Art&Photo/Critic&Clinic

写真、美術に関するエッセーを掲載。

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写真の近代的アポリアについて

2014年05月27日 | Weblog

最近、写真の批評シーンにおいても“現代写真(Contemporary Photograph)”なる呼称が目立つようになってきた。いまようやく写真批評も“近代写真”に対して“現代写真”を語りはじめようとしているのだろうか。現代音楽、現代文学、現代美術・・・といった呼び名がすでに芸術という大きな枠のなかでひとつのジャンルとして確立しているのに対して、“現代写真”なるものが遅れてやってきたという印象はいなめない。その遅れに理由がないわけではないだろう。とはいえ、前述した各ジャンルにおいても、“近代芸術”に対する“現代芸術”の明確な定義があるわけではないし、その区別時期の確定も曖昧である。たとえば、シェーンベルクやベルクは“近代音楽”に属するのか、“現代音楽”に属するのか。ジョイスやプルーストはいずれに属するのか。 マティスやピカソは? 諸説はあるにしても、19世紀末から20世紀初頭を分岐点とするのか、第二次世界大戦後の1950年代あたりを分岐点とするのか、一般的にはその二つの時期に大きく意見が分かれるようだ。それにしても、〝現代写真”の登場は際立って遅れていると言えないこともない。

こう書くとおそらく次のような反論がなされるだろう。写真においても、1960年代後半頃からContemporary(コンテンポラリー)という言葉が登場しはじめたと。たとえば、1966年アメリカのジョージ・イーストマン・ハウス国際写真美術館で、ネイサン・ライアンズの企画によって開催された写真展「Contemporary Photographers, Toward A Social Landscape(コンテンポラリー・フォトグラファーズ 社会的風景に向かって)」は、写真史をかじった者であれば周知のことである。この展覧会の影響を受けて、日本でも「コンポラ写真」という言葉が当時の写真界をにぎわした。その後、“ニュードキュメンツ”や“ニュードキュメンタリー”“ニューカラー”“ニュートポグラフィクス”といった“ニュー”を冠にした展覧会が次々と開催されていった。この時期、従来の“写真”のあり方に対して、何らかの疑いや異議申し立てが行われたことは確かだろう。先に挙げた「Contemporary Photographers」展でも、第2回では「The Persistence of Vision」(視覚へのこだわり)、第3回では「Vision and Expression」(視覚と表現)と、写真の表現そのものを主題化し、従来の“写真”とは異なる写真のあり方を模索していたことが伺われる。それでもけっきょく、“現代写真”なる呼び名が定着することがなかったのはどうしてなのだろうか。

先ほど、「遅れに理由がないわけではないだろう」と書いたが、音楽や文学、美術には広義の意味で近代以前からの歴史があるのに対して、写真はまさにその近代の真只中に誕生したことがその一因だろうか。歴史の浅さと近さゆえに自らを対象化(距離化)することが困難だったと。

ボードレールを引くまでもなく、近代意識がすでにして“現代(同時代性)”の同意語として(あるいは含むものとして)語り続けられてきたのであれば、写真はつねに“近代=現代”であったし、あり続けようとした。であるがゆえに、そこからが抜け出すことが困難であったということだろうか。いずれにしても、音楽や文学、美術のような様式史が成立する時間がなかったがゆえに、写真は近代と現代を区別する自意識をもつことができなかったと言えるかもしれない。とするならば、“現代写真”なる呼称の登場は、一部の批評家が唱えるように、逆説的に写真(=近代)の終焉を物語っているのかもしれない。写真はその終焉を迎えたがゆえに、歴史としての対象化が可能になり、写真というメディウムを反省する時期がやってきた。その止めを刺したのがおそらく写真のデジタル化であろう。それでもしかし、いまだ写真は巷に流通しているし、いずれにも属さない写真を志向する“アート・フォトグラフィ”と呼ばれるものもこれまで以上に隆盛をきわめている。

