私の戦死した父と母はいとこ同士です。
両親を早く亡くして保護者がいなかった母の兄弟たちは
ばらばらに預けられたりもらわれていったりして
育ったのです
母は二人の兄姉とともに両国のおじさんの家で育てられました
そこの家には二人の兄と一人腹違いの妹がいたのです
わが先祖は富山県の出身で
富山には母の祖母方の親戚もあるのです
そんなつながりでか
富山から母に縁談が来ました。
知らないところにお嫁に行きたくないと泣いていた母に
それなら僕のところにお嫁においで
と
父が救いの手を差し伸べたそうで
(あら!? 近親相姦っぽくない?)
めでたく遠くにお嫁に行かずに済みましたが
いっしょに育ったお姉さんは富山にお嫁に行きました
(相手は別の人です)
それがブログにも出てくる富山のおばさんです
さて
めでたくないことには
私が母のおなかにいる間に父は出征し
私が生まれたことは知っていたけれど
「則子ちゃんに(私のこと)会いたい」というハガキをよこしたものの
会うこともかなわずオフォーツクの海で戦死してしまいました
全く!