トリエンナーレを見ていないので何とも言えないが、おそらく横浜トリエンナーレのアート会場然としたスペースと、今回の展示スペースとでは、その印象が異なるかもしれない。しかしそれでも、われわれは友人のガレージを訪れたわけではない。ギャラリーというアート空間を前提にして、これらの展示物を見ていることは間違いない。ティラヴァニ自身もまた、それを前提にしていることは疑うべくもないだろう。とするならば、ティラヴァニは自分が旅をした際に携帯した、使用した物を展示することで、何を意図しているのだろうか。それ以上に、それらの展示物を鑑賞するわれわれにいかなる効果-芸術的経験(?)をもたらそうとしているのだろうか。個人的な経験のドキュメンタリー(記録資料)を展示することで、既成のアート空間を揺さぶろうとしているのだろうか。いわゆる反・芸術的な身振り-公的・制度的なものへの、個人的なものがもつ文化的他者性の介入。そうした側面がないとも言えないが、今更、公的-私的という対立が有効とも思えないし、そうとらえることが生産的とも思えない。

ティラヴァニは美術館やギャラリーといったアート空間を脅かさそうとしているわけではないだろう。現代美術を見慣れていない鑑賞者にはそう見えることもあるかもしれないが・・・。ティラヴァニは美術館やギャラリーといったアート空間を前提にしているし、むしろそうしたアート空間を利用しているのではなかろうか。われわれが目にしている、鑑賞している場-空間は、たまたま訪れた友人のガレージではない。ギャラリーというアート空間である-それがどのような空間かは分からないままであるにしろ、明らかに友人のガレージとは異なる空間としてとらえられているということである。とするならば、ティラヴァニによって展示されたものはすでにして日常的な生活空間から、ティラヴァニの個人的な経験から引き離されている。ティラヴァニの展示物は、アート空間に日常的なもの、個人的なものをアート空間に導入したのでも、引き入れたのでもない。むしろギャラリーというアート空間が日常的なもの、個人的なものからの分離の機能を果たしている。分離・区別としてのアート空間。

ここでわれわれはアドルノの有名なエッセー「ヴァレリー プルースト 美術館」(『プリズメン』所収・ちくま学芸文庫・渡辺祐邦/三原弟平訳)を思い起こしても無駄ではないだろう。このアドルノのエッセーは、ヴァレリーとプルーストの美術館に対する見方を対比的に論じたものである。アドルノによれば、ヴァレリーは美術館を否定的に、プルーストは肯定的にとらえていることになる。このエッセーで主題化されている“美術館” (アドルノの論考はベンヤミンによる礼拝空間から展示空間への移行も踏まえている)をアート空間と読み直してみたい。ヴァレリーは美術館に展示される“芸術作品”を「直接的な生の連関から」引き離されたものとして、美術館を“芸術作品”の墓所ととらえる。美術館(ムゼーウム)と霊廟(マウゾレーム)。「絵画と彫刻は置き去りにされた子供たちなのだ」。「建築が彼らの母なのだが、その母は死んでしまった」。つまりもともとあった場所(建築空間)と時間(歴史的時間)から引き離されてしまった過去の“芸術作品”はその生を喪失してしまったというわけである。他方のプルーストは、美術館を「それらの作品が機能していた生あるものの秩序を喪失することによって、はじめてその真の自発性というものが解き放たれることになる」ととらえる。つまり過去の“芸術作品”をそのコンテクストから引き離すことで、純粋に“芸術”を鑑賞することができるということである。われわれが知っている一般的な文学史的イメージから言えば、「芸術のための芸術」を追求したヴァレリーこそがプルースト的立場に立つと思えるし、反対に記憶の、あるいは生の作家としてのプルーストこそがヴァレリーの立場に立つと思えるのだが・・・。

もちろん、ヴァレリーにとって、美術館が否定的な場としてあるのは、過去の“芸術作品”を「物象化と無関心が脅かしている」からだ。つまり、美術館が純粋に“芸術作品”を鑑賞する場ではなく、いわゆる消費の場になってしまっていることを嘆いているのである。“芸術作品”は優れた知性の持ち主にしか理解されないというわけだ。エリート主義者、共和主義者としてヴァレリー(笑)。他方のプルーストは、アドルノも指摘するように、アマチュアとしてプルーストはヴァレリー的なエリート主義から免れているように思える。われわれがここで問題にしたいのは、エリート主義者ヴァレリーとアマチュアとしてのプルーストの対比ではない。ヴァレリーも、プルーストも、美術館=アート空間を場所や歴史(時代)から引き離された場ととらえていることである。場所や歴史から引き離された空間-ホワイトキューブ、それこそが近代的なアート空間にほかならない。ロザリンド・クラウスが「展開された場における彫刻」(『オリ企て(モミュメントとしての彫刻)から切り離された領域」である。言うまでもなく、こうした(モダニズム的)アート空間は、その純粋さを標榜するがゆえに特権(エリート)化していく。と同時に資本主義的消費社会にあっては、その特権化はヴァレリーが言う「物象化」と裏表の関係を形成していくことになる。芸術至上主義者のヴァレリーが美術館を否定せざるを得ない矛盾はここにある。モダニズム的特権化がさらなる芸術の物象化を促進するというわけだ。であるがゆえに、反芸術的身振りとして、アート空間に日常的な既製品や自然の何でもないものが導入されることになる。