実際、“現代写真”なる呼称は、現代美術という文脈上で登場してきたものにすぎないと論じる者もいるだろう。写真はこれまでつねに美術とは異なるもの、区別されるものを追求してきたのであって、“現代写真”はけっきょく美術というジャンルに吸収された結果であり、“現代写真”なるものはむしろ“写真の危機”を物語っている、あるいは写真というイメージを徹底的に商品化するために、現代美術の名を借りてアート・マーケットに寄生しているにすぎない、というわけである。

しかし、こうした写真における反‐美術、非‐美術への志向は、近代美術を根拠づけようとしてきた批評あるいは理論とパラレルな関係にあったことを見逃している。つまるところ、反-美術、非-美術を唱える写真家たちは、近代美術と近代以前の芸術概念を混同し、“美術”という仮想敵をいまだ捏造し、もはや存在しない風車と戦っているにすぎないとも言えるのだ。
もちろんわれわれはここで、“現代写真”なる呼称の是非を論じようとしているわけではないし、写真と美術、あるいは芸術(アート)との分離を再び思考しようとしているのでもない。言うまでもなく、〝現代写真“なる言葉が重要なのではなく、“現代写真”がいかなる位相にあるかを知ることである。


かつて(1960年初頭)、現代美術(とりわけアンフォルメル)について、「現代においてなお、近代芸術のコンテクストの中で語りつづけることができるのかどうか」と問うたのは、宮川淳である(『美術史とその言説』所収「アンフォルメル以後」参照)。と同時に宮川淳は、現代芸術を近代芸術の外に位置づけることには、つねに「負の意識(はたしてこれが芸術か)」がまとわりつくとも語っている。つまりわれわれは現代美術のなかに反‐芸術の身振りばかりを見てしまうということである。しかし、反‐芸術はけっきょく近代のコンテクストのなかで成立するものであり、「表現論の次元」での価値転換を取り逃がしてしまう。というのも、近代とは様式概念であると同時に価値概念としても成立したのだが、われわれはしばしば価値概念の側面を見逃してしまい、様式概念としての近代ばかりを見てしまうというわけである。そこでは「様式の交替」が永久に繰り返されることになるし、批評は変化の様態を、あるいは反‐身振りを指摘し、論じていれば事足りることになる。モード(流行)としてのアートといわけである。

「表現論の次元での価値転換」。けっきょく、〝現代写真“の登場の遅れは、この「価値転換」をつかみきれなかったことにあるのではなかろうか。先に挙げた1960年代後半頃における写真においても、確かに「表現論の次元」での変化をとらえようとはしていた。しかし、視覚そのものを主題化する自己言及的な批評のあり方は、いまだフォーマリズムの枠内から抜け出せずにいたとも言えるだろう。では、現代における写真のさまざまな表現は、これまでの写真に対して、いかなる価値転換を図ろうとしているのだろうか。この論考の目的はその価値転換の背景となる思考の内実を探ろうというものである。

先の論考(「アンフォルメル以後」)のなかで、宮川淳はアンフォルメル(=現代美術)における価値転換を「フォルムからマチエールへの価値転換」ととらえている。この「フォルムからマチエールへの価値転換」とは、絵画を成立させている物質的素材や道具によって、心的な構想(ある観念であったり、自己の内面であったり)を表現することではなく、絵画の物質的素材や道具それ自体を主題化するということである。もちろんわれわれは、“現代写真”なるものにおいても、同じような指摘をしようというわけではない。しかし、写真というイメージを成立させている物質的諸条件自体を対象化し、主題化するという志向は、多くの“現代写真”に見られる傾向の一つでもある。

結論をいそぐのはやめよう。絵画と写真のイメージが成立する物質的諸条件が異なるならば、その価値転換の位相も自ずと異なるものになるだろう。まずはわれわれも宮川淳にならって、「写真は、現代においてなお、近代芸術のコンテクストの中で語りつづけることができるのかどうか」と問わねばならない。とするならば、“近代写真”とはなんであったのか。そもそも“近代写真”とは近代芸術のコンテクストのなかで語ることができるものなのか。つまるところは、近代写真を可能としているわれわれの知覚条件、認識条件とは何であるのかを問うことである。

