Art&Photo/Critic&Clinic

写真、美術に関するエッセーを掲載。

コーカス・レース

2010年04月28日 | Weblog
写真のアポリア-たとえば「記録と表現」といったアポリアは、科学的領域と美的(芸術的)領域の混同に由来する。つまり、それぞれの領域がそれぞれの関心にしたがって、写真からその機能の一部を抽出しているわけである。ところが写真(芸術)という一つの理念の下に論じてしまうがためにアポリアが生じることになる。しかし、周知のように60年代後半から写真の美的使用においてある種の変化が起こる。美的領域への世俗的領域からの侵犯である。写真における「記録と表現」というアポリアは意味をなさなくなる(中平卓馬の『なぜ、植物図鑑か』を代表とする一連の論考はまさに「記録と表現」というアポリアの終焉から開始される。写真における「記録のアポリア」)。とするならば、イメージの美的(芸術的)使用法とはつねに、社会的(世俗的・科学的)領域を包括するものとして、あるいは先取りするものとしてあるのだろうか。

「3」の秘法。「3」の謎について考察してみること。「3」のセリー。思考のいたるところに「3」あり。分類の三角関係。点(一次元)・平面(二次元)・立体(三次元)。縦・横・斜。主語・述語・繋辞。一人称・二人称・三人称。神・世界・人間。自然・社会・人間。知性・理性・感性。認識・実践・判断力。現実界・想像界・象徴界。イコン(類似)・インデックス(指標)・サンボリック(象徴)。現実態・可能態・潜在態。現在・過去・未来。もの(物質)・道具・芸術作品。父・娘・独身者。オリジナル・コピー・シミュラークル。対象・記号・意識。上・中・下。私は何を知りうるか・私は何をすべきか・私は何を望みうるか。序・破・急。ワルツ(3拍子)。父・子・精霊(三位一体)。優・良・可。松・竹・梅。・・・・・・・・・・。

「身体」がそれほど信用できるものとも思えないが、だからといって、「身体が何をなしえるか」、その潜在的可能性を否定するものでもない。それにしても、「身体化(同様に、素朴さ、素直さ、野生、裸形、リアル、感性等々もまた)」という言葉には、悪しきロマンティスムの匂いがする。

モノ(ヒトも含めて、その奥行き、物質性、内在的エレメント)、関係性(モノの配置、ヒトとモノの関係、そして空間性)、気分(ハイデッガー的意味での。気配、雰囲気・・・)。この3つのキーワードで写真を考察してみること。これらの3つのキーワードは、それぞれ芸術的使用、社会的使用(報道写真やドキュメンタリー写真も含む)、広告的使用(現在のアートシーン、あるいは表現としての写真の多くはここに分類されるだろう。その価値判断はおくとして)に分類されるだろう。もちろん、後で修正を余儀なくされるにしても。実際、どのような写真もこれら3つのキーワードが融合されたものである。たとえば、モノへの関心が、モノの配置が時代の気分、気配、雰囲気を生み出し、その逆もまた可であろう。つまり3つのキーワードはそれぞれ置換が可能だということである。ここでの分類はこれらの3つのキーワードのいずれに重点が置かれているかの分類に過ぎない。切り分け、分類することで何か見えてくるものがあるのではないかという、ささやかな試みに過ぎない。何も見えてこなければ、この分類は失敗ということになる。

ドゥルーズはある哲学が正しいか誤っているかを問うことは無意味であると言っている。重要なことはその提示する問いが良い問いなのか、悪い問いなのか、厳密であるのか、厳密でないのか、それを知ることが問題なのだと。これは芸術行為においても同様なことが言えるだろう。ある芸術作品のモチーフが、素材が、コンセプトが、テーマが、表現がこの時代に適合したものなのか、正しいものなのかどうかは問うことは無意味だ。重要なことは、その表現等がどんなものであれ、問いの厳密さであり、徹底さなのである。けだし、現代芸術が実験であることの所以である。

