Art&Photo/Critic&Clinic

写真、美術に関するエッセーを掲載。

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イメージの病(やまい)-臨床と症例 15

2013年12月10日 | Weblog
在ることの特異点-物、事、時間
「大辻清司フォトアーカイブ-写真家と同時代芸術の軌跡 1940-1980」展
(武蔵野美術大学 美術館)

現在、武蔵野美術大学美術館で開催中の「大辻清司フォトアーカイブ」展はとても興味深い展覧会である。今回の展示は大辻清司の作品展でもなければ、回顧展のようなものでもない。むしろ、その展覧会タイトルが示すように、大辻清司が時代との関わり-とりわけ同時代の芸術との関わり-のなかで、写真をどうとらえ、思考してきたかを浮き彫りにする。こうした時代のコンテクスチュアルな状況を前景化することで、大辻清司という写真家の個別的資料-作品という軸に中心化された視点-という枠を越えて、写真に関するより開かれた思考を促す展覧会と言えるだろう。企画・監修者である大日方欣一氏もまたそれを意図しているように思える。

もちろんここで、大辻清司における写真への思考も、同時代芸術も、すべては時代に条件づけられたものであり、いわばある時代における“芸術のエピステーメー”のようなものが浮き彫りにされると言いたいわけではない。むしろ逆であって、一般的で支配的な芸術観、大辻清司が共感を寄せた同時代芸術、そして大辻清司の写真への思考、これらの差異を浮き彫りにすることが重要であるだろう。とりわけ、同時代芸術と大辻清司の写真への思考との違いをとらえることこそ、写真を考える上での大きな糧となるのではなかろうか。実際、今後、このアーカイブを通して多様な研究、考察がなされていくに違いない。

今回の展示を一通り見ていくと、一つのキーワードが浮上してくる。それは“物”というキーワードである。展覧会カタログのなかで大日方氏も語るように、大辻清司の写真的営為の出発点に「モノとの対峙」(「大辻清司フォトアーカイブ」展カタログを参照)があったことは確かであろう。大辻清司が関心を寄せ、その記録を撮った同時代芸術の多くも、“物”をどうとらえるかを主要なモチーフにしていたように思える。「モノとの対峙」や“物”をどうとらえるかがどのような意味を持っているのか。何故、大辻清司は“物”へ多大な関心と興味を抱いたのか。あるいは写真を介して“物”と対峙することにどのような意味を見いだしたのか。

残念ながら、同時代芸術と大辻清司が“物”をどうとらえたか、その違いを論じるには、筆者の能力を超えている。ここでは、何故、大辻清司は写真的営為の出発点に、「モノとの対峙」を置いたのか。写真を介した“物への思考”。その軌跡の一端を素描してみたいと思う。

今回の展示で最も興味を惹くのが最初に展示されている「少年期のアルバム」である。中学生時代に作り始めたらしこのアルバムには、旅行先や日常のスナップから、家族の肖像、機械類の接写、皆既日食の連続写真まで、さまざまな被写体が撮られている。どこかリヒターの『アトラス』を思わせる、“見ることのアーカイブ”。大日方氏も指摘するように、「そこには後年の大辻作品へつながっていく要素が、あたかも予告編のように盛り込まれて」(同上カタログ参照)いる。とりわけ、機械や道具、模型など、“物”を撮ったものが興味を惹く。少年時代から“物”を撮ることに関心を寄せていたことがよく分かる。カメラに興味を持った少年が日常のさまざまな光景を撮ることにそれほど驚きはしないが、“物”を撮ることにこれほど固執する姿勢には、大辻清司ならではの特異性を覚えざるを得ない。

これはあくまでも憶測にすぎないが、大辻少年は現実の対象が写真に写し撮られることで、あるいはカメラの効果によって異なる相貌(類似していながらも違うという感覚)を見せることに魅せられたのではないか。その違いを典型的に示してくれたのが“物”を被写体にしたときではなかったか。日常的な光景はその日常的な文脈から分離・区別するのが難しいのに対して、“物”であれば日常的な文脈から容易に分離・区別され、その相貌の違いを目立たせることができる。自分が見るもの、見たものから分離・区別される何ものか(後年、大辻清司はこの何ものかを“気配”という言葉で名指すことになるだろう)。大辻少年は写真、あるいはイメージが持つ分離・区別するという機能に興味を惹かれたのではなかろうか。