仮に、“近代写真”が近代芸術のコンテクストに収まるものだとすれば、そこで“近代写真”は何を排除し、抑圧してきたのか。といったもろもろの問いが浮上してくるだろう。こうした問いにはすでに解決したものもあれば、一部の写真批評家や理論家によって考察の対象とされ、論じられているものもある。それでもなお、無駄を承知しながら、一から考察していくことに何がしかの意義がないわけではないだろう。ひょっとすると、新しい問いを見出すことができるとも限らない。

“現代写真”という呼称がContemporary(同時代性)の訳であるにしても、現在、生み出されている“写真作品”のすべてが“現代写真”というわけではないのは言うまでもない。とするならば、あえて“現代写真”と呼ぶからには、それ以前の写真-近代写真から区別される、あるいは区別されるべき何かを前提にしていることになる。しかし、その区別を被写体の変化に求めるべきではないだろう。日常のありふれた事物を撮ったからといって“現代写真”なわけではないし、現在の社会的風景を撮ったから“現代写真”というわけでもない。トルボットを引くまでもなく、写真はその誕生の初期から日常のありふれた物を撮ってきたし、日常の風景に詩的なものを見いだしてきた。そもそも写真が日常的なものへの関心を引き起こしたわけでもない。むしろ日常への関心はバルザックやゾラなどフランスのリアリズム文学に由来するものだろう。社会的風景にしたところで、写真は都市風景も含め、これまでもつねに社会を不断の被写体としてきた。

それでは、現代の社会的風景をとらえるためには、従来の方法では不可能であると自覚したときから“現代写真”なるものが始まるのだろうか。確かにこの考え方には、いくぶんかの正当性があるように思える。しかし、反省の対象を被写体の変化のみにその根拠を求めてしまうと、多くのものを取り逃がしてしまうことになる。何を取り逃がしてしまうのか。その考察もまたこの論考の目的の一つある。たとえば、この問いは、グルスキーの作品は“現代写真”なのか、という問いにもつながるだろう。もちろん仮にわれわれが、グルスキーの作品は“現代写真”ではないと判断したとしても、その作品価値をいささかでもおとしめるものではない。むしろ、退行的な潮流の一つを示すことになるだろう。


では、“現代写真”は近代写真における何からの区別を求めているのだろうか。例えば、清水穣は近代写真について次のように語っている。

「その枠組みとは、あるがままに存在するリアルな世界(自然、真実、裸形、混沌、流動)vs表象の世界(作為、虚偽、装飾、体系、固定)という二元論である。表象世界の彼方であるがままの「リアル」に直に触れるために、写真家は作家意識を捨て、写真というメディアの本性に従い、ある決定的な瞬間に出現する「リアル」にむけてシャッターを切れば、一枚の写真が生まれる。「決定的瞬間」「メディアの純粋性」「一枚の写真」、すなわち一瞬間、一ジャンル、一枚の写真。モダン写真とは写真を、これ以上分割できない(individual)、ひとつの「リアル」の現前へと還元し、その自同性(1=1:それが純粋にそれ自体であること=アイデンティティー)を補足する写真なのである」
(「デジタル写真、この未知の領域」美術手帖2012.08号)

清水穣はリアルな世界と表象世界の二元論のなかで、近代写真は表現としての写真であれ、ドキュメンタリー写真であれ、リアルな世界の現前を求めてきたことを近年の著作のなかで繰り返し指摘している。この「リアルさの現前」とはジャック・ランシエールが批判する「写真の無言のパロール」と相通じるものでもあるだろう。リアルと表象、これはまた自然と文化という大きな二元論でもある。