芸術表現における新しいことは、過去を否定することにではなく、過去において否定されたものを肯定し直してみることのなかにひそんでいるのではなかろうか(笑)。というか、現在のアートを見ているとそんな風に思えてくる。もちろんそれを単に「過去への回帰」と呼びたいわけではない。過去において、なぜ、それらが排除、否定されたのかを思考することにおいて、過去の否定を肯定し直すことは積極的な意味を帯びるに違いない。たとえば、何故に近代芸術は“意味をもつこと”を否定したのか。つまり、芸術が芸術自体であることを志向したのか、ということだ。ということは反対に、芸術が、あるいは芸術が創出するイメージが何らかの意味を帯びてはいけないという理由はない。近代芸術が否定した“意味”が何であったかを考えた上であるならば。いやそもそも、1960年代後半以降の現代芸術はその反省によって近代芸術を克服しようとしたのではないか。それもまた一考に値することだろう。
 
デジタル時代にあって、写真は見るべきものではなく、徹底的に読まれるべきものでなければならない。何を読むのか?まずは<何を(被写体)>と<いかに(方法)>の関係を。そして写真というイメージを形成する織り目(=地と図)の諸関係を読解すること。まあ、きわめて通俗的に言えば、一枚一枚の写真と対話しなければならないということですね(笑)。実際、写真というイメージは(それがどのような写真であれ)、一枚一枚をじっくり見ていくと、その存在自体が、あるいは行為自体が極めて異様なもの(その写真の表現的価値ではない)に思えてくる(笑)。ところで、デジタル時代にあって、なぜ多くの人は写真というイメージと対話する(読む)ことなく、ただ単に“見る”だけなのだろうか。一枚の写真をただ眺めていても“退屈”なだけであるからだろうか。ハイデガーの言によれば、“退屈”とは時間を意識することである。退屈さを逃れるためには、時間を追い払わなければならない。写真をじっくり見ることは時間の露出に向き合うことだとすれば、確かに写真と対話することは退屈なのである(笑)。

真昼の日差しのなかで、ニーチェを読む悦楽(大笑)。

写真というイメージが批判されるべきなのは、現実に忠実であるがゆえにではなく、十分に忠実でないからである、と語ったのはドゥルーズだが、この言葉は写真固有の機能とされる再現性、記録性、インデックス性を考える上できわめて示唆的である。写真は忠実に現実を再現していない。では、忠実に現実を再現するにはどうすればいいのか。ここに表現expressionとは何かという問題が浮上してくる。表現とは現実の代理=表象ではない。現実から分離・区別することである。何を?どういう方法で?誰の名の下に?誰に向けて?-動機の文法。歴史性を帯びた表現性をドラマ化し、表現の動機を探ること。

ミシェル・レリスのように、「愛するものについてだけ語りたい」と思う。人生の後半生を数える時期にさしかかったとすれば、なおさらのことだ。それにしても、レリスはすでに1940年代において、デュシャンの作品の“事物と記号”の関係について指摘している。凄いという一言に尽きる!

「ドキュメントからモニュメントへ」-この数週間、「近代における記録とは何か」について考えてきたが、そもそも「記録とは何か」を考えていたら埒があかなくなった。「記録」という概念が前景化してきたのが「近代」であることは確かだと思うのだが、その際に写真というテクノ画像が果たした役割とはどういうことなのか。いや、そもそも近代における「記録」という概念こそが、写真を登場させたとも言える。そんなかんなで、タイトルを「記録のアポリア」に変えて、もう一度の仕切り直し。


光がなければ痕跡も見ることはできない。痕跡は光に従属している? 光学性とインデックス性。しかし、一度、光にさらされた痕跡はその正当性を主張する。痕跡-静止した時間。時間の断片。しかし、時間の断片を許すのは空間によるものではないか? ベルグソンの連続性と非連続性。つまり、時間は静止し、断片化されると、その本質を変えてしまうのだ。痕跡=断片を許すのは光ではないか? 切断された光。切断された光は空間において生じる? ということは、光の体制とは、空間化された時間ということか?