その後、大辻清司は写真雑誌『フォトタイムス』や瀧口修造の前衛写真論に触発され、写真への傾斜を深めていく。戦争期の中断を経て、自ら「本気なって何事かを表現しようとした最初の写真」-「いたましき物体」が「美術文化協会」の応募展(1949年)に入選し、前衛写真家としての仲間入りを果たすことになる。「いたましき物体」を皮切りに、1950年代を通して、「オブジェ」「美術家の肖像」シリーズ、「新宿・夜」の連作、「陳列窓」「無言歌」など、まさに「モノとの対峙」を主要なテーマとした作品が制作されていく。日本の写真史では、この時代の作品が大辻清司の代表作とされ、シュルレアリズムやアブストラクトに影響を受けた前衛写真家と位置づけられている。しかし、その後の大辻清司の写真活動を見れば、そうした枠に収まらない写真家であることは明らかだし、本展もまた従来の位置付けからの解放を目論んでいるだろう。

大辻清司の写真家としての出発が、シュルレアリズムやアブストラクトの影響を受けたものであることは確かである。瀧口修造や斎藤義重、安部展也らとの出会いも大きく影響しているだろう。実際、この時代の大辻清司の“物”に向けるまなざしは、シュルレアリズムやアブストラクトに触発されたものである。1950年代は土門拳による「リアリズム写真運動」が始まっていた時代である。何故、大辻清司はシュルレアリズムやアブストラクトに共感したのか。そこから、“物”に対してどのようなまなざしを向けたのか。

われわれが物を見たり、認識したりする場合、例えば、一つの道具を道具として把握する場合、われわれはその道具の使われ方-有用性という文脈に基づいて、その物をある道具として同定するだろう。道具以外の単なる物であっても、石や木といった一般化されたカテゴリーに基づいて把握するだろう。こうした物の見方は、人間という社会化されたフィルターを媒介したものである。そもそもシュルレアリズムが目論んだことは、見せかけの現実-つまり意識に媒介された現実を超えて、直接的な現実を現前させようとしたことだ。今日でもしばしば“シュール”という言葉が現実を空想的・幻想的に歪めることとして使われるが、シュルレアリズムはまさにその反対のことを目論んだと言えるだろう。直接的な現実を現前させるために、夢などの機能を活用したために、誤解されてしまったということであろう。大辻清司がシュルレアリズムに共感したのは、物をその日常的な文脈から外すことで、物の直接的な現前を求めたことにあったのではないか。

例えば、シュルレアリズムがスローガンの一つとして掲げた、ロートレアモンという19世紀の詩人の言葉-「手術台の上でのこうもり傘とミシンの出会い」はあまりにも有名だが、異質な物同士がまったく無関係な場で出会うことによるショック(衝撃)は何を意味するのだろうか。われわれが異質な物の組み合わせに驚き、不思議さを感じるのは、それらの物を把握する共通の基盤-文脈を持つことができないからである。そもそも“異質な物”という、その“異質さ”とは互いの物が背景としている文脈の違いのことであろう。われわれが物を把握する際に、その文脈を外されたとき、物はどのような相貌を見せるのか。シュルレアリズムならばそれを“直接的な現実”と呼び、瀧口修造ならば“実在性”と呼び、ハイデカーならば“むきだしの有用性”と呼ぶだろう。

では、アブストラクトとはどうなのだろうか。アブストラクトもまた見せかけの現実(物)から造形的要素を抽出し、際立てさせることで、物の実在性を現前させようとしたと言えるだろう。「いたましき物体」を始めとして、50年代を通じて、大辻清司が“物”に向けたまなざしは、見せかけの現実、あるいは見せかけの見え方を排して、いかにして“物”を物そのものとして見せるかにあったと言える。そして、写真こそがその可能性を最も有したものと考えていたのではなかろうか。なぜならば、かのバークリー主教に倣って言えば、物の在ることの把握は見ることでもあるからである。

しかし、われわれが物を把握する場合の文脈は、実は一つではない。文脈それ自体が多様なものである。おそらく、その後の大辻清司における写真的営為の一つの側面は、さまざまな文脈のなかで“物の実在性”を求めることにあったのではなかろうか。もちろん、50年代の作品においても、その一端を垣間見ることができる。異質な物同士の組み合わせ-無機的な物と有機的なもの、硬質なものと柔らかいもの等々、物が置かれる場との異質な組み合わせ、あるいは「陳列窓」シリーズのような物が置かれる場そのものの無効化、アブストラクトなアプローチ(造形的要素の抽出と構成)、さらには人物をオブジェのように配置することでの風景の異化(「無言歌」シリーズ)等々、さまざまな試みを行っている。しかし、この時代はやはり、“物”を軸として、他の物との関係、物が置かれる場が考察されているように思える。場をとらえようとする「新宿・夜」でさえも、そこで焦点化されているのは、日常的な文脈から外れた未知の物体のようなものである。しかし、その後の大辻清司は、同時代の芸術家のドキュメント写真やスナップ写真、環境や建築、さらには晩年の作品となる「大辻清司実験室」の最後を飾る「家」シリーズなど、物を中心にその実在性(在ること)を考察することのみならず、事(場の生起)や時間を中心にしたとらえ方に移行していったように思える。