同じくジェフリー・バッチェンは、その著『写真のアルケオロジー』(前川修・佐藤守弘・岩城覚入訳)のなかで、写真におけるポストモダニズにおいても、この二元論は免れていないと指摘している。近代写真が写真それ自体としての「単数の写真」を追求したのに対して、ポストモダニズム写真は複数の写真を唱える。たとえば、ヴィクター・バーギンやジョン・タッグ、アラン・セクラーら写真のポストモダニズム批評は、写真はその使用されるコンテクストに左右されるのであって、写真それ自体は存在しないと主張する(実際、アラン・セクラーは、写真が社会的意義をもつためには言語やコンテクストに依存しなければならないということを暴露、露出することで、脱‐神話化を志向する写真作品を制作しているが、そこに何らかの意義がないわけでもないが、こうした批評的反復はいささか退屈でもあり、非生産的でもある。それよりも、こうしたコンテクストから外すことによって得られるかもしれないイメージの方がより生産的ではないだろうか)。しかしそれは、写真を自然に対して文化ととらえる姿勢であって、先の二元論の枠組みを逃れるものではないと、バッチェンは写真におけるポストモダニズムを批判している。

いずれにせよ、清水穣も、バッチェンも、“現代写真”(二人とも“現代写真”と名指しているわけではないが)が区別すべきものとして、近代写真の二元論的枠組みを標的にしていることは明らかだろう。この二人に限らず、現在の写真史家や写真批評家の多くは、近代写真に対する批判的継承という課題を共有している。しかし、この近代的二元論の枠組みから逃れることはたやすいことではない。そもそもモダニティという概念自体が、この二元論の矛盾を引き受ける形で生まれてきたものであるとすれば、モダニズムを批判することがすぐさまこの二元論に吸収されてしまうからだ。

最近、邦訳が出た『盲目と洞察』(宮崎裕輔・木内久美子訳)所収の「文学史と文学のモダニティ」のなかでポール・ド・マンは、ニーチェやボードレールのテクストを引きながら、この矛盾について論じている。例えば、ニーチェは「生に対する歴史の利害について」(『反時代的考察』所収)のなかで、歴史に対しての根本的な異議申し立てを行った。そこでニーチェは、過去に対する「忘却の力」を前面に押し出すことで、歴史に対して今を生きる「生」を対立させてみせた。ニーチェの「生」の概念は、ボードレールの「現在の表象(representation du present)」「現在の記憶(memoire du present)」とも共鳴するものである。

しかし、ニーチェも「生」という概念が孕む矛盾に無自覚だったわけではない。ニーチェは「ところが忘却を必要とするこの同じ生が、ときには忘却を阻止しうるのでなければならない」(『盲目と洞察』からの孫引き)と語っている。ド・マンも指摘するように、「どんな現在も絶え間なく過ぎ去りゆく経験として必然的に体験されざるをえず、過去がどんな現在とも未来とも切り離せない以上、そうした経験によって過去は不可逆で忘れられないものになるのだ」(同上)。そして「モダニティは起源としての現在の瞬間の力に信頼を託すが、過去と断絶するなかで同時に現在からも断絶してしまったことを発見する」(同上)ことになる。現在が過去によって構成されていると考えれば当然の論理的帰結である。

モダニティという概念が孕む矛盾は、写真についてもまた言えることではないか。「生」を自然に、「歴史」を文化に置き換えてみればいい。ニーチェの「生」の概念は、清水穣が言う「決定的瞬間に出現するリアル」と呼応するものだろう。ボードレールの「現在の表象」「現在の記憶」もまたしかりである。ド・マンはこうした姿勢を「芸術の外に出ようとするモダニティの誘惑、直接性を求めるモダニティの郷愁」と呼んでいる。まさにこの「芸術(表象)の外」「直接性」こそ、近代写真が希求したことではなかったか。

モダニティ概念が近代芸術の根底に流れているとすれば、近代写真と近代芸術はパラレルな関係にあったと言えるだろう。清水穣も指摘するように、近代写真の父と称されるスティーグリッツの写真と、ブラックやピカソの絵画には否定し難いほどの類縁性がある。反‐絵画、反‐美術を主張してきた写真こそが、表現論の観点から言えばむしろ近代におけるピクトリアル(絵画的)な写真という皮肉な結果になる。