しかしわれわれは、分離・区別する(場所や時代から切り離す)というアート空間の機能をもう一度、再考する必要があるのではなかろうか。確かに、過去の“芸術作品(=絵画や彫刻)”をその場所や時代から切り離し鑑賞することは、 “芸術”という理念的なものを抽出することになるだろう。しかし、今現在ある日常品や既製品、個人的経験の資料がアート空間に持ち込まれ、すなわち分離・区別されたとしたらどのような効果がもたらされるのだろうか。

もう一度、ティラヴァニによる今回の展示を見てみよう。ティラヴァニが展示した旅の記録(資料)は、ギャラリー=アート空間に展示されることで、その旅の場所や時間から切り離されている。実際、われわれはこれらの展示物からティラヴァニの旅を再現することは不可能である。われわれがここで見るのは、ティラヴァニが旅に携帯した、あるいは使用したとされる物にすぎない。とするならば、われわれは権利上、場所や時代から離れて、これらの物を見ていることになる。博物館や民族博物館で、過去の生活道具や物を見ているようなものである。例えば、今から1000年後、ある一人の外国人が20001年に日本を旅した際に携帯した道具類の記録(資料)を見るというわけである。実際、ティラヴァニは最初の作品「無題1989( )」でも「・・・料理に関する最初の作品。観客が食べるためではなく、博物館的に展示した」と言っているし、「パッタイ」(1990)でも「・・・観客が何かを実際に食べる最初の参加型作品・・・ただし、文化的産物としての人類学的、博物学的展示はここでもかなり配慮した」と語っている。とするならば、ティラヴァニの意図は、われわれの身の回りにある日常品-ティラヴァニの場合、食や住まいに関する物が多いのが特徴だ-をアート空間に展示することで、その日常的な空間から分離・区別し、つまりはその有用性を引き離すことで、日常品そのものと対峙させようとしているのではなかろうか。その効果とはどのようなものでろうか。われわれはここでハイデガーがゴッホの「農婦靴の絵」について語ったことを思い出す(『芸術作品の根源』平凡社 関口浩訳)。ここでハイデガーは、農婦の靴が絵に描かれることにより、その有用性から離脱することで、逆に農婦の靴の有用性(道具の道具的存在)がむきだしにされることを語っている。アレーテイア(真理の開示)としての芸術作品。ここまで大げさに言う必要はないにしても、日常品を日常的な文脈(コンテクスト)から切り離すことで、日常的な文脈では対象化できなかったものを対象化できるということである(これは言うまでもなく、デュシャンが試みたことでもあり、写真の機能の一つでもある)。

こうしたアート空間の持つ分離・区別の機能に着目するならば、参加型と言われるティラヴァニの、展示会場で観客に料理を振る舞うというパフォーマンスの意味合いも違った風にとらえることはできないか。ティラヴァニが展示会場で料理をし、それを観客が食するというのは、一種のフィールドワークの再現であると同時に、われわれの日常的な生の営みとしての料理や食事から切り離された行為なのではなかろうか。

一般的に博物館や民族博物館が過去の時代の生活道具や物を展示するとすれば、あるいは空間的に隔たった(たとえば、未開民族のそれ)生活道具や物を展示するとすれば(実は、その場合も、空間的な隔たりを時間的な隔たりに還元しているのだが-遅れた文明として)、ティラヴァニの博物学的展示は、現在の生活道具であり、物である。われわれ日本人は、こうした学問的領域の存在を知らないわけではない。ご存知の考現学である。考現学は今和次郎によって提唱された学問であり、考古学に対比して造語されたものである。考古学が過去の物を対象とするのに対して、考現学は今現在ある物や風俗を学問の対象とすることで、現在の社会を解き明かそうとするものである。ティラヴァニの作品はまさに、この考現学としてアートのように思える。

仮に、ティラヴァニの作品が考現学としてのアートととらえることが可能だとすれば、その評価のポイントは単なる異文化体験にとどまるものなのか(つまり、文化的他者性の提示)、文化(あるいは“芸術)に対してのオルタナティブな見方をもたらしてくれるのか、あるいはわれわれが今経験しつつある文化の諸条件をあらわにしてくれているのか、ようするにクレア・ビショップが「敵対と関係性の美学」(『表象05』所収 星野太訳)で論じたように、「ミクロトピア」を作り上げる場なのか、それとも一つの「不調和、不和」をもたらす場なのかが問われることになるだろう。

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