現象の記号化(言葉。しかし、現象と言葉は同時存在である)と痕跡の記号化(デジタル技術)。その差異を考えよ。

正直言って、コノテーション/デノテーションの対概念はもはや有効ではないように思える。

ARTiTWeb版において、清水穣が「事後性を現像する」で論じる木村友紀のファウンド・フォトとは、インデックス性がインデックス性を裏切ることなのだろうか。

残念ながら、プンクトゥムから始めることはできない。プンクトゥムとはストゥディウムの穴なのであって、ストゥディウムを前提としなければならない。プンクトゥムとはストゥディウムあってのプンクトゥムなのである。プンクトゥムがわれわれをフレーム外(あるいは記号の外)に連れ出すことはあっても、それはつねにストゥディウムに条件付けられての“外”ではないのか。シュールリアリズムのファウンド・オブジェはプンクトゥムだが、デュシャンのレディメイドはプンクトゥムではない。むしろ、ストゥディウムからプンクトゥムが生じる機能そのものを問いに付しているのではないか。ファウンド・オブジェとレディメイドの違い。

『明るい部屋』の前半(1~24)でのプンクトゥムは、コノテーション(共示)/デノテーション(外示)、自明の意味/鈍い意味、コードによるメッセージ/コードなきメッセージ…と、いわば記号論的なとらえ方が展開されている。しかし、後半(25~48)になると、プンクトゥムのとらえ方はまったく様相を変えてくる。後半のプンクトゥムとは時間としてのプンクトゥムである。「圧縮された時間のめまい」。過去の確実性=《それは=かつて=あった》こそがプンクトゥムとなる。しかし、ここで誤解してならないのは(実は僕もまた愚かにもそう誤解していたのだが……)、過去の確実性とは、ある物がかくのように(物の状態=痕跡として)あったことではない。過去の確実性とは時間の露出なのであり、存在そのものの現前なのである(ハイデカーにならって存在者と存在を区別せよ)。

写真は「知覚のレベルでは虚偽であるが、時間のレベルでは真実である」がいわんとしていることはどういうことか。ある物が、人が“かくのようにあった”ことが真実なのではない。“あった”という時間性こそが問題なのである。たとえば、バルトは母の少女時代の「温室の写真」に「真実の写真」を見出すだろう。言うまでもなく、バルトにとって母の少女時代の姿を知るよしもない。とすれば、バルトにとっての「真実」は知覚の一致(バルトが見ていた母と少女時代の写真の同一性)が問題ではない。母の少女時代の写真は、バルトにとっての母との本質的な一致なのである。本質的な一致-それは視覚的外観ではない。「雰囲気」という言葉でしか言い表わせない、靄のような、空気のような写真の効果である(日本語で言えば、“面影(おもかげ)”とでも呼ぼうか)。とするならば、それは現実の母という被写体から抽出(発現)された何ものかである。その何ものかを発現させたものが「時間」なのだ。。“面影”としての写真。時間の露出による存在そのものの現前。時間の露出-時間の傷、穴こそが、バルトが後半部において見出したプンクトゥムなのではないだろうか。


写真(イメージ)における時間の露出とはどういうことか。写真における物の露出と時間の露出とは異なる。物の露出ではまだまだ不十分である。時間とは実体ではない。優れて形式的なものである。バルトに言わせれば、写真こそが初めて人類に時間を露出させてみせたのである。