ところで、清水穣は現代の写真(あるいはデジタル写真)の課題は、この近代的二元論の枠組みを変化させることにあり、二元論が排除・抑圧してきたものに可能性を見出すことであると語っている。そしてその可能性は初期写真が有していたものであり、必然的に初期写真への回帰が問題となるとも指摘している。それでは、近代写真が排除・抑圧し、初期写真が有していたとされる可能性とは何だろうか。

前述した『写真のアルケオロジー』のなかでバッチェンは、ニエプスやダゲール、トルボットら初期写真家たちが、18、19世紀の比喩形象である「自然」「風景」「カメラ・オブスキュラ」「時間」「見る主体」を参照にしながら、写真に対していかに曖昧な態度をとっていたかを語っている。

「ニエプスは、自身のプロセスの適切な名称を〈フィソート〉(自然それ自身)にすべきか(オートフュ-ス)(自然による複写)にすべきか、つまり自然それともその再現=表象のどちらにすべきかを決めあぐねていた」

「ダゲールが主張するには、きわめて逆説的なことに、ダゲレオタイプは一方で自然を描写するのだが、他方ではそれは自然が自然を描写することを可能にするものだった」

「トルボットは同様の言葉遣いで、ある意味で描写のプロセスであると同時に描写のプロセスではない「芸術=技術」について語る。さらに彼は、こうした形容には満足できず、写真を時間が空間になり空間が時間になるような、定着性と移ろいやすさを同一の再現=表象において捉えようとする試みであると記述する」
(いずれも『写真のアルケオロジー』)。

つまり、バッチェンによれば、初期写真家たちの言説は、自然と文化という二元論を顕在化しているということである。この二元論は自然と精神の有機的統合を目指し、感覚的なものの優位性を唱えたロマン主義を背景にしていることは言うまでもない。実際、バッチェンは写真の発明者たちがワーズワスやコールリッジから多大な影響を受けていることを指摘している。

そしてバッチェンは、フーコーを参照にしながら、写真の誕生について次にように述べる。

「おそらく写真は、古典主義的エピステーメと近代的エピステーメが互いに折り重なり合い、折り込まれる時期にだけ構想することができたのだろう。別の言い方をすれば、写真が生まれる際の陣痛は、前近代的な知の配置の消滅と近代固有の知の配置の創出の両者を巻き込む運動と一致した時期にあった」(同上)。つまり、写真は「自然哲学と啓蒙主義的世界観の突然の崩壊」を標しづけられているのだ。その結果として、「自然と文化」「現実と表象」「オリジナルと模倣」「指示物とイメージ」「現前と不在」といった一連の分割が生じたというわけである。

とするならば、近代写真はこの矛盾(二元論)を引き受け、体現してきたとも言えるだろう。写真史における「記録と表現」の対立もまたそのバリエーションの一つである。しかし実は、この対立はそれほど明確なものではない。写真の「記録性」を唱える者は、写真の「表現性」を前提にしているし、「表現性」を唱える者は「記録性」を前提にしている。

たとえば、ロラン・バルトはその初期の写真論「映像の修辞学」(蓮實重彦・杉本紀子訳)において、写真の意味作用(メッセージ)を三つのレベル-言語的メッセージ、コード化されたイコン的メッセージ、コード化されないイコン的メッセージに分類したことはあまりに有名である。最後の「コードなきメッセージ」を「外示的メッセージ」あるいは「字義的メッセージ」と言い換え、そのレベルで写真は「シニフィアンとシニフィエの関係は《変形》ではなく《記録》である」と語っている。そしてバルトもまた、「文化的コードと自然の無=コードの対立」こそが写真特有の性格であると指摘している。

