遊工房・雑感

日頃のあれこれを綴る日記です

草人様のご冥福をお祈りします

2013-07-01 20:12:27 | ただの記事

わたしこの方と言葉を交わしたことはないのですが

 あちこちでお見かけしていたので

 訃報に接して びっくりしました

 お友だちになり損ねたまま もう 機会もなくなってしまった

 離れて暮らす 家族にとって 知人にとって

 ブログは 近況報告でもあり

 ふるさとを離れた家族にとっては

 ふるさとを偲ぶ手段でもあるのだろうと思う

 断たれてしまって切れたリンクが悲しいです

 そうなると 切れたブログは もう 無くなってしまうのですね?

 本箱に取っておくようなこともできないのか

 削除した写真がいつまでもネット空間に残るくせに

 残ってほしい記事は跡形もなく消える

それがブログか

 そんなもんね

 

草人さんの記事を見に行こうと思っても 見えない

 と思ったが見つけて今読ませていただいています     合掌

 

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5 コメント

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遊工房さん、チョット待てモメント。 (山里の人)
2013-07-01 20:43:06
亡くなった方は草人さんのお父さんじゃないの?
私も草人さんとは交流なかったけれど、
本人は元気なはずですよ?
花てぼさんのブログではそう読めましたけど。
草人さんのご冥福を祈る前に、
もう一度確認した方がいいですよ?
私の間違いでした。 (山里の人)
2013-07-01 20:59:32
ミシェルさんは草人さんの息子さんでしたか。
確認しました。
山里様 (遊工房)
2013-07-02 07:03:47
ミッシェルさんはお嬢様だと思うのです
いろいろ心配してくださって
ありがとう
花てぼさんがお読みになったコメントにも行きついて
読みました
そのコメント欄には4月22日の草人様のコメントも載ってたのです
急変なさったのでしょう
辛いですね
ここで草人さんのことがここで話題になっていまし... (花てぼ)
2013-07-02 20:02:50
草人さんは、松江藩の武家の子孫で、いつのころからか私までブログのお仲間に入れていただいていました。娘さんのミシェルさんには日本名を「卑弥呼」としていました。
長年音信不通になっていたこの父娘の再会は劇的でした。ここであまり詳しくは語られませんが、「テネシーワルツ」はキーワード。草人さんが亡くなられたと聞いて、このテネシーワルツを持ちだすのはミシェルさんにとってあまりにも悲しいこと、私は口にしてはいけない、今はタブーだと思っていたのですが、あちらではお別れの曲は大体「アメージング・グレース」だけど、ミシェルさんたちは「テネシー・ワルツ」を選んだそうです。このことを聞いただけでもう、私達、草人さんと交流があったものは、もらい泣き、号泣するようなことなのです。
或る時、私はみなさんの言葉をミシェルさんに英語で伝えなければならなかった時以来、ミシェルさんは私を慕ってくれていました。今回もたまたまそういう役目をすることになりました。
そういうことでした。
花てぼ様 (遊工房)
2013-07-02 20:50:03
いろいろ教えてくださってありがとうございます
そうか
コロラド州でお嬢様のそばににいらっしゃったのですね
島根で 一人でお暮らしなのかと思ってましたが
お嬢様に看取られたのですね

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