バルトが見出した過去(時間の露出)とは何か。もう一度、バルトの母の少女時代の写真(=温室の写真)を思い出してみよう。バルトは母の少女時代の写真に「真実の写真」を見出した。しかし、少女時代の母の写真は、バルトという主体(同一性の原理に支えられた)の知覚に一致しない。ということは、この過去(時間)は瞬間の継起としての時間ではない。なぜなら瞬間の継起としての時間とは、継起する現在を同一性の原理に基づいて構成された時間(等質的な空間に還元された時間)だからである。しかし、バルトが見出した過去(=真実の写真、あるいは母)は、同一性に基づいたもの(再認としての過去)ではない。つまり、ここでの過去(時間)とは、ベルグソンが言うところの純粋過去であり、即自的に存在する過去一般なのである。ドゥルーズが言うところの「時間の第二の総合」(「時間の第二の総合」の観点からは、瞬間の継起としての現在は、過去全体が最も縮約されたもの、緊張したものである)。では、なぜ、バルトは自分の知覚とは一致しない母の像に「本質的な一致=真実の母」を見出すことが可能なのだろうか。けっきょく、バルトが見出した母=「真実の写真」は、経験的領野のコピーとしてとらえられた超越論的領野なのだろうか。根拠づけられたものから根拠づけられた根拠。根拠づけられるべき過去から根拠づけられた過去。

清水穣は鋭い!下記のような視点-「ありえたはずだが未展開に終わった潜在的可能性」はきわめて貴重だ。反モダニズムを論ずるだけでは意味がないし、不毛である(自戒を込めて)。

「モダニズムの揺籃期(100年前!)に回帰するかのようなこれらの作品は、最近耳にする、Alternative modernismという、現代美術の歴史を複数化する傾向、すなわち過去の美術のうちから、ありえたはずだが未展開に終わった潜在的可能性を、現代に延長してきて展開する傾向のなかでも、美術史家の徒な饒舌を待つだけの下らないアカデミスムを免れている最上の部分であろうが、それでも実はアナクロニズムではないか、温故知新にすぎないのではないか、というような問いは、とりあえず措いておこう。」(ARTiTWeb版「清水穣 批評のフィールドワーク2」より)

バルトが写真の中に過去の確実性=《それは=かつて=あった》においての時間の露出を見出したとすれば、デジタル時代にあっては現在の確実性=《これは=いま=ある》における時間の露出を試みるべきではないか。ベルグソンにならえば、現在とは過去全体の最も縮約されたもの、緊張したものである。この縮約、緊張される過去からの回路を変えること。

時間の露出とは、記憶の時間の外在化のことか。

イメージ(表現)の記憶はもはや“美術史”ではない。とすれば、そこから縮約される現在の表現とは“美術史”とはいかなる関係もない。ぼくらの記憶を形成しているのはすでにして諸メディアである。実際、現在の美大生(アーティストの卵)には“美術史”などにいかなる関心もない。記憶の底に押し込まれてしまった“美術史”。現在の多くのアート作品を眺めてみればいい。そこに露出しているのはメディアの記憶である。しかし、メディアの底には、過去の“美術史”が“形式”という姿で渦を巻いている。だからこそ、“美術史”をあらわにしなければならない。近現代メディアと美術史の関係を問うこと。

考える前に、見る前に、撮ることも大切だが、撮った後に、見ない者、考えない者は愚かである。もっと愚かな者は「感じてもらえればそれでいい」とぬかす批評家やアーティストたちである(笑)。もう感覚至上主義からおさばすべき時ではないだろうか。すでにわれわれの感覚こそが搾取され、貧しいのだから。

「記憶というものは、芸術にはほとんど介入してこない(プルーストにおいてさえ、そしてプルーストにおいてはとくにそうである)」

「想起を増幅してみても、幻想をもちだしても、創造的仮構(ファビュラシオン)は、そんなものとまったく関係がない」(いずれもドゥルーズ+ガタリ『哲学とは何か』財津理訳)