今回の展示で「少年期のアルバム」に次いで、興味を惹かれたのは、同時代の芸術家たちの活動やイベント、作品行為をとらえたものである。とりわけ、1969年に開催された「クロス・トーク/インターメディア」のドキュメント写真は、三つのモニターによる展示効果もあって、大辻清司がスナップショットによって何をとらえようとしていたかが理解できるような気がするのだ。カタログのなかでも、大日方氏が「継起的なシークエンスとしての行為の過程を掴んでいくまなざしの展開」と書いていたが、この継起的なシークエンスのなかで何を掴もうとしたかである。例えば、「クロス・トーク/インターメディア」のドキュメント写真を見ると、大辻清司が被写体との距離を微妙に探っているのがよく分かる。彼は何を探っていたのだろうか。われわれはとりあえず、それをドゥルーズの用語を借りて“特異点”と呼びたいと思う。継起的なシークエンスのなかの“特異点”。

ドゥルーズがいう“特異点”は、いわゆる“特権的瞬間”とは異なるものである(『シネマ1』参照)。“特権的瞬間”が予め前提とする全体を表示するための特徴的な部分-例えば、ある出来事の“特権的瞬間”が選択される場合、予め想定された出来事の全体像に基づいて、その全体像を把握させるための瞬間(部分)が選ばれるだろう。“特異点”とはむしろ、こうした予め想定された出来事の全体像を脅かすものである。非常に乱暴に言えば、予め想定された出来事の全体像とは異なる、別の出来事の全体を形成するかもしれない契機となる瞬間のことである。大辻清司がとらえた「クロス・トーク/インターメディア」の継起的なシークエンスは、「クロス・トーク/インターメディア」というイベント(出来事)を特徴づける、あるいは説明する“特権的瞬間”をとらえようというよりも、このイベントから何か別なものが形成されるかもしれない“特異点”を探っているように思えるのだ。こうしたアプローチは、予め想定された全体-つまりは文脈を外し、継起的なシークエンスから純粋な出来事の瞬間を浮き彫りにしようとすることではないだろうか。おそらく大辻清司は、時間という文脈のなかで出来事の実在性をとらえようとしている。

こうした大辻清司のアプローチには、写真家として出発するに際して、当時、土門拳のリアリズム写真運動が登場するなかで、何故、シュルレアリズムやアブストラクトの影響を受けた(あるいは瀧口修造が唱えた)前衛写真に共感したか、その理由の一端が透けて見える気がする。例えば、当時、瀧口修造も、大辻清司も、シュルレアリズムとストレート写真に違いがないこと、その効果は同じであると語っている。とするならば、土門拳の唱えた「絶対非演出の絶対スナップ」というリアリズム写真といかなる違いを見いだしたのか。おそらく、瀧口修造や大辻清司が土門拳との違いを見いだしたのは、前述した“特権的瞬間”と“特異点”の違いではなかったろうか。

土門拳のリアリズム写真も、「絶対非演出の絶対スナップ」と唱えながらも、光やレンズの効果、視点、構図を考慮しないわけではない。しかし、リアリズム写真の眼目は、出来事の特権的瞬間を切り取る(選択)ことで、その出来事の本質を伝えること(あるいは像として組織化すること)である。しかし、大辻清司が写真を介して見ることに求めたのは、文脈を外された純粋な瞬間-“特異点”ではなかったろうか。そこにどのような意義があるかと言えば、一つは予め想定された全体(文脈)からの視点を相対化するだろう。そして、ドゥルーズが語るように、カメラがとらえた任意の瞬間から“特異点”を産出することで、持続する全体、開かれた全体への接続が可能となるだろう。

ここではあまり触れることはできなかったが、晩年の傑作とも言うべき「大辻清司実験室」は、“物”の実在性、場で生起する事、時間の特異点など、大辻清司が写真を介して何をやろうとしたかを集大成する試みであった。とりわけ、「大辻清司実験室」連載の最後を飾った「間もなく壊される家」「そして家がなくなった」-代々木上原の古い木造の自宅が取り壊され、すべて更地になるまでのシークエンスを綴ったもの-は、時間という文脈のなかで“物”や光景、風景など、存在そのものをとらえようとしたものだろう。“物”、“事”、そして“時間”という文脈-大辻清司の写真的行為は、こうした在ることのさまざまな文脈を外すことで、見ることの純粋性を探ろうとしたのではなかったろうか。
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