しかし、バルトが写真から取り出して見せた「コードなきメッセージ」「字義的メッセージ」という概念はきわめて曖昧なものである。バルトは「字義的メッセージの性格は実体的ではあり得ず、単に相関的なものである」と言いつつも、「字義的メッセージ」を読みの単位の語のようなものに還元し、実体化してしまっている。「共示的メッセージの体系を《自然化する》のは外示的メッセージの連辞であるのは極めて明らかである」と。しかもバルトは写真から「字義的メッセージ」を取り出す際に、「(構図決定、縮小、二次元化といった)ある場面処理を含んでいる」とか、デッサンに比較し「写真の方は、主題や構図、アングルを選べはしても」とか、つねにエクスキューズすることを余儀なくされている。

つまり「字義的メッセージ」は構図やライティング、レンズの効果、アングル、被写体との距離など、いわば写真を見る者にとっての感覚的現象を前提にしているということである。バルトはこうした感覚的現象と「字義的メッセージ」(連辞による文法的意味)を意図的か無意図的か混同してしまい、この「字義的メッセージのレベル」を自然的対象と同じ秩序に属しているものとみなしているのだ。われわれ写真を見る者にとって、バルトが言う「字義的メッセージのレベル」が構図やライティング、レンズの効果、アングル、被写体との距離などによって与えられていることは明らかであろう。

ジャック・ランシエールもまた、その著『イメージの運命』(堀潤之訳)のなかで、「イメージに隠された暗号のメッセージを読み解いていた記号学者と、言葉なきイメージのプンクトゥムの理論家は、ある同じ原則を拠り所にしています-つまり、イメージの無言性と、イメージが語っている言葉が、可逆的であり、等価値であるという原則です」と指摘し、バルトを批判している。もちろんここで、バルト批判を試みようというわけではない。晩年の『明るい部屋』をランシエールのように批判できるのかどうか、いささかの留保が必要であろう。


ここでバルトをとり挙げたのは、「自然と文化」という近代的二元論の枠組みを変化させ、その二元論が排除・抑圧してきたものに可能性を見出すことがいかに困難かを示す一例にすぎない。近代写真が記録であれ、表現であれ、この二元論における一方の極を根拠として純粋性を追求したとすれば、“現代写真”の多くもこの二元論をまぬがれていない。いやむしろ、近代写真を「記録性」あるいは自然として位置づけ、“現代写真”は他方の極の「表現性」あるいは文化へと無反省的に回帰していると言えるだろう。実際、デジタル化以降の写真の多くは、ニュー・ピクトリアリズムとしての絵画主義や自然との合一を図ったロマン主義への回帰を肯定的なものとして謳歌しているように思える。

では、近代的二元論が排除・抑圧してきたものとはいったい何なのか。最初に思い浮かぶ答えの一つは、近代が孕んでいる矛盾、分裂、アポリアそのものを排除・抑圧しているのではないか、あたかもこの二元論は近代という時期に生じたある別の歴史的出来事の矛盾、分裂、アポリアを隠蔽・回避・解消するために想定された(といっても誰かが意図的に想定したということではない。むしろ構造的な意図ともいうべきものによって想定されたということである)のではないかということである。

たとえば仮に、近代に生じたその別の矛盾、分裂、アポリアを「道具と商品」「使用価値と交換価値」(この物の分裂、物と人間の疎隔についてはジョルジョ・アガンベンが『スタンツェ』のなかで詳細に論じている)ととらえ、「自然と文化」という二元論に重ねてみたら、どんな光景が見えてくるだろうか。まず言えることは、「自然と文化」という二元論の下では、「道具と商品」という分裂は見えてこないということである。道具も、商品も文化の側に属する物だとすれば、「自然と文化」という二元論の下では、いずれもが文化の項に吸収され、その分裂が隠蔽されてしまうことになるだろう。

たとえば、ハイデッガーの『芸術作品の根源』(関口浩訳)においても、道具と商品の分裂が考察の対象とはなっていない。ハイデッガーはこの著のなかで、芸術作品を道具と物(自然的対象物)との中間に位置づけ、道具の道具性を開示することが芸術作品の機能の一つととらえている。もちろん、道具の道具性を覆っているのが商品性と解釈することは可能だが、それでも商品が分析の俎上にのぼることはない。