写真(テクノ画像の出現)によって、われわれの記憶はいかに外在化されるに至ったのか。技術というものが「個の記憶の外在化」であるとすれば(つまり、われわれの個人的な記憶は技術-メディアテクノロジーによって条件付けられているということだ)、あきらかに写真の登場以後、その外在化の仕組み、機能が変化したのだ。写真による感覚の条件付けを問うこと。写真の知覚・感覚的図式とは何か。メディア的アプローチだけではなく、知覚・認識論的なアプローチを試みること。ハイデッガーの「技術への問い」とはまさに、技術の認識論的機能への問いなのである。まずはアナログ写真がわれわれの感覚をどのように条件付けたのか。デジタル化によって、諸条件がどのように変化しようとしているのか(「監禁は鋳型であり、管理は転調である」といったドゥルーズの言葉を想起せよ。鋳型-アナログから転調-デジタルへ。規律社会から管理社会へ。そこでのメデァイテクノロジーの果たす役割・機能とは何か)。けだし、“表現”とは条件への抵抗にほかならない。

批評家・福田和也は『イデオロギーズ』(5年以上前の著作だが)のなかで、近代テクノロジーの捉え方の4つのヴァリエーション-4人の思想家・哲学者を図式化している。柳宗悦の民芸運動にも影響を与えた工芸家のウィリアム・モリス、イタリア未来派の総師マリネッティ、ご存知ベンヤミン、そして森の哲学者ハイデガー。モリスは近代テクノロジーを徹底的に告発する反テクノロジー派であり、人間回復を唱える、今風に言えばエコロジストだ。僕流に言えば、アナログ派ということになる。マリネッティは近代テクノロジーに人間知覚の拡張を見出し、その可能性を称揚する、今風に言えば科学技術派(コンピュータ派と言い換えてもいい)だ。ベンヤミンとハイデガーはややねじれを含んでいる。ハイデガーもまた近代テクノロジーを徹底的に告発する。しかし一方で、ベンヤミン同様、近代テクノロジーに近代以前の人間主義を克服する継起も見ている。たとえば、ベンヤミンが写真や映画に近代以前のアウラ(=唯一性)の崩壊を見出したように。しかし、福田和也も語っているように、この4つの、4者のヴァリエーションは意外に複雑だ。モリスも、ベンヤミンもマルクス主義者だが、マリネッティも当時の革命家(たとえば、ボルシェヴィキ)たちに賞賛された一人だ。しかも、マリネッティとハイデガーは共に、イタリア・ファシズムとナチの随伴者として知られている。実はこの複雑な絡み合いこそが、現在を映す鏡となるわけだ(と福田和也は考えているように思える)。では、この複雑な絡み合いをどうとらえるか、それが問題だ。言うまでもなく。

それはさておき、われわれが4つのヴァリエーション、あるいは4人の思想家・哲学者に見るべきものは、まず4人が4人とも人間と技術の関係を重要視していることだ。そしてもう一つが近代以前と以後と、技術の在り様が大きく変わってしまったという共通の認識である。モリスは近代テクノロジーを非人間的なものとして、手の技術に回帰すべきだと説くだろう。マリネッティは反対に近代以前の技術に人間への桎梏を見、近代テクノロジーこそがそこからの解放をもたらすと見なすだろう。ベンヤミンは二つの技術の在り様を歴史的な変化としてとらえ、上記2人の見方いずれにも与しようとはしない。ハイデガーはベンヤミンと共通の歴史認識をもちながらも、ややモリス的に近代以前あるいはさらに遡った技術の在り様(たとえば、古代ギリシア)を模索したとも言えるかもしれない。もちろん、ここまでは教科書的なおさらいとも言える。

「個々の主体にとって、イメージの次元はその言葉の広がりと共存している」
「イメージは言葉にかかわる事柄なのだ」
「イメージとはまず何よりも第一に言説の現象なのである」
(いずれもピエール・ルジャンドル。佐々木中著『夜戦と永遠』よりの孫引き)

こんなこと(上記の引用)はすでに分かっていたことだったのに・・・。「・・・」にこそ、われわれの言説の貧しさがひそんでいる。自戒と反省を込めて。

われわれはもはや、写真における“記録”という概念をその貧しさゆえに放棄しなければならない。記録とはけっきょく算定可能なものとして対象化されたものにすぎないのだから。写真は記録ではないし、記録であってはならない。だからといってもちろん、撮影者のまなざしの軌跡でもない。写真が指し示す物的・現実的対象との光学的な分離、区別、その距離こそを思考しなければならない。かつての写真家や写真理論家たちは、写真が記録であることにどのような夢を見たのだろうか、あるいは見ようとしたのだろうか。記録とはいったい何か?何ものにも媒介されていない、純粋な物的・現実的対象の写し?であるがゆえに、中立的な対象であると?現実そのものであると?時空間を飛び越えて回帰する現実?亡霊のように。もちろん、こんな言説を今時、信じる者などいまい。問題なのは記録の正当性・不当性ではない。そうではなくて、何故、写真に記録性が求められたのか、何故、記録に写真の根拠を見出そうとしたのか、その歴史性を考えることである。

たとえば、現実、世界、社会、自然…には、われわれが知覚できない、知りえない、触れ得ない“すべて”があり、われわれが知覚し、認識できるのはその断片にすぎない。であるがゆえに、見えないものを見えるようにし、触れ得ないものを触れるようにし、知り得ないものを知るように知ること。こうした言説が相変わらずアートの、表現の世界にはびこっている。その際、槍玉に挙げられ、敵として捏造されるのが意識であり、言葉であり、理論であり、制度といったものである。つまり、意識が、言葉が、理論が、制度が“すべて”なるものを遮断し、限定しているというわけである。否定、禁止、抑圧の論理。だから感覚を、身体を、全的に解放しなければならないと。感覚、身体の優位性。プラトン以来、変わることのない意識と感覚(身体)の無反省な二項的対立。だから、原始時代のわれわれは全的な感覚を有していたが、今はそれが失われてしまったなどという、子供でさえだまされない嘘がまかり通るのだ。現代のわれわれの感覚は、抑圧され、禁止され、限定されているというわけだ。しかし、こうした思考は眉唾ものである。われわれはもはやこうした否定、禁止、抑圧の論理からおさばすべきである。確かにわれわれの感覚は制御(減量)されているかもしれない。しかし同じように、原始時代の人類の感覚もまた制御(減量)されていたのだ。現実の、世界の、社会の、自然の・・・知り得ない“すべて”とは、遡行的に、事後的に、経験的に導き出された“すべて”にすぎない。われわれ人類(ヒト)にとって、“すべて”はすでにして“断片”であり、“断片”は“すべて”なのであって、問題はどのような“断片”かなのだ。つまり、つねに歴史的に多様な“断片”が存在するのだ。とすれば、問題なのは、なぜ、そのような“断片”なのか。どのような操作によって、その“断片”でしかないのか、別な“断片”はないのか・・・を問うことだろう。「見えないものを見えるようにする」などという言説を鵜呑みにしてはならない。見えるものが“すべて”であり、“断片”なのである。見えるものと見えないものの配分、感覚の、意識の地図を作成すること、減量バルブの機能を精査すること。

語でも、文でも、命題でもない、言表(エノンセ)。このフーコーの“言表”という概念はきわめて重要だ。文の主体、命題の対象、語のシニフィエこそが“言表”の派生物なのだ。“言表”の効果としての主体、対象、概念。もちろん言うまでもなく“言表”には、非言説的な環境(可視性)との言説的な関係も含まれている。フーコーの“言表”という概念はいかなるものなのか、徹底的に考える必要がある。たとえば、写真というイメージを分析するためにも、この“言表”という武器を使用すべきではないだろうか。

「無責任、ニーチェのもっとも高貴で美しい秘密。」(ドゥルーズ『ニーチェと哲学』江川隆男訳)

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