ハイデッガーによる芸術作品の分析は、近代写真における二つの形態に呼応しているように思える。純粋な写真と非‐芸術的な写真である(ジャック・ランシエール『イメージの運命』参照)。前者は自己充足的な感性的形態のなかに芸術の理念を求め、後者は写真に日常性を取り込むことで芸術性を排除していく。ハイデッガーに従えば、一方が限りなく物(自然的対象物)に近づくことで直示的イメージを求めたとすれば、他方は道具の道具性を暴く、剥き出しのイメージを求めたと言えるだろう。この二つの形態(イメージ)とも、「自然(物)と文化(道具)」という二元論によって機能していることは明らかである。

しかし、ここに「道具と商品」というもう一つの分裂を重ねるとどうなるか。先に引用した『盲目と洞察』所収の「アメリカのニュークリティシズムにおける形式と意図」のなかで、ド・マンは面白い指摘をしている。われわれが石を知覚する場合、その感覚的現象(知覚)と意味(認識)は完全に等しいと言える。しかし、椅子のような対象の意味作用は、「座る」という対象の使用目的への参照を含んでいなければ理解することができない。つまり、石(物)と椅子(道具)との差異は、自然的対象と志向的対象の違いである。この相違は美学的観点から言えば、カントが言う自然美と芸術美の違いに相当するものかもしれない。

いずれにしても、道具の構造はすべての構成要素にわたって、その使用目的のためにあるという事実によってあらかじめ規定されているということである。ド・マンによれば、文学批評におけるフォーマリズム批評は、この自然的対象と志向的対象の違いを見ることができず、文学言語を自然的対象と同じ秩序に属するものとみなしてしまったと指摘している。これは純粋な写真を求めたモダニズム(フォーマリズム)写真にも同じように言えないか。写真という映像を自然物のようにみなしてしまったということである。

他方で、構造的な志向性は、主体の行為という観点からさらなる差異(分割)が可能となる。やや長いがその下りを引いてみる。

「漁師がウサギに狙いを定めるとき、彼の志向=意図はそれを食べること、あるいは売ることであるとわれわれは想定してよい。この場合、狙いを定める行為[狩猟]は、当の行為の外にある別の志向[食べること、売ること]に従属している。だが、彼が人為的な標的[クレーパイプ]に狙いを定めるとき、彼の行為には、当の行為そのもののために狙いを定めるという以外の志向=意図は一切ない。この行為は、完全に閉じた自律的な構造を構成している。その行為はみずからに跳ね返り、みずからの意図の射程内に収まり続ける。これが、道具(ウサギに狙いを定める銃)と玩具(クレーパイプに狙いを定める銃)のように異なる志向的対象を区別する本来の仕方である。美的な実体は玩具と同じクラスに属する。
(『盲目と洞察』)

ド・マンは「カントやシラーはホイジンガ以前にこのことをよくわかっていた」と続けているが、マルクスもまたしかりと付け加えていいだろう。この差異は道具と商品を分かつものでもある。非‐芸術性を求めたもう一つの近代写真は、この道具と商品の志向的構造の違いを見抜くことができず、文化が持つ志向性を一括りとして扱い、芸術(文化)性を排除することに汲々したということである。

したがって、近代写真は純粋な写真であれ、非-芸術的な写真であれ、19世紀の思想を形成した文化と自然とのアナロジーという大いなるメタファーから逃れることができなかったと言えるだろう。

「自然と文化」という近代的二元論を克服するためには、一方の項を他方の項に吸収するのでもなく、いわんや二つの項を総合するのでもなく、むしろその二元論に潜む、あるいは排除・抑圧してきた別の緊張関係を探りだすことが重要ではないだろうか。そのとき、たとえば、ジェフ・ウォールやトーマス・ルフ、デ・マンドといった現代写真家の意図あるいは価値を正当に理解し、把握することが可能になるだろう。それはとりもなおさず近代写真と分かつ“現代写真”なるものの価値転換を浮上させるにちがいない。
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